「生姜」の魅力に取り憑かれて。ジンジャーエール専門店・孝芳堂が探求する“日常におけるスパイス”

藤井存希

東京都千代田区の九段に、一風変わったジンジャーエール専門店がある。

土日の昼間のみオープンする「孝芳堂(こうほうどう)」では、靴を脱いで土間に上がり、バーさながらのカウンターでジンジャーエールを嗜む。

主宰するのは、台湾にルーツを持ち、「気づけば生姜が常に生活の一部にあった」と話す、城垣誠朗(きがき まさお)さん。

代謝や免疫力アップ、肥満予防、アンチエイジングの効果があると言われる生姜。生の状態で多く含まれる「ジンゲロール」と、加熱による成分変化で生まれる「ショウガオール」という成分があり、殺菌作用や体を温める機能も、加熱や乾燥など加工方法によって変わるという。

生姜の魅力に取り憑かれた城垣さんが作った、世界に通用するジンジャーエールとは?

(文:藤井存希 写真:江藤海彦 編集:小池真幸)

生姜が入っていない“ジンジャーエール”に衝撃

靖国神社や皇居、武道館を有する千代田区・九段。

この地でジンジャーエール専門店「孝芳堂」を主宰するのは、城垣誠朗さん。

「きっかけは、学生時代に飲んだジンジャーエールに、『生姜の味がしない!』と驚いたことでした」

その背景には、自身のルーツがあったと語る。

「母が台湾出身だったこともあり、幼い頃から生姜やスパイスを使った料理をよく食べていました。炒め物でもスープでも鍋でも、とにかく料理に生姜を入れるのが普通だと思っていたんです」

「その影響から、大学時代に1人暮らしで自炊を始めたときも、『下水湯』という臓物と生姜のスープや、『麻油鶏』という鶏肉と生姜を煮たスープなど、当たり前のように生姜を入れた料理ばかり作っていましたね」

「友人にもよく振る舞っていたのですが、あるとき、『なんか……生姜すごく使うよね』と言われて。そのとき初めて、『みんなと違うんだ……』と。自分は生姜が大好きで、生姜の魅力に取り憑かれていることに気づきました」

「生姜は日本では薬味のイメージが強いと思うのですが、むしろ擦る方が面倒なので(笑)、具材としてスライスしたり、丸ごと香り付けとして使うことが多いです」と城垣さん

そんな城垣さんが、市販のジンジャーエールに対して「生姜が入っていない!」と違和感を感じたのは、ごく自然な流れ。

「実は、中華圏ではジンジャーエールってそんなにポピュラーではないんです。中華圏の留学生が日本に来て初めてジンジャーエールを飲んだという話はよく耳にしますし、僕もジンジャーエールを意識して口にしたのは大学時代が初めてだったと思います」

「初めて市販のジンジャーエールを飲んだときには、驚きました──『生姜の味がしない!』と。原材料を調べてみると、生姜が全く使われていなかったり、香料だけなど、リアルな“ジンジャー”が入っていなかったりするものばかりでした」

「そして、そもそもジンジャーエールは、どうやら自分にとって馴染みの深い“生姜とスパイス”で作れるということがわかったんです」

台湾にルーツをもち、小さい頃から生姜やシナモン、クローブ、八角といったスパイスが常に生活の一部にあった城垣さんならではの気づき。

大学を卒業した2018年から、会社勤めと並行して、ジンジャーエール作りをスタートした。

“究極のジンジャーエール”のために、全国の生姜を探求

10代の頃からバンド活動も続けているという城垣さんは、曲作りなど何かを創作することが好きだったと話す、自他共に認める“凝り性”

手始めに、スライスした生姜と砂糖、水、スパイスを入れて煮込み、シロップに。作ってみると「めちゃくちゃ美味しい!」と、その味わいにすっかり魅了された城垣さん。

“究極のジンジャーエール”を完成させるため、生姜の加工方法や産地の選定、スパイスの組み合わせなど、「山のような課題を一つずつ攻略していった」と言う。

「生姜は擦りおろすかスライスするか、あるいは加熱時間によっても辛みの質や成分が変わるので、加工方法が味に大きく作用します」

「生姜は加熱すると、ジンゲロールという成分がショウガオールという成分に変わっていくのですが、ショウガオールの方がより辛みの強い成分になるので、最適な加工方法の着地に至るまで何度も試行錯誤を重ねました」

さらに、産地ごとに驚くほど味や成分が異なることがわかり、千葉や熊本など生姜栽培が有名な産地はもちろん、中国など海外からも取り寄せた。

約20種類の生姜を試した結果、出合った品種が、高知・土佐の「黄金(こがね)生姜」だ。

「華やかな香りも黄金のような色味も、他の生姜とはまったく違うんです。生産量の問題や安定供給できるかはひとまず置いて、何より“究極のジンジャーエール”を作るうえで、味や香りが一番良いものを選びました」

「黄金生姜は生姜特有の成分であるジンゲロールやショウガオールが従来の生姜より多く含まれていて、辛みの強さも特徴です」

高知生まれ、高知育ちの「黄金生姜」。16kgの生姜で、16〜20Lほどのジンジャーシロップが抽出できるそう

また、生姜に合わせるスパイスに関しても、どれをどのくらい使うのかは“正解“がない。無限の組み合わせを丁寧に試し続け、生姜らしい“さっぱりとした味わい”を心がけながら、城垣さんはオリジナルレシピの完成に漕ぎつけた。

こうして2021年に完成したのが、プロダクト第一弾となる「甘口ジンジャーエール」だ。

加水せず、黄金生姜と瀬戸田のレモン、スパイスだけで作った「甘口ジンジャーシロップ」。6倍希釈を推奨。甘口とはいえ、フレッシュな生姜の辛みが心地よく、芳しい香りはまさに「黄金生姜」のサイン

コーヒーに代わるような“日常におけるスパイス”に

試行錯誤した3年の間に、転勤や転職を経て、改めて東京に戻ってきていた城垣さんは、大学時代の後輩に誘われ、ジンジャーエール専門店・孝芳堂の開業を決意する。

2021年のコロナ禍でスタートしたこともあり、孝芳堂のコンセプトは、“何気ない日常にスパイスを”。

「生姜もスパイスであるという意味もかけて、日常の延長線上にあるような、究極のジンジャーエールを提供していきたいという想いを込めました」

「例えば、“日常におけるスパイス”となる嗜好品って、現代ではコーヒーが代表的だと思うのですが、飲みたくても苦手だったり、妊娠中や寝る前などはカフェインを摂取したくなかったり、いろんな理由で気にされる方は増えていますよね」

「もちろんカフェインレスなどもありますが、“日常におけるスパイス”の選択肢が、もう一つ増えてもいいんじゃないか。そしてジンジャーエールは、新たな“日常におけるスパイス”になり得るのではないか、と思いました」

黄金生姜と瀬戸田レモン、9種のスパイスを活用

一般的に「クラフトジンジャーエール」と呼ばれる生姜入りの飲料において、使用されているスパイスは2〜3種類。孝芳堂のラインナップのように9種類のスパイスが掛け合わされたジンジャーエールは珍しく、その複雑な味わいに衝撃を受け、リピートする人は多いという。

孝芳堂のジンジャーエールには、9種類のスパイス・ハーブを使用。幼少期から慣れ親しんだ中華のミックススパイス「五香粉」に使われるスパイスが中心だ

「究極のジンジャーエール」を引っ提げ、2021年11月には日本橋で、12月には下北沢でポップアップを開催し、好評を博した。

この頃には「来年は実店舗を持とう」と早々に物件探しを始め、2022年6月に現在の九段の店舗をオープンした。

2024年6月でちょうど2周年を迎えた「孝芳堂」

扉を開けると、“土間”が出現し、なんとも日本らしい空間が広がっている。

西洋と東洋を融合させたエキゾチックなブランドを醸成したいという想いを形にするため、インド大使館やイギリス大使館などもある異国情緒溢れる九段エリアを選び、店舗デザインにも反映させたという。

「生姜の原産はアジアで、ジンジャーエール自体はもともとイギリスのジンジャービア(生姜を煮出して発酵させて作るジュース)から派生したとされています。西洋発祥のものを、日本産の美味しい素材を使って作ることで、文化的にエキゾチックなブランドを作りたい」

「日本は水が豊かで、野菜をはじめどんな農作物も美味しいという認識が世界中にあるので、西洋人にとってもポピュラーなジンジャーエールを日本産の素材で作ることで、世界に通用するものづくりができるのではと考えました」

「東西を融合させたエキゾチックなブランドを作るうえで、一見すると相反する二つの要素を生かした店舗デザインをお願いしました。土間風の日本家屋らしいつくりに西洋風のバーカウンターを、角形タイルの床面の中央に円形バーカウンターを置きました。カウンターは銅ベースの天板ですが、側面にはウッドを使用しています」

台湾にルーツを持つ城垣さんが、日本発の美味しいジンジャーエールを、この九段の地から世界に発信していく──。城垣さん独自の柔らかな口調にも、そんな強い決意が感じられた。

土間で靴を脱ぎ、自宅に招かれたような居心地の良さ

まず「美味しい」、その次に「機能性」

第一弾の「甘口ジンジャエール」に続いて、城垣さんが開発したのは「辛口」、そして「極辛」だ。

「第一弾の甘口ジンジャーエールを出したところ、『辛口も飲みたい』という声を各所からいただきまして。生姜は大半が水分なのですが、浸透圧の原理で生姜そのままの水分を出して、シロップを作ります」

「生姜の辛味成分であるジンげロールやショウガオールは、(唐辛子などに含まれる)カプサイシンほど辛くありません。ですから、辛みをつけるのが案外難しいのですが、すりつぶして微細にした生姜をたくさん入れることで、生姜ならではの辛みが楽しめる辛口を作ることができました」

「極辛ジンジャーエール」は色の濃さも特徴。なお、B to Bで一番売れているのは、より生姜の味がわかりやすい「極辛」だそう

甘口、辛口、極辛に続いてリリースしたのが、生姜の機能性に着目し、味と健康を追求した新時代のジンジャーエール「ジンジャーエール2.0」だ。

「世界の情勢を見ても、缶飲料がトレンドになってきているのは間違いない」と、城垣さんが飲み口にもこだわった缶タイプ。

アルロースと蜂蜜の甘さを使用し、新時代の「ジンジャーエール2.0」。カロリーをかなり抑え、350mlの1缶で53kcal。機能性を追求した「2.0」は、現在ある在庫分で販売は終了予定(写真提供:孝芳堂)

「昔から風邪をひいたときなどに、祖母や母が『体にいいから』と料理にたっぷり生姜を使っていた刷り込みもあったので、無意識に生姜の機能性は理解してました。ただ、“美味しい”を最優先にしてきたので、これまではあえて機能性を売りにはしてこなかったんです」

「プロジェクトを進めていくうちに、味だけでなく機能性としても注目するようになったのが、ジンゲロールとショウガオールという成分です」

「辛みの違いは先ほどお話ししましたが、機能性で言うと、ジンゲロールは“深部を冷やす”、つまり内側の体の熱を、外側の表面に放出する作用があるとされています。末端冷え性の緩和が期待できるイメージですが、深部を冷やすと言うと皆さんびっくりされますね」

「一方、加熱すると増えるショウガオールは、逆に深部を熱くする働きがあると言われています。生姜を食べることにより、内側も外側も温まることが期待できるのです」

ソバーキュリアス時代の、ラグジュアリーな体験を

美味しさに加えて、機能性も追求する城垣さんが、新たに今夏リリースするのが、ボトリングした高級ジンジャエール「露香(ろこう)」だ。

「露香」のコンセプトは、「特別」を生み出す、飲むラグジュアリー。清涼感のある中にも深みと多彩な風味を生み出し、飲むたびにその味わいが変化するという、唯一無二のジンジャーエール。500mで12,960円(税込)にて販売予定(写真提供:孝芳堂)

「孝芳堂」には生姜の機能性を求める女性と、ジンジャーエールが好きな嗜好品を求める男性の来店が多い感覚があるという。そして性別を問わず、「ソバーキュリアス」(sober“しらふ”+curious“好奇心が強い”=飲まないことに興味を持つ)のトレンドから、ノンアルコール派のお客様は増えているそうだ。

例えば、結婚式の二次会やイベント、高級レストランを訪れた際の、ノンアルコールドリンクのラインナップを思い出してほしい。

アルコールのラインナップは幅広いのに、ノンアルコールに関しては、ウーロン茶やオレンジジュースしか選べないパターンが多く、お酒を飲む人と飲まない人で選択肢に大きな差がある。

ノンアルコール派にとっても、会場やお店のムードに合うような、ラグジュアリーなジンジャーエールがあってもいいんじゃないか──。

そう考えて企画したのが、「露香」だったのだ。

「皆さんもよく目にする有名なジンジャーエールは、現在は生姜のエキスしか入っていませんが、“アルコールの入っていないシャンパン”として開発された経緯があります」

「リアルな生姜を贅沢に使ってオリジナルで開発した『露香』は、ノンアルコールながらラグジュアリーな場所でも楽しめる炭酸飲料として、ノンアルコール派の選択肢を広げてくれると思います」

「露香」は、てんさい由来の上白糖、和三盆に、キレがいい甘味として希少糖のアルロースを組み合わせることで、甘さ控えめに、“スッキリとしたキレ”が感じられるよう調合されている。食事とのペアリングも楽しめるという。

「日本では馴染み深いコクのある上白糖の甘み、希少糖のアルロースのキレ、さらには和三盆糖で奥行きもプラスしました。上白糖は、骨炭を使用していない甜菜由来のものを使うことで、ヴィーガンの方にも飲んでいただけます」

とにかくシンプルに。貫かれたミニマリズムの原点

プロダクト開発から店舗デザインまで、溢れるほどのこだわりを聞かせてもらったが、ジンジャエールの素材やパッケージのデザインなど、彼らが表現する「孝芳堂」らしさは至ってシンプルだ。

「なるべくシンプルにすることで、香りや味わいで、“わかる人にはわかる”かたちで届けられます」

「例えば、孝芳堂のシロップは食品添加物を使用していませんが、マーケティングワードとなっている”無添加”という言葉を、ブランドとしてあえて記載する必要はないと考えています」

城垣さんは中国語・英語を操るトリリンガル。あえて言葉で謳わない美学を貫く

「なぜ自分がそういう考えになったのだろうと立ち帰ると、長く続けた書道が影響しているかもしれません。ミニマリズムじゃないですが、白と黒の芸術で余白を感じさせる美しさなど、書道で鍛えられた部分は大きい気がしています」

「篆書」という書体で描かれた「孝芳堂」のロゴ。ブランド名自体は、ジンジャーエール作りをスタートさせた2018年から心に決めていたそう

時流やマーケティングに惑わされず、生姜を通じてジンジャエールづくりと向き合う城垣さんの姿勢は、ブランド名にも息づいている。

篆書で描かれた「孝芳堂」の字をよく見ると、子どもが老人を支える姿から生まれたという漢字「孝」が使われている。

「私自身は母から、母は祖母から、『生姜で健康に』と言われて育ててもらいました。今度は自分の世代から、老若男女いろんな世代に、気品のある健やかなものを届けていきたいという想いで、『孝芳堂』というブランド名をつけたんです」

こだわりとともに、かけられた手数は味わいに直結する。

ジンジャエールで、“日常のスパイス”を。日本発のジンジャエールを世界へ発信する城垣さんの今後に、期待せずにはいられない。

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Author
editor / writer

大学時代に受けた食品官能検査で“旨み”に敏感な舌をもつことがわかり、国内・国外問わず食べ歩いて25年。出版社時代はファッション誌のグルメ担当、情報誌の編集部を経て2013年独立。現在、食をテーマに雑誌やWEBマガジンにて連載・執筆中。

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ライター/編集者

編集、執筆など。PLANETS、designing、De-Silo、MIMIGURIをはじめ、各種媒体にて活動。

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ひとの手からものが生まれる過程と現場、ゆっくり変化する風景を静かに座って眺めていたいカメラマン。 野外で湯を沸かしてお茶をいれる ソトお茶部員 福岡育ち、学生時代は沖縄で哺乳類の生態学を専攻