“木を使い、山を育て、水を守る”というビジョンを掲げ、水源の森に関する人々との地域共創プロジェクト「QINO(キノ)」を立ち上げた企業がある。
ふだんは広告制作などを手掛けるクリエイティブカンパニーだが、樹木からスパークリングウォーター「QINO SODA」を開発した生産者としての顔ももつ株式会社fabriqだ。
特集「川を飲む、山を飲む」に合わせて、「QINO」を主宰するfabriq代表の高平晴誉(はるやす)さんに話を聞いた。
ノンアルコールドリンクとしては稀な深みのある味わい。木の恵み、森の香りが感じられるソーダはどのように誕生したのか。
環境問題を改善するクリエイティブの源や、無理なく循環が生まれる座組みはどうデザインするのか?
(取材・文:藤井存希、撮影:江藤海彦、編集:川崎絵美)
なぜ広告を手がける企業が、山へ通うのか?
東京・恵比寿に事務所を構えるクリエイティブカンパニー「fabriq」が、石川県白山市との地域共創プロジェクトとして2020年に立ち上げたQINO。
“木を使い、森を育て、水を守る”というビジョンのもと、「QINO SODA」を皮切りに、「QINO Restaurant」、「QINO School」と活動を広げ、無理なく循環できる座組みをつくりあげた。
広告制作などを手掛けるクリエイティブな集団が、なぜ木を切って、山を育てるのか?
「QINOが立ち上がるいきさつには、ひょんな別プロジェクトの存在がありました。それは九州のとあるアロマ会社からのコマーシャル制作の依頼でした。アロマオイルは安いものではないので、商品の価値をきちんと伝えられるコマーシャルをつくりたくて、原材料にフォーカスしたいと考えたんです」
「商社から外国産の精油を仕入れブレンドするクライアントでしたが、産地の環境や、そこにある植物や樹木はどんなものなんだろう?と興味が湧いてきました。そこで『詳細がわからない原材料を宣伝のモチーフにするよりも、今後の商品展開も含めて、日本の樹木からとる和精油をラインナップの1つに加えてみる可能性はないですか?』と提案してみたところ、話が進みました」
国内で精油がつくれる蒸溜所を調べてみると、石川県白山市女原(おなばら)で活動する「ハーブの里・響きの森 ミントレイノ」の蒸留家・EarthRing氏に辿り着いた。
「現在ではQINO SODAの蒸留をお願いしているパートナーで、もともと山の資源を利活用するために精油をアロマとして販売していました。言ってみれば僕のクライアントとは競合ですね。それでもきちんと趣旨を伝え、協業の可能性を相談してみたらOKしてくれたので、新たな和精油のアロマオイルとともに、表現したかった広告も完成しました」
「その土地で丁寧に育てた樹木から資源をいただいて精油に変えていくというストーリーです。その撮影のプロセスで仲良くなったEarthRingと雑談をしていたら『実は【きづかい運動】というのをやっているから、よければ手伝ってほしい』と言われました」
「誰に気を遣ってるんだろう? と気になって詳しく聞いてみたところ、【木使い運動】と書く言葉なのだと知りました」
木や森を“自分ごと化”することで知った、“木の使いみち”
「木の使いみちに驚きを」という副題を掲げる「QINO」プロジェクトだが、当初はまだ、木や森を“自分ごと”として捉えられなかったと言う高平さん。
「東京で生まれ育った自分にとって、“木を使う”ことを自分ごと化するのは現実的に難しく感じてしまう。それを率直に打ち開けたら『ぜひもう1回来て、白山麓にいる他の人たちとも対話してほしい』と言われて、改めて仕事ではなく白山市に向かったんです」
山に入りながら地元の人と会話するなかで、林業を営む白峰産業という会社の専務の話が、高平さんの気持ちを揺さぶった。
「その人は、僕らが森を手入れして木を切っていくことは、ほかの木を残していくためや、次の木を育てていくため。“水源”である森を守っていくという観点で木を切っています、と教えてくれたんです」
「この白峰は石川県の水源の70%を占めていて、石川で今あなたが飲んでいる水も、ほとんどはこの森で作られた水ですし、水道の水も、その先にはダムがあって、その先は山に降り積もる雪や雨なんだと」
「水」—— それを聞いた高平さんは「僕が飲んでいる水も、木や森と繋がっている」と、初めて自分ごととして感じられたという。
日本は戦後の国策で針葉樹(スギ・ヒノキなど)を大量に植林し、人工林を拡大。1964年に木材の輸入自由化が進むと、価格の安い外国産の木材の供給が増え、需要が減った国内の人工林は手付かずのまま放置された。
“木を切ること=自然破壊”と思われがちだが、手入れして木を切っていくことは、未来の森や山を育てていくことに繋がっているのだ。
「山や森は、手入れがされていないところと、手入れがされているところで、光の入り方が大きく違うと林業の方に教わりました」
「荒廃したところは、手入れがされず、木が生やしっぱなしで鬱蒼としていて太陽の光が入らないので、植物の多様性が失われたり、大雨が続くと木の根っこが水分を吸収し切れず、地盤が緩くなっていたりと、土砂災害に繋がる危険もあるんです」
木の香りや味わいを“驚くほど”引き出す「QINO SODA」
木を切って、山を育てるための、“木の使いみち”。第一弾は、杉の間伐時に一緒に切って捨てられることの多い「クロモジ」(クスノキ科クロモジ属の落葉低木)の炭酸水「QINO SODA」の商品化だ。
「QINO SODA 黒文字 – 白山麓」の原料は、クロモジと水のみと極めてシンプル。この味に着地するまで多くの試行錯誤があった。
実際にクロモジに蒸留という手間を加えて飲み物として完成させたプロセスを、商品開発責任者の三嘴光貴(みつはしこうき)さんが語ってくれた。
「初めはクラフトコーラ的な、素材の足し算によるドリンクを模索していました。ですがプロジェクトに関わっていくうちに、これはQINO(木の)ソーダだから、飲んだ人にどれだけ木に興味を持ってもらえるかが大事だと考えるようになりました」
「足し算による味の複雑さではなく“木だけ”で、『これが木の香りなんだ!?』と驚いてもらえるような味わいを目指すことにしたんです」
こうしてクロモジの香りや味わいを“驚くほど”引き出す、シンプルゆえに高難度の飲料づくりが始まった。
もともとバーテンダーとしてバーを経営し、企業の商品開発に携わっていた三嘴さんが「一番の難題だった」と振り返るのは、さまざまな可能性を少しずつ値を変えて試していく、数え切れないほどの変数だった。
「原料のクロモジひとつとっても、例えば何センチくらいのものがよいのか、木の枝を使うのか、幹が良いのか、それをどのくらい乾燥させると香りが出やすいのか。また蒸留の工程にもたくさんの変数があって、蒸留できたものをどれくらいの割合で入れていくかもを、それぞれ掛け合わせていくと、可能性は無限にあるんです」
実際に「QINO SODA」を口にすると、炭酸に乗って森の風のような爽やかな香りが運ばれてくるのと同時に、クロモジの香りが都会でこうもフレッシュに感じられるのかと、意表をつかれる。鼻腔をくすぐる爽やかさにはじまり、余韻を残す奥ゆかしい甘さまで、三嘴さんが狙った通りの香りのレイヤーが表現されていた。
「林業の方と一緒に山に入って、クロモジをカッと折ったときの香りがすごく鮮烈だったんです。最終的に飲んだ人が感じられる香りは、そこをゴールに設定しました。世の中にはクロモジの香りを表現した商品が結構あるんですが、やっぱりカッと折ったときの香りとは少し違うんですよ」
「だから、都会でQINO SODAを飲んでもらった方には『クロモジって本当はこんな香りがするんですよ』と説明しています。飲んだ方から『実際に森へ行って香りをかいだら本当だった!』と言ってもらえるようになったら最高ですよね」
料理とのペアリングも意識した「QINO SODA」
また、「QINO SODA」は料理とのペアリングも意識したという三嘴さん。
クロモジの香りはハーブを使った料理に合うため、グリーンカレーなどアジア料理はもちろん、山菜の天ぷらや蕎麦など大半の和食にも寄り添ってくれる。
三嘴さんは、バーテンダー時代から「お酒は素材や地域と紐づいてるものが多いのに、ノンアルコールドリンクは人工的なものが多い」と感じていたそうだ。
だからこそ、木と水だけでつくられるQINO SODAには可能性がある。
「QINO SODA」の第二弾として、山梨県の木から生まれた「杉 – 富士山麓 -」は、スパイシーかつスモーキーで嗜好性の高い味わい。杉はやや濃い味わいにも合わせやすく、ジビエ料理と合わせるのがおすすめだという。
山梨県富士山麓では、加工の工程で多くの活用されない部分が廃棄されるという間伐杉を利活用。樹木の調達と蒸留は林業家のFOREST TRIBESが、レシピはアーティスト諏訪綾子が主宰するフードクリエイションとの共同開発で生まれた。
商品のラベル貼りや梱包、発送などは、白山市で障害のある方が働く「就労継続支援B型事業所美川あんずの家」の方々に依頼。難しい作業でもスムーズに行えるような仕組みをfabriqが構築して提供しているという。
「もしかすると、このオペレーションに慣れれば他の仕事にも結びつくかもしれないので、障がいのある方々が得意とする作業まで省き過ぎないように、業務効率をどこまでデザインするかが課題です」と高平さん。
クリエイティブが繋ぐ、地域循環型のプロジェクト「QINO」
「QINO」が展開される石川県白山市は、日本で10か所目となるユネスコ世界ジオパーク。
この自然の中で、「木を使い、山を育て、水を守る」という循環を、体験として伝えていきたいと立ち上げたプロジェクトが、「QINO RESTAURANT(キノレストラン)」、「QINO SCHOOL(キノスクール)」だ。
「QINO RESTAURANT は2022年秋に、森の中で開いた2日間限りのレストランです。コンセプトとなる水の循環を7つのプロセスに分け、それぞれを白山麓の食材や間伐材と、自然そのものを使って表現した料理7品のフルコースを提供しました」
「山の水が森から川へ、川から海へ流れるという循環を表現した料理を、ひと皿ずつ食べることによって、内臓を通じて森の循環を感じてもらえる体験です」
そして「QINO SCHOOL」は、“木育(もくいく)と共育(きょういく)”を掲げ、森のエキスパートと小学生がワークショップや対話を通じて、木を使うことの大切さを共に学ぶ特別授業。
高齢化による後継者問題が、林業の課題になっていると知ったことがきっかけだ。
「初等教育の中で林業に触れる機会を作り、子どもたちに林業が『とてもかっこいい職業』だと思ってもらえたらいいなと、と立ち上げたプロジェクトです」
「最初は僕らがプロデュースに入って、QINOで活動する人たちに先生になってもらえるように進めてたんですが、今はもう地元の方々だけで自走できる形になりました」
あくまで“地域でできること”にこだわる「QINO」。高平さんが考えるプロジェクトは常に軸がぶれないからこそ、一つ一つがきちんと繋がって地域の中で循環していく。
プロダクトを起点に広がり、地域や社会に循環するプロダクトやプロジェクトを構想するなかで、クリエイティブの源にしているのは、どんなことだろうか?
「自分たちがQINOを始めたきっかけとなった“驚き”を基点にしています。なんとなくカッコいいものとか、 なんとなく高級感があるものを選んでいくと、軸足がなく自分たちが迷ってしまうから。『コレ、全然知らなかった!』と驚いた部分をフックにする」
「今は“木の使いみちに驚きを”という副題を付けて、何をするにしても、その行動指針に立ち戻ってみることが、クリエイティブにもちゃんと生きていると思うんです」
「広告業も、森林プロジェクトも、物事を伝えるという本質は同じ」
将来的に、このプロジェクトが目指す理想形を、高平さんに伺った。
「森の恵みにクリエイティブなアイディアを加えたQINO SODAや木工作品は、都会の人にも届き、その対価の一部分を苗木に変えたり、林業の工賃にあてたりして、新しい森作りに生かしています」
「その森に行って、木の椅子で寛いだり、火をおこして食事を作ったり、野草で茶を点(た)てたり、林業と自然がおこす循環の中で、『森の庭』というもう一つのプロジェクトを展開しています」
「さらに都会で私たちのことを知ってくださった方たちが、興味を持ってくれたとき、実際に森へ行ってみようと思えるコンテンツがないと意味がないので、『QINO Restaurant』や、収穫祭を企画したり。こうしてそれぞれのプロジェクトが循環できる座組をもともと目指して進めていました」
「この循環を勉強してもらうのではなく、『おいしい』や『楽しい』から興味を持ってもらって、最終的にはその人たちを森へアテンドして知ってもらう、というような取り組みができれば、それは自分たち広告業が生業としている“伝える”ことの中でも、1番いい伝え方ではないでしょうか」
木の使いみちに驚きを。
地域や人との出会いが、高平さんに大きな驚きをもたらしたように、「QINO SODA」を起点に地域の循環をデザインする「QINO」プロジェクトは、より多くの人たちに驚きと気づきを届けていくだろう。
大学時代に受けた食品官能検査で“旨み”に敏感な舌をもつことがわかり、国内・国外問わず食べ歩いて25年。出版社時代はファッション誌のグルメ担当、情報誌の編集部を経て2013年独立。現在、食をテーマに雑誌やWEBマガジンにて連載・執筆中。
お茶どころ鹿児島で生まれ育つ。株式会社インプレス、ハフポスト日本版を経て独立後は、女性のヘルスケアメディア「ランドリーボックス」のほか、メディアの立ち上げや運営、編集、ライティング、コンテンツの企画/制作などを手がける。
ひとの手からものが生まれる過程と現場、ゆっくり変化する風景を静かに座って眺めていたいカメラマン。 野外で湯を沸かしてお茶をいれる ソトお茶部員 福岡育ち、学生時代は沖縄で哺乳類の生態学を専攻