連載

森を、おいしく「飲む」には? 今こそ知りたい日本の森と水、そして人間の関わり:森林流域管理学・蔵治光一郎

篠原 諄也

「川を飲む、山を飲む」──そんな言葉を聞いて、どんな味わいの飲み物が思い浮かぶだろうか?

DIG THE TEAでは、ローカルのボタニカル素材を入り口に、日本ならではの飲料体験、ネクストラグジュアリーを探求する特集「川を飲む、山を飲む」をスタートした。

しかし、そもそも「川」や「山」を「飲む」──あるいは、その「恵み」を享受するとは、どういうことなのだろうか?

私たち人間は、これまで「川」や「山」といかなる関係(性)を結んできたのだろうか?

特集の土台となる“そもそも”を問い直すため、森林流域管理学・森林水文学の研究者で東京大学大学院・農学生命科学研究科の蔵治光一郎教授にインタビューをした。

蔵治さんは森と水の関係、そして森と人間の繋がりについて、長年研究を続けてきた人物だ。これまで日本と東南アジア熱帯のさまざまな森林をフィールドに、現地調査とデータ解析を主体とした研究を行ってきた。

「森は古来より人々の暮らしに欠かせなかったが、近年、森と私たちとの距離は大きく開いてしまっている」と蔵治さんは指摘する。

森と人間の関係をめぐる現在地、そして森から「美味しい水」を享受し続けるための道筋まで、蔵治さんの知見をもとに探っていく。

(聞き手・文:篠原諄也 写真:田野英知 編集:小池真幸)

「作用」と「機能」──人間にとって森とは?

──そもそも、人間にとって森とはどのような存在なのでしょうか。

森の仕組みを理解するうえで、私は「作用」と「機能」に分けて考えています。

植物や動物で構成される森は「生き物」です。地球の陸地で生き物として、水や栄養を取り込んできました。時には領域を拡大したり、気候変動によって枯れてしまったりと、さまざまな変化を経ながら生きてきた。こうした人間とは関係なく、森が生きていくために、水、土、養分などを利用する仕組みを「作用」と呼んでいます。

しかし、人間が登場すると状況が変わります。森が持つさまざまな作用の中から、人間にとって都合のいい作用と、そうでない作用を分離して、前者を取ろうとするようになる。そのことを私たちは「機能」という言葉で呼んでいます。

「恵み」「サービス」といった言葉でもいいのですが、いずれにせよ、人間中心主義的な捉え方です。人間はこれまで都合が悪い作用を避けるために、さまざまな働きかけを行ってきました。森の形を変えたりして、都合よく飼いならしてきたわけです。

しかし本来、森の作用の中には「反機能」や「副作用」などと言えるもの、つまり人間にとって都合の悪い作用もあります。この「作用」と「機能」の違いを認識することが、自然の一部である森の仕組みを理解するための第一歩です。

──「作用」と「機能」。

多くの人はこの二つの言葉を普段あまり区別せずに使っているかもしれません。しかし、私はその違いにこだわっています。

そこを区別せずに曖昧にしてしまうと、森が持つ働きはすべて人間にとって都合がいいものだという誤解が生じてしまいます。

人間が存在しない状態での森、そして人間が存在している状態での森は、それぞれ別に考えたほうがいいと思っているんです。

人間が地球上に現れたのは、せいぜい600万年前程度の歴史にすぎません。森が最初にできたのは、4.5億年前とされています。つまり、その間の4.4億年間ほどは、人間が存在しない地球に森が存在していたわけです。

しかし、人間が現れると、人間が生きていくために必要な資源を得るため、山に生えている木を伐採し、その「機能」を利用するようになりました。

──古来から人間は、森をどのように利用していったのでしょうか。

まず大きかったのは、エネルギー源としての「機能」です。つまり、木を燃やして燃料として利用する。これによって、暖房を確保し、お湯を沸かし、料理を作るといった活動をすることができるようになりました。

そして、建物の材料としての「機能」も大きな役割を果たしてきました。木は建築資材として欠かせません。

その他にも、木の実や山菜、キノコなど食べられるものを採取するなど、食料のためにも利用してきました。

近代化以降、森の「機能」はいかに変わったか?

──森の「機能」として、人間はエネルギー源や資材、食料としてその「恵み」を享受してきたと。その後、森と人の関わりはどのように変わっていったのでしょうか。

現代でもそうした役割はありますが、少なくとも日本では関わりが見えなくなってきています。

特に近代化以降、人間と森との関係性は大きく変わりました。日本で言えば明治時代に、木のエネルギーとしての利用が、石炭などの化石燃料に置き換わったことが大きかったでしょう。森の木を切って、エネルギーとして利用する必要がなくなったのです。戦争直後の昭和30年代まではまだ木炭も使われていましたが、昭和40年代にはなくなっていきました。

また、建築材としての木材も、次第に鉄やコンクリートなどの材料に取って代わられました。これらの材料はコストが安く、耐久性が高いからです。その結果、木材を使用した建物の数は減ってしまいました。

食料に関しても、森から直接採取することは減っていきました。例えば、キノコも昔は森から直接採っていましたが、現在では工場で栽培されるものが主になっています。

つまり、森から得たい機能の側面は、過去と比較すると、圧倒的に少なくなっているわけです。

──経済合理性ではなく、環境保全の観点からみると、森と人の関係はどのように変わってきましたか?

ここ10年ほどは地球温暖化防止という課題が深刻になってきたため、化石燃料の代わりに、山に生えている木を燃料として使用するほうが環境負荷が少ない、という考え方も出てきています。

あるいは、建物を建てる時も、鉄やコンクリートの製造は二酸化炭素を大量に排出するので、木材を使おうという考え方も出てきました。

──近年は森や木を大切にしようという機運は高まっていますが、私たちはつい「人間にとって森は心地いいものだ」というイメージを抱いてしまいがちで、先ほどのお話のように、森には「人間にとって都合の悪い作用もある」という視点は見逃しているかもしれません。

まず前提として、人間と無関係な森の本来の姿というのは、現代の日本ではほとんど見ることができません。

いわゆる原生林と呼ばれるものは、ほんのわずかしか残っていない。現在の日本の森のほとんどは、人間が過去の歴史の中で、都合のいい姿に作り変えてきたものです。

そして、いくつかの森では、明らかに持続可能な限度を超えて、その資源を過剰に利用し尽くしてしまいました。その結果、森の生態系が崩壊し、再生不可能な状態に陥ってしまった。こうして生まれるのが「ハゲ山」です。そこでは川に土砂が流出し埋まってしまって洪水が発生するなど、多くの悪影響がもたらされています。

こうしたことへの反省から「森林を守らなければならない」「森は心地の良いもの」といったイメージが広がっていったのだと思います。

日本の森の恵まれた条件

──ここまで人間と森の関係について広く聞いてきましたが、こと日本の森に関していえば、他の世界の地域と比べて、何か特殊性はあるのでしょうか?

日本は水が豊富です。

広い海が近くにあり、高い山が連なっているので、降水量が多い。海の水蒸気が風によって運ばれてきて、山にぶつかることによって上昇し、そこで冷やされることで雨となって降ってくる。さらに日本は暑すぎず寒すぎず適温なので、植物の生育に適しています。

こうした条件が整っているため、日本は世界的に稀に見るほどの、植物にとって有利な条件が揃っています。それゆえ植林などせずとも、土地を放置しておけば植物が生えてきて、最終的には森林になる恵まれた条件にあるといえます。

──ということは、日本の歴史において、人と森は特に密接な関係を結んできたのでしょうか?

間違いなくそうですね。例えば、縄文時代でも、人と森の関係は密接でした。当時、人々は狩猟採集をしていたと言われますが、それだけではなく、比較的大きな集落では意図的に栗の木を植えるなど、森を利用して食料を生産することをしていました。さらに、竪穴式住居をつくるためにも木材を使用していました。

弥生時代以降になると、人々は農業を行って、定住生活を送るようになりました。農業には水が必要なので、水を引くために木材を利用していました。

また、縄文時代の頃から燃料としても使用されており、暖房だけでなく調理に使われたりしていました。例えば、縄文土器は生の食材を調理するのに使われました。貝塚では貝が出土しますが、貝などを食べるのには加熱が必要です。

他にも、渋みが強くそのままは食べられないどんぐりを煮たりしていました。こうした調理には燃料が欠かせず、木材が利用されていたわけです。

つまり、縄文時代から衣食住の根幹に森があったんです。森がなければ、人間は生きていけなかったでしょう。

「美味しい水」はいかにして生まれるのか

──今回は「川を飲む、山を飲む」という特集でのインタビューになりますが、人間の食べ物や飲み物と「森」の関係性について教えてください。

ずっと深い関係がありました。

基本的には食料は動物か植物に分かれますが、狩猟採集するにしても栽培するにしても、山から得られるエネルギーや流れてくる水は必須の要素です。食料を生産するということ自体が、その周辺の山や川と密接につながっていました。

それぞれの地域で、森の種類や川の流れ方には違いがあります。例えば、岩石の種類が違うと、水の水質も変わってくる。そうした違いがある中で、さまざまな食文化が形成されてきたのというのが元々の姿です。

──森に流れている水こそが、大きな「恵み」だったと。

例えば「美味しい水」という表現があります。

個人差はあるでしょうが、美味しい水の基準を昔、厚生労働省が定めました。それを見ると、水に溶けているミネラルなどが薄いほどいいわけではなく、ある程度溶けているほうが美味しいとされています。そもそも「ミネラルウォーター」も、ミネラルが入っているからそう呼ばれるわけですね。

私は水を研究していて水質も扱うのですが、ミネラルの成分や硬度によって、味が大きく変わるのは確かです。やはり水の味は上流にどんな山があるか、どんな森が存在するかということに非常に大きな影響を受けます。

だから、どういう水を使って飲み物や食べ物を作るかというのは、非常に重要なことでしょう。何か飲み物を作るとき、それに合ったタイプの水があるはずです。「この水が美味しい」「このお酒が美味しい」と言われるときには、やはりそれなりの理由がある。

そして美味しい水を手にするためには、やはり上流の森に気を配って、管理することが重要です。

水があるから森がある

──地域の森の恵みは、水の恵みでもあるのですね。

もっと言えば、森があるから水があるのではなく、水があるから森があるんです。

地球は46億年前に形成され、45億年前には水が存在していたと言われています。陸地で水を利用しながら生きる森が初めて登場したのが、4.5億年前だとされています。地球上には森ができるまでの長い間、水が先に存在していたわけです。

水がなければ森はできなかったし、今でも水がないところには森はできません。森は水などの物質をうまく資源として利用しながら、それを吸ったり吐いたりして生きている生き物だということです。

その意味では、森もまた水の消費者と言ってもいいかもしれない。そこが人々が勘違いをしがちなところです。先に森があって、だから水が集まってきて湧き出していると考える人も多いようです。それは順番が逆なんですね。

──人間だけでなく森にとっても、水は大事な恵みであると。ただ現代の生活では、地域の森や水の恵みを感じることが難しいかもしれません。

近代化にともなって、田んぼを圃場(ほじょう)整備したり、水を長距離で運んできたりと、工業的な食料生産のスタイルに変わってきました。

昔は水を川から取ってきたり、地下水を汲み上げたりしていましたが、だんだん上流にダムを作って、長距離水路で輸送するようになった。

だから現代では、自分が飲んでいる水がどこの山に降った雨の水なのか、わからなくなってしまっています。かつては地域によって「水が美味しい」と言われるようなこともありましたが、今ではそういう感覚が希薄になってきました。

森という存在を「他人事」にしないために

──最後に、これから森と人間の関係性はどのようになっていくべきでしょうか。

私が今、一番まずいなと思うのは、森という存在が「他人事」になってしまっていることです。

特に都会に暮らす人が増えて、森との距離はあまりにも離れてしまっています。昔、森が提供していた恵みを、現在ではそれ以外の資材や燃料などから取ってしまっている。

そして今、森に関するお金は森林環境譲与税などの税金からも出るようになっていて、私たちが日常で支払う経済活動から森に直接流れるお金はほとんどなくなってしまいました。

それでは、森は本来の活力を取り戻せないし、人間にとって不都合な存在になっていくでしょう。

──私たちは森をもっと「自分事」にしなければいけないと。

私たちと森との距離を、もっと縮めていかなければいけません。

そのためにはもちろん森に実際に行ってみることも大切ですが、それ以外にも、水や飲み物、食料、木材、エネルギーなど、森の恵みをもっと活用しようというムーブメントを、都会のほうから起こしていかないといけないと思います。

自分で何かを購入する時にも、森からの恵みをすすんで選ぶという意識が重要です。そういう経済の循環をつくることで、都会は活性化し、森も適度に利用されることになります。

もちろん過剰利用は抑制するべきですが、現在はむしろ利用されていなさすぎる。そうしたバランスを整えるために、都会の人々の意識を変えることが重要だと考えています。

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Author
ライター

1990年、長崎生まれ。フリーランスのライター。本の著者をはじめとした文化人インタビュー記事など執筆。最近の趣味はネットでカピバラの動画を見ること。

Editor
写真家

1995年、徳島県生まれ。幼少期より写真を撮り続け、広告代理店勤務を経てフリーランスとして独立。撮影の対象物に捉われず、多方面で活動しながら作品を制作している。

Photographer
ライター/編集者

編集、執筆など。PLANETS、designing、De-Silo、MIMIGURIをはじめ、各種媒体にて活動。