連載

木を酒にして、“木の過ごした歴史”を飲む── 堀江麗×森林総合研究所:植物を起点に探る「未知なる嗜好品のタネ」

細川 紗良

 連載:「未知なる嗜好品をつくるタネ」

『広辞苑 第七版』によれば、嗜好品とは「栄養摂取を目的とせず、香味や刺激を得るための飲食物。酒・茶・コーヒーの類」とある。そして一般的に、嗜好品の対義語は「生活必需品」であるとされる。つまり嗜好品は、人間にとってエネルギーにはならず、必ずしも必要なものではないのだろうか

しかし、クラフトジン「HOLON」のファウンダーであり、嗜好品の作り手である堀江麗は、「嗜好品は生命活動を営むための、精神的な栄養をもたらしてくれるもの」と語る。

では移り変わりの激しい現代──またはこれからの未来において、嗜好品はどう変化していくのだろうか。

本連載「未知なる嗜好品をつくるタネ」は、堀江麗がさまざまな領域の専門家との対話から“あり得るかもしれない、まだ見ぬ「嗜好品のタネ」を見つけ出し、記録する収集帖。

そして、近い将来にそのタネを“芽吹かせる”ための覚え書きである。

クラフトジン「HOLON」ファウンダーの堀江麗さん

今回訪れたのは、 茨城県つくば市にある「森林総合研究所」。森林の維持や林業技術の向上を目的に研究する公的機関だ。

森林総合研究所(以下、森林総研)が「人類史上初めて、木を原料にして酒を作る技術を開発した」と聞き、「嗜好品のタネ」の匂いを感じた堀江さんとDIG THE TEA編集部は「木の酒」を作り出した大塚祐一郎さんのもとへ。

スギ、山桜、ミズナラ、シラカバ……。多様な樹種からできた「木の酒」を飲みながら、その先にある未来の嗜好品の可能性について思いを馳せた。

(文:細川紗良 写真:田野英知 編集:川崎絵美)

木を発酵させて酒にする新技術とは

堀江:近年、クラフトジン業界では「香の森」や「KODACHI」、「草木酒 フォレストジン」など、木の香りを楽しめるお酒が生まれています。しかし森林総研の技術は、従来の製法とは全く違う形で「木の酒」を生み出したそうですね。

大塚:木の香りのお酒を作るためには、蒸留酒などの土台になるお酒に木を浸漬させるか、ウイスキーのように木の樽に入れて作るのが一般的です。対して、私たちは木を発酵させてお酒にする技術を開発したんです。

森林総合研究所 主任研究員の大塚祐一郎さん



堀江:“お酒に木の香りを移す” のではなく、“木そのものをお酒に醸造・蒸留する” 技術を作られたということですね! 確かに、今まで聞いたことのない大発明です。でも逆に、なぜこれまで木をお酒にすることは難しかったのでしょうか。

大塚:木って腐りにくいんです。山の中に倒れていても、何十年も分解されない。だから建材に使われているわけですね。腐らないということはつまり、発酵もしにくいということ。そこをクリアしたのが、私たちの新技術なんです。

実際に木がお酒になる工程を順番に見て行きましょうか。まずはチッパーという機械で木材を小さく粉砕して、おがくず状にしていきます。その後、食品工場できなこなどを作るピンミルという機械にかけて、おがくずをさらに粉状にします。

堀江:樹皮はどう処理しているんですか?

大塚:皮は苔むしてたりカビがいたりして衛生面が担保できないので、事前に剥いでから粉砕しています。

右が、木材をチッパーでおがくず状にしたもの。左が、それをピンミルでさらに粉状にしたもの

大塚:ここからがお酒を作るために絶対に必要な工程です。きなこ状にした木材を、ビーズミルという機械でクリーム状にしていきます。機械の中に、粉状の素材と一緒にビーズを入れて高速回転させることで、ビーズがぶつかり合って素材がすり潰されていくイメージですね。

ビーズミルは、本来はインクを作るための機械なんです。「ジェットストリーム」というボールペンは、この機械でナノレベルまで細かくしたインク顔料の粒子を使っているから滑らかな書き心地になるそうです。

中に入れるビーズの大きさや温度などを調節して、木材を1マイクロメートル(1000分の1ミリメートル)まで砕くための最適な条件を見つけたのが、私たち独自の技術です。

堀江:このクリームの正体は1マイクロメートルになった木材ということですね! この形状にすることがお酒づくりに必須の工程であるのはなぜですか?

ビーズミルによって1000分の1mmになった木材。水分も加えるため、クリーム状になる

大塚:例えば、日本酒をつくる仕組みって、「お米に含まれるデンプンに麹(酵素)を入れることで糖化→できたブドウ糖を酵母が食べて発酵→アルコールになる」という流れですよね。しかし、木に含まれるセルロース(日本酒でいうところのデンプンにあたる)は、硬い細胞壁に守られてしまっているんです。そのため木にそのまま酵素を添加しても糖化しません。

「木の酒」をつくる場合は、細胞壁の厚みである2〜4マイクロメートルよりも細かく粉砕することで、細胞壁の中に埋め込まれたセルロースを剥き出しにし、そこに酵素を添加することで糖化させることができるんです。

堀江:糖化させてしまえば、あとは酵母を加えたら発酵してアルコールになるということですね。

大塚:その通りです。クリーム状になることで、木が微生物に食べられ放題になるということですね。ただ、木を発酵させたあとのアルコール度数は1〜3%と、一般的なお酒と比べてかなり低いんです。

セルロース の水を吸収して膨らむ性質に原因があります。ビーズミル処理で露出したセルロース は水を吸収して膨らみ、水が足りないと粘度が急上昇して装置が詰まってしまいます。そのため、ビーズミルで最後まで処理するためには多量の水を加える必要があるのです。

「木の酒」をつくるためにどぶろくを減圧蒸留器にかけて純度の高い蒸留酒にしています。

右の小さいビンはビーズミル処理で露出したセルロース に、酵素を加えてブドウ糖に分解した「糖化液」。左の大きいビンは糖化液に醸造用の酵母を加えてアルコール発酵した「発酵液」。日本酒でいうどぶろくの状態

「木の酒」、いざ試飲

堀江:アルコール度数が低いということは、ノンアルコールの商品をつくれる可能性もあるんですか?

大塚:あり得なくはないかもしれませんが、発酵しただけの状態だとどうしてもえぐみが出てしまって、そのままではごくごくとは飲めないんです。木をかじるようなイメージですね。蒸留させて香りとアルコールを濃縮させたほうが飲みやすくなります。

ただ、蒸留するとスッキリしすぎてしまう場合もあるので、木の重厚さや甘みが入っているどぶろくと混ぜたスピリッツもつくってみているところです。まずは、蒸留酒4種から飲んでみてください。

どぶろくを蒸留した蒸留酒

堀江:シラカバは、 クリアで洋梨や青リンゴのようなフルーティーさ。とても美味しいですね。ウイスキー樽に使われることでも馴染みのあるミズナラは、ミズナラの木そのものの香りがします。シラカバよりもミルキーな印象です。スギはすごく森っぽいけど、若干ココアのような香りも感じるような……。

大塚:スギが一番、飲む人によって香りの感想が違いますね。このスギは埼玉県ときがわ町のものなんですが、年輪を数えると44本、ということは樹齢44年です。他の地域では樹齢200年を超える木もあるので、こちらはまだ若いほうです。

堀江:木の過ごしてきた時間や歴史を飲んでいるんですね。

埼玉県ときがわ町の、樹齢44年のスギ

大塚:クロモジは高級な爪楊枝を作るのに使われることで有名ですね。爽やかで華やかな、とてもいい香りのする木です。香り成分は内樹皮と呼ばれる部分に多く含まれるのですが、幹が太いほどこの部分にあまり香りがない。一方で、細い幹だといい香りがするけれど、お酒の原料であるセルロースが少ないので、使用する木材の太さも検証中です。

堀江:クロモジの枝と比べて、蒸留酒はスーッと鼻に抜けるハーバルな清涼感のある香りに仕上がっていますね。

大塚:次はスピリッツです。実はヤマザクラは、蒸留酒にしたらすごく青い香りになってしまったんです。揮発する香りだけを取り出しても美味しくないけれど、もろみはとてもいい香りだったのでなんとか活かしたいと思い、蒸留酒にもろみを加えたスピリッツにしました。

堀江:桜餅に似た甘い香り。桜の落ち葉にもすごく近いですね。プラムのような重厚な甘酸っぱさも感じます。

蒸留酒とどぶろくを合わせた混成酒。蒸留酒よりも木の重厚感が感じられる

大塚:そのほか、先ほど蒸留酒で飲んでいただいた樹種のスピリッツバージョンを飲んでみてください。

堀江:シラカバはなぜか塩味を感じますね。スギやクロモジは、蒸留酒よりもさらに樹木の香りが強くなっています。

大塚:その塩味はどこからくるのか、わからないんです。人によって好みが分かれる味ですね。

堀江:ミズナラは蒸留酒と印象がだいぶ違って、バニラのような甘さと芳醇さが増しています。綺麗なウイスキーのような。とても美味しいです……!

大塚:ミズナラがお好きでしたら、コナラもどうぞ。アメリカンホワイトオーク(熟成樽に使われる木)に近い品種なので、バーボンのような香りです。

堀江:ミズナラと比べて少し荒々しい余韻がありますね。トンカ豆(南米原産の広葉樹「クマル」の果実)のような甘さも感じます。

大塚:同じナラでもこんなにも個性が違うのは、つくる側としても面白いです。諸説あるんですが、ある論文によると日本には1200種類の木がある。1200通りのフレーバーができる可能性を秘めているということなんです。

堀江:木を飲料化していく上で、安全性試験はどのように進めているんですか?

大塚:実は、日本の法律では明確な検査基準というものがないんです。もちろん製造者責任はあるので、何か起きてしまったら製造停止になってしまう。そのため私たちは、EUの安全基準に準じた基本的な安全性試験を行っています。

具体的には有害物の検査をする成分分析と、ラットに対してのアルコールの付与実験ですね。成分分析では、木にはメタノールがたくさん入っているのではという懸念があったのですが、意外にもほとんど検出されず、クリアしました。

今までにも「食」に関わるものに使われてきた木を使うのもポイントです。例えばスギは割り箸、クロモジは爪楊枝、ミズナラはウイスキー樽……といったように、安全性が担保されている樹種から実証実験を進めています。

これからの「木の酒」の可能性

堀江:木を発酵させることができれば、例えばビネガー(酢)など、他にも食用化の可能性が考えられる気がします。

大塚:美味しくできれば、もちろん可能性はないとは言えません。ただ、木をクリーム状にするのに結構コストがかかるので、どうしても高単価になってしまうんです。だからノンアルコールの商品よりもお酒のほうが親和性が高いと思いますね。

また、もしビネガーをつくる場合は、お酒とは別の場所で発酵させないといけないというハードルもありますね。酢酸菌がお酒に混入すると全て酸っぱくなってしまうからです。

堀江:お酒にすることの良さは、高単価で売りやすいところにありますね。

大塚:例えば、大きくなりすぎてしまったスギなどは、建材としての用途だと製材機に入らなくて使いづらい、と言われて価値が低くなってしまったりすることもあるんです。流通に乗ったとしても1本数千円での取引になるところが、「木の酒」になれば数万円で取引されるようになる。しかも粉にして使うので、木材として使いづらい形であっても買い取ることができます。

国産材の需要拡大や、林業という産業の価値が見直されること、そしてその先に、持続的に森のサイクルを守ることが森林総研のミッションですから、「木の酒」にどう付加価値をつけていけるかが引き続きの課題ですね。同じ山の木材と湧水を使った「〇〇山オリジナルブレンド」みたいなものをつくってもいいかもしれません。

我々は研究機関であるため、製造販売は行いません。「木の酒」が販売されるためには民間の酒造メーカーが製造して販売する必要があります。現在は日本の蒸留ベンチャーであるエシカル・スピリッツ株式会社村上木材株式会社がそれぞれ「木の酒」の事業化に取り組んでいます。森林総研では、この技術を生かした「木の酒」に挑戦する酒造メーカーを引き続き募集中です。

堀江:実際に飲んでみて、木の過ごしてきた時間や場所に想いを馳せました。時空を超えた味わい、というのはロマンがありますね。「木の酒」がこれからどんどん広がっていくのが楽しみです。

嗜好品のタネ01

樹木は品種によってその香りがとても多様である。発酵や熟成の技術と組み合わせることで、何万通りもの香りの可能性が生まれる。発酵や熟成によって化ける品種をさらに探求したい。

嗜好品のタネ02

年月が育てる味わいやその背後にあるストーリーに人は共感し、嗜好性が高まる。木の酒の原材料である木そのものが、年輪を示すように「歴史」そのもの。どのように語られ、人はそこにどのような嗜好性を見出すのかが興味深い。

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Author
編集者

1995年生まれ、武蔵野美術大学卒業。代々木上原のスペース〈No.〉の立ち上げなど、「飲食×デザイン」の領域で様々なプロジェクトに企画やディレクションで携わる。その後BRUTUS.jpを経て、現在はフリーランスの編集者として活動。広義的な編集の観点から、場や体験づくりのディレクションなど、言葉だけでない領域も対象とする。パッションワークとして、植物にまつわる探究と表現をするコレクティブ〈VERDE〉、創作の前段階の生活にフォーカスする活動〈6okken〉など。最近の興味は散歩、微生物、子宮、古代文字、音、天文と暦、エレメントなど。人や知などの情報を、伝達するだけでなく受粉できる存在でありたい。

Editor
編集者

お茶どころ鹿児島で生まれ育つ。株式会社インプレス、ハフポスト日本版を経て独立後は、女性のヘルスケアメディア「ランドリーボックス」のほか、メディアの立ち上げや運営、編集、ライティング、コンテンツの企画/制作などを手がける。

Photographer
写真家

1995年、徳島県生まれ。幼少期より写真を撮り続け、広告代理店勤務を経てフリーランスとして独立。撮影の対象物に捉われず、多方面で活動しながら作品を制作している。