2023年11月、東京の麻布台ヒルズにオープンして以来、連日予約でいっぱいの人気店「Pizza 4P’s Tokyo」(ピザ フォーピース東京)。
日本人の創業者が2011年にベトナムで立ち上げたこのピザ店は現在、日本を含むアジア5カ国で40店舗を展開する。
東京店を立ち上げるにあたり、生まれたコンセプトは「Oneness」──地球から人へ、人から人へ、地球から自然へ、自然から人へ。すべてはひとつにつながっていることを意味する。
この言葉を具体化するために、100以上の取引先から食材を仕入れて練り上げられたプロダクトやその他サービス、ピザ店ながら500冊以上売れているという作り込まれたメニューブック、店舗の内装まで、さまざまなチャレンジが行われてきた。
なぜPizza 4P’sはいちレストランとしては異例なほど、細部まで徹底的にこだわって世界観を構築するのか?「メディアとしてのレストラン」の思想と実践を、「Pizza 4P’s」のグローバルブランドディレクターで日本のプロジェクト責任者、久保田和也さんに聞いた。
(文:川内イオ 写真:江藤海彦 編集:小池真幸)
500冊売れたメニューブック
麻布台ヒルズにある「Pizza 4P’s Tokyo」のメニューブックを開く。
ページをめくるとたくさんの人や取り組みの紹介が始まり、メインのメニュー、ピザの写真が出てくるのは20ページ以降。この一風変わったこのメニューブックが、2023年11月の開店からおよそ2年で、500冊以上も売れているという。
「4P’s Dictionary」と名付けられたメニューブックは60ページのフルカラーで、フードやドリンクではなく、「人」を中心に据えた雑誌のようなつくりに驚く。

“辞書”のなかに登場するのは、「Pizza 4P’s Tokyo」で取り扱う食材の生産者、内装や家具、テーブルウェアなどの製作を手掛けた職人、店内で流す音楽を作ったミュージシャンなど、Pizza 4P’sが「パートナー」と呼ぶ人たち。彼らの思いやこだわりが、鮮やかな写真とともに掲載されている。
価格は、1冊1500円。店頭とオンラインで販売されていて、実際に麻布台まで食べに来た客以外にも購入する人がいるという。

「当初は売り物ではなかったんです。オープン以来、購入したいという方がたくさんいらっしゃったので、販売を始めました」と振り返るのは、久保田和也さん。
現在、日本を含むアジア5カ国で40店舗超を展開する「Pizza 4P’s」(ピザ フォーピース)のグローバルブランドディレクターで、日本のプロジェクトの責任者も務める。
久保田さんの想像を超える形で広まるメニューブックの最初の見開きには、「Oneness」と記されている。メニューブックも、店舗づくりも、店舗で提供されるフードやドリンクの構成も、すべてはこの言葉から始まった。

「幸福度の低さ」という課題
2011年、益子陽介さんがベトナムのホーチミンで創業したPizza 4P’s。現在は、カンボジア、インドネシア、インド、そして日本のアジア5カ国で40店舗を展開する。
ビジョンは、「Make the World Smile for Peace(平和のために、世界を笑顔に)」。同社は、このビジョンを実現するために具体的な課題を設定し、解決に取り組んできた。

「例えば、カンボジアはゴミの仕分けやリサイクルが行われておらず、ごみ問題が深刻です。そこでゼロウェイストの店舗を立ち上げ、現在、2店舗でリサイクル率91.1%(2022年度)を達成しました」
日本に初めて店舗を出すにあたり、同じように日本の課題とはなにかを考えた時、浮かび上がってきたのは「幸福度の低さ」。国連が毎年公表する世界幸福度ランキングで、日本人の平均幸福度は長年、先進国最低水準に低迷する。
2025年4月、アメリカのハーバード大学が発表した、日本を含む世界の22カ国に住む約20万人を対象にした調査でも、同月、フランスに本部を置く世論調査会社イプソスが公表した日本を含む世界30カ国の約2万人を対象にした調査でも、最下位だった。
創業者の益子さん、久保田さんなどPizza 4P’sの経営陣は、なぜ日本人の幸福度が低いのかを考えた。その時に立てた仮説について、久保田さんはこう説明する。
「コンパッション、思いやりや寛容の気持ちが少なくなっているのではないかと。その背景にはさまざまな要因があると思うのですが、生活のなかで“目の前にある人やモノ”に対して意識が向かず、つながりも薄くなっていて、実際には幸せだとしても、そのことに気づけなくなっているのではないかと考えました」
この仮説にどう向き合うのか。経営陣が着目したのは、創業時から掲げている「Earth to People」というコピーだった。
「我々はみな、農家さん、酪農家さん、漁師さんなどを通して、地球からの恵みを受けています。そういう意味で、地球から人という一方通行ではなくて、『People to Earth』でもあるし、人と人、人と生物でもありますよね。そこに携わっている人たちに焦点を当てることで、お客さんにコンパッションを感じてほしいと思いました」
「思いやりの心を持ち続けることによってつながりが深く感じられれば、幸福度は高まるかもしれない。身の回りの人やモノに思いやりを感じることができれば、平和につながるだろうと考えたんです」
この時に見いだされた言葉が、「Oneness」。すべてはつながっているという哲学的な意味を持つこのキーワードはすぐに、Pizza 4P’s全体のコンセプトとして採用された。

「Oneness」は、各国のテーマと組み合わせて用いられた。
例えば、多様な宗教、言語を有するインドは「Oneness in Diversity」、世界有数の生物多様性を誇るインドネシアでは、「Oneness through Biodiversity」。そして、グローバルにメッセージを発信する力の強い日本では、Pizza 4P’sの原点ともいえる「Oneness Earth to People」に定められた。
なぜ一店舗ですべての取引先が100軒にも及ぶのか
東京進出に際し、久保田さんは生産者を探すところから手を付けた。創業期のベトナム時代から変わらず、「自分たちがいいと思った食材を直接仕入れる」ことを貫く。
「うちのチーズは、4カ国で自家製なんですよ。創業したばかりの頃、益子は自分で牧場を巡って、おいしい牛乳を仕入れて、YouTubeで調べてチーズを作っていたんです。それがうちのルーツだし、コアな部分で、この土台を守ることを大事にしています」
「5カ国に40店舗あるのでいわゆるチェーン店のように見られることが多いんですけど、今もすべて直営で、生産者とも直取引をしているんです」
食材の仕入れにかける手間と時間は、どの国でも変わらない。
日本中に足を運んだ久保田さんは、一軒、一軒、取引先を開拓していった。チーズに使う牛乳は、千葉の館山で放牧を中心とした酪農を営む須藤牧場から。ピザ生地に使う小麦は、北海道の江別製粉とアグリシステムから。
海外から輸入するものも顔の見える取引に限定されており、コーヒーはPizza 4P’sがベトナムで選定をし行い、コーヒー豆の農家、ベトナム産のコーヒーを輸入している会社、焙煎をするONIBUS Coffeeの3社が関わり仕入れている。最終的に、麻布台ヒルズ店のすべての取引先はおよそ100軒に達した。

そして同時進行で久保田さんが担ったのが、「Oneness」を体現する店づくりだ。
「地球との一体感やつながりを感じられる空間をイメージしました。お客さんの目に入るモノ、手に触れるモノから人の顔が見えて思いが伝わるようにするために、既製品を使わず、必ず人の手が入ったものを使うことにしました」
そのこだわりは、徹底している。テーブルやイスなどの家具はどれも職人が作った一品もので、それぞれにストーリーがある。
飛騨高山にある「田中デザインプロダクト」の木工作家、田中満治さんとどのように家具を制作するかの話をしていた際に、後継者不足という悩みを聞いた久保田さんは、「その技術をベトナム人に伝授しては?」と提案。田中さんをホーチミンに招き、木材選びからベトナムの家具職人への指導を仰いだ。
今、「Pizza 4P’s Tokyo」で使われているイスは、田中さんの教えを受けたベトナムの家具職人たちが手掛けたものだ。

店内の壁に張られている6パターンのタイルには、ある一部分だけPEACEの文字が浮かび上がる。これは久保田さんがベトナムの工房に発注して取り寄せた。
もちろん、日本の職人ともコラボしている。久保田さんが徳島で活動する藍師、染師のBUAISOUの展示会に行った際、展示会が終わった後は特に使い道がないといわれて引き取ったという藍染した杉板は、家具職人に頼んでベンチにしてもらった。
ほかにも、店内の照明は水面に光る海藻を見て美しいと感じたことから、福岡のANON LIGHTINGに海藻をすき込んだ和紙を作ってもらったもの。テーブルの天板は、和紙職人のハタノワタルさんの手によるものだ。
オーダーメイドの一品ものは、高額というイメージがある。内装や家具、テーブルウェアまでオリジナルとなると、店づくりにかなりの資金を投じたのでは? と尋ねると、久保田さんは笑顔で首を横に振った。
「食材の仕入れと同じく、職人さんにもしっかりとお金が流れるようにしたいので、なるべく取引の間に人を入れないようにしています。そうすることで、費用もかなり抑えられるんですよ」
「僕らがどれだけ頑張っても、生産性や仕入れのコストで大手にかなうわけがありません。手間をかけてでも直接取引をして、他にはないものを手に入れることが差別化につながると考えています」

レストランを「メディア」として捉える
ここで改めて、「Pizza 4P’s Tokyo」が設けた課題と、課題解決のためのアプローチを振り返ろう。
長らく低迷する日本人の幸福度という課題を改善するために、久保田さんたちは「Pizza 4P’s Tokyoのパートナーに光を当て、他者やモノにコンパッションを抱くきっかけになること」を目指した。
それでは、どう光を当てるのか?
生産者や職人、ほかのパートナーも含めると、膨大な数にのぼる。それを記事化してホームページやオウンドメディアに載せても、目にする人が限られることはわかっていた。検索をしたり、SNSに貼られたリンクをクリックして記事を読む人は、もともと「Pizza 4P’s Tokyo」の取り組みに興味を持っている人だ。
それ以上の人たちに届ける方法を考えた時、久保田さんが目を付けたのが、来店客なら誰でも必ずページを開くメニューブックだった。
「僕らはレストランをメディアとして捉えています。レストランって、不特定多数に新しい発想や価値観を伝えることもできる面白い場所なんですよ。例えばサステナビリティに興味ない人も、ピザがおいしそうだと思ってもらえれば、うちに来てくれますよね」
「どんな人でも席に着いた時、メニューブックがどんとテーブルに置かれたら手に取ります。そこでパートナーを紹介すれば、より多くの人の目に触れると考えました」

メニューブックに徹底注力する理由
前述したように、関係するパートナー全員が登場するメニューブックは、雑誌と見紛うばかりの出来栄えになった。久保田さんはそこに、さらなる仕掛けを加えた。
メニューに掲載されているQRコードを読み込むと、リアルな生産者の声を聞くことができるのだ。
「生産者からお話を聞くときに、インタビューみたいな形で録音させていただいたんですよ。当然、メニューブックにはテキストでその内容を記すんですけど、生の声って人柄まで表されているようで深みが違うんですよね。だったら、このまま声を載せたほうがお客さんにも響くんじゃないかと」

もうひとつ、メニューブックの製作にあたって意識したのは、フードやドリンクに紐づく生産者と同じ熱量で、内装や家具、テーブルウェアなど飲食に直接関係のないパートナーまで網羅的に取り上げること。
それは、「Pizza 4P’s Tokyo」にとってパートナーはみな同等の価値があるという意思表示だけでなく、来店客の興味を引く意味もある。
「人の好みはバラバラだから、刺さる人に刺さればいいとは考えていません。少しでも多くの人に影響を与えないと、僕らが求めるコンパッションが広がらないじゃないですか」
「じゃあ、いろいろな好みや属性のお客さんが来るレストランでなにができるかといえば、100人中ひとりにしか刺さらないものでも、それを100個入れたら100人に届きますよね。それがすごく重要で、だからこそこれだけの人を掲載しているんです」

恐らく、日本中のレストランを探してもほかにない形に仕上がったメニューブックは、「Pizza 4P’s Tokyo」の開店当初から、大きな話題を呼んだ。大勢の来店客が注文した品と並べてSNSにメニューブックの写真を投稿し、購入したいという申し出も相次いだ。
久保田さんがなによりも嬉しかったのは、メニューブックに掲載されているパートナーたちから「メニューブックを見た人たちが、訪ねてきた」と連絡が入るようになったこと。
それは来店客がメニューブックで好きなもの、気になる人に出会ったことの証である。この反響に手ごたえを得て、メニューブックは今、インドでも導入されている。
「数値化されづらい価値」を追い求めて
久保田さんはメニューブックから芽生えた縁を育もうと、新たなアクションを起こした。
「僕らは旅行業の免許を持っていないので、現地集合、解散になりますが、お客さんとパートナーのつながりを発展させるために、ツアーの事業を始めました。お客さんを連れていくことでパートナーにしっかりと謝礼を支払うことができるし、パートナーとお客さんの間にこれまでにないつながりができます。この良い循環を増やしていきたいですね」
企画をして、生産者のスケジュールをおさえ、集客をする手間も含めると、このツアー事業は儲けにつながっていない。それでもツアーを継続的に開催するのは、「Make the World Smile for Peace」というビジョン、「Oneness Earth to People」というコンセプトが先にあり、すべての意思決定はこれらを実現するためにどうビジネスに落とし込むのかという順番で考えられるからだという。
「マーケティングの視点では、飲食店のゴールってお客さんにリピートしてもらうことなんです。 それができれば、絶対ビジネスとしては成功すると思います。でも、うちはお客さんになにかしらの影響を与えて、平和や幸福に向けて行動が変わっていくことをゴールに設定しています。それはすごく労力もかかるし、数値化されづらいところなんですけど、うちはそこをすごく大切にしてるし、僕の一番大事な仕事もそこだと思っています」

もちろん、事業を通してビジョンやコンセプトを実現するためには、ビジネスとしての成長も欠かせない。しかし、ビジネスはあくまで手段であり、目的ではないのだ。それは、「最初の1年間は赤字だった」という店舗運営からもうかがえる。
「利益を重視するなら、お店の回転率を上げるとか、価格を上げるという判断もあったかもしれません。でも、うちのKPIでは売上よりもGoogleクチコミのスコアが優先されるぐらい、お客さんの満足度を重視していて、スタッフにもそう伝えていました。満足度が高ければ、新しいお客さん増えていきながら、コアな人もリピートしてくれるようになりますから。実際、2年目は黒字になりました」
赤字の期間、創業者の益子さんをはじめとする経営陣からは、長期目線で見ているからこそ、短期の数字よりも重要視されている部分を大切にして、いずれこの取り組みはきちんと返ってくると伝えられていた。それは、資本主義の中でも、大切にするべきところはぶらさない経営陣が、東京における久保田さんの数値化されづらい「Oneness」の試みを理解し、見守っていたということだろう。

「かっこよさ」からサステナビリティを生み出す
麻布台ヒルズ店の運営が安定した今、久保田さんの新しい挑戦が始まっている。資本主義の中心地、ニューヨーク進出だ。
「アジア5カ国で展開し、東京で体現した『Oneness』を、ニューヨークで本当に表現できるのか。現時点での集大成のような気持ちです。各国で良かったポイントを取り入れながらも、インドとは異なるニューヨークの多様性を表現するレストランにします」
「ニューヨークこそ、4P’sのメッセージを伝えるメディアとして一番いいポジションだと思っているんですよね。世界に向けて、Onenessを発信していきたいと思います」
ニューヨーク店は、2026年6月にオープンを予定。さらに、日本での2店舗目として京都でのプロジェクトも動き始めている。

東京でも、ニューヨークでも、京都でも、久保田さんがOnenessを伝えるうえで重視しているのが「かっこよさ」。
Pizza 4P’sにとって、サステナビリティはOnenessの不可欠な要素だが、声高に叫ぶとそれは「義務感」になり、面倒くさいもの、さらには押し付けがましいものとして捉われかねない。久保田さん自身も、「サステナビリティにまったく興味がなかった」という。
ところが、インドネシアのバリ島にあるお気に入りのビーチバー・ポテトヘッドが立ち上げた「ゼロウェイストレストラン」を見て、180度、意識が変わった。
「見せ方がめちゃくちゃかっこいいんですよね。その時僕もはじめて、サステナビリティ=かっこいいと感じるようになりました。カンボジアでゼロウェイストの店を作ったのも、ポテトヘッドからインスパイアされたんです。そういうノリって大切だと思っていて。かっこいいことに人は影響されるし、自発的な行動をするきっかけになるから」
Pizza 4P’sがデザインやクリエイティブに力を入れるのも、人をインスパイアさせる存在であるため。そのうえで、サステナビリティという言葉ではなく、コンパッションやOnenessという文脈で来店客にその価値を訴える。ただれを伝えるうえで、かっこいいだけではなく、本質的な取り組みであることを伝えるべく、サスティナビリティレポートという形で示してもいる。
そして、Pizza 4P’sに来るお客さんは、喜びとして、あるいは応援するようにその価値を表現するフードやドリンクを堪能する。その味とサービスに満足したお客さんのなかには、自然と平和や地球に思いを馳せ、なにかしらの行動を起こす人もいるだろう。そう、メニューブックを見て生産者を訪ねるように。
「いま、欧米ではサステナブルであるのが企業として、顧客を掴むため必然になっていいますよね。その上で僕らは、多くの人をインスパイアして少しでも幸せにすることを、企業として大切にしていきたい。そしていずれ、僕らの取り組みから発生した目に見えない効果が、なにかしらの形で評価されたらいいなと思っています」

1979年生まれ。ジャンルを問わず「世界を明るく照らす稀な人」を追う稀人ハンターとして取材、執筆、編集、企画、イベントなどを行う。稀人に光を当て、多彩な生き方や働き方を世に伝えることで「誰もが個性きらめく稀人になれる社会」の実現を目指す。
編集、執筆など。PLANETS、designing、De-Silo、MIMIGURIをはじめ、各種媒体にて活動。
ひとの手からものが生まれる過程と現場、ゆっくり変化する風景を静かに座って眺めていたいカメラマン。 野外で湯を沸かしてお茶をいれる ソトお茶部員 福岡育ち、学生時代は沖縄で哺乳類の生態学を専攻
