食通たちが足繁く通う、東京・六本木にある完全予約制のデザートバー「Pâtissière MAYO(パティシエール マヨ)」。
オーナーパティシエである宮田真代さんが目の前で組み立てていくパフェやケーキには、ライブ感とともに、その瞬間にしか味わえない“儚い美味しさ”がある。
“できたてのデザート”を主役にしたバーは、どんなきっかけから生まれたのか。
また一人のゲストがパフェ、ケーキ、焼き菓子と平均2〜3品オーダーするのは当たり前という、甘いもの尽くしでも食べ飽きない魅力とは?
「作品を共有する感覚」で手がける宮田さんのお菓子には、特別な魅力が宿っていた。
(文:藤井存希 写真:川しま ゆうこ 編集:川崎絵美)
“2軒目使い”に、デザートとワインやお茶を合わせるバー

六本木で夜のみ開かれる、カウンター10席だけのデザートバー「パティシエール マヨ」。
黒を基調とした店内で、艶やかなフルーツが華を添え、目の前でパフェやショートケーキが組み立てられていくさまは、まるでインスタレーションを鑑賞しているかのようだ。
そんな“できたてのデザート”を主役にしたバーは、オーナーパティシエである宮田さんによると当初からの構想だったという。

宮田さんは製菓学校を卒業後、パティスリー「アンテノール」で3年間、焼き菓子の技術を学び、フレンチの「リベルテ・ア・ターブル・ド・タケダ」や「ラール・エ・ラ・マニエール」など数々の名店でシェフパティシエを経験。
2018年の立ち上げから参加したイノベーティブレストラン「長谷川 稔」(現「薫 HIROO」)では、カウンターテーブルで、パティシエだけでなくサービスも兼任した。
「ピタッとした襟付きの黒いコックコートを着てサービスしていたので、お客さまもまさかコックコートとは気づかないんです。カトラリーをセットし、料理を提供して説明もして、デザートのタイミングになったら、急に目の前で作り出すので皆さんビックリされていました(笑)」
今でこそ皿の上で仕上げるデセール(フランス語でデザートのこと)の店が見られるようになったが、当時はまだ専門店が少なかった。
目の前で仕上げまで全て見られるカウンタースタイルは、「お客さまにも楽しんでもらえる」と手応えを感じたそう。

さらに翌年、同店のLab.が本オープンするまでの期間中、夜だけの営業形態で宮田さんはデザートを提供することに。
「20時頃からの営業でしたが、告知をしなくても20席ほどが常に満席でした。お客さまに『ここにいらっしゃる前はどちらに?』とたずねると、『お寿司屋さん』『焼肉屋さん』など、ほとんどデザートのないお店ばかりだったんです」
「そこで、食後の“2軒目使い”としてデザートとワイン、お茶などの組み合わせのニーズが高いことがわかりました。デザートだけのお店を切り取ってみてもいいのかもしれないと感じて、今のスタイルが見えてきました」
人気店のため、予約開始と同時に2カ月先まで予約が埋まってしまうパティシエール マヨだが「本当は“2軒目使い”として、フラッと来ていただけるようにしたい」と話す。一度来店したことがあるゲストには「空いていれば夜21時以降にご案内している」のだそう。
全国の産地を訪問、生産者から直接仕入れるフルーツ
この日にいただいた季節のパフェは、「葡萄のパフェ」。
下から、梅酒のゼリー、ブドウ「ブラックビート」のコンポート、生クリーム、ラムレーズンのパルフェ、自家製リコッタチーズ、イチジクジャムを重ねて、フレッシュのブラックビートと、マスカット「翠峰」、さらにブラックビートのシャーベットで仕上げた。
ブドウの皮で漬けた紫蘇のグラニテを合わせることで、さっぱりと味のまとまりも良くなる。

「最後までおいしく食べてもらいたい」という宮田さんの繊細なクリエイションが積み重なったパフェは、旬の素材ごとの甘さを感じつつも、爽やかな余韻すら残す。
梅酒に使われている梅は、シェフである夫・池田孝志さんの故郷、熊本でご家族が栽培しているそう。
また、パルフェに使った自家製ラムレーズンは、去年、山梨の信玉園から卸したブラックビートとナガノパープルをセミドライにしたうえで、ラムに漬けて1年熟成させたもの。今年もまた来年用に仕込んでいるという。

全国から直接仕入れるフルーツは、農家の方々が手塩にかけて育てているからこそ、その想いを背負ってお菓子に仕立てていると宮田さんは言う。
「市場や業者を通すよりも、生産者さんと顔を合わせて話をして、どんな環境で作られているかを知ることが大切だと思っているので、実際に産地へ伺います」
「生産者さんを訪ねるときは、できるだけ自分が作ったお菓子を手土産にしています。その農家で育った果物を、私がお菓子に仕立てて『こんなふうに仕上がりました』とお渡しすると、とても喜んでいただけて、一緒に作り上げている感覚が沸いてきます」

パフェを作るうえで意識しているポイントは、「酸」だそう。
「パフェはそもそも甘いのですが、素材の甘みを引き立たせてくれる酸を、必ずどこかに入れるようにしています」
「例えば、甘いイチジクにクレームブリュレを合わせると少し重たい甘さになりますが、そこにルバーブの酸を合わせてあげると、一気にまとまって、イチジクの甘みが引き立つんです」
お菓子の概念が変わった“できたてしょーとけーき”
パフェと並び、「Patissière MAYO」の看板を張るのが、旬のフルーツで作る「できたてしょーとけーき」。これは、宮田さんにとっても“お菓子の概念が変わる一品”だったという。

「まだお店を開く前に、友人から子ども向けのお菓子教室をやって欲しいと頼まれて、ショートケーキを作りました。子どもたちと一緒にスポンジと生クリームを作ったら、まだ冷やしていない状態で『早く食べたい!』と言い出すんです」
「仕方なく、粗熱だけとったスポンジと出来立ての生クリームをサンドしてすぐに食べてもらったら、『めちゃくちゃ美味しい!』と喜ばれました」
ケーキ作りを学んできた立場から「そんなわけないでしょ」と思ったが、試しに食べてみたら驚いた。
「想像以上に美味しかったんです。私が知っているショートケーキの味ではなかったんですが、出来立てのショートケーキってこんなに美味しいんだとびっくりしました」
「これは新しいアシェット・デセール(出来立てのデザートを皿に盛り付けて提供するスタイル)なのかもしれない」
そう感じた宮田さんは、開業時から出来立てのショートケーキをメニューに取り入れることにした。

スポンジは、きめが細かく、卵の味わいがしっかり感じられる、ふわふわの食感。
断面に見られる、フルーツと生クリームのわずかな隙間は、作りたての証だ。ほかでは味わえない儚いおいしさを味わうことができる。

ふわふわでやわらかいケーキだからこそ、カットするとすぐにコテンと倒れてしまうが、その姿も愛らしい。
ショートケーキのために毎日焼きあげるスポンジの材料は、6種類のみ。
多くの材料を使えば安定しやすいが、「ショートケーキはシンプルなものだからこそ、妥協できない」と、少しでも仕上がりに違和感があれば、必ずやり直す。

季節によってマンゴーやイチゴ、イチジクなど旬のフルーツをサンドする。柔らかさや甘さ、酸味のバランスが少しでもショートケーキに合わないと感じたら、その日はメニューには載せないこだわりようだ。

生クリームは手をかけすぎると、脂肪分が出てきてベタっとしたり、味が変化したりしてしまうため、宮田さん自身が毎日必ず手作りする。生クリームの硬さや撹拌の回数も、フルーツの種類や気温や天候によって微調整するという。

二十歳からずっと書き続けている、何十冊ものノート
パフェの構成力は、レストラン時代に接客だけでなく料理の説明も担当したことや、バーテンダーとの会話からカクテルを学んだことが、大きく影響していると話す宮田さん。フルーツの組み合わせや、何層ものパーツの重ね方は、宮田さんならではのキャリアやセンスの集合体だ。
「新しいレシピを考えるときは、昔のノートを引っ張り出して参考にすることも多いんです」と宮田さん。二十歳のときから現在も書き続けているという、何十冊にも及ぶノートを見せてくれた。

「単なるレシピ帳ではなく、配合やアイデアを絵と文字で記録したものです。私はだいたい絵で覚えているので、例えば、あのときのリコッタチーズの配合は、あの職場のノートに描いたはず…という記憶で、引っ張り出せるんです」
「ノートの通りに作っても、いまの『Patissiere MAYO』の味にはならないですが、いつしか自分にとっての財産みたいになっていますね」

蓄積されたデータとセンスが生み出す、パフェという名の作品

「実は、パティシエになりたかったわけではないんです」。そんな驚きの言葉から、自身のルーツを話してくれた宮田さん。
「もともとは美容師になりたかったんですが、通っていた高校が専門的な授業を選べる学校で、いろんな職業診断を受けてみたところ、一番適性があるのがパティシエだったんです。お菓子が大好きだったからというよりも、向いているなら、という理由で選びました」
「“焼き菓子の街”神戸で生まれ育ったというルーツも大きいです。週末は家族でケーキ屋さんに行って選んで、帰ってお家で食べるという、神戸ならではの文化があります。街にいろいろなケーキ屋さんがあったので、焼き菓子やケーキが身近な存在でした」

「もっと遡ると、小学校の頃から勉強よりも音楽や美術、書道などの副教科の方が得意で、パフェやデザートを作っていく工程も、私の中ではその延長にある感覚なんです」
「例えば、粘土を組み合わせて作品を作るように、味を組み合わせて立体的に表現していくのがパフェで、私にとってお菓子作りは、一番の自己表現なんだと思います」
蓄積されたデータとセンスが掛け合わさって、クリエイティブなパフェを創出する真代さん。
「たとえば、イチジクに合わせて、今回は白味噌のアイスも作ってるんですが、まず『イチジクに何を合わせよう』と考えた時に、頭に浮かぶのは、イチジク+白味噌=◎という絵や方程式。周りの人に話すと変人扱いされてしまうことも(笑)」

「私はパフェやケーキを“自分の作品”として捉えているので、お客さまが食べているのを見ると、ときどき“自分が作った作品を、味わってもらうことを通じて、共有している”ような感覚になるんです」そう言って微笑む宮田さんが手がけるお菓子には、嗜好品としても特別な魅力がある。
「自分の作るお菓子も含め、嗜好品ってマストなものではないですが、あったらより幸福度が上がったり、豊かになったり、“気持ちに寄り添えるもの”なのかな、と感じます」
「『仕事が大変だったから』とか『嫌なことがあったから』とフラッと来てくださる常連さんも多いです。自分の作るお菓子でリフレッシュしてもらえるのはすごく嬉しいですね」

大学時代に受けた食品官能検査で“旨み”に敏感な舌をもつことがわかり、国内・国外問わず食べ歩いて25年。出版社時代はファッション誌のグルメ担当、情報誌の編集部を経て2013年独立。現在、食をテーマに雑誌やWEBマガジンにて連載・執筆中。
お茶どころ鹿児島で生まれ育つ。株式会社インプレス、ハフポスト日本版を経て独立後は、女性のヘルスケアメディア「ランドリーボックス」のほか、メディアの立ち上げや運営、編集、ライティング、コンテンツの企画/制作などを手がける。
若いころは旅の写真家を目指していた。取材撮影の出会いから農業と育む人々に惹かれ、畑を借り、ゆるく自然栽培に取り組みつつ、茨城と宮崎の田んぼへ通っている。自然の生命力、ものづくり、人の暮らしを撮ることがライフワーク。
