「僕、実は“ほっこり”という言葉がすごく苦手なんですよ」
世界中からうつくしいお茶を集めるコノハト茶葉店の店主、三宅貴男さんはそう明かす。
本州最北の地・青森から、世界中のお茶を全国に届ける三宅さん。お茶に魅せられた20代の頃から、リラックスを超えたお茶のパワフルな可能性を感じていたという。
現代における「お茶の時間」とは何か。音楽とお茶で人々の生活にリズムをつくってきた三宅さんの歩みを紐解きながら、「お茶の時間」を探求していく。
レコード会社のバイヤーが、故郷・青森で描いた新たな夢
JR青森駅から車で約10分。コノハト茶葉店のガラス張りのドアを開けると、右奥に大きなカウンターが広がる。
世界から集められた中国茶、台湾茶、紅茶、日本茶、ハーブティーが、それぞれの茶器とともに店内を彩る。茶葉だけでなく、コーヒー豆やドリッパーも同じ空間に馴染んでいる。
コノハト茶葉店を始める前、もともと東京の音楽レーベルでバイヤーとして働いていた三宅さん。「音楽が大好きだった」と10代をふり返る。
「中高生の頃は、音楽をやりたい、音楽で食べていく。そんな夢を持った少年でした。でも途中で気がつくわけです。僕は音楽なんかつくれないと。それでも音楽に関わった仕事がしたい。そう思って、ずっとやってきました」
「責任者が独立して、小さいレーベルを一緒に作って、そこでまた営業や企画、CDを詰めた段ボールを閉じるところまでやっていました」
27歳で故郷の青森に帰った。特に深い理由はなかった。
ただ、音楽業界でパッケージビジネスが衰退していく未来は見えていた。地元のCDショップでバイヤーとして働きながら、これからのキャリアを思い描いた。
カフェの文字が、頭に浮かんだのはその頃だった。
「当時はカフェブームで、渋谷のカフェ・アプレミディの世界観が大好きだったんです。カフェと音楽と旅みたいなテーマが好きで、せっかくだから僕もやりたいなと」
雑貨店の一角でスタートした小さな茶葉店
物件がなかなか見つからず、1年ほど経った頃、雑貨店を始めた友人が声をかけてくれた。
「まだ商品も少ないから一角を貸してあげる、と言ってくれて、本当に小さなスペースからお茶の専門店をスタートしたんですね。それがこのコノハト茶葉店」
「お茶を買いにくる人ではなくて、雑貨を買いにくる人に対して、お茶のお話をする。すると『茶器、可愛い。これで飲むお茶をください』って。お茶じゃなくて茶器から入る人が多いんですよ。逆なんです。ああ、こういうものかもしれないな、と思ったんですよね」
コノハト茶葉店の原点は、茶器をきっかけに茶をおすすめすることだった。
なぜコーヒーではなく、お茶だったのだろうか。
三宅さんは、「好きだから」とひと言。
「本当にお茶が好きで、お茶を飲む時間が好きだったんですよね。お酒は飲まないし、コーヒーも飲みますけど、そんなに。だから、好きなものを仕事にしようと」
アイルランドの旅で見つけた、茶と日常の関係
そんな三宅さんのお茶との出会いは、20代の頃に旅したアイルランドに遡る。
「音楽が好きで旅に出たんですよね。ロックが好きだから、やっぱり最初に訪れたのはイギリス。ちょうどWindows 95が出て、インターネットで少し検索ができるようになってきた頃です。いろんなミュージシャンのことを調べていくと全部、源流がアイルランド、アイルランド…」
こうして三宅さんは、音楽のルーツであるアイルランドをめぐり、目的のない旅をした。普段は人見知りだが、アイルランドで出会った友とのつながりは不思議と続いた。
「家に招かれると、とにかくお茶を出してくれるんです」と三宅さんはふり返る。
「朝起きたら、『おはよう、お茶飲みましょう』、出かける前に『お茶飲みましょう』」
「出かけた先で『お茶飲みましょう』、帰ってきたら『お茶を飲みましょう』」
お茶の時間は、ひと休みするだけではなく、次のアクションに向かう充電のひとときでもあった。
「アイルランドのおばあちゃんの家にも遊びに行ったんですけど、本当にお茶が水代わり。もともと安かったんでしょうね。マグカップにティーバッグをばっと入れて、お湯をわーっていれて、スプーンでこうして潰して何回か飲む。そこに、ミルクをトコトコと注ぐ…」
「ずっとお茶を飲んでいるんですよね。それがすごく新鮮というか、ちょっと特別な時間というか。日本ではお茶の時間は、区切りをつける“句読点”になっていますよね。アイルランドの場合は、“何かの時に飲んで、次に行く”感じで、それがすごくいいなと思ったんです」
「コノハト」は、三宅さんがアイルランドで最初に乗った電車の終着駅のある地方の名だった——。
紅茶から中国茶へ。中国公式茶藝師との出会い
お茶に魅せられた三宅さんは、紅茶にとどまらず中国茶の扉も開く。中国茶コミュニティで出会った、北京で茶の仕事をする日本人のサポートで、中国公式茶藝師の資格も取得した。
「高級茶藝師の資格を持っている方に、どんなことを学べばいいのか教えてもらって、いろいろ調べて独学して、中国に渡って数週間、現場でお茶を飲んだりして、中国公式茶藝師の試験を受けました。茶藝師の勉強は、お茶を体系的に考えるいいベースになりましたね」
中国公式茶藝師の試験は、あくまで「お茶」への理解を測るため、上級の試験でなければ中国語ではなく日本語で答えることができたという。
「お茶の時間」が意味するもの
コノハト茶葉店の品揃えからもわかるように、三宅さんにとっては、紅茶も、中国茶も、そしてコーヒーも「お茶」である。
三宅さんの自著『「うちでお茶する?」のコツ100』(雷鳥社)でも、日本茶のみならず多様なお茶やコーヒーを内包して「お茶」と表現していた。本書は中国、台湾、韓国でも翻訳され、重版するなど好評を博す。
はたして、三宅さんが「お茶」と定義しているものは何だろう。
三宅さんが開くお茶のワークショップでは、はじめに、「茶」とはチャノキから作られる加工品であり、カメリア・シネンシスというツバキ科の植物から摘んだ芽や葉を加工したものである、と伝えているという。
「その定義を知ったうえで、ここで売っているものは、僕にとってお茶なんです」
「最初に自分の頭で考えたものが、『お茶にしましょう』、つまり『お茶の時間にしましょう』だった。アイルランドで体感した『出かける前にお茶にしましょう』が先にあったので、お茶の時間にまつわる飲みものが、全部『お茶』でつながっているんです」
「もちろん定義としてのお茶もある。でもそうではない“時間としてのお茶”もある。両方ですね。うちにはコーヒーもハーブティーもありますが、やっぱりどちらも『お茶にしましょう』っていいますよね。水とは違います。不思議ですよね」
たしかに、「お茶」という言葉には、自然と「時間」のコンテクストが付随する。
「お茶を淹れる時間、その言葉だけで、すごく幸せで贅沢な気がしますよね。誰かにお茶を丁寧に淹れる時間も、癒しになります」
現代に「お茶」を広めるために大切な視点
コノハト茶葉店には、幅広い世代が訪れるが約9割が女性だという。この10年で自分のためにお茶を買う男性が少しずつ増えてきたそうだ。
とはいえ、現代において自分なりのお茶の時間を楽しめている人はまだまだ少ない。三宅さんは、日常にお茶が普及するには、「スタイリッシュであることが欠かせない」と話す。
「スターバックスが25年前の1996年に銀座に上陸する前は、喫茶店やカフェしかなかった。スターバックスによって、女性が仕事の前にコーヒーをテイクアウトするスタイルが生まれました。急にコーヒーがスタイリッシュになりましたよね」
「例えば、レコードは趣味としてはすごくいいですよね。音もいい。でもみんな持ち歩くのはレコードではなくデータです。絶対に戻らない。お茶もスタイリッシュでカジュアルなかたちで進めていきたい。とはいえ、伝統的なものにも憧れるんですけど(笑)」
「いま僕がやりたいのはティーバッグ。すごくちゃんとしたティーバッグを広めたい。スタイリッシュな形でティーバッグを入れて、それを持ち歩くのがかっこいい感じにしたい」
「僕、実は“ほっこり”という言葉がすごく苦手なんですよ」と、三宅さんは明かす。
「もちろん癒されたりすることも大事なんですけど、僕には最初から、働いている女性が頑張って仕事をして、ちょっと疲れたときに、一度お茶を自分で丁寧に淹れて、『さあ、次に行こう』と思える。ずっとそんなイメージが頭の中にあるんです」
「音楽」と「お茶」をつなぐ共通項
茶に関連したグッズも揃うコノハト茶葉店。なかでも茶香炉は人気だという。
茶香炉は、「日本茶が一番甘くて、いい香りになる」と三宅さんは語る。
静岡の製茶工場で、わあっと広がるお茶の甘い香りを体感したことで、お店でも茶香炉を焚くように。その香りに魅せられた客からの「欲しい」という声で、実際に販売するようになったそうだ。お茶に含まれるカフェインが気化してキラキラと煌めく。
インタビューの終盤、三宅さんは自身のキャリアについて口にした。
CDショップのバイヤーとして地元のメディアに出ていた三宅さんは、茶葉店を開いたときに、周囲の人たちに大いに驚かれたのだという。
「みんなに『畑違いだね』と言われたんですけど、僕には全然そういう感覚がなかった」
「音楽はものすごく好きだったんですけど、自分では作れないと思った。でもバイヤーをしているとき、セレクトには変な自信があったんですよ。これはものすごくよくて、絶対に君が気に入るっていうのを探してあげられる。いつもすごく喜ばれたんです」
「お茶も全く一緒で、僕は全然作れないんですけど、目利きには自信があって、やっている仕事はそんなに変わっていない感じがするんですよね」
三宅さんは、「どちらも提供しているのは、時間なんです」と微笑んだ。
「器に葉っぱ。この意味は世界共通です」
三宅さんは、本の前書きにそう綴る。
世界中からお茶を集め、一人ひとりにお茶の時間を広めていく。
かつて音楽レーベルの名バイヤーだった三宅さんはいま、スタイリッシュなお茶の時間を通じて、人と人をつないでいる。まるで、お茶の世界に現れたDJのようだった。
(写真:川しまゆうこ)
『DIG THE TEA』メディアディレクター。編集者、ことばで未来をつくるひと。元ハフポスト日本版副編集長。本づくりから、海外ニュースメディアの記者まで。企業やプロジェクトのコミュニケーション支援も。岐阜生まれ、猫好き。
Editor. Born and raised in Kagoshima, the birthplace of Japanese tea. Worked for Impress, Inc. and Huffington Post Japan and has been involved in the launch and management of media after becoming independent. Does editing, writing, and content planning/production.
若いころは旅の写真家を目指していた。取材撮影の出会いから農業と育む人々に惹かれ、畑を借り、ゆるく自然栽培に取り組みつつ、茨城と宮崎の田んぼへ通っている。自然の生命力、ものづくり、人の暮らしを撮ることがライフワーク。