恵比寿に生まれた“友達の家”、「Yellow」が生んだ新たなシーシャの空間

Yuuki Honda

段々と積み重なっていく通知。だらだらと更新を続けるタイムライン。

五感で触れる前に変わっていく季節、街路樹の色。

生きているようで、追われているような焦燥。

そのなかで、ふっと一息つける間を求めて。

本特集「ポジティブな逃避のシーン」では、せわしない日常を溶かすプロダクト、出来事、人にフォーカスを当て、もっと前向きに「日常における間」を創っていきます。

今回のお相手は、恵比寿にある黄色のビルが目印のシーシャカフェ「Yellow」の石川穣さんと写真家のENO SHOHKIさん。

Yellow共同オーナーの石川穣さん(写真左)と、ENO SHOHKIさん(写真右)

2021年2月にオープンしたばかりの店内の壁は黄一色。元の塗装を生かした空間をバックに並ぶ2人は、仲の良い友人であり、共同オーナーという間柄。ひょんな出会いから交差した2人の人生と、シーシャとの出会い、コンセプトに“友達の家”を掲げる「Yellow」のスタイル、そしてこれからのこと。

パイプを片手に煙くゆらす気鋭のシーシャカフェ、そのキーマンについて──。

(PHOTO: ENO SHOHKI)

“友達の家”のようなシーシャ屋、人と人を繋ぐ魅力

──2人がシーシャを初めて体験したのはいつですか?

ENO:だいたい8年前、大学生の時でした。友達と下北沢のシーシャ屋に行ったんです。でもそこから通うようになるまでには割と時間が空いてます。大学を卒業してだんだんカメラの仕事をするようになったんですけど、その頃から周りの友達と通うようになりました。

──友達がきっかけなんですね。

ENO:そうですね。それに店員さんと仲良くなれたのも大きかったかも。

──やはり人ですか。

ENO:そんな気がします。仲良くなると色々教えてくれるようになるから面白いんですよ。吸い方とか、どういう風にフレーバーを詰めてるとか。ほんと友達の家に遊びに行くみたいな感じで行っていました。

基本はPC開いて仕事してたんですけどね。「ご褒美にシーシャがあるし、さくっと仕事するか」みたいな感じで(笑)。

石川:僕が最初に行ったのは渋谷にあるお店なんですけど、正直「高いな」と思って、それ以降シーシャは全然だったんです。だから僕はENOの影響ですね。「今このシーシャ屋にいるんだけど」って連絡が来て「じゃあ行くわ」って。部室に集まるみたいな感じかな。

店内にはENOさんの作品が飾られている

──石川さんも人の繋がりがきっかけで、それがENOさんだったと。

ENO:シーシャ屋ってなぜか絶対にWi-Fiとコンセントがあるのがうれしいよね。シーシャ屋に昼からいる人って珍しいから混んでて入れないってこともないし、Wi-Fiがあれば仕事ができるしゲームもできるし、ボードゲームが置いてあるところも多いし、本とか漫画もよくあるし。

石川:確かにね。フリーランスだと別にオフィスがあるわけじゃないから、友達と集まる場所としてシーシャ屋があったイメージです。

──そもそも2人はいつ出会ったんですか?

ENO:7年前ぐらい前かなあ。僕がいろんな人に会いに行って誕生日を祝われるみたいなことをやってて。

──自分で?

ENO:そうです(笑)。夕方ぐらいまで友達といて、次に会いたい人に電話したらたまたまその友達の家に彼がいたから、そのまま会いに行って、そこで初めて会ったんですよ。僕はその友達に会いたかっただけなので、偶然そこにいただけ。その日は「どうもお邪魔します〜」ぐらいの会話しかしてなくて、翌日はちゃんと覚えていないぐらいでした。

──そんな出会いから、一緒にオーナーをやるようになると。

ENO:まさかですよね。その翌々日ぐらいにイベントに行ったら、そこにも穣がいたんです。「あれ? このまえの?」って感じで話したら、実はめちゃくちゃ近い業界にいたし、共通の友達もいたからよく飲むようになったって流れですね。お互い中目黒あたりにいることも多かったのですぐに会えたし。ここ2、3年ぐらいはマジで毎日会ってます。

遊びから始まった「Yellow」の原点

──仲が良くても、一緒に事業を始めるのはまた別の話ですよね。

ENO:ちょっと前に遊びで「ツカノマフードコート」ってところで週1でシーシャのお店をやらせてもらう機会があって。楽しかったし友達からの反響も多かったんですね。

──2019年10月から4カ月間、期間限定で開いていた神泉のお店ですね。飲食店を中心にいろんな人たちが集まってコラボしてた。

石川:この「ツカノマフードコート」を主催してたメンバーの1人がたまたま知り合いだったんです。それで「ちょっと良い場所あるからなんか面白いことやってよ」と言われて。

ENO:短い間だったけど、僕らの周りの友達がよく来てくれました。

石川:それぞれの友達を混ぜる機会はその時が初めてだったよね。例えばご飯を食べに行くんだったら5人ぐらいが人数的に限界だけど、自分たちの場所があれば10人でもいける。

──食べてるときは話しづらいですからね。

石川:僕らのあの時の明確な目的は、僕ら同士の友達が交わる場を作ることでした。シーシャを選んだのはただ自分がハマってたから。細かいところは今も「Yellow」でシーシャを任せてる(店長の田村)嶺くんにおんぶに抱っこでしたけど。

ENO:友達が「またシーシャ屋やってよ」って言ってくれてたし、僕らの友達同士が「ツカノマフードコート」で出会って仲良くなっていたように、そういう交わる場をまた作れたらいいだろうなと思って。

石川:コロナ禍でなかなかお店に行きづらい世の中のムードがあったのもあるよね。

──知り合いのお店だったら行きやすいですよね。

石川:個人的には「時代の変わり目の大きな波にどう乗っかる?」みたいなことを考えていて。今は飲食店がいっぱい潰れて、一方でリモートワークが増えて、ライフスタイルが大きく変化するタイミングですよね。

会社にいるより個人で動く方が自分の強みも活かせると考えていたし、他の仕事もしてみようと思っていました。とりあえず物件を探してみたら、いいところが見つかったので、じゃあやるかと。

──時勢と個人的な事情が上手く重なったタイミングだったんですね。そういえばお店が入っている建物の名前が「黄色いビル」ですが、店名の「Yellow」はこれに合わせたんですか?

石川:そうです。店内の壁紙も変えずにそのままなんですよ。

──オープンから半年と少しですが、手ごたえはいかがですか?

ENO:「ツカノマフードコート」の時よりコミュニティが広くなるので、知らない人も来てくれるのが面白いですね。ただなんだろうな……たぶんお店の雰囲気とか出してるものがあんまりシーシャ屋っぽくないからか、僕らと似てるトーンの人たちがよく来るんです。年齢も業界も。だからSNSで友達になったら共通の友達が何人かいるってことがよくあります。年齢層はだいたい20代後半から30代前半で、女の子の比率が高いかも。

石川:「ツカノマフードコート」の時と明確に違うと言えるのは、僕ら自身もできることが増えてることですね。空間をちゃんとデザインして、僕らがどんなものを提供していきたいかを打ち出してます。恵比寿は人が多いエリアでもあるので、ちゃんとオリジナリティを出さないといけないと思っています。

どうでもいい原価率、また来てもらえる場所づくり

──実際はここに来られる人たちは、どういう過ごし方をしている人が多いんでしょう。

ENO:ゆっくりしてる人が多いと思います。週に2回くらいの頻度で来る人が多いかな。

──いわゆる常連ですよね。新しいお店に、どうして通ってくれると思いますか。常連がつくのもけっこう難しいと思うんですが。

ENO:バーよりライトな感じがいいのかもしれません。暗いバーに1人で入ってくのは勇気がいるじゃないですか。そういう意味でここは1人でも来やすい。

石川:まあシンプルにシーシャが美味しいってのもあると思う。僕は原価はどうでもいいと思ってます。より多くお店に来てもらう方が重要なんで。出してる飲み物もちゃんとしたクオリティだと思うし、明らかに他のお店とは違うって言えるものを提供しようとしています。

(PHOTO: ENO SHOHKI)

─原価率を重視するのではなく、また来てもらえることを重視している。

石川:はい。オペレーションありきで、どれだけ原価を下げて…みたいなことを重視しているお店もあると思うけど、僕らはちゃんとコミュニケーションをして、良いものを提供したいと思ってます。だって友達に原価を考えてものを出さないじゃないですか。

──あ〜めちゃくちゃ納得できますね。

石川:友達に「これめっちゃ美味いんだよ!」って言えるものを出したいので、そこはすごく大事にしています。お店をやるなら、心地良いコミュニケーションができるか、黙ってめちゃくちゃ美味いものを出せるかだと思っていて。

──なるほど。

石川:もっと言うと、そこにいる人が、すごく好きでやってるんだってことが伝わるのが僕にとっては重要です。僕はただおしゃれなお店よりも、そういう人間味があるところが好きなので。

石川:Yellowでシーシャを初めて吸って、シーシャを好きになってくれる人も多くて。たぶん、それがこの店があることの1番の価値だと思います。「あそこの抹茶ハイ美味しいらしいよ」とか、「恵比寿にいい感じのとこあるよ」とか、「ENOがお店やってるらしいよ」とか、シーシャ以外のルートでもここに来てくれる人が多いのも新しいのかな。

ENO:友達が友達を連れてきてくれたりね。

石川:この店の少し変わった盛り上がり方を知って、嶺くんの周りにいるシーシャ業界の人たちが注目してくださっているみたいです。僕とENOがいる業界に対してはシーシャの面白さを伝えつつ、シーシャの業界には新しい生態系っていうかコミュニティの感じを見せられている感覚があります。Yellowは中間の良いポジションにいるからこそ役割は果たせているのかな。

いろんなシーシャのお店で経験を積んだ店長の田村嶺さん(写真中央)

──まだ始まって半年ほどですが、今後の展望は考えていますか?

石川:「お店増やさないの?」とはよく言われるんですけど、増えたお店に僕らがいなかったらあんまり意味がないと思っています。

──友達の家、ですもんね。

いい意味で何かに囚われてるわけではない僕らに期待されてるのは、シーシャ業界の人たちができないアプローチをしていくことです。例えば、このシーシャパイプはドイツ製なんですが、これを選んだ理由は、中東系のクラシックなシーシャパイプは僕らの世界観には合わないと思ったからです。このドイツ製シーシャパイプを国内で使ったのはおそらく僕らが初めてなんじゃないかな。

石川:あとは味を濃く出すとか。しっかりと味がするシーシャを提供するのはかなり意識しているので、そういうフレーバーを選んでいます。

──味を濃く出すのはなぜですか?

ENO:うっすーい味の酒が出てきたら、もうそのバーに行きたくないですよね。

──確かに。これ以上ない説得力です。

ENO:これは穣がよく言ってることで、原価の話にも繋がるんですけど、利益ベースで考えてないというか、本当に質の良いものを出したいんです。僕自身、味がしないとか1時間で味がなくなったシーシャが出てくるお店なんて嫌ですからね。どんだけ雰囲気が良くてもやっぱりそこなので。

シーシャカフェにシーシャのメニューがない理由

──Yellowならこれ、みたいな定番メニューはないんですか?

石川:あ〜そんなにないですね。初めての人でも、シーシャが好きな人でも楽しめるようなものは置いてますけど。

──そういえばドリンクメニューはあるけどシーシャのメニューはないですね。

ENO:僕がメニューがない感じが好きなんです。その時の気分に合わせて作ってもらうのが好みで。「さっき焼肉を食べてたんだけどその後の感じで」みたいな、バーテンにお任せしてドリンクを頼む感覚。もちろん指定もできますよ。「アップルとミントが欲しいです」とか、逆に「ミント入れないで欲しいです」とかも大丈夫です。

石川:コミュニケーションに重きを置いていて、来た人に合わせるからスタイルがあんまりないんですよね。繰り返しになりますが、また来てもらうことの方が重要ですから。たくさんのフレーバーをケチらずにちゃんと詰めて、丁寧に出す。ちゃんと全員分の炭の火加減を見る。そういう体験を通して他のお店とは違うと思ってもらって、人におすすめしたくなるような場作りをしていく。そのためにできることは何か、ずっと考えてます。

ENO:これからやりたいことと言えば、海の家に出張出店ですね。

石川:そうそう。あとはシーシャの格が上がるというか、ステージが変わるようなこともしたいなと思っています。シーシャはアンダーグラウンドなイメージがまだあるけど、見え方が変わったり、人と人を繋げる場作りみたいなことができるといいですね。お店を増やしても変わるのはたぶん売上ぐらいなので、僕らがそれをやる必要はない気がします。

──2人の役割分担はいかがでしょう?

ENO:プロデュース的なことは穣が得意なので、僕はノータッチです。クリエイティブの相談を受けることはありますけど、穣と僕は感覚が似てるんで、全部いいじゃんって感じなんです。僕は乗っかってるだけで。

石川:とは言っても、僕は会社をやっていた時も自分1人で何かやってきたことがあんまりなくて。「世の中が今こうなってるからこういう風にした方がいいんだろうな」と考えて、そこに自分たちがやっていることの意味を繋げるのが1番好きなんです。でも、いざ実行する時には色んな人に手伝ってもらわなきゃいけない。それぞれの持ち場で得意なことをやって、それをかけ算していくことがすごく大事だと思ってます。

──Yellowの空間の魅力は、そのかけ算が生む化学反応なんですね。

石川:そうですね。お店って生き物だから循環させなきゃいけなくて、僕が持っているネットワークや考え方だけでやっていくのはあんまり健全じゃないと思っています。

“友達の家”だから、何に対しても譲る必要はない

──お店のコンセプトは“友達の家”ですが、あらためてなぜこれに決めたんでしょうか。

石川:めちゃくちゃおしゃれな場所よりは、友達が気軽に来れるカジュアルな場所にしたいと思ったからです。僕らと来てくれる人との境界線があんまりないようにしたくて。

ダイニングテーブルは面積に対して大きすぎるんじゃないかって話もあったんですけど、作ってる臨場感や距離感も含めていいと思ったので置きました。コミュニケーションが深くなればなるほどこのお店である理由が出てくるし、スタッフの名前がちゃんと一致するような規模感も大事にしてます。

──ダイニングテーブルから全員が見えますもんね。嶺さんは言わずもがなですが、2人もコミュニケーションは取るんですか?

ENO:いやらしくない程度には。「この間も来てましたよね」ぐらいは言いますけど、こっちから積極的にいくことはないですね。

──今みたいなカジュアルな服でいると、初めて来た人は2人をオーナーだと思わないでしょうね。

石川:そうですね。それぐらいの馴染み方がいいのかもしれません。

ENO:「この人とこの人が繋がったら絶対おもろいやん」みたいなこと考えるのが好きなんで、話している時に「こういうの興味あるんだよね」って言われたら「それできそうなデザイナーの友達いるよ」とか言ったりします。もともと僕は人と会うのが好きで、1人の時間は寝る時ぐらいかもしれない。コミュニケーションを取るのは苦じゃないですね。

石川:逆に僕は誰かに積極的に会いたいと思う人ではないんですけどね。

──と言うと?

石川:1人っ子で、小さい頃からインターネットに入り浸ってたので、ふと1人になりたいって思うんですよ。お店に行ってみんなと話さなきゃいけない状況が実はわりと苦手で、だから自分でお店をやっている方がいい(笑)。

自分がやりたいことを実現するためには誰かと協力しなきゃいけないとわかっている反面、「あ〜嫌だ」と思う自分もいて(笑)。もちろんみんなでやる楽しさも、1人で生きていけないことも、わかってはいるんですけどね。

──なんか、2人真逆のこと言ってますね。

ENO:確かに(笑)。

石川:たぶん違うからいいんですよ。

──もちろん開放された場ではあるんですけど、嶺さん含めた3人がいる友達の場所で、そこに人が遊びに来てるみたいなイメージでしょうか。

石川:そうですね。媚びないことはすごく大事にしてます。それは3人とも一緒だと思う。誰が来ても媚びないし、譲る必要もない。さっき言ってもらったように、いい意味で僕ら3人の家というか“友達の家”なので。その分、目の前にいる人、来てくれる人を大事にしたいですね。

(写真:柴崎まどか)

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ライター / 編集者

福岡県出身。大学を卒業後、自転車での日本一周に出発。同時にフリーランスとして活動をスタート。道中で複数の媒体に寄稿しながら約5000kmを走破。以降も執筆・編集など。撮影もたまに。

好きなサッカーチームはLiverpool FC。YNWA

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『DIG THE TEA』メディアディレクター。編集者、ことばで未来をつくるひと。元ハフポスト日本版副編集長。本づくりから、海外ニュースメディアの記者まで。企業やプロジェクトのコミュニケーション支援も。岐阜生まれ、猫好き。

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