「冬の桜」の色、知ってますか? 生活と自然の境界線を溶かす、辰野しずかさんのデザイン 

林慶

凛とした佇まいに、どこか優しさのある透明感。

大きな声で自己主張をするわけでもなく、華やかに空間を支配することもしない。

しかし、そこにあるだけで、まわりの空気を溶かし、持つ者の心を弾ませる。

プロダクトデザイナー辰野しずかさんの作品は、丸みのある知性と職人への敬意が感じられ、持つ人の日常をちょっと特別なひとときに変える。

「こんなものを見つけたの。素敵だと思わない?」

作品を通じて辰野さんが、そう語りかけてくるようだ。

津々浦々の工芸品の魅力を再発掘し、現代のライフスタイルに合ったプロダクトへと昇華する辰野さん。伝統とモダン、必要と不要、デザインとアート……あらゆる境界線が、プロダクトを通じてゆるやかに溶けていく。

茶道にも造詣が深い辰野さんに、これまでの歩みとともに手がけてきた作品が生み出す時間について聞いた。

日本と西洋、伝統とモダンが溶け合う備前焼

── 辰野さんがデザインを手がけた備前焼のコップ「hitoe」を愛用しています。以前「DIG THE TEA」で取材したレストランでもウォーターカラフェ「hiiro」を目にしたことがありました。この作品は、どのようにして生まれたのでしょうか?

もともと、伝統的工芸品を扱っている伝産協会で、デザイナーと作り手さんをマッチングする事業があったんです。デザイナーは、参加されているどの作り手さんとも関わることができて、「備前焼はすてきな焼き物だな」と良い予感がしてコンタクトをとったのが始まりです。

さっそく備前焼について調べてみると、「備前擂鉢(びぜんすりばち)は投げても毀(こぼ)れぬ」とか「備前水瓶は水がくさらぬ」みたいな昔からの言い伝えがあることを知りました。実際のところ腐らないほどではないらしいんですけど、花持ちが良かったりとか、水の味がまろやかになったりとか、そういう効果があると言われているそうです。とくに何か薬剤を入れるわけでもなく、焼き物の力だけで水に変化が出るのはすごいなと思って純粋に感動しました。

こんなに水にダイレクトに反応する焼き物だから、水差しを作ったら魅力をもっと伝えられるんじゃないかと提案して、このウォーターカラフェ「hiiro」を作るにいたりました。

備前焼の窯元DAIKURAと手がけたウォーターカラフェ「hiiro」。

作り手さんにドイツの展示会からヨーロッパに進出する意志があったこともあり、ドイツ寄りのミニマルな風貌を意識しつつ、ヨーロッパの生活で身近なものを提案しました。あえて土に粗めの砂を混ぜ自然なテクスチャーをつけるなどの工夫を施し、無機質になりすぎないように細部にこだわりました。このさりげない触り心地は、意図的に狙わないと出ないものです。

美術とデザインに惹かれ、イギリスに留学

── そもそも辰野さんがデザインを志したきっかけは?

生まれ育った東京・表参道という街の影響もあり、物心がついたときから美術やデザインが好きで「得意な方かな」「こういう世界に仲間入りしたいな」という自覚はありました。

芸術や物作りにも色々な分野がある中で、プロダクトデザインを選んだ理由は、高校生のときに真っ最中だった家具ブームの影響が大きいですね。大学で専攻を決める時期に「かっこいい」と思うものを沢山見ていたんです。

あとは10代のときに、イギリスデザイン界の巨匠テレンス・コンラン卿が書かれた『easy living』を読んで、心地いい暮らし方についてこんなに深く、細かく考えてる人がいるんだと驚いたのも覚えています。

何か他にきっかけがあれば、グラフィックをやっていたかもしれないし、ファッションをやっていたかもしれない。それくらい色々な分野に心惹かれていました。

── イギリス・ロンドンの大学に留学されました。現地での生活からどんなことを感じましたか?

ロンドン中心部では、美術館が無料であるなど国全体でデザインを応援しているような空気が流れていました。ロンドンにはいろんな国の方がいるから、カルチャーの違いを毎日のように浴びて、おおらかになりましたね。向こうには“15分遅れは当たり前”みたいな空気感がある一方、日本は時間にきっちりしていますよね。どこに重きを置くかだと思いますが、ある種のゆるさの中で「世の中は全て同じようには動いていないんだ」と両方の良さを感じました。

── 日本で就職を経て、27歳で独立。もともとそのつもりだったのでしょうか。

イギリスにいたときに日本の工芸の素晴らしさに気づいて、そういった仕事ができる就職先を探していたんですけど、私が学生の頃は、工芸品とデザインが関わるような仕事そのものが全然なかったんです。それで、その頃から「自分でやるしかないんだな」と決めていました。卒業後はグラフィック系の会社に就職したんですけど、これも独立することを念頭に「必要なスキルを磨いておこう」と考えたからでもありました。

── 独立したきっかけは、何かあったのですか?

言われてみるといくつかありますね。

とくに大きかったのは『ELLE DECOR(エル・デコ)』というインテリアとデザイン専門の雑誌の方が、私が卒業制作を発表したときから注目してくれていたことですね。就職してからも、ある日、すごい長文で質問のメールをいただいて「今後どうされるんですか?」「今後何かやることあったら連絡ください」とお声をかけてくださったんです。実際、独立してまもなく取材に来てくださって、雑誌に作品を載せていただいて、とてもお世話になっています。

ふり返ると、卒業制作を発表したときに、仕事の依頼があったり、国内外のいくつかのメディアが取り上げてくださったりしたこともあって、あまり時を置かないで独立した方がいいんじゃないかなという感覚もあった気がします。

自然のゆらぎと光、見えない色を“かたち”にする

── これまで手がけてきたプロダクトの中で、とくに心に残っているものは?

KORAIという工芸ブランドの仕事でデザインした「水の器」は、幼少期の記憶から生まれたもので、とくに思い入れのある作品のひとつですね。

人の心のスイッチを入れて、心の感性を開く「センスウェア」というコンセプトでものを作ろう、という話になったときに、幼少期の記憶を思い出したんです。

あるとき母が、ガラスの鉢に水を入れて窓辺にポンと置いていたんです。そうするだけで、天井に水の反射した光が映り込んだりして、周囲が美しくなるんです。あの光景ってよく考えたらすごいなと思って。水を入れているだけで、水のゆらぎや光、そういう美しさを家の中に取り込めるので、コンセプトと一致して、最終的に「水の器」ができあがりました。

── 「水の器」は、ただ置くだけで周りに光が生まれ、凛とした空気になりますね。他にはありますか?

最近の作品だと「冬の桜」。これは砂糖と水を使った飴の造形作品で、クライアントワークではなく自主プロジェクトの作品です。この展示のときは「春を待つ桜」をテーマに様々な作品を作りました。独立してからはクライアントワークが中心でしたが、自分の興味を探っていく製作も必要だと思っていて、独立10年という節目を迎えた昨年に活動を始めました。とくにいまの時代は、未知数な価値観が生まれつつあるので、思考を止めておくのはあまり良くないかなと。

photo by Aya Kawachi

「冬の桜」は単体で思い浮かんでパンっと生まれた感じではなくて、さまざまな思考の中でずっと考えてきたものがピタっと交わってできた作品でしたね。

例えば草木染め。自然の持つ色は、植物の健康状態や環境などのさまざまな要因で変わっていきます。我々にコントロールできない美しさがあるなと思って、本を読んだりしていたんです。染織家の志村ふくみさんは、お花のことを「あのお花はどんな色が出るかしら」という目で見ているそうで、そんな生活、ステキじゃないかなと。想像をふくらませて、見えないけれど、そこに存在しているものを見ようとする世界はすごく豊かだなと思います。

「冬の桜」では、枯れて落ちた枝、立ち枯れの枝、剪定した蕾がついた桜の枝を、東京の代々木上原や中目黒、神戸の庭から分けていただき、草木染めの技法で煮出して色を抽出しました。枯れている枝は黄色く、蕾のついた枝はほんのりピンクがかった色をしていました。

── 外からは見えない植物の色を抽出して、作品でかたちにする。深くディグる営みですね。

本当に。あとは単純に透明素材が好きなんです。素材として飴を思いついたのは、2020年で、2021年に代々木上原にできたギャラリー『などや代々木上原』の柿落としの個展の依頼をいただいたことがきっかけで製作しました。ちょうど「土に還りやすい透明素材は少ないけど、飴は還りやすいな」と考えていた時期で、植物の色と飴を使って作品を作ってみることにしたんです。

『などや』は恵比寿にも(2022年3月まで)あったのですが、恵比寿にある梅の木が建物の取り壊しに伴いなくなってしまうことを知りました。オーナーがその梅の木を愛でていた姿を見て、この大切な梅の木から色を採って何か作れないかなと。草木染めの和紙や布は既視感があるから他に良いものはないかと考えていたときに、飴という素材を思い出したんです。

飴がすごく良かったのは、同じ形をずっととどめてくれないこと。溶けたり結晶化したりして、ずっと同じではいられない部分が、お花や木々の色の変化と重なると思い、親和性を感じました。

今年の桜も綺麗でしたけど、やっぱりみんな「いましか見られない」から観にいきますよね。そういう“いま”を感じさせる魅力のあるものを表現したくて。デザインの仕事はかなり計画的に進める方なのですが、梅の飴の作品を思い描いた当初はこの飴の作品を出すことが何の意味になるかなど、頭で考えて分析することが追いつかず、直感的に価値を感じました。半ば実験的に、自分が感覚的に信じたことを可視化してみたかったんですね。

── 自分のための実験、大切ですね。

その後、『などや代々木上原』の個展を観てくださったキュレーター・板橋令子さんから『Mother nature』という展示会のお誘いをいただいて。展示の会場が中目黒だったので、目黒川沿いの桜並木にちなんで、梅の作品よりも桜がいいと思ったのですが、季節が冬だったので冬の桜にフォーカスしました。

試しに枝から染料を抽出してみると、冬でも枝の中でお花の色を作りはじめているという発見がありました。桜の枝は、蕾の頃や夏の成長期が一番強く色が出るといわれているので、冬の枝からは色は出ないんじゃない? と思っていたんですが、ちゃんと薄っすらピンク色が出てきました。

どんなに寒くて雪が降ったりしても、桜は春の開花に向けて生きてるんだなと知ると、そんな冬の桜の魅力を知らせたいと思いました。以前は、冬の桜はただの枯れ木だと思っていたんですけど、いまは冬の桜も愛おしく感じます。

工芸の技術、本来の魅力を伝えるデザイン

── プロダクトや作品を作るうえで、大切にしていることはありますか?

物を作る過程に関して、いま浮かび上がった言葉は「敬意」ですね。

薩摩切子の工房に行ったときもそう。すごいと思った技術やクライアントの思想、取り巻く環境など、ありとあらゆるものを敬意とともに可視化しているような。以前に江戸切子の仕事をしたこともありますが、まず「薩摩切子と江戸切子ってどう違うんだろう」と思って、よくよく話を聞くと、互いに全然違う魅力があったんです。

江戸切子は薄いガラスからカットするんですけど、薩摩切子は分厚いガラスからカットするんです。だから深さのある薩摩切子には、カット面のグラデーションが出現する。その感動がわかりやすく見えるようなデザインにしようと思ったのがきっかけで、「grad. ice」ができあがりました。

他の作品もそうですが「この魅力をどう表現するか」みたいなところは大切にしています。あとは、とにかくみんなに「これ素敵だと思ったんだけど、どう?」って知らせたい、という思いがあるのかもしれない。

茶道は道標、心地良いものを追求する姿勢

── デザインの仕事の傍ら、長らく茶道を学ばれているとか。

茶道は、イギリスに留学する前に「日本のことをあまり知らないな」と思って勉強し始めたのがきっかけでしたね。 いまも続けていて、人生に欠かせないものになりつつあります。だんだん自分の人生と重ね合わせるようになってきました。

── 茶道と人生が重なる。

はい。茶道は深い世界なので、私がいまから話すことはその中のほんの一部のことと思って聞いていただきたいのですが、私は生き方が問われる“道”のようなものだと思っています。

茶道は、お客さんにお茶をふるまっておもてなしする営みですよね。利他の精神や「喜んでほしい」という思いをちゃんと身につけるには、もてなす側の人間がちゃんと充実していないといけない。例えば、自分自身の心が病んでいたりすると、良いおもてなしはできない。その中で自身がどうあるべきかを、禅の教えや考えの中から見つけていくのが修行のひとつかなと思っています。

例えば、「只管打坐(しかんたざ)」という言葉。「ただひたすらにひとつのことに専念して坐禅をする」という意味なのですが、自分を取り巻くありとあらゆることに気をとらわれず、目の前にあることに集中することの大切さを教えてくれます。茶道のいまを大事にする思想に通ずるものがあり、最近とくに心に留めている言葉です。

同じ思想や言葉でも、そのときそのときで感じることが違います。茶道と向き合いながら、いまの自分がどんな状態かを知ることで、作品作りに関しても「じゃあ次はどうしていこう」と考えられる道標になったりしますね。

── デザインの仕事に展示会に、忙しい日々だと思いますが、辰野さんご自身は、どのようにリフレッシュの時間を過ごしていますか? 

茶道のほかには、散歩する時間が大事かな。情報社会で頭が疲れていたりすることが多いのですが、歩くとうまく整理される。散歩って決めたときはイヤフォンもしないですね。

歩くことで小さなことに気づいたりして。例えば目黒川にいる今年の鳥の傾向とか、「それを知ったから何だ」って話なんですけど、種類の違う鳥同士が仲良くしているのを見たりしています。そういうことって無心で見ていないと気づかないんですよね。

── 必ずしも「必要」というわけではないけれど、自分の「好きなもの」や体験を大切にする意義は何だと思いますか?

その人その人で違うので一般的な話は難しいですが、個人の話をすると、私は香りを取り入れていますね。香水はしないんですが、アロマのスプレーを色々持っていて、そのときの感覚で選んでいます。自分の心を気持ち良くするために取り入れています。

「水の器」もその類ですけど、人によっては全然不要だったりしますよね。作った者の気持ちとしては「身近にある美しいものを感じられるきっかけになれたらいいな」と思っているんですけど、その人が何を求めているかによって取り入れるものは違う。自分が心地良いと思うものを追究する姿勢というか、足りないと思うものを補うもの。私は香りですけど、そういう感じでお花を常に飾りたい人もいますよね。

私自身、心地良い時間を過ごすための空間は、インスピレーションが湧きやすい空間を意識しています。この事務所も、とくに土地の気というか流れてる空気がすごくいいなと思っています。

コロナ禍でリモートの世界になって、なおさら場の持つ力を感じたような気がするんです。今後は家具やライト、あとは空間作りを手がけてみたいですね。ライトはすごく空間を支配するので、とても興味があります。

写真:Eichi Tano

Author
ライター・シンガー
1997年生まれ。書いたり歌ったりして生きています。獨協大学外国語学部英語学科卒業。he/him。近頃のテーマは「飯食って笑って寝よう」。
Editor
編集者

『DIG THE TEA』メディアディレクター。編集者、ことばで未来をつくるひと。元ハフポスト日本版副編集長。本づくりから、海外ニュースメディアの記者まで。企業やプロジェクトのコミュニケーション支援も。岐阜生まれ、猫好き。

Photographer
写真家

1995年、徳島県生まれ。幼少期より写真を撮り続け、広告代理店勤務を経てフリーランスとして独立。撮影の対象物に捉われず、多方面で活動しながら作品を制作している。