春の訪れとともに迎える「新茶」の季節。冬の寒さを乗り越えた、生き生きとした新緑の力強さ。青々しい爽やかな香りとともに届けられる新茶は、限られた時期だけの特別な味わいだ。
はたして、新茶はどのように育まれ、私たちのもとに届けられるのだろうか。
DIG THE TEAでは2022年、「新茶をめぐる冒険」と題して、お茶のスタートアップ「TeaRoom」代表で茶道家の岩本涼さんの案内のもと、各地の茶の生産地をめぐり、個性豊かな新茶シーンをひもといていく。
まずは日本のお茶どころ静岡県に訪れ、新茶が摘まれ、製茶され、私たちの手元に届くまでのストーリーを追った。
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徳川家康が愛した「本山茶」、静岡有数の茶産地へ
JR静岡駅で岩本さんと落ち合い、まずは北へ。
市街地から車を20分ほど走らせると、ハッと目を引く鮮やかな緑の山々と斜面に広がる茶畑が現れた。
静岡市を流れる一級河川・安倍川の上流と藁科川流域に位置する本山(ほんやま)地区は、静岡でも有数の茶産地の一つだ。
江戸時代には徳川家康の命により「御用茶」として献上された歴史を持ち、お茶を好んだ家康は井川地区にあるお茶蔵に本山のお茶を保管させ、春に摘んだ新茶を秋まで熟成させ味わったとも伝えられている。
鎖国が解かれ、明治時代には清水港が開港されたことから、静岡の茶栽培は急激に拡大。大正時代にはこの地区のお茶を「本場の山のお茶」という意味を込め「本山茶」と呼ぶようになった。
江戸時代からの手揉み技術を継承する「森内茶農園」
「森内茶農園」は、江戸時代からの歴史を持つ茶農家だ。園主の森内吉男さんは9代目。妻の真澄さんと、二人三脚で山の急傾斜地に点在している3ヘクタールもの茶畑を管理している。
森内茶農園は、15種類ほどの多品種を栽培しており、緑茶だけでなく烏龍茶や紅茶などの発酵茶も作っているのが特徴だ。なかでも一番茶期間には、機械を使わない「手摘み」も行っており、数々の茶品評会でも高く評価された極上品が揃う。
お茶のことを学ぶため、全国から森内さんのもとを訪れる人は多い。森内さんはその度にあたたかい笑顔ともてなしで迎えてくれるそうだ。訪れた我々にも「一杯どうぞ」と、お茶を淹れてくださるところから始まった。
生産者にとって苦労が多かった2022年
私たちが訪れたのは4月下旬。森内茶農園ではすでに新茶の摘み取りがスタートしていた。この日の午前中も森内さんは茶摘みに精を出していたという。
まずは今年の新茶の出来について伺った。
「お茶は2〜3月に降った雨の水を吸い上げることにより、新芽が一気に伸びるんです。でも、今年はその時期に雨が少なかったので、例年より新芽の伸びが少なかった。生産者にとっては苦労の多い年ですね。収穫した量は去年よりも少なめ。でも味はその分濃いと思いますよ」
ちょっとした天候の変化で、新芽の成長が大きく変化するお茶。今年は収穫量こそ満足した出来ではなかったものの、ここから茶葉の香味を最大限に引き出すため、昔ながらの手揉み製法を基本とした機械揉みで荒茶に仕上げていく。
「現在はほとんどが機械化されていますが、昔は手揉みでつくっていました。一度始めると6時間以上かかることもありますが、なんといっても茶葉が潰れることなく葉の形状を保てることが手揉みの良さですね」と語る森内さん。
静岡では現在も「茶手揉保存会」によって8つの手揉み流派を保存・継承する活動が続けられており、本山地区では「鳳明流」という技が受け継がれている。
お茶は“ファンを増やし放題”な飲み物
森内茶農園では、茶園の見学や手揉みが体験できるティーツーリズムも受け入れている。コロナ禍の前は年間約500人が国内外から訪れ、建物の土間に設けられたカフェで森内さんが作ったさまざまなお茶を楽しんでいたという。
「お茶は、一つの品種から煎茶や烏龍茶や紅茶のような発酵茶にもなり、茶葉を摘み取ってからさまざまなアプローチを経て出来上がります。いろんなお茶をテイスティングしながら、みなさんがああだこうだ言っているのを聞くのが好きなんですよ」と森内さんは笑う。
森内さんのお茶は、海外の人だけではなく、若者の心も掴む。
「静岡県農林大学校の茶業コースの学生が、授業の一環でうちに来てくれたことがありました。いろんなお茶を飲んでもらい、一番気に入ったお茶を聞くと、みんな必ずどれか一つは選ぶんですよ。そうすると自分の好みがわかるようになって、今まで自分から何も言わなかった子が『これをください』と言うようになる。お茶は出会い方一つでファンを増やしていけると思います」
静岡茶の美味しさの秘密は地形にあり
森内茶農園をあとにし、さらに北へ。次に訪れた静岡市大河内(おおこうち)地区には、TeaRoomで販売する、お茶の第一次加工から第二次加工までの製造や、研究開発を担う「THE CRAFT FARM」の工場がある。
うっすら霧がかった茶畑に到着すると、ウグイスの鳴く声がこだまし、幻想的な風景が広がる。
静岡がお茶の一大産地となった理由は、その地形にある。山間部は山が連なり、霧が立ち込めることから日照時間は少なく、光合成が出来ないお茶は自らアミノ酸を蓄え、旨みへと変えていくのだ。
新茶が摘まれる前の畑を見渡すと、枝の先からやわらかくも力強い新芽が空に向かって伸び、その時を今かと待ち構えていた。
茶畑から車で10分ほどの場所にある工場に向かうと、まさに今日、今年初めての新茶作りが始まろうとしていた。
「お茶は摘むとすぐに酸化してしまうので、できるだけ丁寧に摘んで傷がつかないように工場に届け、すぐに“荒茶”にします」と岩本さん。
「荒茶」とは摘んだ茶葉の水分量を5%にまで減らした状態のこと。できるだけ茶畑の近くで荒茶にする一次加工を行うことで酸化を抑える効果がある。
摘み立ての茶葉から荒茶を作るリアルな現場を岩本さんに案内してもらった。
色・香りを閉じ込めた「荒茶」ができあがるまで
工場に運び込まれたのは、数時間前に摘まれたばかりの茶葉。若い、爽やかな香りが立ち込める。ひと掴みするとほんのりとしたあたたかさを感じ、まるで人肌のよう。
生葉はすぐに酸化発酵が起こり熱を持つため、鮮度維持のためにもまずは湿度の高い風を送りながら熱を下げることから始まる。
次に茶葉を蒸す「蒸熱」という工程。お茶を筒状の機械を通すことにより加熱され、酸化酵素の働きを止め、緑色を保つ。
機械を通す時間によって「浅蒸し」「中(普通)蒸し」「深蒸し」と、見た目・味・香りにも特徴が出てくるため、お茶の味わいが決まる重要なプロセスでもある。
蒸された茶葉は、この後「揉む」「乾燥」の工程を、交互に繰り返していく。
茶葉はまず、こちらの「粗揉(そじゅう)機」を通り、風を送りながら茶葉を冷却させ、揉み込んでいく。機械の中では洗濯機のようにタンクが回転し、茶葉がかき回されている。
次に大きなブラシのようなもので茶葉を水平方向に「横揉み」。この特徴的な機械は「揉捻(じゅうねん)機」といい、茶葉をさらに揉み込むことで、内側から水分を絞り出していく。
「縦揉み、横揉みを繰り返すのは、もともとお茶が手揉みによって作られていたものだから。できるだけその作業に近づけようとしているんです」と岩本さん。
手揉みの技を何台もの大きな機械で再現しようとしている様子を目の当たりにすると、あらためて人間の手仕事の偉大さを思い知らされる。
この後、茶葉にさらに熱風を加えて揉む「中揉(ちゅうじゅう)」を経て、最後は「精揉(せいじゅう)」という揉みの仕上げ工程へ。
二つのハケのようなアームが回転しながら茶葉を循環させ、前後に茶葉を揉み込むことによって、日本茶独特の“針”のような形状に仕上がる。
ここまでくると、もはや生葉の面影はない。
最後は熱風にあてる乾燥機を通して茶葉の水分量を生葉の5%程度にまで落とし、茎や枯葉を取り除いて選別すれば「荒茶」の完成である。
「茶葉が工場に届いてからここまでの時間は約8時間。午前中に茶葉を摘み、午後から製茶をはじめ、作業が終われば翌日の作業に備えて掃除し……という夜通しの作業が新茶のシーズンは毎日続きます。新茶のシーズン中は、寝袋を持って工場に泊まりこむ人も珍しくないですね」と岩本さん。
手間暇をかけた新茶づくりは、同時に摘み立ての美味しさや色、香りを最大限に閉じ込めるための時間との勝負であることを痛感した。
お茶取引の立役者、「静岡茶市場」
日本で最初にできた茶の取引市場である「静岡茶市場」。静岡だけでなく全国の「荒茶」がこの茶市場に集められ、価格を決める取引が行われている。
茶市場では、生産者から届いたたくさんの茶葉が並べられ、取引の前にお茶の品質を確認する「拝見(はいけん)」が朝早くから行われる。
買手は、まず「拝見盆」と呼ばれる黒いお盆に入った茶の形状や色など見た目を観察し、手で触り、鼻を近づけて香りを確認。その後、実際に茶葉にお湯を注ぎ、香りや味を確かめることで購入したいお茶を選んで取引を進めていく。
1種類のお茶につき、品質を見極めるまでの時間はわずか1分程度。ほぼ一瞬で、お茶の品質や製造工程を見抜かなければならない、長年の経験とたしかな審美眼が求められる工程だ。
取引が開始すると、拝見で目星をつけた茶を求め交渉へ。しかし、売手と買手は直接交渉せず、取引は静岡茶市場の取引部社員が仲介に入る。このような「相対取引」を行うことで、茶葉価格の高騰や下落を防ぎ、中立の立場で取引を円滑に進める役割を担っている。
毎年、特に新茶の取引は、活気に溢れ緊張感が漂う。しかし、無事に取引が成立した後は、その証として売手と買手、静岡茶市場の取引部社員の3者が「パン、パン、パン」と手を3回叩くのが昔から続く風習だ。ちなみに3回打つのは、「3」が日本で昔から縁起の良い数とされているからだといわれている。
表現する「言葉」が増えるとお茶はもっと楽しめる
実際に、お茶の品質を確認する「拝見」の様子を見せてもらった。
まずは茶葉を天秤に載せ、4g量る。拝見では同じ条件で味をみるために茶葉の量を統一。すべての茶がこの条件で審査される。茶葉が1g増えるだけで、香りに苦味が出てくるそうだ。
約200CCが入る拝見茶碗に茶葉を入れ、熱湯を注ぐ。
「本来、お茶は60〜70度で淹れるのが良いといわれています。しかし、低い温度ではお茶の甘みだけが抽出されてしまうので、香りを出すためにも熱湯を注ぐんです」と岩本さん。
乾燥した針のような茶葉が、お湯に浸されることでまた葉っぱの形に戻る。工場では生葉から茶葉になる工程を見学してきたが、拝見茶碗のなかで茶葉が広がるのは、その工程が逆再生されたかのようだ。
茶碗のなかで開いた茶葉を網ですくい上げ、鼻を近づけて香りを嗅ぐ。すくい網を縦に傾けることで、湯気が一直線に立ち上り、香りがすっと鼻の奥へと抜けていく。
香りを鑑定した後は、茶碗の湯をすくって口に含み、味を確かめていく。
拝見する様子を見ていると、岩本さんはお茶を「甘い、渋い」といった言葉だけでなく、アロマに例えたり海苔やミルクに例えていた。お茶とは一見かけ離れた言葉で表現しているのが興味深い。
「特に海外の方はお茶をワインのように捉える方が多く、味や香りを表現する時に選ぶ言葉が豊かですね。例えば花のような香りといってもフローラル系か、シトラスを感じるのか。さまざまなお茶を飲むことで味を探していくような楽しみ方ができると、お茶の世界が今まで以上に広がるかもしれません」
拝見を経て静岡茶市場から全国に流通された荒茶は、ここからさらに複数の種類とブレンドされ、仕上げの火入れを経て、私たちが手にする「お茶」となって届けられる。
茶葉の栽培から製茶、そして流通に至るまで、多くの人がかかわる新茶づくり。
冬の天候によって収穫量や味わいが変わる新茶。その色や香りを閉じ込める荒茶づくりは、日本の春ならではの風物詩だろう。
春を待ち侘び、今年も無事に新茶ができたことを喜び、味わう。そんな美しい「茶景」は、全国に広がっている。「新茶をめぐる冒険」は続く。
写真: Umihiko Eto
ローカルライター・編集者。大阪府出身、福井県在住。リクルートで広告制作を経てフリーランスへ。地域コミュニティやものづくり、移住などをテーマに、全国各地を訪れインタビューや執筆を手がけている。また、地域のプロジェクトにも数多く伴走し、その取り組みやローカルで暮らす人たちの声を発信している。著書に『販路の教科書』(EXS Inc.)
『DIG THE TEA』メディアディレクター。編集者、ことばで未来をつくるひと。元ハフポスト日本版副編集長。本づくりから、海外ニュースメディアの記者まで。企業やプロジェクトのコミュニケーション支援も。岐阜生まれ、猫好き。
ひとの手からものが生まれる過程と現場、ゆっくり変化する風景を静かに座って眺めていたいカメラマン。 野外で湯を沸かしてお茶をいれる ソトお茶部員 福岡育ち、学生時代は沖縄で哺乳類の生態学を専攻