遠心分離機や減圧蒸留器を日本のバーで初めて導入するなど、革新的な取り組みで“ミクソロジスト”という職を日本に定着させた、南雲主于三(なぐも・しゅうぞう)さん。
「The Bar code name Mixology Akasaka」をはじめ、銀座SIX「Mixology Salon」、虎ノ門ヒルズ ビジネスタワー「memento mori」など、話題のバーを多数運営するかたわら、第一線のミクソロジストとして新たなアプローチに挑戦し続けている。
ミクソロジー(*)カクテルは、従来のカクテルを作る際に使うリキュールやフレーバーシロップを使わずに、新鮮なフルーツや野菜、ハーブやスパイスをスピリッツと呼ばれる蒸留酒と組み合わせてつくるカクテルのこと。
嗜好品ともいえる“バー”での体験にこだわり、南雲さんが“混ぜることの追求”を続ける理由とは?
(*)ミクソロジーは、ミクソロジー(mixology)とは「mix(混ぜる)」 と「ology(科学、学問)」を合わせた造語。
(文:藤井存希 写真:江藤海彦 編集:川崎絵美)
常に新たな武器を生み出す、ミクソロジストの知識と技術
「嫌いなものがおいしく感じるなんて、魔法のようだった」
そんな言葉を皮切りに、ミクソロジストとしての原点を語る南雲さん。
「上京する前にアルバイトをしていた岡山のバーで、先輩から『嫌いなお酒は?』と聞かれて、当時苦手だった『焼酎』と答えました。そのときにつくってもらった焼酎のカクテルがすごくおいしく感じたんです」
「嫌いなものがおいしく感じるなんて、当時の僕には魔法みたいでした。この先をもっと知りたいと2000年に上京して、アルバイトでバーテンダーの道に入りました」
大学卒業後は、独立への近道となる飲食店や不動産業の仕事を経験した。
2006年に渡英し「Nobu London」で1年間働き、27歳で帰国。東京・八重洲のイタリアレストラン「XEX TOKYO」のオープニングから携わり、ヘッドバーテンダーとして活躍した後、2009年2月に自身のミクソロジーバーをオープンした。
XEX TOKYO時代からすでにミクソロジーカクテルにチャレンジしてきた南雲さんにとって、ミクソロジストの本質とは、“混ぜることの追求”なのだと語る。
「お茶のカクテルをつくろうと思ったときに、自分の頭の中には先に具体的な味のイメージがあって、そのために玉露はどの種類を使うか、烏龍茶はどうやって使うかなどを考えます。ですが既存のものを混ぜても、求めている味わいにならないことが多いんです」
「今ないものを生み出すためには新たなアプローチが必要ですし、そのアプローチのためには、また新たな技術も必要になりますよね」
「“混ぜる”を極めるためには、常に新たな武器となる知識や技術を習得しなければなりません。どんな味のカクテルにも対応できるのがミクソロジストだと思っています」
ノンアルコールカクテル「モクテル」の探究
南雲さんのアプローチの幅広さ、柔軟な発想は、クラシックなカクテルを職人的につくるバーテンダーとの違いでもある。
その姿勢は、後に「モクテル」と呼ばれるノンアルコールカクテルの探求にもつながった。
「すべての液体は必要という考えのもと、飲料を総合的に捉えているので、ノンアルコールドリンクの探求に抵抗はまったくありませんでした。ここ数年、国内のアルコール消費量や飲酒人口はずっと微減を続けています。昔からお酒を飲んでいた上の世代でも『今日は飲まない日』と自制できる人が増えている傾向にあります」
「歳を重ねるにつれ、飲むお酒にこだわるようになって、『せっかく飲むならいいお酒を』と意識の高い方も増えました。イベントなどのケータリングで呼ばれる際は、来場予定の顧客層を聞いてドリンクを提案しています。例えば中高年の方が多そうなら、モクテルのラインナップを増やしてみると、かなり好評ですね」
撮影でお邪魔した、東京・千代田区の國酒BAR「FOLKLORE」など南雲さんが主宰する酒メインのバーでノンアルコールドリンクをオーダーする人の割合は1割弱だが、モクテルこそ高いスキルを求められるという。
「モクテルは、お酒特有の苦味や個性などがない分、味わいに厚みを出すのが難しくなります。既製品のドリンクをベースにつくっていくと、酸味はだいたい果汁を用いるので、味の想像がついてしまいます。いかに、それを超える一杯を届けられるか、工夫のしがいがあるともいえます」
このエディブルフラワーが可憐に浮かぶ液体は、「白桃烏龍とシャルドネのモクテル」。台湾の白桃烏龍をベースに、白ブドウジュースや、自家製ミルクパンチなどを混ぜた一杯だ。
自家製ミルクパンチは、ココナツウォーターと牛乳、クローブ、シナモンなどのスパイス、パイナップルやオレンジのスライスなどを漬け込んで香りを移し、クエン酸を加えることで液体とカゼイン(凝固物)に分離させ、フィルターで濾している。
クリアな液体ながら、ヨーグルトっぽいニュアンスが感じられる。
素材の重なりを想像すればするほど、舌に緊張が走り、液体の輪郭を追うことができる。クリアで爽やかな甘みながらも奥行きがあり、まさに厚みを感じる味わいだ。白桃や白葡萄の香りが、鼻腔を甘やかにくすぐり、上質なやすらぎを味わった。
“世界共通のおいしさ”とは何か
白桃烏龍のようにフレーバーが付いている台湾のお茶は、「綺麗に味わいが出るので使いやすい」と話す南雲さん。
カクテルに用いられる台湾茶にはどんな特性があるのか。
「高地栽培茶独特のフルーティさを感じる高山茶や、深い焙煎でわずかに出てくるタンニンが、カクテルの味わいを締めてくれる鉄観音、茶葉をウンカに噛ませて発酵させる蜜香烏龍茶、蜜香に似て水飴みたいな味がする東方美人なども、カクテルベースとして使いやすいと思います」
一方、日本で評価されるお茶には特有の基準があるという。
「日本のお茶はおいしさの評価基準が独特で、茶農家は甘すぎるものは好みません。品評会などで受賞するお茶はたいてい、フーッと余韻が続いて、スパッと切れるお茶。“ほどよく切れる”のが重要視されます。実はこの“余韻を切る”感覚や、“キレ”って、日本人特有なんです」
食後にカテキンやタンニンを多く含むお茶で口をさっぱりさせる、“油を切る”ためにお茶を飲むなど、日本においてお茶で締める文化が根付いた理由は諸説ある。
お茶と同じように、日本では“キレ”があるビールや日本酒が好まれる。
かたや世界では、おいしさの定義をイコール「余韻」と解釈する人が多いそうだ。
これまであらゆる国のゲストをもてなしてきた南雲さんは、昔から“世界共通のおいしさ”とは何かを探ってきたという。
「余韻が長いほど、おいしさの表現が豊かになります。単一の味では多くを表現することは難しい。“長く続きつつ、味の変化がたくさん起こる”ということですね。その最たる例が長期熟成されたワインの味わいです。ワインを愛する人たちは、さまざまな変化を経て景色が変わっていく様子を『ドラマ』と呼ぶんです」
余韻の中で、国酒の「テロワール」を表現
瞬間的なおいしさだけでなく、味わいにストーリー性が求められる時代。
ミクソロジストとして南雲さんが、日本酒や焼酎などの国酒と向き合う上で意識していることのひとつに、「テロワール(産地ならではの気候、土壌、風土がもつ特性)」がある。
「日本酒は米、焼酎は芋と、その土地でつくられたストーリーが存在します。同じ山田錦でも米を育てる土によって違いますし、土が吸い上げる水も土地によってそれぞれです」
「例えば、粘土質の高い土には微生物がたくさんいるのでミネラル分が豊富で、その米でつくられる日本酒も濃く強い味わいになります。逆に砂利っぽいサラッとした土で育った山田錦は、いい意味でライトな日本酒になる」
「日本酒や焼酎など酒づくりを知ることは、その土地を知ることでもあります。土は何百年、何千年前の堆石なので、米づくりは自然の循環の中で営まれていること。国酒には必ずテロワールがあり、お酒をお出しするときにそのストーリーを一緒に伝えることも僕らバーテンダーの役割であると考えています」
次にいただいたカクテルは、鹿児島の若松徹幹さんがつくる麹米をつかった芋焼酎「大和桜」と、玉露を漬け込んだウォッカを合わせた「枯山水」。
砂や苔などで小さな庭園が模られたグラスで提供される。
やや甘めのホワイトポートワインと「リレブラン」というベルモット(フレーバードワイン)が、芋焼酎のまろやかさに溶け込み、余韻の中から焼酎の存在が少しずつ立ってくるようだ。
「ドライな芋焼酎は、根菜の葉っぱのような味わいがあって、例えば同じ鹿児島の知覧茶にもよく合います。知覧茶の周りでは芋が育つから、どこか芋や大根の葉っぱのような香りがして、間違いなく芋焼酎と合うんです」
バーカウンターはひらめきが生まれる場所
南雲さんは、今までにない味わいを生み出すため、自家製リキュールは各店舗に30種以上、先のモクテルに使用した白桃烏龍などの副材料も含めれば、各店舗に100種以上の素材を常備する。
5つの店舗で、それぞれのメニューを監修する南雲さんにとって、バーカウンターは「ひらめきが生まれる場所」だという。
「ひらめきは翌日に持ち越せないので、アイデアが生まれた瞬間に試せる環境がベストです。ひらめきにも鮮度があって、思いついた瞬間につくるものと、書き留めといておいて翌日につくるものとでは、仕上がりが全然違う」
「この空間だから焼酎のことを考え、日本酒のことを考え、お客さまとの対話からもアイデアが生まれます。ミクソロジーバーを訪れる方は知的好奇心の高いお客さまが多く『このスパイス面白いんですよ』と教えてくれたりして、新たな素材や情報が集まってきます」
南雲さんは、常に自身のクリエイティビティが鈍らないようにするため、朝から口にするのはプロテインのみ。夜は仕事が終わるまで出来るだけ空腹時間を長くとり、味覚を研ぎ澄ましているという。
オフの日は極力予定を詰めずに、余白となる時間をつくっておくことで、インプットしやすい状態を保っている。
「バーも含めて嗜好品というのは、極端にいえば『世の中に無くてもいいもの』かもしれません。でも、それがあることで人生が豊かになるし、贅沢な気持ちにさせてくれる。新しい発見や新しい人との出会いがあったり、気持ちがリフレッシュできたり、楽しさに共感できたり。そういった嗜好品を思う存分楽しむためにも、余白を残しておきたいと思っています」
行かなくてはならない理由はない。
しかし、バーに行けばきっと“今までにない何か”との出会いがある。
ミクソロジストの南雲さんにとってバーは、常に新たなアプローチに挑戦し、“混ぜる”を極め続ける空間。そして、無限の創造の場なのだ。
大学時代に受けた食品官能検査で“旨み”に敏感な舌をもつことがわかり、国内・国外問わず食べ歩いて25年。出版社時代はファッション誌のグルメ担当、情報誌の編集部を経て2013年独立。現在、食をテーマに雑誌やWEBマガジンにて連載・執筆中。
お茶どころ鹿児島で生まれ育つ。株式会社インプレス、ハフポスト日本版を経て独立後は、女性のヘルスケアメディア「ランドリーボックス」のほか、メディアの立ち上げや運営、編集、ライティング、コンテンツの企画/制作などを手がける。
ひとの手からものが生まれる過程と現場、ゆっくり変化する風景を静かに座って眺めていたいカメラマン。 野外で湯を沸かしてお茶をいれる ソトお茶部員 福岡育ち、学生時代は沖縄で哺乳類の生態学を専攻