茶×酒で無限に広がる、カクテルの可能性。ミクソロジストが切り拓く“茶酒”の境地

藤井存希

カクテルとお茶ーーアルコールとノンアルコール。これまであまり交わることがなく発展してきたこの二つのドリンクによって、新たな“茶酒”の世界が創出されている。

茶酒を牽引するのは、最先端のミクソロジー(※)カクテルや茶の道に通じ、世界的なレストランでのペアリングを経験するなど、そのクリエイションに各界から注目が集まるバーテンダー、大場文武さん。

ドリンク業界でさまざまな革新をもたらしてきた大場さんに、奥深い茶酒の魅力と、ミクソロジーの世界を教えてもらった。

(※)ミクソロジーとは、ミクソロジー(mixology)とは「mix」(混ぜる) と「ology(科学、学問)という言葉を合わせた造語。ミクソロジーカクテルは、従来のカクテルを作る際に使うリキュールやフレーバーシロップを使わずに、新鮮なフルーツや野菜、ハーブやスパイスをスピリッツと呼ばれる蒸留酒と組み合わせて作るカクテルを指す。

作りたい味がなければ、作ればいい。ミクソロジーとの出会い

元自衛隊員という異色の経歴をもつ大場さん。お酒が好きで、20歳でバーテンダーに転身すると、オーセンティックなバーを中心に、持ち前の実直さでキャリアを重ね、日本バーテンダー協会主催の大会で数々の好成績を収めた。

24歳で新たな扉を開いたきっかけは、日本におけるミクロソジストの第一人者として知られる南雲主于三さんが率いる「ミクソロジーバー」。

従来のカクテル作りに使用するリキュールやフレーバーシロップを一切使わずに、果物や野菜、ハーブをスピリッツなどの蒸留酒と組み合わせて作る“ミクソロジーカクテル”の世界は、大場さんの好奇心に火をつけたという。

「よりクリエイティブなカクテルを作りたいと思っていたときに、既存のリキュールでは限界があって。料理人への憧れも多少あるのかもしれませんが、ミクソロジストはお酒をベースから作れることが何より魅力的でした」

大場さんのミクソロジーカクテルは、完成された味のイメージから逆算して作られる。

「従来のカクテルのようにベースにリキュールがあって、その味わいを生かしたカクテルを作るのではなく、『こういう味わいを作りたい』というゴールが先にあります。そのために必要な素材は自分で作ればいい、という考えですね」

「例えば既存のカンパリリキュールよりもっと苦みが欲しければ、シンプルな味のお酒に苦味のあるハーブやスパイス、お茶などを使って自分で漬け込み、既製品にはない味わいを自ら創り出すんです」

既製品に頼らず、さらに高みの味わいを目指すということは、時間や手間を惜しまずかけ続けることでもあり、大場さんの創作はいっそう純度を増していった。

茶×酒で無限に広がる、カクテルの可能性

ミクソロジストとして走り出した当初は、最先端のバー文化を学ぶため海外で働くことも考えた大場さんだが、一変して、日本で「茶」を探求することにしたという。

将来的に「今よりもっとアルコール離れが進むだろう」と予見したからだ。大場さんはノンアルコールの可能性を探るべく、「櫻井焙茶研究所」で茶の道の根幹を学ぶ。

櫻井焙茶研究所は、日本各地から厳選して集めた茶葉を自家焙煎したお茶のほか、酒に茶葉を漬け込んだ「茶酒」が楽しめる日本茶専門店だ。

大場さん自身も、茶酒の奥深さに魅せられ、1年間店舗に立った。

「所長の櫻井真也さんのもとに送られてくる茶葉は全国でも上等なものばかりだったので、すごく勉強になりました。1年間働くなかで、日本の北から南まで主要なお茶はほとんど触らせていただきました」

お茶に対しての先進的なアプローチを学んだのはもちろん、何より「茶×酒」の可能性を身近に感じた。

「もともとお店ではこの煎茶ならこのジン、この発酵茶だったらこのラムかウイスキー……と茶酒の組み合わせは5種類ほど展開されていたんですが、その選択肢を広げようとさらに細分化して18種類ほどの組み合わせを開発しました」

カクテルとお茶の共通点は「アルコールでもノンアルコールでも飲めること」と大場さんは語る。お茶とカクテルを合わせることで茶酒の可能性は無限に広がるのだという。

フランス料理とマリアージュするペアリングカクテル

櫻井焙茶研究所で、茶酒の組み合わせや広がりを研磨した大場さんが次に参画したのは、「アジアのベストレストラン50」でも3位に選ばれた、名実ともに日本を代表するフレンチレストラン「フロリレージュ」。

2017年から2年間、川手寛康シェフの料理に合わせてドリンクペアリングを展開し、世界の食通たちから高い評価を受けた。

「フロリレージュ」のペアリングは、例えば野菜なら、葉っぱは料理に生かし、茎などの廃棄部分を漬け込んでドリンクにするといった、同じ食材を食事とドリンクで共有することで味わいがよりアジャストされるだけでなく、廃棄部分まで余すことなく使えるという目的も達成できた。

「川手シェフの元には、全国から極上の食材が集まってくるだけでなく、お茶においても、最高峰の台湾茶や中国茶が集まっていて、上限のない素材を扱うという貴重な経験をさせてもらいました」

「川手シェフは2度と同じ料理を出さない方なので(笑)、毎日コースの11皿すべてに新しいドリンクを提案しなくてはならず、僕も必然的にアイテムや手数が増えていきました」

かけられた手数は、新たな味わいに直結する。大場さんのポテンシャルは、日々の鍛錬と、シェフの料理や素晴らしい食材によって全方位に開花していったに違いない。

フロリレージュでは、素材を漬け込んだジン・ウォッカ・ブランデーなどお酒だけでなく、ノンアルコールペアリングの需要も多かったため、フレーバーエッセンスやジュースなどを準備するほか、お茶も多用していたという。

「お茶単体でもおいしいんですが、お茶とスパイスを合わせたり、茎が太い三年番茶を燻らせてスモークの香りをつけたり、カルパッチョや中盤の魚料理に合わせて、骨やアラから抽出した出汁と旨味の強いお茶を合わせたドリンクを提供したり。2年間であるゆる手法を試しました」

魚介の出汁、トマト、お茶で作るノンアルカクテル

そんな大場さんに、レストラン時代のペアリングから着想を得た、魚介の出汁とトマトとお茶で作るノンアルコールカクテルを披露してもらった。

ノンアルコールながら、魚介の出汁、茶、そしてフルーティなトマト。これらの香りの構成が複雑でじつに豊かな一杯。

ロックグラスのなかで尊いオーラをまとった液体は、口にすることで体に染み渡っていくような、柔らかな旨味の集合体であった。

作り方は、トマトをブレンダーにかけてフィルターで濾したクリアトマトジュースと、カツオの出汁、旨味の強いお茶を、3:1:1の割合で混ぜる(出汁の濃さによりお好みで調整)。

今回は、40度の低温で3分強淹れた煎茶を使用した。

「色は薄いんですが、野菜の旨味と、お出汁の旨味、煎茶の旨味という3つの異なるテイストの旨味が、相乗効果で渾然一体。わずかに魚介の旨味からとろみも感じます」

「今回は単に旨味が強い3つを合わせましたが、トマトも魚介の出汁も旨味が強いので、煎茶はタンニンが強めのものを合わせても面白いと思います」

より芳醇な香りが楽しめる「阿波晩茶カクテル」

さらに大場さんに、阿波晩茶を生かしたオリジナルの茶酒をリクエストさせてもらった。

徳島県上勝町で古くから伝わる、世界的にもめずらしい乳酸発酵茶「上勝阿波晩茶」と、日本酒の掛け合わせ。この阿波晩茶は #実験するDIGTHETEA で参加した「桶オーナー制度」により作った阿波晩茶だ。

私たちの阿波晩茶は、大場さんの手によってどんな味わいに仕上がるのだろう。

DIG THE TEAの阿波晩茶を使って大場さんが作ったカクテル。古代米の赤米を使って作られた日本酒に、阿波晩茶の茶葉を1日漬け込んだ茶酒を、陶器の茶器に淹れて、茶葉を添えてくれた。

ひと口含むと、阿波晩茶単体で飲んだときよりも芳醇で香り高い阿波晩茶のフレーバーに驚いた。赤米の余韻とも言えるまろやかな口あたりとともに、ワインのようなフルーティでほんのり甘酸っぱい味わいが感じられる。

美味しさのあまり、思わず唸ってしまった。

「DIG THE TEAで阿波晩茶を作られたと聞いてびっくりしましたが(笑)、淹れてみたら甘みも酸味もしっかりしていて、思った以上においしかったです」と感想を伝えてくれた大場さん。

この阿波晩茶の甘みに合わせて、お酒は甘口の日本酒『旭興 ROSSO きもと99』をセレクトしたという。

「このお酒は99%超低精米した古代米の赤米を『きもと』で仕込み、上槽後にワイナリーで使われていた樫樽で貯蔵熟成したすることで、ブランデーのような香り高い風味が生まれたのが特徴です」

「甘みと酸味のバランスが取れている茶葉なので、日本酒の甘みと合わせることで、酸味は相殺され、お茶の余韻を存分に感じられます」

作り方はお茶を淹れる感覚で、3gの阿波晩茶を200mlくらいの日本酒に入れて、常温で半日〜1日漬けるだけ。通常のお湯で淹れるよりも、アルコールだと浸出力が強い分、早く香りが出てくるのだという。

「日本酒を40度くらいのぬる燗にして、3分くらい抽出してもいいですし、フランス産の『ソーテルヌ』のような、わりとリーズナブルな甘口の白ワインとの組み合わせも美味しいと思います」

身近な飲み物で、未だ見ぬ魅力を発見してほしい

2020年に独立し、大手コーヒーショップや飲料企業と新たなドリンクを開発するなど、さまざまなコラボレーションを重ねてきた大場さん。

2023年4月には東京・恵比寿で、満を持して自身の店舗「unknown」を開業する。

焼酎やウイスキー、ジン、ウォッカなど日本の国酒をベースに、日本茶や中国茶・台湾茶などのアクセントを加えた茶酒などのオリジナルカクテルを提供するバーだ。

「『unknown』という店名には、今まで体験してこなかったことや、 昔から知ってはいるけど“新しい”と感じてもらえる味わいを届けたいという意味を込めています。僕もそうであるように、日本人だけど知らない日本のいいものってたくさんあると思うんです」

「海外の人に日本らしさを感じてもらうのはもちろん、日本のお客さんにも、日本のお酒やお茶の新たな楽しみ方を知っていたけるような場所になったら嬉しいですね」

日本茶や、身近なお酒で楽しめる新たな体験。大場さんはどんなひとときを描いているのだろう。

「例えば、ジンとアルコール強めのベルガモットのお酒と、お茶の旨みを合わせたり、カンパリとジンと甘めのワインに、ほうじ茶を合わせる。あくまでクラシックなカクテルベースに、お茶やスパイス、ハーブなどを加えることで、一気にモダンに“ツイスト”させる」

「昔からカクテルを飲んでいる人にも、お茶やスパイスが入ることで違うニュアンスになって新鮮に感じてもらえると思いますし、逆にアルコールを飲み慣れていない人や若い人には、お茶という身近な飲み物を入り口に、手に取ってもらいやすくなるのかなと思います」

オーセンティックなバーから始まり、最先端のミクソロジーカクテルを習得し、日本茶専門店でのお茶との出会いを経て、世界的レストランでのペアリングと、着実にキャリアを重ねてきた大場さん。

茶×酒で無限に広がる、カクテルの可能性の追求ーー。

すべてが必然のように繋がった集大成でもある「unknown」を心待ちにしたい。

撮影協力:TEA BUCKS

写真:西田香織

編集:川崎絵美

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大学時代に受けた食品官能検査で“旨み”に敏感な舌をもつことがわかり、国内・国外問わず食べ歩いて25年。出版社時代はファッション誌のグルメ担当、情報誌の編集部を経て2013年独立。現在、食をテーマに雑誌やWEBマガジンにて連載・執筆中。

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お茶どころ鹿児島で生まれ育つ。株式会社インプレス、ハフポスト日本版を経て独立後は、女性のヘルスケアメディア「ランドリーボックス」のほか、メディアの立ち上げや運営、編集、ライティング、コンテンツの企画/制作などを手がける。

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