「お酒を飲まない」ライフスタイルの世界的な普及に呼応して、新たな文化として「アルコールフリー」という選択肢が広がりを見せている。それは「もはや一過性のトレンドではなく、社会のシフトである」と、「ソバーキュリアス(Sober Curious=飲まないことに興味を持つ)」という言葉の生みの親、ルビー・ウォーリントンさんは指摘する。
飲まないライフスタイルは、Z世代にも浸透しつつある。USの調査では、Z世代(※)の70%は、単純に「飲みたくない」からアルコールを飲まないという。USに限らず、ヨーロッパの高所得国やオーストラリア、ニュージーランドでも、飲酒する若者は減少傾向にあるという調査結果もある。
※USにおけるZ世代の主な定義は、90年代半ばから2000年代半ばに生まれた人とされる。
なぜ、Z世代の間では特に急速に「お酒を飲まない」という選択肢が台頭してきているのか。ソバーキュリアスが主流となってきている今、お酒を取り巻く環境は世界ではどのように変化しているのか。
そして、ソバーキュリアスが行き着く先に、どのようなシーンや体験が広がっているのか……。
2018年にルビーさんの著書『飲まない生き方 ソバーキュリアス』が発行されてから約6年。その後のアップデートやさらなる探究の行方を探るべく、日本で初めてルビーさんに単独インタビュー。DIG THE TEAチームが話を聞いた。
(取材・文:マルコ ルイ 写真:和美希 編集協力:笹川ねこ 編集:水嶋なつこ)
(前編: 「ソバーキュリアス」本来の意味、知ってる? “生みの親”が「お酒を飲まない」を探求して見つけたこと|ルビー・ウォーリントン)
お酒を飲むことにメリットを感じないZ世代
“Being drunk in selfies and pictures does not look good on social media.”
「酔っ払った姿のセルフィーや写真は、SNS上でイケてない」
ーー「ソバーキュリアス」という概念を著書やトークイベントなどで紹介した際、若い世代からはどのような反応がありましたか?
今のZ世代や若いミレニアル世代は、年配のミレニアル世代やX世代、団塊世代ほどアルコールを摂取していないことが、あらゆる調査で明らかになっています。アルコールに対する認識が大きく変化しているんです。
若い世代は、お酒をタバコと同じように捉えています。幼い頃からスマホを使いこなし、さまざまな情報にリーチできる彼らは、お酒の危険性や長期的な健康への影響についてもより知識があります。
また、人付き合いも対面ではなくSNS上で行うことが多いため、アルコールの仲介を必要とする社会的不安を必ずしも持っていない。そしてもうひとつは、酔っ払った姿のセルフィーや写真はSNS上で良い印象を与えないということです。
アルコールという物質は、人と関わる方法やセルフイメージという点で、若い世代にとってはあまり相応しくないものであり、彼らはメンタルヘルスに関してもより知識があります。メンタルヘルスへの対処法として、彼らはアルコールという応急処置的な飲料を使うよりも、他の方法を探す可能性がはるかに高いです。
このことはとても興味深く、かつ重要なシフトだと思っています。私が話す相手は比較的年配の方が多い。アルコールは、人生においてとても重要で、なくてはならないものというメッセージと共に育てられた人たちです。1月に主催したソバーキュリアスのリトリート体験には、60代後半から70代前半の参加者も何人かいました。
彼らは健康について心配し、自分の飲酒習慣に対処することが晩年まで健康を維持するために重要な要素であることを認識していました。ソバーキュリアスのムーブメントに引き寄せられる人たちは、飲んでいる自分の行動を変えるためのアドバイスを求めているんです。
若い世代も、「私はソバーキュリアスだ」と言うことはあるでしょうが、彼らはそもそもアルコールとの付き合い方が違うため、ソバーキュリアスに助けを求めて来ることはありません。
ーーアルコールに対する文化的な認識の変化によって、世代によってソバーキュリアスに求めるものが変わるんですね。
1990年代、飲酒という行為は憧れの対象であり、欲望主義的な若者文化でした。私自身も1990年代のロンドンで成人し、ケイト・モス(ファッションモデル)がおしゃれな女性のロールモデルでした。「ラデット」やドラマ「セックス・アンド・ザ・シティ」が流行し、「クール・ブリタニア」(1990年代〜2000年代に人気を集めたイギリス文化)の時代でもありました。
当時は、ケイト・モスがメト・バー(※)から酔っ払って転げ落ちるのがクールの極みでしたね。その頃のアイドルは、スーパーモデルやロックスターで、華やかで享楽的なライフスタイルでした。
しかし、今の若い世代にとってのアイドルは、キム・カーダシアンのようにお酒を飲まないセレブリティや、成功した起業家です。彼らが尊敬する人は、スマートなビジネスパーソンであることが重要であり、それはバーで一番最後の一人になったり、ナイトクラブから千鳥足で出てくるような人ではないんです。
※メト・バー:ロンドンにある“Met Bar”のこと。メンバーシップ制の施設で、しばしば酔っぱらって出てくる有名人が見られ、1990年代から2000年代の「クールブリタニア」時代を象徴する場所だった。
ーーたしかに、当時はセレブのパーティーシーンがかっこよく映りましたね。一方、今のZ世代にとっては、スマートなビジネスパーソンがクールになっていると。今後ソバーキュリアスがますます普及していく中、2024年以降のトレンドはどうなっていくと思いますか?
ソバーキュリアスは、トレンドというよりも、アルコールがデフォルトの社交、対処法であったことからのシフトです。そしてこれからも成長し続けるでしょう。
2018年末に本が出版されるまでの数年間、私はニューヨークでイベントを主催して、ソバーキュリアスについて話していました。当時は、非常にマイナーなテーマかつ新しい考え方でした。
しかし、今では飲酒しないことがより社会的に受け入れられるようになりました。多くの人々がソバーキュリアスという言葉を知っていて、自分の飲酒習慣を問うことに慣れています。
お酒を飲む機会が多くなるクリスマス休暇や夏休みなどの長期休暇の後に一時的にお酒を断つ、「ドライ・ジャニュアリー(Dry January)」や「ソバー・セプテンバー(Sober September)」のようなグローバルキャンペーンもますますメインストリームになっています。
SNS上には何百人ものソバーキュリアスのインフルエンサーがいて、6年前には存在さえしなかったアルコールフリー飲料という新しいカテゴリーも生まれています。アルコールの効果を模倣した商品もさらに開発されていくでしょう。
とはいえ、アルコールは常に存在し続けると思います。人類はその始まりの時からアルコールを摂取してきましたし、これからもし続けるでしょう。ただし、アルコールの真の影響に関する人々の意識は、ますます高まっていくと思います。
「アルコールフリー」の最前線、新しい選択肢の広がり
“You can choose a restaurant that has some great non-alcoholic options on the menu.”
「ノンアルコールのメニューが豊富にあるレストランを選ぶことができる」
ーーソバーキュリアスが世界的に広まるなか、ルビーさんが暮らすUSやイギリスでは、お酒を飲まない人たちの選択肢はどのように増えているのでしょうか? 日本では、ノンアルコールビールが普及しつつ、一部のレストランではノンアルコールドリンクのペアリングのコースも見られるようになりましたが、まだメニューの最後にソフトドリンクの定番メニューが載っているお店が大半です。
最近では、本当に美味しいノンアルコールのクラフトビールがたくさんあります。小さな醸造所もあれば、ハイネケン・ゼロのようなマーケットを席巻しているような大手ブランドもあります。質の高いワインのアルコールを除去したものも出てきましたね。本物のワイン通の人にとってはあまり美味しくないかもしれませんが(笑)。
オーストラリア発の「ライヤーズ(Lyre’s)」というブランドがあります。彼らは、クラシックなスピリッツのアルコールフリー版を作っていて、味もかなり本物に近いです。あなたのお気に入りのカクテルを、アルコールフリーで作ることができるというアイデアですね。
アルコールを模倣しようともしていない、新しいアルコールフリー飲料のカテゴリーもあります。「キン・ユーフォリックス(KIN EUPHORICS)」、「ジア(Ghia)」、「スリー・スピリッツ(Three Spirits)」は、鎮静作用やリラックス効果のあるハーブや、アダプトゲンと呼ばれるストレスへの抵抗能力を高める働きのある天然のハーブを使用しています。
USには、アルコールフリーのドリンクを専門で取り扱う「ボワソン(Boisson)」というストアもあって、ニューヨークやカリフォルニア州にもオープンしています。ここでは、クラフトビールからスピリッツまで、あらゆるアルコールフリー飲料を買うことができます。
レストランに行く時は、ノンアルコールのドリンクが豊富な選択肢がメニューにあるレストランを選びます。そうすればドリンクも含めてちゃんと楽しめますし、選択肢が炭酸水しかなくて取り残されたように感じたり、肩身の狭い思いをすることもありません。
ーーさまざまなワインが料理とマッチングされるように、日本では日本酒と料理がペアリングされることもあります。これらのニーズに対応するアルコールフリーの飲料もあるのでしょうか?
たとえば、Lyre’sの創設者であるマーク・リヴィングスは、食通でワイン愛好家です。彼は、料理とペアリングできる本当に美味しい飲み物を作りたかった。イギリスの有名なワイン評論家のひとりであるマシュー・ジュークスも、「ジュークス・コーディアリティーズ(Jukes Cordialities)」というアルコールフリー飲料のブランドを立ち上げました。これらは特に料理とのペアリング用に特別にデザインされた飲み物なので、とても美味しいですよ。
ソバーキュリアスの最終段階と未来形
“The result of my own Sober Curiosity is that I no longer have any need for alcohol.”
「私自身のソバーキュリアスの結果、もうアルコールは必要ありません」
ーーもし今、2018年に発行されたあなたの本をアップデートするとしたら、何か追加したり変えたいところはありますか?
唯一のアップデートは、私の個人的な物語だけだと思います。
なぜなら、本を書いた2018年当時、私はまだお酒を飲んでいたから。完全なソバーではなくソバーキュリアスであり、自分自身のアルコールとの関係に疑問を抱きながら、これからの選択に必要な情報を集めていました。「飲まない」ことに本当に好奇心があったんです。そんな私の物語と時間軸がその本を支えています。
しかし、早送りして今に至ると、私自身のソバーキュリアスの探求の結果、アルコールを必要としなくなりました。私はもはやアルコールに何のメリットも見出していません。私はアルコールを人生から完全に排除しました。もはやアルコールへの欲求もありませんが、この結論に達するのにほぼ5年近くかかりました。
だから、できることなら今、この本にエピローグを加えて、私の旅路がどこに導いたかを示したい。ただし、これが必ずしもすべての人にとって正しい道だというわけではありません。
ーーその結論に至るまでの5年間に起きたことを、もう少し詳しく教えてもらえますか?
本では、お酒を飲むのがデフォルトではなく、どのような機会に飲むのが適切かを判断することについて話しています。たとえば、ワインを1杯だけ飲むのが適切な場面はどんなものか? それを念頭に置いて、特定のシチュエーションでその理論を検証してみました。
結婚パーティに出席した時だろうか? 過度に不安を感じている時だろうかーー? 気づいたことは、そのどれもが、アルコールに期待した効果も得られないばかりか、かえって気分を悪くさせるだけだということでした。
ゆっくりとひとつずつ、それらのシチュエーションが私のリストから取り除かれていくと、何も残りませんでした。私にとって、お酒を飲むことが有益といえるシナリオは、ひとつも残っていなかったんです。
ーーソバーキュリアスを探求する旅、その先に見つけた終焉は、“すべて見尽くして、もう好奇心がない”ということですね?
そう、私は自分自身への質問にすべて答えました!
ーーアルコールに対する結論が出たところで、あなたの好奇心は今後どこへ向かうのでしょうか?
先日、私はイエール大学のロースクールで、法学部の学生を対象にソバーキュリアスのアプローチについて講演する機会がありました。法曹界は特にストレスが高く、アルコール乱用のリスクも非常に高い職業だからです。
ストレスを和らげる手段として、アルコールの乱用が常態化している現状を踏まえた上で、大きな責任とストレスが伴う職業に就く人たちに対して、ソバーキュリアスというアプローチについて話すことは非常に重要かつ影響力があります。
私は、大学や学校、職場に、ソバーキュリアスのメッセージを伝える教育カリキュラムを開発したいと思っています。公的な教育で教わるアルコールの情報は整理されておらず、とても混乱する内容になっているからです。
問われる飲酒文化。お酒を飲まない人も楽しめる「飲み会」とは
“We don’t have to say it’s bad to drink. We just have to say it’s okay not to drink.”
「飲むことが悪いとは言わなくてもいい。飲まなくても大丈夫と言うだけでいいのです」
ーー職場におけるソバーキュリアスの観点から質問です。例えば、日本では、職場での人間関係や意思決定が、仕事後の「飲み会」を通じて育まれるという長年の文化があります。飲みたくなくても、上司との飲み会には参加しなければいけないという義務感を感じている人も少なくありません。
これはとても大きな問題ですね。私が会ったある人は、この問題を職場の人事部に持ち込み、「職場の親睦会でお酒を飲むことを期待されたり、お酒を飲まない人向けのオプションが少なかったりすることは、一種の差別だ」と訴えたそうです。
最近では話題になった裁判もありました。職場の飲酒文化に参加しなかったことを理由に解雇された男性が、職場の「楽しい」価値観を守ることに法的な義務はなく、拒否する権利を主張して勝訴しました。要するに、職場の飲み会に「参加したくないから、参加しない」ことは、法的な権利として認められているということです。
会社が従業員向けの社交イベントを企画する際に、アルコールフリーのメニューも用意するように奨励することが大切だと思います。そうすることで、誰もが参加できて、「歓迎されている」というメッセージを伝えることができます。
重要なのは、飲むことが悪いと言う必要はないということです。ただ、「飲まなくても大丈夫」と言うだけでいいんです。
前編: 「ソバーキュリアス」本来の意味、知ってる? “生みの親”が「お酒を飲まない」を探求して見つけたこと|ルビー・ウォーリントン
デザインリサーチャー。金融記者の道に入り、香港、東京、ニューヨークを渡って10年。その後、日本に戻り、デザインコンサルティングの世界に脚を踏み入れ、中小企業から大手会社までの事業開発や課題解決に貢献する。インタビューポードキャスト、KIKITEのホスト。
バックパッカーや海外ボランティアで世界の僻地を巡った後、PRを担当した東南アジアの魅力にハマる。ハフポスト日本版ではエディターとして、BuzzFeed Japanほか動画メディアではディレクター/プロデューサーとしてコンテンツを制作。ソーシャルグッドなテーマを中心に、さまざまなメディアで記事の執筆・編集、動画制作などを手がける。
『DIG THE TEA』メディアディレクター。編集者、ことばで未来をつくるひと。元ハフポスト日本版副編集長。本づくりから、海外ニュースメディアの記者まで。企業やプロジェクトのコミュニケーション支援も。岐阜生まれ、猫好き。
NY在住の写真家。1986年、東京都生まれ。10歳からカメラを持ち始め、14歳で暗室を作り制作を始める。大学では写真学科にて古典技法・特殊技術を研究し、2009年よりフリーランスフォトグラファーとして独立。NYのブルックリン、東京の吉祥寺・築地でスタジオを運営しながら、コマーシャル、ポートレートを中心に、ファッションやアート等さまざまな作品を制作している。