「川を飲む、山を飲む」──そんな言葉を聞いて、どんな味わいの飲み物が思い浮かぶだろうか?
ローカルのボタニカル素材を入り口に、日本ならではの飲料体験、ネクストラグジュアリーを探求する特集「川を飲む、山を飲む」。
川や山について根源的に考えていったとき、突き当たるのが「地質」だ。
どのような河川や海も、下へ下へと潜っていけば、やがては土や岩石に行き当たる。当然のことながら、山を構成するのも土や岩石だ。
私たちが口にするものの中で、地質に無関係なものなど一つもない。
その意味において、嗜好品を含む飲食物の根源は地質にあるとも言えるだろう。地質を知ることは、私たちの食、あるいは嗜好の来し方を知ることでもある。
そんな食と地質の関係を探究する営みが「美食地質学」だ。
このユニークな営みの提唱者は、マグマ学者として地球や日本列島の成り立ちを研究してきた巽好幸(たつみ・よしゆき)さんである。
巽さんは言う——「おいしさ」の本質は、地質にある。
出汁や日本酒、お茶といった身近な飲食物や嗜好品と、地質の関係を知ることで見えてきたのは、極上の嗜好体験を得るためのヒントだ。
(文:鷲尾諒太郎 写真:江藤海彦 聞き手・編集:小池真幸)
おいしさの本質は「地質」にある
——まずはじめに、「美食地質学」とはどのような学問なのか教えてください。
一言で説明すれば、「食べ物や飲み物を、よりおいしくいただくための術」です。
食べ物の「おいしさ」を決定する要素は多様で、どこで、誰と食べるかといった要素もそうですし、調理する方の腕も重要ですよね。科学的に言えば、イノシン酸やグルタミン酸など、いわゆる「うまみ成分」がおいしさに決定的な影響を与えることがよく知られています。
しかし、私はさらに踏み込んで「おいしさ」について考えたいと思いました。
魚や肉、野菜や穀物など、料理の素材となるものが育まれた背景が知りたいと思ったんです。そして、それらのおいしさの本質にあるのは、収穫・栽培される土地々々の地層や地形、あるいは気候なども包含した「風土」なのではないかと。
食べ物の「おいしさ」と私が専門とする地質学の間には、深い関係があるのではないかと思い、「美食地質学」を立ち上げました。

——飲食物の素材がとれる、あるいは栽培される土地の地質や地形を知ることは、「おいしさ」の本質を知ることにつながると。
たとえば、和食最大の特徴は、多様な素材の持ち味を尊重することであり、その特徴を支えているのが「出汁(だし)」の存在です。そして、この出汁は日本列島の水、さらに言えば日本列島の地形あってこそ生み出されたものであると言えます。
和食の根幹には出汁があり、その根底をさらに奥底から支えているのが、地質だということですね。
日本列島の水は、ミネラル分——実は極めて曖昧な言葉なのですが、便宜的に使わせていただきます——が少ない「軟水」であることは多くの人が知っていると思います。そして軟水であることが、和食に使われる出汁の特徴を決定づけることになりますが、まずは「いかにして水の性質が決まるのか」ということから話していきましょう。
私たちが用いる生活水の水源は、ダム湖や湖沼、河川、あるいは河川を流れる水が地下に染みこんで地下を流れる伏流水などさまざまですが、大元は雨です。山地に降り注いだ雨は、河川を流れる過程で、あるいは地下に浸透する過程で、土中の成分を溶かし込みます。
——どのような成分が溶け込むかによって、硬水か軟水かが決まるということでしょうか。
はい。たとえば、ヨーロッパで用いられる生活水の多くは硬水ですよね。その理由は、ヨーロッパ平原の大部分が石灰岩で構成されていることと、山地から海までの距離が遠いことで説明されます。山地から海までの距離が遠いということは、その間の勾配がなだらかになるということであり、ヨーロッパの山地に降った雨はゆっくりと河川やその地下を流れていくことになります。
その間、土中のさまざまな成分を溶かし込んでいくわけですが、ヨーロッパの地層のほとんどを占める石灰岩にはたくさんのカルシウムやマグネシウムが含まれており、カルシウムやマグネシウムは水に溶けやすい性質を持っている。そのため、河川の水や伏流水はそれらの成分を豊富に含む硬水となり、それが生活水として利用されているというわけですね。
他方、私たちが住む日本は、周囲を海に囲まれた島国でありながら、国土の約75%が山地に占められています。山地から海までの距離が極端に短く、平野部が少ないことが日本の地形的な特徴の一つであり、このことによって、日本の河川はヨーロッパのそれらに比べると急流になりました。
かつて、明治政府に招聘されたオランダ人技師が、富山県にある常願寺川を見て「これは川ではない。滝だ!」と言ったという逸話が残されています。
それほど、日本の川の勾配は急なんです。だから、山地に降った雨は土中の成分を溶かし込む間もなく、一気に海に向かって流れていくことになる。
これが、日本の水が軟水になる理由です。

なぜ日本では昆布出汁が発展したのか?
——日本ならではの軟水は、出汁、ひいては和食にどのような影響を及ぼしているのでしょうか?
和食で用いられる出汁は、昆布、鰹、あるいは椎茸から取ることが多いですよね。鰹にはイノシン酸、椎茸にはグアニル酸といううまみ成分が含まれていることが知られていますが、水と特に深い関係があるのが、昆布から抽出されるグルタミン酸です。
諸説ありますが、私たち日本人は縄文時代には海岸に流れ着いた海藻をスープにして食べていたそうです。その時代に出汁という概念はなかったでしょうが、経験的に「海藻を煮たらおいしい」ということを知っていたのでしょう。
また、当時の人々はイノシシやクマなどを獲って食べていました。とすれば、フランス料理で用いられるフォン・ド・ボー(仔牛の骨や香味野菜、香辛料を煮込んでつくられる出汁の一種)のように、獣の骨や肉をベースとする出汁が根付いていてもいいように思いますが、和食で獣出汁は一般的ではありません。実際、縄文時代の人々も、獣を焼いて食べることはあっても、スープにすることはなかったと言われています。

その理由は、軟水では獣臭さが取り切れないからではないかと考えています。
獣肉の主なうまみ成分はイノシン酸ですが、そのうまみよりも血の臭さが勝ってしまって、軟水で獣肉を煮込んでもあまりおいしさを感じられません。一方、硬水の場合は血の成分とカルシウムが結合してアクをつくるので、それさえしっかりすくってやれば、イノシン酸のうまみが際立つ澄んだフォン・ド・ボーができたわけです。
逆に、硬水では昆布出汁をうまく取れません。水中のカルシウムが昆布のネバネバ成分であるアルギン酸と反応して、昆布の表面に膜をつくってしまうので、うまみ成分であるグルタミン酸が抽出されないわけです。
——各地の出汁文化は、水の硬度に大きく規定されていたということですね。
硬水が流れるフランスでは、料理のベースになる出汁に獣を使い、軟水が流れる日本では、昆布出汁が生まれた。
先ほど申し上げたように、各地の地形が水の硬度を左右していたとすれば、やはり各地の食文化の本質は山や川、そしてその下に潜む地質にあると言ってもいいと思います。
日本酒とワインの「決定的な差」
——ここから「嗜好品」の話も聞いていきたいのですが、各地で生産される嗜好品もまた、その土地の地質や地形、あるいは風土に影響されているのでしょうか?
もちろんです。たとえば日本酒は、間違いなく日本の風土が育んだものだと言えるでしょう。
日本酒のつくり方をかなりおおざっぱに言うと、「原料となるコメに含まれるデンプンを麹の酵素によって糖化(ブドウ糖に変える)させ、糖を酵母の力でアルコール発酵させる」ということになります。そして糖化の際に用いられるアスペルギルスオリゼーという麹菌を用いた発酵技術は、日本特有のものでした。
というのも、このアスペルギルスオリゼーという菌は、日本でしか見つかっていなかったんです。東アジアでは今も昔も盛んに菌を用いた発酵食品がつくられていますが、その際に使用するのはアスペルギルスオリゼーとは異なる菌、たとえばクモノスカビの一種などです。
ヨーロッパにも発酵文化は根付いていますが、東アジアのような麹菌ではなく麦芽を利用することが一般的です。その理由は、麹菌はカビの一種であり、一定の湿度が保たれた環境でなければ活動できないから。
逆に言えば、日本を始めとする東アジアの湿潤な気候であれば、麹菌はその力を存分に発揮することができる。
だからこそ東アジアには麹菌をつかって発酵食品をつくる文化が根付き、日本ではアスペルギルスオリゼーをつかった醤油、味噌、酒づくりが定着したと言えます。

もう一つ、日本の酒づくりにおいて重要な役割を果たしているのが水です。
ヨーロッパを代表する醸造酒と言えばワインですが、ワインと日本酒の製法上の決定的な差は、「水を加えるか、加えないか」。最近は水を加えているものもありますが、基本的にワインは水を加えず、逆にほとんどすべての日本酒には水が加えられています。
つまり、水を加えず醸造するワインの場合、原料となるブドウが味を決定づける要素になる。
一方、日本酒は原料となるコメだけではなく、醸造の過程で加えられる水という要素がとても重要な役割を占めている。いくらコメが豊富で、特徴的な麹菌が存在していたとしても、水が酒づくりに適していなければ、おいしい日本酒はできないわけです。
——ということは、日本の水は日本酒づくりに適していた?
具体的に言うと、日本の水は鉄分の含有量が少ないんです。
あまり科学的な表現ではないのですが、醸造に用いられる麹菌も酵母菌も「鉄が嫌い」だと言われていて、鉄分が多く含まれる水を加えると、うまく醸造が進まなくなってしまいます。しかも、鉄分特有の赤茶色が出てしまって、完成品の品質を落としてしまうことになる。だから、質の高い日本酒をつくるためには、鉄分の含有量が少ない水が欠かせないんです。
では、なぜ日本の水はあまり鉄分を含んでいないのか。
もちろん、先ほど説明した地形も関係しているのですが、それに加えて今度は地質自体が関係しています。というのも、表出していない部分も含めると、日本の陸地の3分の1は花崗岩(かこうがん)でできていると言われていますが、花崗岩はほとんど鉄分を含まない岩石なんです。
つまり、日本の山地に降る雨は土中の成分を溶け込ませる暇もないほどのスピードで、ほとんど鉄分を含まない花崗岩の間を流れていく。だから、日本酒づくりに適した鉄分を含まない水になるというわけです。
ちなみに、その花崗岩をつくったのは、いまから約1億年前、日本列島全域で生じた大規模なマグマ活動です。そのとき地上では大きな噴火が起こり、地下部分にはマグマが滞留して、それが冷えて固まることで花崗岩になったと考えられています。
国会議事堂や大阪城などの大規模な建築物に花崗岩が使われている理由として大きいのは、「手に入れやすかったから」だと言われていますね。

灘のお酒はなぜうまい? 希少な硬水が生み出したもの
——1億年前のマグマ活動の結果として、おいしい日本酒が生み出されているわけですね。
鉄分含有量の少ない水を生み出した、という意味ではその通りです。
ところで、先ほど日本は軟水だという話をしましたが、実は軟水よりも、カルシウムやマグネシウムを多く含む硬水の方が日本酒づくりに向いていると言われることがあります。
日本酒を醸造する過程では、「麹菌の酵素がコメのデンプンを糖化させる」という話をしました。つまり、麹菌が分泌する酵素の力によってデンプンをブドウ糖に変えているわけですが、カルシウムによって麹菌の酵素を分泌する力が高まることが知られています。
また、アルコール発酵を進めるのは酵母が持つ酵素の力ですが、この酵素をたくさん分泌させるのに役立つのがマグネシウムだと言われているんです。つまり、カルシウムやマグネシウムを多く含む硬水を用いた方が、発酵は早く進み、酒がつくりやすくなる。
発酵のスピードが遅くなると、醸造の過程でコメが腐敗してしまう危険性がありますから、発酵のスピードは早いに越したことはないんですよ。それだけではなく、アルコール濃度を上げやすくなるというメリットもあります。
そういったことを踏まえると、軟水は硬水に比べて、実は日本酒づくりに向いていないということになるわけです。
——それでも、酒蔵の杜氏さんたちは軟水でおいしい日本酒をつくってきたわけですよね。そこには、何か特別な技があるのでしょうか。
明治時代に入る前、寒冷地では軟水でも問題なく酒づくりできていたのですが、温暖な地域ではお酒を腐らせてしまうことが少なからずあったようですね。
そういった状況を変えたのが、明治20年代から30年代に広島県西条市で確立されたとされる軟水醸造法です。これは、発酵のスピードが遅い軟水でもお酒を腐らせないようにするために、低温でじっくりと発酵を進める手法で、この製法が一般化したことで、日本の酒づくりは大きく前に進みました。
ただし、日本には古くから硬水で酒をつくってきた地域もあります。兵庫県の神戸市から西宮市の間にある、灘という地域です。
——硬水でも日本酒はつくられていたんですね。
灘で盛んに酒がつくられるようになったのは江戸時代中期、18世紀に入ってからだとされていますが、当時から灘の酒はその品質の高さで注目を浴びていたと言われています。
そのおいしさの秘密は、「宮水」と呼ばれる日本では稀な硬水系の水が湧いていたこと。
この時代、酒の大部分は人口が多い江戸で消費されていましたが、灘の酒はアルコール度数が高く、樽に入れて江戸に運んでも腐らないし、おいしいということで大人気を博し、江戸後期には江戸で消費される酒の8割が灘の酒だったとされています。

——美食地質学の視点からは、灘で硬水が湧いていた理由が気になりますね。
その理由は、やはり「地質」です。
まず、灘は六甲山の麓に位置し、六甲山は花崗岩でできている山なので、そこから流れてくる水は、当然鉄分の含有量が低い。加えて、六甲山から灘の間にある土地の地質を見てみると、貝殻が多く含まれた粘土質の地層があることがわかります。そこを流れてくるから硬水になる、というのはもうお分かりですよね。
では、なぜそんなところに貝殻を多く含んだ地層があるかと言えば、そこがかつて内湾の海だったからなんです。
このあたりには大阪層群と呼ばれる地層が広がっていて、これはおよそ300万年から堆積したものだと考えられています。その大阪層群から見て取れるのは、その一帯が海になったり、湖になったりしていたこと。氷河期には海水も凍って氷床が広がるために海水面が低下して湖に、逆に間氷期には海が入り込んだのです。
海が入り込むと現在の大阪湾のような閉鎖的な内海が形成され酸素が乏しい環境になって、硫黄分に富んだ「海成粘土」が堆積します。もちろんこのような海底には貝類が多く生息しています。
この海成粘土がその後の地殻変動によって地表あるいは海水面近くまで隆起して酸素が豊富な環境になると、含まれていた硫黄が酸素と反応して硫酸を作ります。この酸が貝殻を溶かすことになるのです。
いま宮水が流れているのは、およそ10万年前に形成された海成粘土層だと思います。粘土中の貝殻からカルシウムやリンが水に溶け出すことで最強の仕込み水である宮水となり、芳醇辛口な灘の男酒を生み出しているわけですね。
——日本酒と並ぶ日本のお酒ですが、焼酎も地質と関係があるのでしょうか。
大いにあります。たとえば、芋焼酎。芋焼酎といえば鹿児島が有名ですが、鹿児島の土壌はあまり肥沃なものではないんです。約3万年前、鹿児島の付近でとても大きな噴火が起きた形跡が残されていて、その噴火によって火山灰が降り積もりシラス台地と呼ばれる稲作などには不向きな土壌をつくりました。
そのような土地で生き延びるため、人々がつくったのがサツマイモだったんです。鹿児島で広くサツマイモが栽培され始めたのは18世紀初頭だと言われていて、その後、18世紀中頃にはサツマイモをつかった焼酎づくりが始まったとされています。
先人たちがその土地の地質や気候の中で生き延びるためにつくったものが、その土地の名産品になっているわけですね。
日本で緑茶が普及した地質学的理由
——お酒の他に、地質がその味わいに影響する嗜好品はあるのでしょうか?
嗜好品と地質、そして人の関係を考える上で参考になるのは、お茶ですね。
お茶の原料となるチャノキの生育にとって重要なのは、土壌の肥沃さというより、水はけの良さと温暖な気候だと言われています。
お茶と言えば静岡のイメージが強いと思いますが、実は鹿児島も静岡に負けず劣らずお茶を生産していて、日本一の生産地になる日も近いとも言われているんです。静岡に比べると鹿児島のお茶生産の歴史は浅いのですが、その温暖な気候ととても水はけのよい火山性の土壌があるからこそ、たくさんのお茶を生産できている。
一方、静岡のお茶づくりの歴史が始まったのは明治時代に入ってからのことで、大井川の下流域にある牧之原という地域でチャノキの栽培が始められたとされています。
明治に入ってから牧之原でお茶づくりが始まったのは、戊辰戦争(1868-1869年)が終結した後、最後の将軍である徳川慶喜が駿府(現在の静岡県中部)で隠居したことに深く関係しています。
慶喜は身辺警護を務める武士たちと共に駿府にやってきたのですが、版籍奉還により武士たちはその職を解かれることになってしまった。とはいえ、何もしないわけにはいかないので、牧之原台地の開墾を始めたんです。
牧之原台地は大井川がつくった扇状地で、当時は石や岩だらけの貧しい土地だったそうですが、彼らは刀を鍬に持ち替えて必死に開墾しました。そして、そんな貧しい土地でも育つものは何かを考えたときに、チャノキしかないということになったそうです。
ただし、いくらチャノキが肥沃な土壌を必要としないと言っても、さすがにそのままでは育たなかったそうで、ススキを堆肥にして土壌改良をしたそうですが。そうして始まったのが、現在も続く牧之原台地の、そして静岡のお茶づくりなんです。

——静岡で、本格的な茶栽培が始まったのは明治以降だったのですね。
日本では特に緑茶が好まれていますが、そういった日本人の嗜好性には水が影響していると言われています。
お茶の色のことを水色(すいしょく)と言いますが、緑茶の場合、軟水をつかって淹れた方が水色もほどよい色になるし、カテキンもしっかりと抽出されることが科学的にも証明されているんです。
日本の水が軟水だからこそ、ほんのりとした甘みと深みのある苦みのバランスが取れたおいしい緑茶が飲める。だから、多くの日本人が紅茶でもなく、烏龍茶でもなく、緑茶を好んで飲んでいると考えられます。
ちなみに、発酵茶である紅茶の場合、硬水の方が色が鮮やかに出ると言われているので、イギリスで紅茶文化が花開いたのも、そういったことが一因なのかもしれませんね。
「芸術」としての嗜好体験へ

——ここまで話を聞いてきて、山や川、そして地質が、嗜好品の生産に大きく関わっていることがわかりました。美食地質学の視点からお酒などの嗜好品を生産・開発している方々にメッセージをいただけますか?
その土地の水や気候、あるいは地質のことを知り、それらの個性を生かしたものづくりをしていただけると嬉しいです。
先ほど触れた灘の酒は硬水で醸されるので、発酵が早く進むという話をしましたよね。発酵が早く進むということは、ブドウ糖が余すことなくアルコールに変わるということですから、ほとんど甘みのない、非常に辛口のお酒になるんです。
麹菌が活発に酵素を出すので、コメのうまみ成分を効率良く抽出することができて、芳醇な味わいになる。そういった理由から、灘の酒は芳醇辛口を特徴とする「男酒」と呼ばれています。
現在ではさまざまな技術が発達し、どこでも簡単に味わいを調整できるようになりました。芳醇辛口も芳醇甘口も、淡麗辛口も淡麗甘口も、簡単につくれるわけです。その結果、その土地々々の水をベースに形づくられていた味の個性がなくなってしまったのが、いまの日本のお酒です。
2024年11月、日本酒や焼酎、泡盛を含む日本の「伝統的酒造り」が、ユネスコの無形文化遺産に登録される見通しになったことがニュースになりました。そんなタイミングだからこそ、いま一度、酒の味がどのようにつくられてきたのかを思い出すべきなのではないかと思っています。
そして、酒の味を決めるものとして水は重要な要素の一つですが、もう一つ重要な要素として挙げたいのが、料理です。
——郷土の嗜好品は、水や料理とともにある、と。
日本各地にその土地に根付いた郷土料理があり、その料理には水の違いや気候の違い、あるいはそこに住む人々の生活様式が反映されています。そして地酒というのは、そういった料理に合うようにつくられてきました。
だからこそ、その土地に根付いた料理と酒は最高のマリアージュを提供してくれますし、それを楽しむことこそが最高の嗜好体験だと思うんです。
山や川、その下に幾重にも重なる地層、そこを流れる水、あるいは気候……さまざまな要素を包括した食文化が育まれたらいいなと思っています。
たとえば、六甲山の上から瀬戸内海を眺めながら、灘のお酒を飲み、明石の鯛をいただく。そのときに見える景色や流れる時間は、もはや芸術だと言っても過言ではないですから。

1990年、富山県生まれ。ライター/編集者 ←LocoPartners←リクルート。早稲田大学文化構想学部卒。『designing』『遅いインターネット』などで執筆。『q&d』編集パートナー。バスケとコーヒーが好きで、立ち飲み屋とスナックと与太話とクダを巻く人に目がありません。
編集、執筆など。PLANETS、designing、De-Silo、MIMIGURIをはじめ、各種媒体にて活動。
ひとの手からものが生まれる過程と現場、ゆっくり変化する風景を静かに座って眺めていたいカメラマン。 野外で湯を沸かしてお茶をいれる ソトお茶部員 福岡育ち、学生時代は沖縄で哺乳類の生態学を専攻