「松葉」ジュースから「たき火の日」まで。伊那谷の森を守る人々を訪ねて【DIG × 長野】

江澤香織

各地を巡るDIG THE TEA編集チームが、取材先で偶然出会ったローカルの嗜好品やボタニカル、つくり手をミニコラムシリーズでお届けする。

今回訪れたのは長野県の南部にある伊那エリア。森と人との暮らしをテーマに様々な取り組みを展開する「やまとわ」を取材するにあたって地域をリサーチすると、伊那には森の活動している人たちが多いことを知った。

特にこの地域で身近な存在といえるのが「アカマツ」の木だ。伊那全域で見ることができ、建物や家具の建材や、高品質な炭として活用され、さらにマツタケの生育場所にもなっているなど、伊那に暮らす人々にとって大切な植物のひとつである。

しかし近年は、線虫による松枯れの被害など、深刻な課題が生じている。

伊那市では、「たき火の日」など森での活動や、アカマツのお茶やサイダーなどの飲料を作って、アカマツの保全にも役立てようという動きがあるという。関わる人々に会いに行った。

(文:江澤香織 写真:川しまゆうこ 編集:川崎絵美)

伊那の森に親しむ暮らしを日常に

アカマツについて知るきっかけをくれたのは、伊那で「ワイルドツリー」というセレクトショップを運営し、「伊那市ミドリナ委員会」の副委員長を務めている平賀裕子さんだった。

伊那市ミドリナ委員会・副委員長の平賀裕子さん

平賀さんは、森に関する様々な活動を行っており、「やまとわ」とも仲間としてつながっている。

伊那市は、2016年2月に「伊那市50年の森林(もり)ビジョン」を策定。「『山(森林)が富と雇用を支える50年後の伊那市』を基本理念とし、市民を主役とした自立的な経済の循環を構築する新しいビジネスモデルの創出を目指す」としている(伊那市役所HPより)。

そのビジョンをサポートする団体が「伊那市ミドリナ委員会」である。森と暮らしをつなぎ、森や森に関わる人をプロモーションすることをミッションとする外郭団体で、平賀さんは8年間副委員長を務めている。

ミドリナ委員会で森に関わるようになってから、森をより深く知るようになったという平賀さんに、伊那での森の活動について少し話を聞いてみることに。

「昔から森に興味がありました。実は子どもの名前にも森の字を使っていたり。環境問題に関心があったので、自分のお店で間伐材を使った雑貨や、エコロジーに関わる商品を扱っていました。例えば、2002年からミツロウキャンドルを取り扱っていますが、それもオーストラリアの森から生まれたものです」

伊那は森への思いのある人が多い、と平賀さん。

「伊那市長はたき火や森のことが大好きで、森を大切にする伊那市でありたい、という思いが強くあり、『森といきる 伊那市』というブランドスローガンを掲げています。『やまとわ』さんはもちろんだし、地元の木を使った木工作家さんや、森林を次世代へつなぐ『森の座』というNPO、森専門のライターさんなどもいて、森に関わる人たちがみんなユニークで面白いんです」

平賀さんは今年フィンランドへ視察に行き、多くの学びを得て、改めて自分たちの取り組みはまだまだこれから、という思いを抱いたと話す。

「私が会ったフィンランドの人たちは口々に“We belong to nature”(私たちは自然の一部)、 『森は自分たちのDNAに刻まれている』と言っていました。森と共に人生がある。そんな生活を羨ましいなと思いました」

「でも日本人も元々はそうだったと思うんです。それを取り戻せたら、きっと世界は変わる。だから私たちも森を身近に感じてもらいたくて、どうやったら森と人のつながりを作れるのか日々考えています」

写真提供:平賀裕子

例えば、毎月1回「たき火の日」を開催している。

その日は、森で山菜を摘んできて天ぷらにしたり、パンやソーセージを焼いてみたり。1カ月が経つと森の様子も変わるから、季節の変化も面白い。大人も子供も参加してもらいたいと思って開催しているという。学校へ行っていない子どもたちの居場所になればとも思っているそうだ。

「森には同じ木が一本もないように、多様性を受け入れてくれる包容力があると感じています。いろんな人たちが森に来て、思い思いに自由な時間を過ごしてもらう。とてもシンプルで豊かなことですよね。そんな暮らしを日常にしていくことがテーマです」

平賀さんは最近、新しい取り組みを始めた。元は「松喜(しょうき)」という料亭だった古い日本家屋を改修し、カフェやギャラリー、ワークショップなどに活用するため、クラウドファンディングにも挑戦している。

文化的価値を感じる、その趣ある建物で、アカマツに関わるユニークな人物を紹介してくれた。

松に魅了され、伊那のアカマツの良さを伝え守るために奔走

女松の会・巣山真由美さん

アカマツの束をたくさん持って現れた巣山真由美さん。昔から松が好きで興味があったそうだが、母の病気をきっかけに、友人から勧められた『長寿の秘訣 松葉健康法』(高嶋雄三郎著/講談社)の本を読んで松に魅せられた。そのとき、かつて祖母が、松を発酵させた松葉酒という健康飲料をつくって飲んでいたことを思い出したのだ。

母親の病気を少しでも緩和したいとの思いで、松について学びを深め、松を広めるために2015年に「女松の会」を立ち上げた。

巣山さんは、伊那の良質なアカマツで人々を健康にできないかと考え赤松の伐採をしている「森の座」を訪ね、松を譲ってもらい全国に送っているうちにネットショップの立ち上げをサポート。「松フェス」を開催するなどして地域の人々と交流する中で、里山の資源を活かして過疎地を活性化させたいと集まった人々による資源研究会に出会った。

この研究会では、地元の資源であるクロモジやアカマツを活かした商品を開発していた。アカマツで松葉茶や松葉炭酸水などの商品をつくり、主に健康志向の人向けに販売。巣山さんは、この研究会のプロジェクトのひとつとなるネットショップ「高遠里山の風」の立ち上げや、松葉炭酸水の品質向上にアドバイザーとして関わり、さらにアカマツの魅力を広めようと尽力した。

標高の高い地域にある高原野菜がおいしいように、寒暖差のある長野の気候は、松の味にも反映しているようだ。松の味は地域によって違うそうで、虫が多い暖かな地域では、松自身が虫から身を守るために酸味を強く出すという。

「高遠里山の風」でつくったアカマツの様々なドリンクを飲んでみると、どれもそれほどクセがなく、松にあまり慣れていない人でも飲みやすい味だった。

まず、とれたての松葉そのものをミキサーで粉砕して作ったフレッシュな松葉ジュースを飲むと、濃い緑の色も綺麗で爽やかな風味、りんごや梨のような、ほんのり果実感がある。

巣山さんがその場で作ってくれたフレッシュな松葉ジュース。「これを毎日飲んでいるから元気」と話してくれた

松葉炭酸水は青々と清々しいハーバルな風味があり、優しいビールのような印象もある。はちみつレモンなど少し甘みを加えて飲んでもさっぱりして良さそうだし、アルコールと合わせてもおいしそうだ。

松葉炭酸水は、伊那市内で人気の居酒屋でも提供されていた

赤松茶は、焙煎したアカマツの葉にクロモジとほうじ茶もブレンドし、香り良く飲みやすく仕上げている。松葉炭酸水や赤松茶は、現在「高遠里山の風」のサイトでネット販売している。

赤松茶

「より本来のアカマツらしさを出すために、他のメンバーとともに苦労を重ねました」と巣山さんは開発当時を振り返る。

一般的な高温の乾燥機だと香りが飛んでしまうため、特別に低温で圧力をかけながら乾燥させているという。また、高い殺菌力がある次亜塩素酸には浸けず、低温での殺菌処理をして、できるだけアカマツの風味を失わないように配慮した。そのためのイレギュラーな対応をしてくれる加工業者を探すことにも苦労したそうだ。

松は古くから日本の伝統文化と深く関わっている。常緑樹で冬も葉が青々としていることから、健康長寿の象徴であり、御神木として神聖視され、松竹梅やお正月の門松など、縁起の良い使われ方をしてきた。

枝ぶりの美しさは庭園や盆栽などで重用され、絵画や建築にもよく松のモチーフが使われるなど、芸術的価値も高い植物である。

「松には針葉樹によく含まれるα-ピネンという爽やかな芳香成分があり、ストレスを緩和し、リラックス効果や血行促進効果があるといわれています。伊那谷にはアカマツがたくさんあるので、きっと知らないうちに松のいい香りを吸っていることで健康的に過ごせている人もいるんじゃないかと思います」

日本は松に支えられてきた国であり、大切にしなければならない植物のひとつだと巣山さんはいう。

「高遠里山の風」のアドバイザーを離れてからは、伊那のアカマツ枯れ被害の防除に取り組んでいる。

「菌を激減させてしまう農薬は使わず、土壌から失われた菌根菌を増やすことで菌との共存関係を強くして、しっかりと根を張った松が線虫を寄せ付けずに育つかの実験中です。実験開始から1年が経ち、手応えを感じています。今後もこの実験を継続し、伊那谷に残る名松の保全につなげていきたいです」

「アカマツは、災害や環境変化などで地面に何もなくなった裸地に、一番最初に生えてきて早く成長するパイオニアプランツと言われています。見た目にもちょっと大和魂を感じませんか? 広葉樹と違って、次世代のための余分な栄養を蓄えない潔さのある性質も、侍っぽいなと思ってみたり。松には日本人の魂みたいなものを感じています」

清々しい香りを放つアカマツの束を囲んで、平賀さんも交え、巣山さんの熱い松トークはまだまだ止まらず、伊那のアカマツの森に浸って癒されてみたい気持ちが一層高まるひとときだった。

伊那市ミドリナ委員会
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高遠里山の風高遠里山の風Instagram
女松の会

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フード・クラフト・トラベルライター

フード・クラフト・トラベルライター。企業や自治体と地域の観光促進サポートなども行う。 著書『青森・函館めぐり クラフト・建築・おいしいもの』(ダイヤモンド・ビッグ社)、『山陰旅行 クラフト+食めぐり』『酔い子の旅のしおり 酒+つまみ+うつわめぐり』(マイナビ)等。旅先での町歩きとハシゴ酒、ものづくりの現場探訪がライフワーク。お茶、縄文、建築、発酵食品好き。

Editor
編集者

お茶どころ鹿児島で生まれ育つ。株式会社インプレス、ハフポスト日本版を経て独立後は、女性のヘルスケアメディア「ランドリーボックス」のほか、メディアの立ち上げや運営、編集、ライティング、コンテンツの企画/制作などを手がける。

Photographer
フォトグラファー

若いころは旅の写真家を目指していた。取材撮影の出会いから農業と育む人々に惹かれ、畑を借り、ゆるく自然栽培に取り組みつつ、茨城と宮崎の田んぼへ通っている。自然の生命力、ものづくり、人の暮らしを撮ることがライフワーク。