過去と未来をつなぐ料理。“ミシュラン三つ星”の中国料理「茶禅華」が探求する「和魂漢才」の哲学

藤井存希

日本の中国料理として初となる、ミシュラン三つ星を獲得し、「Asia’s 50 Best Restaurants 2025」でも34位にランクインする、「茶禅華(サゼンカ)」。

10年前のオープン当初から、他店に先駆けてティーペアリングを提案し、嗜好品であるお茶と料理の新たなフェーズを創出してきた。

中国料理と日本料理の名店で修業し、それぞれの料理だけでなく歴史や文化も含めて学んできた川田智也シェフならではの、料理の根幹にある“和魂漢才”とは?

名声を得てもなお飽くなき進化を続ける「茶禅華」で、料理とお茶のペアリングから見えてくる新たな嗜好体験を味わう。

(文:藤井存希 写真:川しまゆうこ 編集:小池真幸)

日本初にして日本唯一、“ミシュラン三つ星”を誇る中国料理

各国の大使館が点在する東京・広尾の高級邸宅街で、ひっそりと威厳を放つ旧ドイツ大使公邸の建物

2025年現在、日本国内でミシュラン三つ星をもつレストランは20軒のみ。

そのうち、日本料理は12軒、フランス料理とイノベーティブで6軒、残り2軒は寿司と中国料理であり、日本における中国料理はとりわけ評価が厳しいとされてきた。ちなみに二つ星をもつ57軒のうち寿司は4軒あるが、中国料理はゼロである。

いわば独走状態にあるのが、日本初にして日本唯一の“ミシュラン三つ星”を誇る中国料理、「茶禅華」だ。

川田智也シェフ。1982年、栃木県生まれ。中国料理の名店「麻布長江」(2019年閉店)で修業後、「龍吟」で日本料理を学び、2017年に「茶禅華」の開業とともにシェフに就任。「ミシュラン東京」では2018年版の初掲載で二つ星、2021年版から5年連続で三つ星を獲得。「Asia’s 50 Best Restaurants 2025」では34位にランクイン

ミシュラン三つ星までの軌跡を辿ると、「茶禅華」の根幹には常に、川田智也シェフの料理哲学“和魂漢才”があった。

「和魂漢才とは、秦、漢、明など長い歴史をもつ中国から伝来した文化や技術“漢才”を、日本の精神性“和魂”を軸に昇華・洗練させること」

「例えば日本語は、漢字をベースに平仮名やカタカナ、英語などの外来語も取り込みながら、独自の進化を遂げてきたものですし、禅や書道なども“和魂漢才”を表しています」

大きな円をくり抜いたように見える仕切り壁は、中国では「すべてのことがうまくいくように」という願いが込められているそう

中国料理「麻布長江」、日本料理「龍吟」という二つの名店で研鑽を積み、それぞれのジャンルの料理を丁寧に捉えてきた川田シェフにとって、“和魂漢才”の思想に辿りついたことはごく自然な流れだった。

「日本には八百万の神がいて、山を御神体と崇める地域があったり、山や川などすべてのものに神様が宿っているという考えから自然への敬意をはらう、日本ならではの精神性がありますよね。日本料理にも“自然を超えてはならない、食材を超えてはならない”という精神性が根付いていて、修業時代にすごく感じていたのは、“食材の声が一番聞こえる調味を施す”という向き合い方でした」

「かたや中国料理は、そういった部分もありつつ、とてつもなく長い歴史の中で人間の叡智によって組み立てられ、体系化されてきた素晴らしい技術や文化があります」

“和魂漢才”の哲学を味わう、料理とお茶のペアリング

ブッダが鎮座する蓋付きの器で提供される、中国福建省の伝統名菜「佛跳牆」。「ブッダ ジャンピング スープ」という英訳通り、仏様が修行をやめて飛び出しちゃうほど美味しいスープという意味をもつ

根幹となる「和魂漢才」は、料理からも見てとれる。

「佛跳牆(フォーティャオチャン)」は、中国の伝統的な「上湯(シャンタン)スープ」をベースに、一つ一つの食材に対して炊く・蒸す・焼くなどそれぞれ合ったアプローチを施す日本料理の技法「炊き合わせ」を取り入れている。

フカヒレや干し鮑、貝柱、金華ハムなど多彩な旨みが溶け込む「佛跳牆」

さまざまな素材をまとめて蒸して作るよりも、一つずつ素材を引き出す丁寧な手間をかけていくことで「辻褄が合っていくんです」と川田シェフ。最高級の澄んだ上湯スープで、それぞれの滋味深い味わいが際立ち、相乗効果で何層もの旨みが感じられる、まさに「和魂漢才」を表すスープ。

合わせるお茶は、福建省の武夷山で栽培された、しっかりとした焙煎と発酵を楽しめる烏龍茶「武夷岩茶(ブイガンチャ)」。「佛跳牆」と同じ福建省で生まれた岩茶を合わせることで、深くテロワールを楽しむことができるペアリングに

「茶禅華」では開業当時から提案しているティーペアリングにおいても、「和魂漢才」の精神を宿す関係性があるという。

干し鮑と昆布茶のペアリングは、中国料理の伝統的な干し鮑と日本料理で使われる昆布を口の中でマリアージュさせることで、海のもの同士が相乗効果をもたらし、“一番出汁”が感じられる組み合わせ。

世界でも“ナンバー1”とも評される岩手県吉浜の蝦夷鮑を、水で3日間戻したのち、鶏肉と豚肉、金華ハムとともに24〜36時間ほど炊いた、干し鮑の煮込み。豚と鶏のコラーゲンとともに炊きあげることで、最上級にふっくらと柔らかく仕上がるという
中国では“長寿”を願う食べ物とされる干し鮑と、「寿」を象った昆布を浮かべた台湾産の低醗酵の文山包種茶(ぶんさんほうしゅちゃ)で、縁起の良い組み合わせ

「昆布など海藻を食べて育つ鮑と、昆布の相性はとてもいいんです。鮑のソースは、炊いた際のスープを澄ませて、調味料は紹興酒だけ。全ての素材を出し切って澄ませることで“淡味”を引き出しているので、濃く感じず、干し鮑と金華ハムから出た塩みがほどよく感じられると思います」

個室に掲げられた、中国「明」時代の著作家、洪自誠(こうじせい)が書いた「菜根譚」の一節、「真味只是淡(しんみはただこれたん)」。真の味は淡いに宿るという意味

「茶禅華」の名にも取り入れられている“禅”の教えには、規範「禅苑清規(ぜんねんしんき)」の中に、三徳六味(さんとくろくみ)という理念があり、六味とは、陰陽五行説で言われる苦味、酸味、甘味、辛味、塩辛さに、食材の持ち味を大切にする“淡味(たんみ)”を加えたもの。

「淡い=薄いと捉えられることが多いのですが、単なるあっさりや薄い味ではなく、力強さと清らかさのバランスが整った時に生まれる味。茶禅華が目指す“和魂漢才”も『淡』という漢字に集約されていると感じています」

「茶禅華」という名前には、「中国の伝統的な料理やお茶を、日本人の感覚でブラッシュアップさせる。そんな中国料理を作っていきたい」という願いが込められているという

お茶から始まる、畑、山、そして器、文化へのまなざし

茶禅華では、温かいお茶は40〜50種類、冷たいお茶は8〜10種類を揃え、産地の割合は、台湾:中国:日本=4:4:2

また、“和魂漢才”の流れを強く表すものとして、川田シェフが修業時代から研究を続けるのが、お茶。お茶は日本料理と中国料理において切り離せない関係性があり、これから先も、学び合い、歩み続けるものだと言う。

「お茶を淹れることで、畑、山を考え、環境を考えるきっかけになるだけでなく、美味しく飲み続けるためにはどう行動していくかという食育に向き合うことにもなるんですよね。さらに禅に繋がり、文化を考え、器も考える。お茶の奥深さって、改めて嗜好品としてふさわしいと思うんです」

グレーを基調としたシックな空間に、景徳鎮のアンティーク茶器や、日本の現代作家茶器まで、見事に調和

「茶禅華」ではオープンした10年前より、ティーペアリングの認知度が上がり、今では当たり前の選択肢になってきたことを実感しているという。

「最近では、アルコールが飲めないからお茶を選ぶのではなく、お酒が好きな方も翌日の体のことを考えてお茶を選んだり、ミックスペアリングという選択肢も支持されています」

「ノンアルコールの選択肢としてジュースペアリングも考えましたが、ジュースは飲んだ瞬間に美味しく、脳が喜ぶものの、翌日に体がだるくなったり浮腫むことが多く、糖分の蓄積は体へのダメージも大きいと感じていました。そこで、医食同源の考えからお茶に限定することにしました」

テロワールを共有するペアリング、相乗効果で出汁のような旨みを感じるペアリングに続いて提供されたのは、スモーキーな味わいを共有する組み合わせ。

山盛りの唐辛子に包まれているのは、鶏の手羽。鶏肉を大量の唐辛子で炒める四川料理「辣子鶏(ラーズーチー)」と、鶏をパリパリに揚げる「脆皮鶏(ツイピージー)」を掛け合わせた一品
夏季は手羽の中に枝豆を詰めており、秋は松茸、冬は上海蟹、春は山菜が顔を出す。福建省の紅茶を松の枝で燻製した「正山小種(ラプサンスーチョン)」を合わせて

薄い皮に歯をかけると、パリパリッと音を立てる「辣子鶏」は、唐辛子に燻されるように香りをまとい、滲み出るジューシーな旨みに惚れ惚れ。「正山小種(ラプサンスーチョン)」のスモーキーな味わいと重なり、「圧倒的な味のマリアージュ」と川田シェフも絶賛する組み合わせ。

香港発祥のデザート「楊枝甘露(ヨウジカンロ)」を、旬の桃と、大葉と生姜のアイスクリームで表現。合わせるのは、静岡産のフレッシュなジャスミンティーと、四川省の緑茶「蒙頂甘露(モウチョウカンロ)」のブレンドティー。

舌に羽根が生えたかと感じるほど、軽やかなペアリングで締めくくる。「茶禅華」のコースはデザート3品を含む18品

最後に、ワインペアリングにはない、ティーペアリングの魅力についても尋ねてみた。

「温度帯と季節感です。ホットワインなども存在しますが、お茶は0〜100度までの冷温、常温、中温、高温と幅広い温度帯をどう緻密に狙っていくのかがポイント。温度を高くすれば香りは立つものの、タンニンや苦味が出てくる場合もあるので、それらをどうコントロールするかが重要になります。季節感に合ったご提案をするうえで、“時を捉える”ことも意識しています」

伝統を未来へとつなげるために

シェフのこだわりが随所に詰まった、中国式のティーカウンター

「お茶を考えると禅に繋がり、禅を学ぶと中国大陸からの伝来と理解が深まっていく」と話す川田シェフ。

「お茶はまさに和魂漢才の最たるもの。ほかにも、例えば日本料理の一品『胡麻豆腐』を学んでいくと、実は中国の普茶料理(ふちゃりょうり)から派生して、禅宗の流れで日本の精進料理に昇華されていったとわかります。中国から伝来し、時代とともに形が変わって日本料理の伝統となっていったものはいくつもあります」

嗜好を一言で表すと、「“余白”です。張り詰めた現代社会の中で、その余白があることで、快適さや回復が生まれるのだと考えています」と川田シェフは語った

「お茶や胡麻豆腐、禅、日本語……それらすべてに共通するのは、伝統をしっかり学んだうえで、現在においてその伝統と同等、もしくは超えられたもののみが、淘汰されずに残っているということ。そんな料理を、茶禅華では生み出していきたいと考えています」

そのためには、先人が残してくれた知恵や文化を財産、宝として捉え、敬意を持って昇華・洗練させて、未来へ繋げていく。

まさに川田シェフが掲げる“和魂漢才”そのものであり、茶禅華が名店たる所以であろう。

茶禅華で使われている日本、中国、台湾で作られた翡翠の器。左の大皿は、力強さがある中国の景徳鎮。右上の中皿は、佐賀県有田町の陶磁器作家・梶原大敬(ひろのり)さんが作った深みのある翡翠色。あえて絵を描かず、余白を大切にする繊細さが日本的。右下の蓋付きは、台湾で作られたもので、力強さとともに、しなやかさも兼ね備える

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Author
editor / writer

大学時代に受けた食品官能検査で“旨み”に敏感な舌をもつことがわかり、国内・国外問わず食べ歩いて25年。出版社時代はファッション誌のグルメ担当、情報誌の編集部を経て2013年独立。現在、食をテーマに雑誌やWEBマガジンにて連載・執筆中。

Editor
ライター/編集者

編集、執筆など。PLANETS、designing、De-Silo、MIMIGURIをはじめ、各種媒体にて活動。

Photographer
フォトグラファー

若いころは旅の写真家を目指していた。取材撮影の出会いから農業と育む人々に惹かれ、畑を借り、ゆるく自然栽培に取り組みつつ、茨城と宮崎の田んぼへ通っている。自然の生命力、ものづくり、人の暮らしを撮ることがライフワーク。