サステナブルの本質を追求したレストラン「Nœud.TOKYO(ヌー・トーキョー)」。
東京の中心地、千代田区の紀尾井町に店を構え、食材から調理法、店内のインテリアや料理をサーブする器に至るまで「オール・サステナブル」を貫き、オープンから5年連続で「ミシュランガイド東京」のグリーンスターに選出されるなど、新たな食文化を発信している。
店名の「Nœud(ヌー)」とは、フランス語で「結び目、繋がり、縁、絆」などを意味し、食から広がっていく自然、社会、人の環など、多様な繋がりの結び目のような存在でありたい、という想いが込められている。
コンセプトを一から築き上げ、独自の哲学を持って料理の腕を振るうシェフの中塚直人さんと、そこに絶妙なペアリングで応えるシェフソムリエの宮内奎(けい)さん。2人のセッションのような豊かなペアリング体験は果たしてどこから生まれてくるのだろうか。彼らの料理やドリンクに向ける情熱と、その背景について話を聞いた。
(取材・文:江澤香織 写真:川しまゆうこ 編集:笹川ねこ)
素材を多様に味わい尽くす「オール・サステナブル」
永田町の駅から徒歩数分、ビルの地下にひっそりと佇むレストラン「ヌー・トーキョー」。
以前あった店からそのまま譲り受けたというどこか懐かしさのあるシンプルなガラス扉を開けると、スタイリッシュなグレーの土壁が目に入る。「版築」という、古来からの伝統的な建築技法で作られ、京都の聚楽第(じゅらくてい、豊臣秀吉が安土桃山時代に造営した政庁兼邸宅)跡地近くの古い蔵を解体した時に出た土「聚楽土」をリサイクルして壁に利用しているという。
土壁の細い通路を通り抜けた先には、大きな無垢の一枚板がどーんと横たわるカウンターテーブルとオープンキッチンがドラマチックに出迎える。愛知県のお寺で危険木として伐採された木をテーブル板に使用しているそうだ。土と木に囲まれ、都会のど真ん中にいるのに穏やかな自然の温もりを感じさせる。

愛媛の今治タオルのお手拭きや、新潟燕三条のカトラリー、福井の越前打刃物のナイフなど、各地の伝統工芸品がテーブルを彩り、細部まで徹底的に考え抜いてもの選びをしている。それぞれ強く主張はしないが、使ってみるとその心地よさを実感できるような逸品だ。
食材は、皮や根っこ、骨までも、素材を丸ごと全部使い切り、できるだけ無駄は出さない。
中塚さんの料理は、味や香りが何層にも繊細に重なり、和音のように響き合って複雑な味わいを奏でる。素材のピュアな魅力を最大限に引き出すよう、その土地への敬意と慈しみが込められている。
「ひとつの素材でも、葉と実と根ではそれぞれ違います。その多様な味わいを表現し、お客様に楽しんでもらいたいのです」と中塚さんはいう。

「生産者さんには直接会いに行くことが多いのですが、いただく食材は全部食べられるものなのだから、無駄を出したら彼らにも食材にも失礼だと思っています。果実の皮を乾燥したり、端切れで出汁をとったり、どうやったらおいしく使い切れるか常に考えます。といっても普通に当たり前のことをしている感覚です」
食材について伝えたいことはたくさんある。しかし声高に詳しく説明したりはしない。もちろん知りたければいくらでも伝えるが、ゲストにはただおいしく楽しく食べて喜んでもらえれば、それでいいと思っている。
中塚さんの料理に合わせる宮内さんのペアリングの妙は、ヌー・トーキョーに欠かせない大きな楽しみのひとつだ。

ワインの絶妙なセレクトはもちろんだが、特筆すべきはノンアルコールのオリジナルドリンクにも、目を見張るようなクオリティの高さが感じられ、驚きを隠せないのである。
サステナブルな視点も自然と盛り込まれており、例えば料理で使われなかった素材にも上手に手を加え、ブレンドすることで、料理に自然と寄り添いながら、複雑な香りや重層感のある味わいを引き出し、ワインに負けない奥深さを感じさせるドリンクを生み出しているのだ。
ここでは、普段アルコールを飲む人でも、ノンアルをチョイスする人も珍しくない。2人の紡ぎ出すペアリング体験が食の新たな楽しさを広げている。

「より良い食の循環を持続できるレストラン」が誕生するまで
中塚さんは子供の頃から料理が好きだった。幼少期を過ごした愛媛では、自然に囲まれ、祖母が畑で野菜をつくる姿を眺めながら育った。母親は料理上手で、家には料理の本がたくさんあった。
中塚さんは小学生の頃から、それらの本を見て料理に目覚め、親が家を留守にするときや、週末などは料理を作っていた。中学生になる頃には本気で料理人を志し、進路に悩むこともなくまっすぐ大阪の料理専門学校へ。学校での実習は楽しくてワクワクすることばかりだったそうだ。
素材への向き合い方が変わったのは、料理人として結婚式場で働いていた時のことだ。とあるお客様に「この玉ねぎを披露宴の料理に使って欲しい」とお願いされ、差し出された玉ねぎを食べてみたところ、あまりのおいしさに心を強く突き動かされた。すぐに淡路島にあるその農家を訪ね、話を聞いて感銘を受けたという。
「彼らの子供達は野菜嫌いだったそうなんです。でもどうしても食べて欲しくて、農薬を限界まで減らしたり、有機栽培に切り替えたり。様々な努力をして自分たちが本当にいいと思う野菜をつくったら、おいしいといって食べてもらえるようになったそうです」
「これが本当の農業だと思いました。そして農家さんが思いを込めてつくった、自信を持って提供してくれる野菜を、僕たちは敬意を払って受け取り、さらにおいしく提供することが真の料理人という仕事ではないかと」

サステナブルという言葉もまだなかった頃のことだが、そこから中塚さんは生産者の声を聞き、現場にも足を運ぶようになった。現在でも、スタッフを連れて生産者のもとへ出向くことはよくあるそうだ。
「今ある海も山も大地も、未来の子供達から借りているものだから、守っていかないといけない、という話を生産者さんからよく聞いた。彼らの話を聞くうちに、自分はそんなより良い食の循環を持続できるようなレストランを作りたいと思うようになりました」
「ヌー・トーキョー」のオープンはコロナ禍の2020年。飲食店には厳しい時期だったことはいうまでもないが、中塚さんは、おかげで「本当の意味でのサステナブルとは何か」をじっくり考える時間ができたという。
店の方向性を深く掘り下げて思考を巡らせ、ひとつひとつ吟味して、他にはない唯一無二の空間を創り上げることができた。
ソムリエが新たな可能性を感じた、お酒が飲めないお客様との出会い
中塚さんの相棒的存在であるシェフソムリエ、宮内奎さんは新潟出身。身近に米や野菜の農家が多く、食材や環境を大事にする人に昔から自然と囲まれていた。音楽が好きで、いつか音楽とドリンクを気軽に楽しめるミュージックバーを運営したいと思っていた。しかし、お酒のことは何も知らなかった。
「その頃はお酒の知識が皆無でした。とにかくちゃんとしたお酒のスキルを学びたいと思い、25歳でとても厳しいシェフのいるイタリアンレストランに入りました。当時はそんなに大きな志があったわけではないですし、最初は何も分からずストレスも大きかったのですが、元々凝り性な性格のせいか、やるうちにだんだんワインや接客が好きになっていきました」

その後、ミシェランでも連続して星を獲得しているモダンフレンチレストラン「ラルジャン」で働き、宮内さんの探究心はさらに深まっていく。宮内さんにとって師匠といえる同店のソムリエの選ぶワインが衝撃的においしかったのだ。
当時、抜群のペアリングセンスを持つ彼を超えるソムリエには出会えなかったという。29歳だった宮内さんはお酒に向き合う意識がガラリと変わり、この仕事を一生続けたいと覚悟を決めた。
一方で、自身の無力さを感じる出来事もあった。
ラルジャンには食べることが大好きな常連のお客様がいたが、その人はお酒を飲めなかった。当時はお茶など、限られたノンアルドリンクを出すことしかできなかった。食に相当なこだわりのある人に、ペアリングの楽しみを伝えられないもどかしさが募った。
ファインダイニングの一部では、ノンアルのペアリングが注目されてきた頃だったが、自分でドリンクを開発することなど想像できず、特殊な能力を持つソムリエでないとできないことだと思っていた。
しかし、やってみたいと思っていた宮内さんは、試しにイベントでノンアルドリンクを作ってみることに。するとその常連のお客様も出席され、宮内さんの作ったドリンクを飲んで、ものすごく喜んでくれたそうだ。
「今考えてみると、決して完成度は高くなかったと思うんです。でもこのお客様に喜んでもらえたことがきっかけで、ノンアルにも真剣に向き合ってみたいなという気持ちになりました」

実は、シェフの中塚さんはそれほどお酒が飲めない。そのことも、宮内さんの探究心をさらに加速させたという。
「飲めないけどレストランが大好きなシェフが、前職のお酒が飲めなかった常連様の姿と重なりました。ふたりで一緒にいろんなところに食事に行き、意見交換もするなかで、ヌーではまずシェフが本当に満足して楽しめる自家製ノンアルドリンクを出したいと思いました」
ソムリエの生きる道は限られていると思っていた、と宮内さん。
「何かのコンクールで優勝したり、星付きレストランで働いてグランメゾンのシェフソムリエになって、みたいなイメージがかつてはありました。でも自分はワインが大好きだけれど、そういった王道コースに乗れる人物ではないなと師匠に出会って感じました(笑)」
「だから、ソムリエという仕事を自分らしくどう表現するか、それを実現したくてこの店に来たといえるかもしれません。本当に伝えたいワインや飲み物、自分らしさとは何か。まだ言葉で明確に表現できていませんが、ノンアルの開発は、そのうちのひとつになると思っています」

ペアリングは常に真剣勝負、完璧な料理に合うドリンクを
「ドリンク開発は、研究といえば研究であり、遊びといえば遊びでもある」
宮内さんは楽しげにそう話す。ドリンクの素材の下ごしらえは、中塚さんが料理の延長で一緒に進めてくれていることもよくあるそうだ。
例えば、ハーブのフェンネルは料理に使うが、硬くて食べられない部分があり、それを搾って液体にしたものは実はとてもおいしい。さらにその搾りかすを乾燥させて抽出すると、ドリンクにブレンドするには丁度良い風味だったりする。
このように、料理に使われなかった皮や根っこなども煮出したり、乾燥して粉末にしたりすると、新たなドリンクの材料として活用できる。通常は農家が販売できないような規格外や摘果の果実も、ドリンクにはむしろ使いやすかったり、味のアクセントになったりする。
「この葉の部分がいい香りだからシロップにしてみたよとか、野菜の使わない部分を乾燥させておいたよとか、シェフやスタッフが自然にやるようになっています。ありがたい環境です」と宮内さん。

料理とドリンクの両輪があることで、素材が無駄にならず、アイデアの種が増え、クリエーションの幅が無限に広がる環境なのだ。
ペアリングの考え方についても宮内さんに話を聞いてみた。
「素材の下ごしらえをしてもらうことはありますが、僕らは相談して一緒にペアリングを作ってはいません。シェフがまずパーフェクトに料理を作って、僕はそれに合うドリンクを提供する。そのスタイルが大好きなんです」
「ペアリングのために料理からこの部分を外して、そこにワインをはめ込む、という考え方にはなりたくないんです。ペアリングのために料理の差し引きがあってはいけないと思うから。自分は、料理はシェフに完璧に作って欲しいんです。お皿はお皿として完成させて欲しい。そうしないと本当においしいワインとポテンシャルが釣り合わないと感じています」
「だから一緒に相談して決めることはしたくない。シェフの完璧な料理に、本当にクオリティの高いドリンクをどう提供できるか。常に真剣勝負で考えています」


10月初旬の取材でいただいた料理は、栗、キヌア、クコの実、ドライレーズンなどを使い、参鶏湯のイメージで炊き上げた鶏むね肉と、コック・オ・ヴァン(鶏の赤ワイン煮)をタルト仕立てにし、栗を絞ってモンブラン風にした鶏もも肉。華やかさをまとった豊かな味わいのドリンクが、シンフォニーのように味覚を震わせる。
「宮内はうちの最大の武器ともいえる、本当に心強いスタッフです」と中塚さんは語る。
「彼が来て、ペアリングのクオリティがぐっと上がったことを実感しています。この料理とこのドリンクは合うよね、というより、合わせることでさらにもっと良くなったよね、という料理を目指していきたいですね」

自分は天才肌ではない、と宮内さんは謙遜する。ノンアルドリンクのアイデアは日々の研鑽の賜物であるが、ワインのニュアンスがヒントになっていることも多いという。
「ワインにある香りを辿って、ずっとイメージを考え続けていると、ふとある香りを嗅いだときに、これはあのワインのあの部分に似ているな、と蘇ってくることがあります。いわゆるソムリエの教科書的な表現からは外れるかもしれないのですが、例えばフェンネル、アニス、サフランなどに、熟成したある白ワインのニュアンスを感じたり。そういう経験を日々コツコツと積み重ねながら、ずっと実験していますね」

ワインは自分たちでこれ以上手を加えることはできないが、ノンアルドリンクは自由に精度を上げて自分で細部までチューニングすることができる。
「理想のドリンク、理想のペアリングを自分でクリエイトできるのは、ソムリエとしてベストなワインをセレクトするのとはまた全然違う楽しさがある」と宮内さんはいう。
「自分の思うおいしいを自らの手で創造して表現できるのは、すごく楽しいです」

「どんな人が食べても、おいしいで終わらないとなんとなく気持ちが悪い」と中塚さん。
「レストランという言葉の語源は『回復する、元気になる』などを意味します。日本の人も海外の人も、ベジタリアンだったり、苦手な食べ物が多かったり、いろんな人がいる。でも食べてみんながおいしく楽しく元気になって欲しいという思いが強い」
「僕はめちゃくちゃ臆病なので、お客様に料理を残されるのはやはり一番心にこたえます。当店はサステナブルをうたっていますが、だからといって自分たちのエゴで『俺の料理はこうだぜ』っていうのはレストランとして正解ではないと思う。やはり、おいしいは正義です。本物のおいしいとは何かを追求していきたい」
自身がシェフとして有名になることにはあまり興味がないという中塚さんだが、スタッフや生産者への想いは人一倍ある。レストランを通して、彼らの活動をもっと広く知ってもらいたいと願っている。
「みんなで何か面白いウェーブを起こして、彼らがもっと輝けることができたらいいなと思っています。そのために外への新しい発信の方法を常に模索しています」
まだまだ進化を続ける「ヌー・トーキョー」のこれからと創造的なペアリング体験に期待せずにはいられない。

Nœud.TOKYO(ヌー・トーキョー)
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フード・クラフト・トラベルライター。企業や自治体と地域の観光促進サポートなども行う。 著書『青森・函館めぐり クラフト・建築・おいしいもの』(ダイヤモンド・ビッグ社)、『山陰旅行 クラフト+食めぐり』『酔い子の旅のしおり 酒+つまみ+うつわめぐり』(マイナビ)等。旅先での町歩きとハシゴ酒、ものづくりの現場探訪がライフワーク。お茶、縄文、建築、発酵食品好き。
『DIG THE TEA』メディアディレクター。編集者、ことばで未来をつくるひと。元ハフポスト日本版副編集長。本づくりから、海外ニュースメディアの記者まで。企業やプロジェクトのコミュニケーション支援も。岐阜生まれ、猫好き。
若いころは旅の写真家を目指していた。取材撮影の出会いから農業と育む人々に惹かれ、畑を借り、ゆるく自然栽培に取り組みつつ、茨城と宮崎の田んぼへ通っている。自然の生命力、ものづくり、人の暮らしを撮ることがライフワーク。
