お茶とは、優しさ。Z世代の茶道家が生みだす新たな「お茶の時間」

篠原 諄也

お茶にまつわる斬新な体験を次々と生み出す、Z世代の起業家がいる。

TeaRoomのCEOで、茶道家の岩本涼さん(24)だ。

9歳で茶道を始めた岩本さんは、早稲田大学在学中の2018年に同社を創業。チーズケーキブランド「Mr. CHEESECAKE」のブランド誕生3周年を記念した限定フレーバーに抹茶を提供するなど、注目を集める体験を立ち上げてきた。

日本初の国産ウィスキー樽に熟成させたノンアルコールティー「ウィスキー紅茶」は、6月に東急ハンズで発売され、すぐに店頭での完売が相次ぐなど反響を呼んでいる。

TeaRoom

「お茶は、優しさを顕在化するツールです」

岩本さんはそう語る。お茶の「道」を探求する独創的な生き方を辿るため、東京のオフィスと静岡の工場に同行し、じっくり話を聞いた。

茶室で感じた「ギブする優しさ」

TeaRoomの岩本さん

「岩本さんにとってお茶とは?」

インタビューの最初に直球の問いを投げかけると、すぐに「優しさ」という答えが返ってきた。

「お茶は、優しさを顕在化するツールです。自分、他者、環境など、向き合う対象を変えながら、ギブの行為を通して、みんなを幸せにする。それを循環させて、優しい社会を作りたいんです」

英語に訳すならば、「kind(親切な、優しい)」や「tender(思いやりがあって優しい)」ではなく、「generous(寛大な、思いやりがある)」とのこと。人に何かをギブする優しさのニュアンスが込められる。

「世界の全員が、性善説に基づいた天性の優しさを持っていると思っています。人に対して何かギブすることで、それが顕在化するんです」

「プロダクトや空間を通じて、人にギブできることは何だろうと考えたときに、私は茶室の中でそういう優しさを受けた感覚がありました。先生をはじめ多くの人たちが、相当な時間と労力をかけて一杯のお茶を淹れてくれたんです」

茶室が特別な空間だった理由

岩本さんは、わずか9歳で茶道を始めた。きっかけは、TVドラマの「喰いタン」(2006年放送)。俳優の東山紀之さんが背筋がピンとのびた和服姿で茶道をする姿に憧れた。すぐに親に頼み込み、地元の千葉で茶道の裏千家支部に通うことになった。

岩本さんは、どんな少年だったのか。尋ねると、みんなと同じことをする集団行動に馴染めなかったと話してくれた。低学年の頃はあまり小学校に行っていなかったそうだ。

幼い頃から極真空手やバイオリンの習い事に没頭したことで、学校以外にも評価される基準や環境があるとわかっていた。空手は9歳にして黒帯を取るほどの実力だった。

なかでも、とくに茶道の茶室は特別な空間だったとふり返る。

「茶室は、学校で集団に馴染めない僕に『君は悪くないんだよ』と言ってくれるような場所でした。茶室の中では、お茶を楽しむことがゴールです。どんな人間であっても問題ない。その人が存在していることが肯定されるのがすごくよかったんです」

岩本さんは、お茶の時間は「向き合うこと」に根本の価値があると説く。

「“道”の思想の本質は、向き合うこと。自分との向き合いは“内省”と言われる。他者だと、もてなしやコミュニケーション。ものであれば見立てとなります。海外では喫茶などの飲食体験はエンタメに流れがちですが、日本はそれを道として生き方の支柱にしました。とても面白い国だと思います」

「茶室では、ちゃんと自分に向き合います。自分を理解しているからこそ、他者のことも理解できる。人に敬意を表し、優しくすることができる」

そんな岩本さんが、茶室でひとつ違和感を感じたことがあった。

「先生に、お茶の名前とお詰め(抹茶の製造元)の2つを聞きます。でもそれ以外のこと、たとえば何の品種かを聞いてもわからないんです」

「あくまで茶室の中では、お茶は文化性を体現する手段の一つ。文化側にいると産業との隔たりを感じ、産業側にいると文化を一方的にリスペクトして実際に文化を知らない人が多いように感じました。でも私としては『なんでお茶の先生がお茶のことを知らないの?』と疑問に思ったんです」

お茶の“文化”と“産業”が、それぞれ独立していていいのだろうか? 

大学在学中に、アメリカ留学や茶箱を持って世界一周をしたときも、同じ疑問を抱いたという。海外で日本のお茶を説明するには、当然のように文化と産業の両方を語らなければいけなかったからだ。

「日本の茶道の精神性の一つに”主客一体”というものがあります。亭主と客が一体であるということを意味していますが、産業界にも活かせる文化であると考えています」

「たとえば海外のホテルは、サービスをする側とされる側がそれぞれ存在し、客側はされる側から出ることはないかと思います。しかし日本の旅館は主客の考え方が異なり、客も共同浴場や手洗い場などをきれいに使って、ともに良い体験を生み出そうと努力します」

岩本さんは、日本の茶道のすばらしさを因数分解し、ロジカルに英語で説明するように心がけた。

「茶室の中で作られてきた“亭主も客もともにお茶の体験を作り上げるという心”は、お茶を事業化し展開するうえでも必要な日本の文化性だと思いますし、海外でお茶をプレゼンテーションするときに必須な考え方だと感じています」

だからこそ、TeaRoomでは文化と産業をつなげることを大事にしている。

「産業やプロダクトとしてのお茶(Tea)と、文化や思想としてのお茶(Room)をちゃんと繋げて、大衆化するのが僕たちのゴールです」

「海外に出ていくなら、その必要がある。だから経営目標として、社名にも大きく掲げました。文化とプロダクトが結びついた状態で事業を広めていきたいんです」

静岡に茶畑と工場を持ち、自ら生産者になる

TeaRoomでは、お茶の生産から販売までの全工程を手がける。さらに飲食店のコンサルティングや文化事業など、幅広く事業を展開している。

今注力しているのは、産地の課題に向き合うことだ。

「茶業における一番の課題は、生産者の方々が疲弊している現状です。価格が下落していて、儲けが少ない。どんどん離農が進んでしまっています。その衰退を身をもって体験しなければいけないと思いました」

2019年には、静岡市大河内に拠点をつくった。経営破綻したかつての共同茶工場を承継し、近くの茶農園で茶葉から生産を始めたのだ。

JR静岡駅から車で1時間ほどのところにあるこの地に、TeaRoomの創業メンバーである水野嘉彦さんと池﨑修一郎さんは、2人揃って村に移住した。

最初は地元からの反発もあったという。山間部の集落に急に若者がやって来て「怪しい」と、よそ者扱いされてしまったのだ。

岩本さんらは、組合のトップに何度も挨拶に行き、茶業への思いを伝えたという。静岡の名高い茶商「カクニ茶藤」と業務提携するなど、地域で信頼を得る努力をした。地道なコミュニケーションを重ねて、少しずつ近隣の理解を得ていった。

大河内は、山が切り立ち、安倍川が流れ込む地形で、霧が立ち込めることが多い。この日も小雨が降りそそぎ、山水画のような幽玄な景色が見渡せた。

東京から移住し、大河内でお茶を生産する水野さんは、こうした地形の条件は「茶作りに抜群に適している」と語る。

「日が短いほうが、いいお茶ができるんです。お茶の甘みや旨みのアミノ酸は、日が当たることでカテキンに変化し、苦渋みが強くなってしまいます」

「大河内は、山が切り立っているから日照時間が短い。さらに霧が多くて、直射日光が当たりにくい。玉露などを作るときは被覆をして遮光しますが、ここでは自然にその状態ができるんですね」

香りのいいお茶と、新たな需要づくり

TeaRoomでは、とくに香りのいいお茶づくりにこだわっている。

「僕らのつくるお茶は、日本茶の業界だと『山の香り』と言われるんです。山間部で生産しなければ出ない独特の香りがあります。山の上で摘んだ茶葉を、下に運ぶ間に萎凋(いちょう)という工程が起きます」

萎凋とは、製茶の工程のひとつで、摘み取った茶葉を風通しのよい場所に放置し、葉を萎れさせて香りの発揚を促すこと。

「ここでは萎凋が自然に起きるので、酸化酵素が働いて発酵が進み、香りのいいお茶ができるんです」

岩本さんは、実際に生産者になることで見えてきた視点があったと話す。

「お茶は、ペットボトル市場の拡大とともに巨大なマーケットに成長しました。0円だったお茶に100円の価値がつくようになった。でも同時に、喉の渇きを潤す『止渇剤』の領域以外に、お茶が染み出ないようになってしまいました」

「本当はまだ顕在化していない需要がたくさんあって、お茶はもう一度盛り上がるはずなんです。だから僕らは『お茶の時間』の価値を再評価してもらいたい。付加価値をつける手段として、プロダクトとしてのお茶を開発しています」

生産者が疲弊している——。身をもって実感したことで覚悟も決まった。

「これまでにないアプローチで、新たなお茶の需要をつくりながら、生産者にちゃんと還元する。その循環をつくりたいと思います」

お茶の香り楽しむ「ウィスキー紅茶」や「クラフトジン」

岩本さんは、生産に参入したことで浮かんだアイデアを、次々と形にしていく。

「チーズケーキブランド『Mr. CHEESECAKE』のブランド誕生3周年を記念した限定フレーバーに抹茶を提供したほか、ウィスキー樽に国産紅茶を熟成させてつくった「ウィスキー紅茶」も反響を呼んでいる。

TeaRoom

さらに、お茶の生葉を使ったジン「First Essence Tea Leaf Gin」も取り組みのひとつ。2019年には、クラフトジンの世界で注目を集める辰巳蒸留所(岐阜郡上市)とのコラボレーションが実現した。

お茶の生葉を使ったジン「First Essence Tea Leaf Gin」 / TeaRoom

「農家だけが知っているお茶の魅力はなんだろうと深堀りました。生の茶葉をどうにか商品に使えないか。今の商品形態だけでなく、視点を変えないといけないと思ったんですね」

そこであらためて目を向けたのが、萎凋させた生の葉っぱの香りだった。

「萎凋させた茶葉には、青リンゴ、パイナップル、マンゴーなどにも通じるジューシーな香りがある。森林浴を思わせる青々しい香りもある。蒸留すると、その香りを取り出すことができます」

「香りの良さを活かせるのが、最近注目されているクラフトジンでした。お茶のジンはクリーンで爽やかな飲み口が魅力です。ターゲットはジン好きな人から梅酒やレモンサワーが好きな人まで、幅広いだろうと思いました」

実際に味わうと、お茶の葉の上品な香りがふわっと広がる。

生産農家は「雨の日の茶畑の香り」と表現した。飲みやすいが、少し後からお茶らしい苦味がほどよい塩梅で口に残る。これまでに体験したことのない味わいだった。

新たな「お茶の時間」をつくり届ける伝道師

「お茶の道は、生き方なんです」

岩本さんは、ごく当たり前のように語った。茶道の哲学に込められたエッセンスを、軽やかに言葉にしていく。

静岡の工場と茶畑を訪ね、お茶やクラフトジンの体験を共にした。TeaRoomのつくりだすお茶のシーンに身を浸してみると、まさに自分自身の生き方も問われているような気がした。

お茶と向き合い、自分と他者と向き合い、時を溶かすような体験と空間をギブすること。現代のお茶の道は、プロダクトを介して、人生と結びついていく。

岩本さんは、原体験である「優しさ」を胸に、新たな「お茶の時間」をつくり届ける伝道師として、今日も慌ただしく日本各地を飛び回る。

(写真:川しまゆうこ)

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ライター

1990年、長崎生まれ。フリーランスのライター。本の著者をはじめとした文化人インタビュー記事など執筆。最近の趣味はネットでカピバラの動画を見ること。

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編集者

『DIG THE TEA』メディアディレクター。編集者、ことばで未来をつくるひと。元ハフポスト日本版副編集長。本づくりから、海外ニュースメディアの記者まで。企業やプロジェクトのコミュニケーション支援も。岐阜生まれ、猫好き。

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フォトグラファー

若いころは旅の写真家を目指していた。取材撮影の出会いから農業と育む人々に惹かれ、畑を借り、ゆるく自然栽培に取り組みつつ、茨城と宮崎の田んぼへ通っている。自然の生命力、ものづくり、人の暮らしを撮ることがライフワーク。