木地師・漆芸家、田中瑛子。

初めて目にした彼女の作品は、今まで知っている漆器とはかけ離れたものだった。

赤、黒、金の鮮やかな色彩をまとい、うっすらと木目が見え隠れする独特のグラデーション。

滑らかな曲線でありながら凛とした形は、手のひらに吸いつくようにおさまり、ずっと撫でていたくなるような衝動に駆られる。

田中さんが生み出す、色やかたちの妙。デザインや技法というよりも、その奥にあるつくり手の感性や、作品が生みだす時間に魅かれて、我々は石川県加賀市を訪れた。

唯一無二の曲線美

石川県といえば、古くから職人の技が息づく伝統工芸の集積地だ。

なかでも加賀市山中温泉地区でつくられる山中漆器は、「塗りの輪島」「蒔絵の金沢」に並び「木地の山中」といわれ、ろくろで木を削り出す木地師(きじし)の技術が確立してきた。

このエリアで創作活動を行う田中瑛子さんは、産地のなかでも珍しい女性木地師として活躍。築100年を超える日本家屋をリノベーションした田中さんのギャラリー兼工房にお邪魔すると、これまで手がけた作品があらゆる空間に散りばめられていた。

どの作品も一つひとつ描く曲線が異なり、オブジェというよりもまるで生き物のような有機的な温もりを感じる。彼女の美意識の源は何なのだろうか。

手で触れられるものづくり

愛知県出身の田中さんが工芸に興味を持ったのは高校生の頃。教師だった両親の影響で幼い頃から歴史や美術に触れる機会が多く、大学ではものづくりの道を志した。

「陶芸、金工、ガラスといろんな選択肢がありましたが、最後まで自分の手で素材に触れながら好きなかたちをつくりたいと思い、漆芸を選びました。赤や黒、金など日本古来からある伝統的な配色を漆で表現できることも魅力に感じましたね」

大学卒業後は漆芸の技術をさらに深めようと、加賀にある山中漆器の研修所へ。漆器の産地は全国各地にあるが、田中さんには山中でなければいけない理由があった。

「漆芸は本来、木地や塗りが分業になっています。大学時代、木地を別のところに依頼するとイメージするかたちに仕上がらないことも多く、かたちをつくるところから塗るところまですべてを自分で手がけたいと思っていました。そのため、木地挽きの技術が高い山中で学ぼうと思ったんです」

“かたち”には並々ならぬこだわりがあった田中さん。石川県挽物轆轤技術研修所で2年学び、木地師の中嶋虎男氏のもとに弟子入りした。

刹那的な感覚をかたちに込めて

田中さんが自分の思い描くかたちを生み出せるようになったのは、修行時代の賜物だ。

「先生がやると2回で終わる作業が、私の場合10回かかってしまう。作業する時の音がそもそも違うんですね。私と先生で何が違うのか。修行期間はその差を見つけ、縮めていく道のりでした」

木を削る時はつい刃物に意識が向きがちだが、大切なのは身体と刃物が一体になる感覚だという。

「指先だけの作業は無駄な手数を産む上、身体の安定感が疎かになるため刃先がブレてしまうんです」

刃物は一定方向に向けたまましっかりと固定させ、身体全体を使いながらろくろを操る。職人によって身体の癖が異なるため、木地師はカンナの刃も自ら叩いて調整する。

ひたすら先生の動きを観察し続けること5年。10回かかっていた作業が次第に7回、5回でできるようになり、作業の精度も高まっていった。刃先の角度は見ずとも感覚でわかり、身体の小さな動きで調整できる。技術を身体にしみこませることで、思い描くラインが自然と表現できるようになった。

田中さんは、5年間ひたむきに技術を学び、2012年に独立した。

「ちょっとやってみせますね」と田中さん。

髪を一つにまとめ、ろくろの前に座ると、一瞬で職人の表情へと切り替わる。

高速回転する木地にそっとカンナの刃先を当てると、削れた木屑の香りがふわっと立ち上がり、先ほどまで塊だったはずの木に新たなかたちが宿っていく。

全身を使い0.1mm単位で刃先を操る技術は、熟練の勘や集中力がないとできないことが素人から見てもわかる。

木を削るときは一体どんなことを考えているのだろうか。

「木を挽く作業はあっという間で、そのとき自分が美しいと思った一瞬の感覚をかたちに残せるんです。ろくろって刹那的な感覚を込められるものなんですよね」

漆とともに「思考」を重ねていく

瞬間の思いをろくろに込める木地挽き。一方で、漆の作業は数カ月間かけて作品と対峙しながら、命を吹き込んでいく。

通常、漆器は下地、中塗り、上塗りといった工程を経て木目を隠していく方法や、木地に生漆を塗っては布で拭き取る「拭き漆」という技法などがある。

田中さんの作品は「拭き漆」をベースにしているが、使うのは布ではなく紙だ。こうすることで、漆を拭き取りすぎず、絶妙な加減の漆を木地に残すことができる。漆を塗っては研ぐ、この工程を繰り返すことで、木地肌がなめらかに整えられていく。

「木地には、木目に波模様など独特のうねり持つ『杢(もく)』という素材を使っています。木目の場所によって硬さが異なり、染み込む漆の量も変わってくるんです。硬い部分は漆がわずかしか入っていかないので、研ぐと漆がなくなり木地本来の色が白く浮き出てきます」

一度に厚く塗るのではなく、わずかな生漆を幾重にも重ねていくことで、真っ白だった栃の木が少しずつ金色に変化していく。そして、赤や黒の漆が施された部分は一層艶が増していくのだ。

この作業を繰り返すこと、なんと20回以上。すべて手作業で行っている。

「2〜3カ月は同じ作業をひたすら繰り返しながら、作品と向き合います。長い時間対峙することで木の個性が見えてきて、色や名前が思い浮かぶんです」

年輪のような色の濃淡や深みを増した艶は、長い長い思慮の証。田中さんの作品は、緩急をつけた時間の流れのなかで世界観が生み出されるのだ。

NYで問われた「私らしさ」とは

田中さんが自分の作風について意識を向けるようになったのは、独立直前に初めて出展したアメリカ・ニューヨークでの作品展だ。展示を見た現地の人から「あなたらしい作品はどれ?」と聞かれたとき、うまく答えられなかったと話す。

「展示したものは自信作ばかりでしたが、私らしさと言えるほどの強さはなかった」

「これまで日本では伝統工芸の技術を突き詰めることに重きを置いていましたが、世界に出ると私個人のなかにあるものを問われている気がしました」

それ以来、「私らしい表現とは何か」を強く意識するようになった。

「日本の伝統工芸の世界では、新しい表現に挑戦すると、時に“異質なもの”として見られることがあります。でも、世界に一歩踏み出したことで、『自分が求められるフィールドで表現すればいい』と思えるようになりました」

「昔は伝統工芸の文献を調べながらつくることもありましたが、今は絵や自然などジャンルの違うものからインスピレーションを受けることが圧倒的に増えましたね」

田中さんは、作品の用途もあえて限定しないという。例えば、こちらの波打った曲線の器を発表したときには、お客さんからこんな声が寄せられたそうだ。

「『お酒を入れると、飲み口によって味が変わるのが面白い』と言ってくださったんです。器の口当たりによって味が変わるそうで。私が思ったままにつくったものに、見る人や使う人が新たな楽しみ方を見つけてくださるのがいいなと思っています」

伝えることの価値

ニューヨークでの作品展をきっかけに、コロンビアやドイツ、オーストラリア、スペインなど海外から技術指導の依頼が舞い込むようになった田中さん。異国の地で漆の技術を伝える経験も、自分自身や作品を見つめ直す機会となった。

「国によってものづくりの文化が違うなか、世界から見た日本らしい感覚や技術をより意識するようになりました。自分らしさを表現する上でも、外からの視点はなくてはならないもの。海外の人たちと接することで私自身の価値観も変化し、提案できるものの幅も広がっていったように思います」

現在、田中さんのギャラリー兼工房でも、海外から訪れた人の滞在も受け入れており、日本の文化や伝統工芸を体験することができる。

伝統工芸の技術、自分らしい表現、世界から見た日本……3つの要素が絶妙なバランスを保つことで、田中さんの美意識は研ぎ澄まされ、常に新しい可能性に挑戦できるのだろう。

木と対話しつくりあげる作品たちは、観る人の心を溶かし、一人ひとりの日常に寄り添う。田中さんは、漆器を通じてさまざまな時間を届けていく。

伝統と受け継ぎ、革新へと導きながら、文化の違いも超えていく。田中さんはこれからも自分の感性の赴くままに作品をつくり続ける。

(写真:江藤海彦)

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  • 著者:
    石原 藍
    ローカルライター・編集者。大阪府出身、福井県在住。リクルートで広告制作を経てフリーランスへ。地域コミュニティやものづくり、移住などをテーマに、全国各地を訪れインタビューや執筆を手がけている。また、地域のプロジェクトにも数多く伴走し、その取り組みやローカルで暮らす人たちの声を発信している。著書に『販路の教科書』(EXS Inc.)
  • 編集:
    笹川ねこ
濁流のように去りゆくこの時間を、心が溶けるひとときに。