猫、マスク、そしてCBD。“お香の魔術師”は、時代の潮流を嗅ぎわけ「香り」をアートに変える

川崎絵美

「香りには見えない波があって、その時代に生きる人が求める空気感から流行が生まれます」

京都御所の南側にある創作線香の専門店「サンガインセンス本店 香煙研究所」。店主の橋本勝洋さんは、世界中から集めた香料で、オリジナル線香をつくる“お香の魔術師”だ。日本の香りが発祥した歴史ある京都の地で、伝統的な「線香」に新風を吹き込む彼が手がける独創性に満ちたお香は、時代の潮流を捉え、人々にゆらぎを与えていた——。

》インタビュー前編:「人の人類史を練り込む」香りの演出家が、1本の線香で描き出す世界

世界で脚光を浴びる「CBD」をお香に

山河インセンス&香煙研究所では、世界の香木、薬草、琥珀などでつくられた“人類史”を表現する定番の線香に加え、スペシャルラインナップとして新商品を展開している。

約30種類の品揃えのなかで、先進的で想像性溢れるアイテムに出会った。

最近、注目を集めている線香が「LAVENDER WITH CBD」。自然由来の“万能薬”として世界的な潮流となったCBDと、西洋薬草学の元祖とされるラベンダーを掛け合わせてつくったものだ。

大麻植物に含まれ「沈静」の効果が期待されるCBD(カンナビジオール)は、欧米を中心に医療、美容、フードなどさまざまな分野で、世界的に脚光を浴びている。

日本でも一部使用が認められているCBD

橋本さんはなぜ、CBDを線香にしようと考えたのだろう。

「CBDは脳を沈静化させます。思考を巡らせて仕事を終えたあと、一度リセットして『さて、次は何をしようか』と切り替える。そんな生活のサポートになればいいなと思ってつくりました。薬煙としてCBDの成分を取り込みやすくする、道筋をつけるような調香をしています」

ラベンダーは「リラックス」の効果があるとされているが、橋本さんは、「CBDの場合はあくまでも『沈静』」と強調する。

「これまでリラックスといえば、疲れを癒す、心身の“休息”と捉えられてきました。でも本当のリラックスは、それだけではないと思うんですよね」

「幸せを感じるときをリラックス状態と捉えれば、遊んでいるとき、好きな仕事に没頭しているとき、好きなモノに囲まれているとき、気分が高揚しているときだってリラックスです。必ずしも沈静ではない。リラックスの定義も、香りを探究するなかでアップデートしていきたいんです」

猫が幸せになる「CHILL CAT」

他の線香と並ぶ、「猫専用」を記された線香に、思わず目を見張る。

その名も『CHILL CAT』というアイテムだ。一体どんなお線香なのか。

「猫ちゃんに陶酔作用をもたらすとされている薬草、キャットニップを配合したお香です。猫を飼っている人におすすめしています。レモングラスなど、キャットフードにも用いられているハーブも適正量使っています」

橋本さんは猫に関する学術論文を参照しながら、配合する香料の種類や量を研究した。

猫の陶酔作用は軽度におさえ、猫がリラックスしている状態とされる“香箱を組む”姿を思い描いたという。試作を重ねてようやく完成した力作だ。

猫を飼ったこともある愛猫家の橋本さん。使える香料が限られているなか、猫を思いやりながら創作した道のりは「かなり大変だった」とこぼす。

サンガインセンス本店 香煙研究所のInstagramより

その甲斐あってか、「CHILL CAT」は猫と人がともに楽しめる線香として猫好きの間でじわじわと広がっている。

猫を飼っているお客さん同士の会話も弾む。実際に試した人たちが、SNSに「うちの子は喜んでいた」「こんな反応していた」と投稿して盛り上がっているそうだ。

「社会貢献に取り組む企業が増えていますよね。僕もそういうことが何かできないかなと考えていたんです。ある日、猫ちゃんが幸せなら人間も幸せだろうなと思ったんです」

橋本さんは「これは僕にとっての社会貢献。ニャンダフルピースを目指しました」と笑う。

マスク生活をハックする「塗香」

COVID-19の影響で、人々の日常が大きく変わるなか、橋本さんはこんな新アイテムも開発した。2020年8月に発売した、マスク専用の「塗香(ずこう)」だ。

香粉をマスクの内側にひと振りすると、呼吸するたびに白檀の上品な香りとともに、口元に清涼感が広がる。まるで“吸うお茶”のような新しいお香体験。口紅のような見た目は、彼のちょっとした遊び心だ。

「塗香は本来、体に直接塗ることで香りを楽しむものですが、その方法に適した香料はあまり多くないんです。ですが自粛期間中に、マスクに塗るアイデアが新たに生まれました」

呼吸によるマスク内のスチーム効果も利用しているという。制限ある日常を逆手に取り、ギフトとしても喜ばれる塗香は、長引くマスク生活をほんのり豊かに彩る。

時代とともに変わる「香り」の流行

橋本さんによると、時代にマッチする香りが必ずあるのだという。

「実は、香りの世界にもトレンドがあるんです。香りには見えない波があって、その時代に生きる人が求める空気感から流行が生まれます」

「例えば、15年ほど前は(天然ハーブの)ホワイトセージが大ブームでした。その頃、(中南米さんの香木)パロサントは全く人気がなかったんですが、8年ほど前から急に『この香りいい!』と言われるようになりました」

香りの流行には、人間の思考が見え隠れする。ファッションと同じように時代の空気とリンクする。

「ファッションブランドが最終的につくるものは香水ですよね。常に時代の空気を感じとってトレンドを把握しておかなければならないので、香りの仕事は忙しいんです。CBDも最近になって人の日常に入ってきたもの。それをどう香りの世界に取り込むか、常に挑戦です」

2020年、人々の生活様式が大きく変わった。橋本さんは、香りのトレンドの波も大きく変わるのではないか、と予測する。

「パロサントの流行はそろそろ終わるんじゃないかな。これからは“酸味”のムーブメントがやってくるんじゃないかなと思っています。酸味は日本文化にあまりないので、伸びしろがあると思うんですよね」

「お香づくりには終わりがない。永遠に答えが出ない楽しみが詰まっている。だからお香づくりのプロセスそのものが、お香の魅力なんです」

地球や植物と向き合い、人や生きものの時間にゆらぎを届ける創作線香。

伝統的な線香の世界で、未来の「香り」を生み出す橋本さん。彼にとって香りはアートであり、この地球や時代を捉え、表現する手段だった。

(写真:川しまゆうこ)

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編集者

お茶どころ鹿児島で生まれ育つ。株式会社インプレス、ハフポスト日本版を経て独立後は、女性のヘルスケアメディア「ランドリーボックス」のほか、メディアの立ち上げや運営、編集、ライティング、コンテンツの企画/制作などを手がける。

Editor
編集者

『DIG THE TEA』メディアディレクター。編集者、ことばで未来をつくるひと。元ハフポスト日本版副編集長。本づくりから、海外ニュースメディアの記者まで。企業やプロジェクトのコミュニケーション支援も。岐阜生まれ、猫好き。

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フォトグラファー

若いころは旅の写真家を目指していた。取材撮影の出会いから農業と育む人々に惹かれ、畑を借り、ゆるく自然栽培に取り組みつつ、茨城と宮崎の田んぼへ通っている。自然の生命力、ものづくり、人の暮らしを撮ることがライフワーク。