「同じ火には二度と会えない」

「いずれなくなる不確かなものを大切にしたい」

サイトに綴られた言葉に心惹かれ、和ろうそくの「HAZE(ヘイズ)」を訪れた。

江戸時代には城下町として、明治以降は商業の街として栄えてきた埼玉県・川越市。蔵造りの商家が数多く残り、まるでタイムスリップしたような古い町並みを目当てに、多くの観光客で賑わっている。

川越一番街からほど近い、古民家をリノベーションした建物にHAZEの店舗兼工房がある。

「東日本大震災を機に、自分の人生をかけて、人の役に立てる仕事をしていこうと思い、和ろうそく作りをはじめました」

そう語るのは、HAZE代表の櫨佳佑(はぜ・けいすけ)さんだ。2012年に幼い頃から身近にあった和ろうそくを作りはじめた。なぜ映像を手がける仕事をやめて、和ろうそく作りをはじめたのか。櫨さんに和ろうそくの魅力や、和ろうそくが生みだす独特のひとときについて話を聞いた。

和ろうそく、その炎の大きさとゆらぎ

現在、日本で一般的に広まっているろうそくは石油を原料に、型に流し込んで生産する西洋ろうそくが主流だ。しかし、かつて日本では櫨(ハゼ)の木の実から採れるハゼロウを原材料とする和ろうそくが作られていた。

そもそも日本では、奈良時代に中国から蜜ろうそくが輸入されたのがはじまりと言われている。櫨や漆を使った和ろうそくが国内で作られるようになったのは室町時代から。そのころはまだろうそくは高級品で、一部の貴族や寺院のみで灯具として使われるものだった。 江戸時代に入り、琉球から櫨の木が輸入されるようになったことで生産量が増加したと伝えられている。

「和ろうそくに火を灯すと、時折パチパチと音を出しながらゆっくりと燃えていきます。洋ろうそくに比べて炎が大きく、芯がロウを吸うときに生まれる独特のゆらぎが和ろうそくの美しさです」

ゆっくりとゆらぎながら灯る和ろうそくの炎には、「命あるものの儚さがある」と櫨さんは言う。

「和ろうそくの燃焼時間は長いもので約90分。90分経てば、全てなくなります。和ろうそくの炎を眺めていると、どんなものでも、この世に永遠に続くものなどないと感じます。日常生活の中では、誰にでも嫌なことがはあると思いますが、ろうそくと同じように、そんな気持ちもずっとは続きません。和ろうそくを見ているうちに負の感情への執着がなくなりました」

「1日のうちの短い時間でも、ろうそくを灯して自分自身と向き合う時間を持ってもらいたい。自分の感情を客観的に見られるようになれば、自分が振り回されている出来事を些細なこととして冷静に捉えることができる。ろうそくを灯すことで、そんな時間を作り出せたらいいな…と思っています」

櫨さん自身も、仕事を終えた食事のあとに、お香とろうそくを灯し、コーヒーを飲む時間が、1日のうちで最も心が安らぐひとときだと語る。たしかに、大きな炎でゆらぎながら燃える和ろうそくを眺めていると、不思議と心が落ち着いてくる。

今にも消えそうな和ろうそくの文化を後世に繋ぐ

和ろうそくは、芯が太いため炎が安定しており、ススが少なく、ロウを吸いながら燃えるため、溶けたロウが下に垂れにくいなど、洋ろうそくとは違う魅力がある。

現在、日本全国で和ろうそくを作っている工房は10軒ほどしかないそうだ。さらに、ハゼロウを生産している会社は2軒、芯を作っている会社はたった1軒になってしまったという。

今にも消えるかもしれない和ろうそくの文化を、なんとかして後世に伝えたい——そんな櫨さんの思いがHAZEのプロダクトに現れている。

HAZEの店内には、和ろうそくならではの特徴を生かした質感や、火を灯す前からハッと目を奪われるような美しいデザインの和ろうそくが並ぶ。植物の色素で色付けした「BOTANICAL color」や、塩や麻炭、ホワイトセージなど、お清めや祈りの際に用いられる成分を混ぜ込んだ「浄化の和蝋燭」などバリエーションに富んでいる。

上と下で別の色を付けグラデーションを表現したろうそくは、ロウを瞬時に塗り分けるHAZEならではの手法で作られている。

「雲間」「阿吽」「また明日」といったネーミングは、櫨さんが季節の風景や直感的なメッセージを表現しているそう。店内にいると、まるでアートを鑑賞する時間を過ごしているかのようだった。

会社員をやめて、独学で和ろうそく職人へ

櫨さんは、20代で出身地の奈良から上京し、会社員として映像制作の仕事に携わっていた。しかし2011年の東日本大震災を機に、人生観が大きく変わったと語る。

「仕事にやりがいがなかったわけではありませんが、自分の仕事が世の中に役に立っているのか、実感できずにいました。そんなときに大震災があって『明日が普通にあるわけじゃない』『限りある残りの人生は、人の役に立てる仕事をしよう』と考えるようになりました。じゃあ何をするかと考えたときに、自分が心からいいなと思っていた“和ろうそく”の文化を継承し、広めていきたいと思ったんです」

奈良にある櫨さんの実家には、幼いころから仏具のひとつとして和ろうそくがあった。会社員時代に、帰省のお土産として、仲のいい同僚に和ろうそくを贈ったところ感激され、身近にあった和ろうそくの良さをあらためて実感することになった。

自分にとっては昔から馴染みのあった和ろうそく。初めて目にした感動を伝えてくれた同僚とともに、HAZEを立ち上げることになった。

「今にも途絶えそうなこの文化を、なんとかして盛り立てたいと思ったんです」

そこで、まず考えたのは工房への弟子入り。全国の和ろうそくを手がける会社や工房に電話をかけ、人を募集していないか聞いてみたが、家族経営のところも多く、全て断られてしまった。

「なんとか自力で作り方を調べようと思ったのですが、まず和ろうそくの文献がほとんど残っていないんですよ。ネットで調べているうちにたどり着いた唯一の手がかりが、何十年も前に放映されたテレビ番組の映像でした」

「番組では、愛媛県内子町の『大森和蝋燭屋』の先々代のご主人がろうそく作りをしているところが紹介されていたんです。製作の手順や職人の手の動きを何度も見て、とにかく見よう見まねで作りはじめました」 

さらに、江戸時代から続く福岡県の「荒木製蝋」に連絡をとり、見学をさせてもらった。そこで、ハゼロウや和ろうそくの芯を製造している会社を紹介してもらったという。

櫨の木から採れるハゼロウ100%、昔ながらの手掛け技法

店舗の奥には工房が併設されていて、櫨さんはここで和ろうそくを手作りをしている。取材の日も、実際に和ろうそくを作っているところを見せてくれた。

和ろうそく作りの一番の特徴は、手作業で芯にロウを塗っていくこと。まず最初に、和紙にイグサの髄と木綿を巻いた芯を串に刺し、その全体にロウをかけて一度乾かす。

完全に乾いたら、何本かまとめて台の上に置き、串を回しながら手でロウをひたすら塗り重ねていく。これが手掛けという伝統的な技法だ。ハゼロウの沸点は40度〜50度ほどと低いため、作業は手で行われる。 

最後に先端部分のロウを溶かして、芯の先を出したら完成。このように手間ひまをかけて作られる和ろうそく。櫨さんひとりで1日に製造できる数は夏場なら100本、冬場なら300本程度。気温が高い季節のほうが、乾くまでに時間がかかるため、季節によって差があるそうだ。

独学で試行錯誤を重ねながら和ろうそくを作ってきた櫨さん。シンプルな作業ではあるものの、どのろうそくも均等な太さに仕上げることや、効率よく作るプロセスの探究に苦労したという。

和ろうそくの文化を途絶えさせないために

2012年に和ろうそく作りをはじめ、2015年に川越に店舗兼工房を構えたその3年後。これまで、和ろうそくの文化を世の中に広めていくことに人生を捧げる気持ちでいた櫨さんに、分岐点が訪れる。 

「最初はお金のことなどあまり意識せずに、文化を継承し広めていくことだけを考えていました。しかし、6年ほど夢中でやってきて、やはりビジネスとして成り立たせていかなければ、和ろうそくを広め、後世に残していくことができないと痛感したんです」

このタイミングで「覚悟を決めた」と語る櫨さん。あらためて全国の和ろうそく製造会社を巡り、素性を明かして熱心に話を聞いて回った。

和ろうそく職人として、自らを「櫨(ハゼ)」と名乗るようになったのもこの頃だ。

「こうすることで自分自身を追い込んで、逃げられないようにしたんです」

こうして2021年には、定期的に和ろうそくを届けるサブスクリプションサービスをスタートさせた。五感を刺激する4つのコースがあり、和ろうそくのセットのほか、お香などのアイテムとセットで届く「香と灯り」や、コーヒーやお茶などとセットで届く「味覚と灯り」がある。

新たな挑戦として、ろうそく本来の用途にこだわらず、ロウを塗った紙や布を使ったアイテムやアート作品の制作もはじめている。

現代の私たちが、和ろうそくの時間を愉しむには

ここで櫨さんに、気がつけば追われるように日々忙しく過ごしている私たちはどんなタイミングで和ろうそくを愉しめばいいのかを聞いた。

すると「お風呂で灯したり、寝る前の時間に灯したり、コーヒーやお茶を飲みながらリラックスする時間に灯したりと、人それぞれの愉しみ方があるようです。ご自身で自由に愉しんでいただきたいですね」とのこと。

昨今のアウトドブームから焚き火にハマった人も少なくないと思うが、和ろうそくは焚き火にも通じる炎のゆらめきや多様な表情が魅力だ。

「人類の進化にとって、炎はなくてはならないものでした。動物の中で唯一、火をコントロールできるのは人類だけ。人類にとって欠かせない親密なものだからこそ、火を見て落ち着くと感じられるのではないでしょうか」

「同じ火には二度と会えない」。櫨さんがそう表現したように、和ろうそくに一度火を灯すと、長い間眺めていても飽きることがない。ただ炎のゆらぎを見つめているだけで、心がほぐれるような優しい時間が流れていった。

写真:斉藤美春

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  • 著者:
    相馬由子
    合同会社ディライトフル代表。1976年、埼玉県秩父市出身。早稲田大学第二文学部在学中より、制作会社にて編集者、ライターのアシスタントとして雑誌などの制作に携わる。2004年よりリクルートにてフリーマガジン『R25』の創刊に携わり、編集を担当。2010年に独立し、雑誌、書籍、ウェブメディア、企業や自治体が発行する冊子、オウンドメディア等の企画、編集を手がけている。
  • 編集:
    川崎 絵美
濁流のように去りゆくこの時間を、心が溶けるひとときに。