「お茶を摘んで作り飲むことは、生きる力」 茶人・堀口一子さんの“小宇宙”のような茶会と、自然茶に魅せられて

川崎絵美

まるで「小宇宙」のよう。茶会にて、季節のしつらえを感じる庭を眺めながら、心安らぐ茶室で、時間が溶けるような体験をした。

「どうぞ、お座りくださいね」

そう迎えてくれたのは、京都・滋賀を拠点に全国各地でお茶教室や茶会を開き、自然茶研究を通して茶の可能性を追究する茶人、「茶絲道(チャースールー)」の堀口一子さんだ。

春、滋賀での茶会に魅せられ、5月に再び製茶のワークショップを訪れ、じっくり話を聞いた。茶会と製茶、堀口さんと過ごしたふたつの時間をレポートする。

まるで異国を旅したような「お茶の時間」

茶室に入り腰を下ろすと、堀口さんは、火鉢で香を焚いて鐘を鳴らし、私たちはしばし目を閉じてその音に聴き入った。

数種類の茶葉が並ぶ円卓、個性がひかる茶器やうつわ。目を開けると、そこには見たことのない小さな世界が広がる。国内外を訪ね集めた中国茶を軸に、堀口さんが自ら製茶した季節の植物を味わうひとときがはじまった。

堀口さんの茶会は、だいたい2時間。正直なところ「じっくりとお茶と向き合う2時間は長いのではないか」と感じていた。都会でいつも濁流に流されるような慌ただしい日々を過ごしていたからだ。

そんな予想はあっさりと裏切られた。最初に驚きをくれたのは、ふきのとうのお茶。

堀口さんがガラス茶器に湯を注ぐと、青々としたふきのとうの香りが広がる。

雪が解けはじめる頃に芽吹くふきのとうは、本来ならば春先にしか味わえない山菜。お茶にすることで季節ごとぎゅっと閉じ込めていたかのようにフレッシュだ。

次に梅の花、仏手柑(ぶっしゅかん)、松の実、中国緑茶をブレンドした三清茶。

ふわりと梅が香り、柑橘の皮の酸味と苦みがほんのり後からやってくる。幾重にも深い味わいを楽しめる。

そして京都・宇治の興聖寺(こうしょうじ)で摘んだ手揉み紅茶、岡山のミント、中国紅茶の正山小種(ラプサン・スーチョン)と、表情豊かなお茶の時間がくり広げられる。

出会ったことのない珍しいお茶を、次から次へと味わい尽くす。

それぞれのお茶の1煎目と2煎目の味の変化にも驚きがあった。お茶に合わせて選び抜かれた茶器や、茶菓子のひとつひとつに、堀口さんの感性がひかる。

最後に淹れてくれたのは、滋賀の三井寺で新月の日に摘んだ白茶束だ。

「新月の日と満月の日で、摘んだお茶は違うんですよ」と堀口さんは微笑む。

静かでありながら目まぐるしく心動かされる空間に魅了され、ふと「茶会を通じて伝えたいこと」をたずねてみると、堀口さんはこう答えてくれた。

「自分がその時季に心地いいなと思う道具を揃え、環境を整えて、ただ淹れるだけ。意図的でないほうが私らしいし、季節に合った自然なお茶が届けられると思っています」

「なにかを伝えようという意図はまったくないんです。心動くときは人それぞれで、ひょっとしたら動かない人もいるかもしれない。何これ?って思う人もいるはず。だけど私は計算が苦手なので、ありのままを届けるようにしています」

季節のお茶を五感で味わいながら、あっという間に溶けた2時間。

まるで小宇宙のような茶室で、異国を旅したかのようなひとときだった。

新茶を摘む、製茶のワークショップへ

茶会から2カ月ーー。5月に滋賀で開かれた製茶のワークショップに足を運んだ。この日は、木工作家が暮らす家の庭にあるお茶の樹(チャノキ)の新茶を摘み、製茶して味わうという。

ときおり小雨がぱらつくなか、堀口さんは足取り軽やかにお茶の樹に向かうと、芽吹いた新茶を摘んでいく。

「空間」を表現したい。偶然の出会いからお茶の道へ

茶摘みを終えて、新茶を干す間に、堀口さんにゆっくり話を聞いた。

20代の頃はアートスクールに通い、演劇、映画、音楽などいろいろなものに興味があったという堀口さん。それでも自分が本当に表現したいことはなにか、見つけることができずに悩んでいた。

「アートスクールの友だちが、イラストや写真など進む道を決めていくのですが、私は全然決められなくて、とりあえずデッサンから始めて、だけど平面じゃ物足りなくなって立体コースへ行ってみて、そこで木を切って棚を作ってみたんです」

作品を発表する学生展では、ただ完成作品を展示するだけでは「なにかが違う」と思った。

そこで堀口さんは、木の棚に、植物の種や枝葉、布などをしつらえてみたという。

「ああ、表現したいことは“空間”やな、とそのとき初めて気づいたんです」

「学生展で、先生がボソッと“内藤礼みたいやな”って。私はそのとき美術家の内藤礼さんを知らなかったのですが、お名前の響きが素敵で、その後偶然作品集に出会ったんです。それからインスタレーションを知り学びました。好きな世界観だったからうれしかったですね」

恩師や偶然の出会いなど“茶縁”に恵まれ、茶の道に進んでいった堀口さん。その中で、中国茶會・無茶空茶を主宰していた黄安希さんが美術館で開くお茶会を手伝っていたときに、偶然にも内藤礼さんに出会う。

「たまたま美術館に下見に来られていて、パッと私の前に来て、私が淹れたお茶を飲んでいただいたんです。うれしかったですね。今も内藤さんの作品に影響を受けています。“生きる”という根源的なところを大事に表現されていて、とても尊敬する方です」

つらいときも、お茶に立ち返る

茶人として各地で活躍する堀口さんだが、実は「ずっと自分に自信がなかった」と明かす。

「30歳の節目に、自分で茶館をやってみたことがあります。ただ経営が成り立たず1年で閉めちゃいました。でも内装も自分で考えて場をつくること自体がすごく楽しかった。今思えば“ちょっと長めの個展”という感じでしたね(笑)」

その後、色々な仕事を経て、父の看病をしながら竹の茶道具関係の仕事をしていた頃、仕事と看病、茶人としての生活を続けることがままならなくなり、思い切って仕事を辞め、独立した。

堀口さんは、つらい出来事があるときは「いつもお茶に立ち返る」と話す。

「人生の転機があって精神的に本当にキツくてどん底にいたとき、周りの人たちが『一子ちゃん、またお茶をやったら?』って言ってくれて。お茶が自分を取り戻させてくれました。私にはこれしかできないから、精一杯やってみよう、という覚悟でお茶の道に進みました」

茶会で出会ったご縁で、人から人へ。堀口さんの茶会は評判を呼び、各地で開かれる茶会に招かれることも増えていった。お茶の道に専念したからこそ、茶縁が自然に広がったのだろう。

コロナ禍だからこそ出会えた、三井寺のお茶

しかし2020年春、新型ウイルスの影響で茶会の機会も一気に失われた。堀口さんは、突然ぽっかりと空いた時間を前に立ち止まることになった。

「最初はこの先どうしようと思いました。でもある日、家のそばの自然遊歩道を散歩していて、山の奥まで歩いていくと、お茶の樹がいっぱいあるところにたどり着いたんです。これはどういうお茶の樹かな。なんでこんなにいっぱいあるんだろう。茶畑の跡かな?って」

そこは、由緒ある天台寺門宗の総本山「三井寺」に続く山道だった。こっそり摘んだお茶の葉を釜炒りすると、驚くほど美味しいお茶になった。

「三井寺さんにちゃんと聞いてみたほうがいいと思い、ドキドキしながら門を叩いたんですよ。いきなり訪ねたから、最初は不審者と思われたみたい(笑)」

堀口さんが「この辺り、お茶の樹がいっぱいあるんですけど、お茶の葉を摘ませてもらっていいですか?」とたずねると「どうぞ勝手に摘んでください。詳しいことは事務所に聞いてください」と一言。摘んだお茶の葉を持ち帰って製茶して、今度は三井寺の事務所に電話をかけ「お寺にお供えに行っていいですか?」と聞いてみた。

「お寺の方が『そら仏さん喜ばはる』と言ってくださり、献茶することになりました。その方が中国茶に詳しかったから『私、烏龍茶もつくってるので、今度淹れに行ってもいいですか?』と聞いたら『いつでも来て』って言ってくださったんです」

「最初に訪ねたときに対応してくれた人が、電話に出てくれた人の息子さんで。烏龍茶を淹れに行ったとき、お二人が『すごい! こんなにおいしいお茶がここで作れるんや』とびっくりして喜んでくださいました」

「そのお二人は、三井寺の長吏(ちょうり)さんって住職の方と、その息子さんでした。三井寺の代表の方たちだったんです」

三井寺のお二人は、ほかにも三井寺に在来品種の立派なお茶の樹があることを教えてくれた。「いつでも摘んでいいから」と三井寺の腕章をもらった堀口さんは、晴れて公認となった。

「三井寺で作ったお茶が素晴らしかったので、『次世代に残すべきお茶の樹です。少しずつ伝えていきたい』との想いから、三井寺でお茶会を開くことにもなりました」

こうして堀口さんは、お坊さん達も修行されている修行道場で止観(しかん、坐禅のことを天台宗では「止観」と呼ぶ)して身と心を清めた後、お茶の樹を見学し、三井寺のお茶などを淹れて飲む「止観茶会」を企画した。

2020年に始めた三井寺の止観茶会は、参加希望者が後をたたない。

三井寺との茶縁で、あらためてお茶と仏教の繋がりが深いことを実感したという堀口さん。

「茶葉を摘んで、手作りし、実際に飲めるお茶にするというのは“生きる力”になると思うんですよ。ただの葉っぱが飲めるものになる。お茶はもともと薬草としての役割があって、生徒さんたちが、実際にお茶を飲んで元気になっている。その奥に深い学びがあると私は思う」

「何年間も誰にも摘まれず、ただそこにいたお茶の樹に、これまでの蓄えを与えてもらっているように感じるんです」

三井寺のお茶は、派手さはないが樹齢の古い樹も多いからこそ、深い味わいと美味しさがある。堀口さんにとっては、コロナ禍だからこそ出会えた、まさに宝のようなお茶だった。

お茶を摘んで作り飲むことは、「生きる力」

インタビューを終えると、堀口さんはワークショップで実際に摘んだ茶葉を手もみで製茶して見せてくれた。

鍋を火にかけ、手を合わせながら揉んでいく。このプロセスを「揉捻(じゅうねん」という。

摘みたての新茶は、フレッシュで豊かな香りで、その土地の恵みを丸ごと味わっているかように感じられた。

「最近は忙しくて、あまり水分を摂ってないんです」「ここに来たら整う感じがする」

堀口さんの茶会に足を運ぶ人たちから、よくこんな声を聞くという。お茶の時間は、慌ただしい日常から離れ、本来の自分と向き合い、心身を整える大切なひとときなのだ。

堀口さんは、お茶には「ただの草木とはまた違う、不思議な力があるんです」と微笑む。

「私が、お茶を摘んでお茶作りしているときアドレナリンが出るのと同じように、みんなも生きる力が湧いてくるみたいなんです。私から何かを伝えなくても、それぞれに気付きがあるのですよ。今の自分に必要なことを、お茶がメッセージを運んでくれて調和するように結び付けてくれるんです」

お茶の力に魅せられた人々が集う、堀口さんの茶会。

心が溶けるセンス・オブ・ワンダー。そこには「小宇宙」があった。

写真:川しまゆうこ

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編集者

お茶どころ鹿児島で生まれ育つ。株式会社インプレス、ハフポスト日本版を経て独立後は、女性のヘルスケアメディア「ランドリーボックス」のほか、メディアの立ち上げや運営、編集、ライティング、コンテンツの企画/制作などを手がける。

Editor
編集者

『DIG THE TEA』メディアディレクター。編集者、ことばで未来をつくるひと。元ハフポスト日本版副編集長。本づくりから、海外ニュースメディアの記者まで。企業やプロジェクトのコミュニケーション支援も。岐阜生まれ、猫好き。

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フォトグラファー

若いころは旅の写真家を目指していた。取材撮影の出会いから農業と育む人々に惹かれ、畑を借り、ゆるく自然栽培に取り組みつつ、茨城と宮崎の田んぼへ通っている。自然の生命力、ものづくり、人の暮らしを撮ることがライフワーク。