お茶をただ飲むだけではなく、その時間と空間を、とことん味わうこと。

お茶処、佐賀・嬉野で生まれた「ティーツーリズム」は、「一杯のお茶を求める」新しい旅のスタイルを提案している。

茶農家が茶師として自ら茶をふるまう「茶空間体験」、ティーペアリングの食事を愉しめる旅館での「茶泊」、レンタサイクル店でのユニークな「茶輪-ちゃりん-」などが、旅を彩るために様々なアプローチで、お茶にまつわる新たなシーンを演出している。

お茶の時間を探求する私たちは「ティーツーリズム」に心惹かれ、2021年春に嬉野を訪ね、プロジェクトのキーパーソン、嬉野の老舗旅館「和多屋別荘」社長の小原嘉元(こはら・よしもと)さんに話を聞いた。

歴史ある温泉街とお茶処

佐賀県西部にある嬉野は、1300年の歴史がある温泉街。九州他県などからの観光客が多い観光名所だ。

山々に囲まれた盆地で、茶畑をはじめとした緑が、嬉野の街をゆるやかに囲む。霧深く、きれいな空気と水に恵まれているため、茶葉の栽培に適しているという。

香りと旨味が印象的な嬉野茶は、丸みを帯びた全国でも珍しい形状の茶葉で、玉緑茶(グリ茶)と呼ばれる。

直火の釜で炒る「釜炒り茶」の国内発祥の地として知られ、近年は和紅茶や烏龍茶など、日本茶としては新しい領域にも力を入れている。

茶摘み直前、高級茶「かぶせ茶」のために日覆いをして鮮やかな緑(右)を保つ茶葉と、太陽を浴びて黄色(左)になった茶葉のコントラストが際立つ。

創業70年の老舗旅館である和多屋別荘は、市内をゆったりと流れる嬉野川をまたいだつくり。耳を傾けると川のせせらぎが聞こえてくる。

「ティーツーリズム」は、「温泉」と「お茶」に加え、400年の歴史ある焼き物「肥前吉田焼」という嬉野が誇る3つの歴史的な文化を掛け合わせたものだ。

和多屋別荘の小原さんが、ティーツーリズムを立ち上げた背景を教えてくれた。

「温泉、お茶、焼き物。普遍性があるこの3つの文化が共存する地方都市は、嬉野の他になかなかありません。それをひとつにまとめました。この地に住む私たちで、すべてを育んでいます」

「一杯のお茶を求めて、旅が計画される。その旅先は嬉野です。天茶台で茶農家が淹れる新茶を飲む。そのために国内外から人に来てもらう。せっかく来たのだから泊まろうか。そんな優先順位にしようと思ったんです」

嬉野の街に生まれた、新たなお茶のシーン

ここで小原さんたちが構想したティーツーリズムの一部を紹介しよう。日中に愉しむなら、「茶空間体験」や「茶輪」がいいだろう。

「茶空間体験」は、嬉野の茶農家の茶畑や肥前吉田焼の窯元など4カ所に設置された独創的な茶室で体験できるティーセレモニーだ。

例えば、茶農家「副島園」の天茶台は、標高約200メートルの茶畑にある。いわばアウトドアの茶室だ。大空の下で、大自然に囲まれて、嬉野の景色を一望しながら茶師の淹れるお茶を味わうことができる。

そして、茶畑に佇む茶室に向かうときに利用できるのが、お茶で喉を潤しながら自転車やタクシーで移動をする「茶輪」だ。

嬉野温泉街の通りにある「シモムラサイクルズ」では、ロードバイクやクロスバイクなどの本格的な自転車のレンタサイクルができる。

「茶輪」では、13種ある嬉野の茶葉から、好きな茶葉を選ぶ。ボトルにミネラルウォーターを入れると、自転車を漕ぐ振動で水出し茶ができあがる仕組みだ。

散策中に選んだお茶の茶商に寄ると、お茶のおかわりもできるとのこと。

サイクリングで嬉野市内の観光スポットをめぐりながら、疲れたら、お茶で一服。移動時のスタイリッシュなお茶体験だ。

さらに、茶体験と宿泊を合わせた「茶泊」は、茶摘み時期などの繁忙期は実施していないが、ゲスト1組に1人のティーバトラー(茶師)がつき、ウェルカムドリンクから、茶畑へのアテンド、茶空間のティーセレモニー、夕食のティーペアリングまで、滞在中の茶体験を演出するという。

和多屋別荘の日本料理店「利休」のティーペアリングのコースでは、有機栽培に力を入れる「きたの茶園」の北野秀一さんが監修した、それぞれの料理に合ったお茶を味わうことができる。食前茶は、定番の有機玉緑茶。白い器は肥前吉田焼などで統一されている。

とろけるような佐賀牛温泉炊きには、香り豊かな夏摘み有機紅茶。口の中で生まれる、郷土料理と嬉野茶のマリアージュに顔がほころぶ。

ふっくらとした鰆(さわら)の酒塩焼きには、香ばしくすっきりした味わいの春摘み有機ほうじ茶。

食後茶に旨味の詰まった有機煎茶をいただき、心がほっと安らいだ。

この日は、コースに合わせてなんと7種類のお茶を堪能。嬉野茶の多彩な香りや味わい、その幅広さに驚かされた。

実家から放り出された、旅館の「馬鹿息子」

黒川紀章氏が建築したタワー棟から、嬉野の街を一望できる和多屋別荘。

川をまたいだ2万坪の広い敷地では、温泉、料亭、月見台、足湯、箱庭などがあり、ゆったりとしたくつろぎの時間を過ごすことができる。

新型コロナウイルスの影響で、働き方が大きく変化するなか、2021年春からは客室の一部を改装し、サテライトオフィスとして企業に貸し出すサービスを開始し、注目を集める。

小原さんは2013年、3代目の社長に就任。コロナ禍にあっても、仏菓子「ピエール・エルメ・パリ」と嬉野茶のコラボレーションを成功させ、読書とお茶を愉しめる図書館「BOOKS&TEA」を構想するなど、次々と新たな仕掛けを進めている。

そんな小原さんだが、20代の頃までは「馬鹿息子だった」と過去を明かす。

小さい頃から、社員200人を率いる旅館後継の「お坊ちゃん」として育てられた小原さん。東京の大学を中退すると、営業所にしていた福岡のマンションに移り住み、自由に暮らしていたという。

しかし、後に旅館の経営が傾き、営業所は撤退。家業が揺れるなか、姉と一緒に「離れの水明荘を全部ほしい」と頼んだことなどを機に父に呆れられ、ついには家から放り出されることになった。

ビジネスの経験もないまま、姉と始めた事業はうまくいかず、後に行き詰まる。

数年後、頭を下げた父の仲介で、和多屋別荘の再生を依頼していた再生コンサルのもとで修行することになった。

「僕は25歳から35歳までの10年間、旅館の再生コンサルの会社で、全国80軒を再生させて400軒の調査をしました。それでも、私よりも馬鹿息子・娘の後継者はひとりもいなかったですね(笑)。自分が以前していたことは“おままごと”のようなものでした」

再生コンサルを経て改心し、実家の旅館経営を引き継いだ小原さん。待ち構えていたのは、逼迫する経営と取引先への未払金の処理だった。

「2013年の当時、未払金が3億5000万円ありました。人様に迷惑をかけて、僕らは生きてきたんだと実感しました。町内のゴミを拾う権利すらないと思いましたね。そこで、まずはスタートラインとして未払金をゼロにしようと思ったんです」

「再生コンサル時代のように、銀行や役所との交渉では『もう逃げも隠れもしません』と話しました。スタッフがものすごく頑張ってくれて、すべての未払い金を払うことができましたが、支払いには2年半ほどかかりましたね」

「地元のために」茶農家と立ち上げた嬉野茶時

その頃から、周囲から「旅館だけでなく、地元の嬉野のために何かしたほうがいい」という声をもらうようになった。最初は、まずは未払金の支払いを第一に考えていたが、次第に「何かをしないといけない」と思うようになった。

こうして生まれたのが、ティーツーリズムの前身となるプロジェクト「嬉野茶時(ちゃどき)」だ。

「最初は、2016年の5月に企画書を書きました。文字を1文字も入れずに、東京のホテルやレストラン、京都のお寺の茶室のような写真を集めて、イメージブックを作りました」

「それから、同業の旅館経営者や茶農家、窯元などの有志に声をかけて、Facebookメッセンジャーでつないだんです。最初はみなさん様子見だったと思いますが、僕はとにかく、おはようからおやすみまで、こまめに連絡をとってつながりを保つようにしました」

そして、3カ月後の8月には旅館内でイベント「嬉野茶寮」を開催。ここでは茶農家が自らお茶を淹れて、お客さんにふるまった。

小原さんは、「嬉野だからこその価値は、茶農家がもてなせること」だと語る。

「茶農家さん全員に、上下白のコックコートを着てもらいました。ステージに立ち、お客さんの目の前で『僕のお茶です』ともてなした。一発目から大ブレイクでしたね」

一杯のお茶の価格は800円。当初は、茶農家の生産者たちから「そんなに高くて大丈夫だろうか。300円くらいでいいのでは……」と不安の声もあったと明かす。

「このスタイリッシュな空間で、茶農家の生産者が淹れたお茶が300円なんてコントみたいなことです。茶農家が直接、お客さんの目の前でお茶を淹れることには、800円の価値がある。結局、お客さんからは『高い』の声は上がらず、3日間で70万円近くを売り上げることができました」

嬉野茶時の公式サイトより

この成功を足がかりに、2017年3月には副島園の茶畑に天茶台が誕生した。茶畑を茶体験の空間にする新たな試みだ。

背景には、嬉野の茶産業が抱えていた課題があった。

「嬉野茶の500年の歴史のなかで、茶農家さんはこれまで『茶葉』しかマネタイズできていなかった。このときに初めて、お茶の『空間』をお金にすることができたんです」

「嬉野茶時をきっかけに、茶葉の販売だけではなく、ティーツーリズムなどの収益性の高い新しい売上をつくることができるようになりました。今後、嬉野の茶農家の世帯収入のポートフォリオを変えていきたいと思っています」

お茶に包まれた町、嬉野が育む「お茶の時間」

「嬉野茶時」は有志による取り組みだったが、2019年には自治体も協力し、嬉野のプロジェクトとして、より地元を巻き込んだ「ティーツーリズム」が立ち上がった。

一貫してこだわっているのは、地元の人たちで作り上げること。地域プロデューサー、ディレクター、デザイナーなど、ほとんどが嬉野の住人や出身者で、“オール手弁当”で取り組んでいるという。

ティーツリズムをリードする小原さんだが、「かつては嬉野茶のことを全然知らなくて情けなかった」と口にした。

「お茶をいつどのように栽培をするのか、茶摘みはどのようにするのか。知らずに旅館経営をしていました。3年前まで、フロントのドリンクメニューの1行目はコーヒーだったんですよ。まったくプレゼンテーションができていなかった。旅館の僕らも変わったんです」

最後に、嬉野ならではのお茶の時間、その魅力を教えてくれた。

「茶農家さんが茶畑でせっせとやっている茶摘みの時期は、嬉野の1年間で最も美しい時間だと思います。山も川も大地も、きれいな嬉野の地には、お茶に包まれた豊かな風景があります」

「500年の歴史を持つお茶があるのは、並大抵のことじゃない。長い間、飲み続けた嬉野市民がいる。その時間を考えても、とても大切な財産だと思います」

盆地にある嬉野は、茶畑と鮮やかな新緑の茶葉に包まれていた。

ティーツーリズムは、嬉野の茶農家、伝統旅館、そしてお茶を愛する地元の人たちが大切にしてきたお茶の時間から育まれたものだった。

写真:川しまゆうこ

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濁流のように去りゆくこの時間を、心が溶けるひとときに。