酒、タバコ、茶、コーヒー……栄養の摂取ではなく、覚醒や鎮静を得るために口にするものを、私たちは「嗜好品」と呼ぶ。人類はなぜ、一見すると生存に不可欠ではなさそうな嗜好品を求めるのだろうか。

そもそも「嗜好品」は日本語に特有で、他国語に訳すのが難しい不思議な言葉だ。初めてこの言葉を使ったのは、森鴎外と言われる。1912年に発表した短編小説『藤棚』で、嗜好品を「人生に必要」な「毒」にもなるものと表現した。薬にも毒にもなる、曖昧さと両義性をはらんだ「嗜好品」。『DIG THE TEA』では連載シリーズ「現代嗜好」を通じて、嗜好品が果たす役割やこれからのあり方を、日本の第一線の知識人との対話を通じて探っていく。

第1回は、人類学者/霊長類学者の山極壽一氏を訪ねた。数多のフィールドワークを通じて、ゴリラをはじめとする類人猿やニホンザルの行動を研究してきた山極は、サルとヒトを比較しながら、「人間とは何か」という問いに向き合い続けてきた。山極氏の経験に裏打ちされた言葉から、嗜好品の大きな役割が浮かび上がってきた。

(取材・編集:菅付雅信 編集協力:小池真幸&松井拓海 写真:佐藤麻優子)

ゴリラやチンパンジーも嗜好品をたしなむのか?

──まずは人類以前、つまり霊長類学の視点から、嗜好品の成り立ちをお聞きしたいと思います。山極さんが研究してきた類人猿(ゴリラやチンパンジーなど、ヒトに系統的に最も近い霊長類)は、嗜好品、あるいはそれに類するものを摂取するのでしょうか?

類人猿は酒やタバコをたしなみますよ。たとえば、動物園のゴリラやチンパンジーに、ストレス解消のために酒を飲ませることがあります。

多摩動物公園のチンパンジー飼育員・吉原耕一郎さんの著作に、こんな話があります。あるオスのチンパンジーが若いオスとの喧嘩に負け、しょげて引きこもってしまったときに、ウィスキーを飲ませたそうです。すると、えらく気力が漲ってきて、一度負けたチンパンジーを打ち負かし、自信を取り戻したのだとか。

アメリカの動物園でも、似たような事例が見られますね。観客の視線に晒されるストレスから、ゴリラが引きこもってしまうことがあります。そんなときは、酒を飲ませると気分が楽になって、外に出てくるそうです。

それから、類人猿はタバコも吸うんですよ。ケニアの動物孤児院(親を亡くした野生動物を保護する施設)で、タバコが大好きなオスのチンパンジーを見たことがあります。来訪客にタバコをねだり続けていましたね。

僕が以前働いていた日本モンキーセンター(世界屈指のサル類動物園)にも、タバコ好きのメスのチンパンジーがいました。自分の手を灰皿にして、うまそうに吸うんですよ。

──驚きの光景ですね。動物園の中だけでなく、野生の類人猿にも同様の行動は見られるのでしょうか?

酒やタバコではないですが、明らかに食用ではないものを口に入れることはありますよ。

僕はこれまで、ゴリラの糞を一万個以上調べてきました。糞の中から、表面に柔らかい毛が生えているツユクサ科の葉っぱが、一枚ずつ別々に出てくることがあります。しかも、破砕も分解もされていない状態で。

ゴリラが葉っぱを食べるときは、一気にたくさん掴み取り、ムシャムシャと噛み砕くのがふつうです。しかし、このツユクサ科の葉っぱは、一枚ずつ、しかもそのまま飲み込んでいる。通常の食物とは、口に入れる目的が明らかに違うんですよ。

胃腸の弱さが、嗜好品の誕生を促した

──ということは、ある種の嗜好品として口にしている?

その可能性は高いでしょうね。そもそもは寄生虫を除去するために、飲み込んでいたのだと思います。チンパンジーの糞の中に、寄生虫が絡め取られた状態で、この葉っぱが発見されることもある。

同時に、嗜好品的なものとしても用いられている可能性があります。葉っぱに生えている柔らかい毛が胃腸を通っていく感触は、かなりの清涼感をもたらすと思うんですよ。

また、東アフリカのチンパンジーにも似たような行動が見られます。ベルノニア・アミグダリナという学名のキク科の植物の葉っぱを、薬として使っている可能性が高い。この葉っぱはとにかく苦味が強く、その成分には寄生虫を殺す作用があります。ですから、体調を崩した際に、腸内の寄生虫を除去するために食べているのではないかと考えられています。

これも飲み込むと胃腸がスッキリし、気持ち良くなると思います。最初は薬として摂取し、次第に気持ちよさを求めて嗜好品として口に入れるようになる。これこそが、類人猿が嗜好品を摂取するようになるプロセスだと、僕は考えています。

──こうした類人猿の行動が、ヒトにも受け継がれていくことで、嗜好品が生まれたのかもしれないと?

そう思います。こうした行動は、サルには見られないんですよ。サルは胃腸にバクテリアをたくさん飼っています。ですから、多少の毒性がある実や葉っぱ、未熟な果実であっても平気で食べられますし、体内で寄生虫も生きていきづらい。

したがって、そもそも寄生虫を殺す葉っぱに手を伸ばす動機が生まれにくいし、仮に口にしたとしても、バクテリアが分解してくれる。一方で、類人猿やヒトはサルに比べて胃腸が弱いので、そうした葉っぱは消化できない。だからこそ、嗜好品的な使用が可能になるのです。

──胃腸の弱さが嗜好品の誕生につながったのですね。

さらに言えば、胃腸の弱さは、飲酒の誕生をも準備したと思っています。アルコールは、体内に吸収されると、毒性の強いアセトアルデヒドに変わりますよね。多くの霊長類は、これを分解する酵素を持っていないのですが、なぜかヒトや類人猿は保持している。ゴリラとヒトの祖先が分化したといわれている900万年前より昔、どこかのタイミングで、アルコールの分解を可能にする突然変異が起こったのだと思います。

集団遺伝学者の太田博樹さんの研究も参考にしつつ、僕の推論を話すと、この突然変異が起きたのは、熟しすぎた果実を食べるためだったと思うんです。フルーツは、地面に落ちてから時間が経つと、やがて腐敗して発酵し、アルコールが出てきます。胃腸が弱く、熟した果実しか食べられない類人猿にとって、多少は腐っていても、そうした果実も食べられたほうが生存確率は高まる。それゆえに、アルコールを分解する性質が進化したのではないかと。

そもそも、最初の酒はワイン(果実酒)だったという説もあります。熟した果実から出てきた糖分が、樹のくぼみかどこかに溜まり、自然発酵してアルコールが出てくる。類人猿から受け継いだアルコール分解能力を持つヒトがそれに気づき、口にした。これこそが、酒の起源だった可能性があります。

新たな味を生み出した「四度の食料革命」

──ヒトの話題に移ったタイミングで、人類における嗜好品の成り立ちについてもお話をうかがいたいと思います。

山極さんは『サル化する人間社会』の中で、人類は「四度の食料革命」を経験し、それこそが言語や社会性を発達させたと語っています。第一は、仲間同士で安全に分け合うために、食べ物を持ち運ぶようになった「食物の運搬」。第二は、栄養価の高い肉を食べるようになった「肉食革命」。第三は、生肉や植物を火で調理するようになった「調理革命」。そして第四は、食料を自ら生産するようになった「農耕と牧畜」です。

この四度の革命を通じて、人類は効率的にエネルギーを摂取できるようになり、社会行動に割く時間の余裕が生まれました。こうした「余剰」の誕生は、嗜好品の登場を後押ししたのでしょうか?

そうかもしれないですね。これは本に書いていない話なのですが、人類は食料革命を通じて、新たな「味」を生み出してきました。

たとえば、「調理革命」によって肉を焼くようになり、脂身を食べやすくなったことは大きな変化でした。脂身は希少で、とても美味しい部位です。狩猟採集民にとって、脂をジュージュー滴らせる焼き肉は最も贅沢な料理ですし、動物の内臓脂肪をナマ、もしくは少しだけあぶって食べる習慣を持つ民族もいます。僕も食べたことがありますが、これが甘くてすごく美味しいんですよ。

もちろん、脂は栄養素としても大事ですが、実際ほとんど消化できないじゃないですか。だから、純粋に感触や味を楽しむために口にする、嗜好品的な側面があったのではないかと思います。

また、「農耕と牧畜」の革命がきっかけで、人類は塩や砂糖といった調味料を使うようになりました。狩猟採集社会では、自然の動植物から塩分や糖分を摂取していた。動物の内臓や血液には塩分が含まれていますし、アフリカの低地には塩辛い葉っぱもある。糖分はフルーツに豊富に含まれています。

しかし、農耕牧畜社会では、自然の動植物を口にする機会が少なくなります。とはいえ、農耕や牧畜に従事して疲労すると、なおさら多くの塩分や糖分を補給する必要が出てくる。そこで、外部の調味料から塩や砂糖を利用するようになったわけです。

「農耕と牧畜」の革命は、食生活を貧しくした

──脂身や塩味、甘味といった「余剰」的な味は、食料革命を通じて生まれたのですね。

しかし、「農耕と牧畜」の革命は、食物の味を単純化させたとも言えます。このことは、逆説的に人類を「嗜好品」に駆り立てた大きな要因だったと言えます。

狩猟採集社会では、日々変化していく野生の動植物と対話しながら、多様な食物を身体に取り込んでいました。しかし、ヨーロッパ型の農耕牧畜社会になると、毎日同じ作物や家畜を食べる生活にシフトします。

食生活が貧しく、単純になっていくと、支配層は他の土地でしか手に入らない珍味を求めるようになります。というのも、キリスト教世界では「怪物のすみか」とみなされている海の幸は享受できず、山の幸もベリー類やキノコ類くらいしかない。基本的に小麦と野菜、畜産物だけの、単純な食生活を強いられていました。だからこそ、15世紀に大航海時代が始まると、君主たちはアジア、中南米、アフリカの珍味を、血眼になって求めたんです。

王侯貴族にとって、食卓のホストとして客に珍味を提供するのは、自らの威信を保つためのマナーでした。宮殿を建てたり、華美な服を着たりするのと同じです。たとえば、紅茶はもともと貴族のものでした。こうした貴族の嗜好文化が、徐々に一般庶民の間にも広まっていき、嗜好品が普及していったのです。

──「農耕と牧畜」の革命は、食生活から「余剰」を削ぎ落としてしまったと。そして、そのことが人類を嗜好品に駆り立てたのですね。

ただ、嗜好品の摂取自体は、「農耕と牧畜」の革命以前から行われていました。このことを示しているのが、20世紀後半に発見された、トルコにある世界最古の宗教施設ギョベクリ・テペです。一万年ほど前に建造されたこの神殿は、近くに田畑がなく、狩猟採集民が建てたことが明らかになっています。

従来、大規模な構造物の建設には食料の備蓄が必要で、農耕牧畜民でないと執り行えないという解釈が主流でした。また、狩猟採集民は基本的にアニミズムで、一神教的な「神」を持っていない。ですから、毎日同じところに集まり、土木工事に勤しむ理由がなおさら想像しづらい。

しかし、ギョベクリ・テペの発見は、その通説を揺るがしてしまった。神を持たない狩猟採集民が、なぜ大規模な神殿を建てられたのか。その回答の一つが、酒だったのではないかと言われています。ギョベクリ・テペから20kmほど離れた場所に、野生麦の栽培地があるんですよ。そこで作られたビールを報酬に、人びとを工事に動員したのではないかと言われています。

古代エジプトのピラミッドを建設する際、報酬にビールを与えていたという話もあります。疲れを癒やす嗜好品こそが、人を動員する力の源泉だった。これこそが、人間が過酷な労働に耐えて大きな建造物を造ることを可能にしたかもしれないんです。

後編》嗜好品は家族を超えたつながりを作る──霊長類学者・山極壽一

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  • 著者:
    菅付雅信
    編集者/株式会社グーテンベルクオーケストラ代表取締役。1964年生。編集とコンサルティング。英語のカルチャー・マガジン『ESP Cultural Magazine』編集長。著書『はじめての編集』『物欲なき世界』等。アートブック出版社ユナイテッドヴァガボンズ代表も兼任。『コマーシャル・フォト』で連載。「編集スパルタ塾」「東京芸術中学」を主宰。NYADC賞銀賞、D&AD賞受賞。
濁流のように去りゆくこの時間を、心が溶けるひとときに。