自分をいたわる時間、ありますか? 暮らしになじむ台湾の漢方を伝える「DAYLILY」

上紙夏歡

“漢方”と聞いて、何を思い浮かべるだろう? 漢方薬特有の「におい」や「苦味」を連想する人もいるかもしれない。

漢方は、中国を起源とし、日本に伝わり発展してきた伝統医学。その漢方の世界で、いま若い世代からライフスタイルブランド『DAYLILY』が注目を集めている。

DAYLILY創業者でCOOの王 怡婷(オウイテイ)さんは、台湾・台北の松山空港の近くにある、漢方の調剤薬局の娘として育った。

一人ひとりのライフステージに寄り添う台湾の漢方文化とは何か。「子どもの頃からすぐそばに漢方があった」という王さんに話を聞いた。

火鍋も豆花も。台湾に根づく「漢方」のある暮らし

漢方薬とは、植物や動物、鉱物など自然界にある生薬を複数組み合わせて作られる薬である。日本では、風邪のときに飲む「葛根湯」や、気管支炎に効く「小青竜湯(しょうせいりゅうとう)」などが広く知られる。

台湾では、中国起源の漢方薬処方に、独自の素材を足すこともあるという。

王さんは、“医食同源”ともいえる台湾における漢方の考え方を具体的に教えてくれた。

「日本で漢方といえば、漢方薬のイメージが強いと思いますが、台湾では、もっと広く漢方をとらえています。台湾のスイーツ、豆花やかき氷、料理だと火鍋や薬膳スープなど、普段からよく口にする食べ物や飲み物にも、漢方の素材が入っています」

日々の暮らしの中で、疲れやだるさ、食欲不振など、病名がつくほどではないが、なんとなく体の不調を感じている人も多いだろう。

そんな体の不調を食生活を通じて整え、心身ともに健やかな生活を送れるようにサポートするのが漢方である。

「台湾では、胃腸の調子を整えたいなら、四神湯(スーシェンタン)という薬膳スープを食べるし、油っこいものを食べたあとは、酸梅湯(スワンメイタン)を飲みます。体のコンディションを保つための漢方が、当たり前のように暮らしになじんでいるんです」

DAYLILYの「台漢養生火鍋」。台湾のソウルフードである本格的な火鍋を、日本でも手軽に美味しく味わえるように、台湾の漢方薬剤師らが15種類の和漢素材をブレンド。

台湾の人々の健康を支える台湾の漢方薬局 

彼女の幼少期には、漢方薬局の家庭ならではの思い出が色濃く残っていた。

「父が店で煎じ薬を作るので、学校の友達に『なんか煎じ薬のニオイがしない?』と言われて、ちょっと恥ずかしかったのを覚えています。母は自宅の庭で、漢方の素材となる植物を育てていました。庭で育てた薬草を料理に入れたり、高麗人参を見せてくれたり。私に漢方を教えるための、薬育(やくいく)の意味もあったみたいですね。そんなふうに、子どもの頃からすぐそばに漢方の存在がありました」

王さんが学校から帰ると、いつも漢方薬局で父と客が雑談していた。たわいもない会話の内容をヒントに、不調の原因を探って、処方薬を変えているのだ。雑談に思えるお客さまとの対話が、台湾の人々の健康を支えていたということを、王さんは大人になって知ることになる。

台湾では、日常の生活に漢方が溶け込んでいる。コンビニのドリンクの棚や夜市など、さまざまな場所で薬膳ドリンクやスープが簡単に手に入るのだ。

そのため王さんは、大学進学のために日本へ来るまで「漢方を続けている」という意識はなかった。日本に来て初めて、漢方を手軽に買える場所が生活圏内にないことに驚いたそう。同時に「これからどうすればいいのだろう」と困ってしまった。王さんにとって漢方はそれほど日常に必要不可欠なものだったのだ。

王さんも、漢方のある生活を経験したことで、その豊かさを実感した。一方で、20代である王さんの世代は、漢方を少し“古臭い”と感じている人も多かった。漢方薬局はあまたあれど、若者にとっては「母親世代が買いに行く場所」になりつつあった。

こうして王さんは、2018年3月「もっと若い世代にも漢方の良さを知ってほしい」と、父が営む漢方薬局の隣に、DAYLILYの1号店をオープンさせた。

「1号店をオープンすると、日本から観光で台湾を訪れたお客さまが買ってくれて、広まったんです。現在、台湾に1店舗、日本には6店舗を展開しています。それぞれの人のお悩みについて、細かくコミュニケーションをとることができる“シスター”たちが接客します」

王さんは、DAYLILYのスタッフを“シスター”と呼ぶ。漢方薬局で父とお客さまが交わしていたような、たわいのない対話ができるように、お客さまに寄り添える関係性を築いていきたいという想いからだ。

「DAYLILYでは、お客さまと心地よい距離感の中で対話をすることが、どれだけ重要なのかをシスターたちに伝え続けています」

「ネットのクチコミだけでは伝わらないことがあります。たとえば、どうやって生活に取り入れて、どんな効果が期待できるのかが、しっかりと説明できたら、台湾でも日本でも、若い人たちに興味をもってもらえると確信しています」

「漢方=苦い」を払拭する、現代の漢方を開発するために

薬膳のお菓子は「虎頭包」という台湾漢方の伝統的な包み方だ。横から見ると虎が口を開けているように見える。

シスターとともに、煎じる以外の方法で、美味しく飲みやすく、生活に取り入れやすい漢方を日々研究している。

「良薬口に苦し(良藥苦口)」という古事成語があるように、漢方の煎じ薬は手間がかかるうえに苦い。「漢方=苦い」という印象がある人が多いのはそのためだ。

「コロナ禍の前に台湾の松山文創園区でイベントを開催したときも、『昔は煎じ薬で飲みにくかったものが、そのまま希釈したり、お湯に溶かしたりするだけで飲める漢方薬があって飲みやすくなっている』と説明をすると、興味をもってくれる若い人がたくさんいたんですよ」

だからこそ、王さんは日々、“シスター”とともに、「煎じる」以外の方法で、美味しく飲みやすく、生活に取り入れやすい漢方を研究している。

たとえば、ナツメや龍眼、黒豆が入った食べられる漢方茶「My Favorite Things」や「Annin Beau-Tea 台湾甜杏仁茶」は、ただお湯を注ぐだけの手軽さと美味しさから、日本でも人気を集め、身近な「漢方」の入口となっている。

DAYLILYで人気の「台湾甜杏仁茶」。台湾の漢方薬局には杏仁茶が必ず置かれているそう。ひと口飲むと杏仁のふんわりとした甘さと香りが広がる。

DAYLILYでは、美味しく飲みやすいプロダクトを開発するために、昔ながらの漢方薬の処方に、新しく生薬を加えて、とにかく何度も試作を重ねている。

基本的に、生薬はすべて苦い。いかに苦さを緩和するかが鍵となる。

「甘味を出すために、きび砂糖や氷砂糖を使うことがありますが、ちょうどいい甘味にするのが難しいんです。たまに『なぜ氷砂糖が入っているの?』と聞かれることがあるんですが、実は氷砂糖も漢方のひとつで、喉や身体をうるおす意味があるんですよ。だから台湾の薬局には、大きな袋で氷砂糖が売られています」

「漢方」のイメージを払拭する新たなデザイン

昔ながらの「漢方=苦い」というイメージを払拭するために、DAYLILYは漢方のデザインも一新した。

デザイナーの河ノ剛史さんを中心に、共同創業者である小林百絵さんとともに、生活の中でそばに置いておきたくなる、長く愛されるデザインを追求した。

漢方パウダー「ASIAN SUPER POWDER」シリーズは、ボックスタバコのようなパッケージにしたことで、女性の新しい美容アイテムとして感度の高い人の心をつかんだ。

「ASIAN SUPER POWDER」シリーズ。美容に特化して和漢素材をブレンドした「Pre Party Tint」(左)。女性の身体と心のゆらぎをサポートするココア味の「Pre Moon Smooth」(右)。

ほかにも、お茶を入れておけるキャニスターやメジャースプーン、「Made in Taiwan」のチャイナシューズなどのライフスタイル雑貨を展開。漢方を通じて理想の女性のライフスタイルを提案しているところがDAYLILYらしさと言えるだろう。

DAYLILYオリジナル刺繍入りチャイナシューズ

生理の女性をケア、台湾の人々の健康を支えるもの

王さんによると、日本では飲食店などで出される氷入りの「お冷」に、台湾の人は驚くそうだ。

台湾では、「身体を冷やすと不調を招く」という認識があるため、冷たい氷水をそのまま飲むことはほとんどないという。

「台湾の女性は、生理中はとくに体を冷やさないように注意を払っています。体を温めるためにお汁粉や黒糖しょうがを食べたりします」

「日本と台湾で大きく違うと感じるのは、生理中の女性への男性の対応です。日本の男性は生理にあまり関心がないみたいですけど、台湾の男性は身体を温めるお茶やナプキンを買ってきてくれるなど、女性の体を労わるのが日常なんです」

日本でも近年、以前と比べれば女性の生理に対する理解は進みつつあるが、生理中の女性のために配慮して行動する男性は少数ではないだろうか。

台湾の男性が、自然に女性の身体をいたわる行動ができる理由について、王さんは、「“お母さんを大事にする”という台湾の国民性が原点にあるのかもしれません」と語った。母をいたわり体調をケアすることで、生理などへの理解も深まっていくようだ。

また、台湾では家族とのつながりが深く、離れて暮らしていても毎日のように電話するという。

「台湾に住む私の母は、日本人である私の夫に毎日電話をしてくるんです。互いに声を聞くことを大事にしているので、離れて暮らしていても心の距離が近いような。『ごはんは食べた?』、『よく眠れている?』とからだを気遣ってくれますね。夫は、自分の母とは月に1回くらいしか電話しないのに(笑)」

有楽町店には、取材中、贈り物を選びに来店する男性の姿も見られた。

王さんは、母とのやりとりの中で、台湾の漢方文化への気づきを得たエピソードがあったと話す。

2022年、DAYLILY博多店のオープンを前に、多忙な日々を過ごしていたある日、王さんは腰に痛みを感じた。

「電話で母に話すと、すぐに『腎臓だわ。早く病院へ行きなさい』といわれました。腎臓の働きが良くないとお医者様から言われました。幸い大事には至らず、漢方を飲んで治療することができました」

「母は、普段の電話から私が忙しくてあまり水分を摂れていないこと、トイレに行く回数が少ないことを読みとっていたんです。母のアドバイスから、DAYLILYのお客さまと会話することの大切さを学びました」

むくみ、だるさ、生理痛やPMSなど、小さな不調を感じても、日々に追われてやり過ごす人も多い日本に対し、人の「健康」と「病気」の間に、不調や未病をケアする「漢方」が自然と存在している台湾。

家族の健康をとらえる「人と人とのつながり」と、漢方のある暮らしから学べることは多そうだ。

DAYLILYが大切にする「INNER PEACE」

体をいたわるように、心も健康でいること

王さんが大切にしているのは、体をいたわることと同じように、心も健康でいること。

多忙を極める王さんが、“時を溶かすひととき”を過ごすのは山の上だ。山登りが大好きで、週末は夫とともに、全国各地の山をめぐっているそう。「次はどこの山に登ろうかな、といつも山のことを考えています」と王さん。

(写真はイメージ)

出張で福岡に滞在していたときも、DAYLILY博多店のオープンの準備が整うと、そのまま九重連山を登りに行ったという。

彼女にとって、山での時間は何事にも代えがたいひとときなのかもしれない。

(写真:本人提供)

「もともと父がアウトドア好きで、子どもの頃はよく登山やキャンプに連れて行ってもらっていました。いま私がこんなに登山にハマっているのも、そんなルーツが影響していると思います」

「山を登っているときはいろんなことを考えられるし、自然の中にいると思考がポジティブになれるんです。最近では、健康的な山ゴハンを探求中です。乾燥させた野菜やキノコをたくさんもっていって、山でパスタやグリーンカレーを作って食べるんです。山で食べるごはん、お茶やコーヒーは本当に美味しくて格別です」

自然の中で静かなひとときを過ごし、美味しい食を楽しみ、自分自身と向き合うことは、漢方のある暮らしにも通じる豊かな時間だ。

台湾で生まれ育った彼女が、日本に漢方文化を伝え、浸透させていく。気づけば時間に追われるように忙しく過ごす私たちに、自分自身をいたわる時間や健やかなライフスタイルを届けてくれるだろう。

写真:川しまゆうこ

Author
ライター、ビューティープランナー

ライター、ビューティープランナー。ルミネtheよしもとにて、吉本新喜劇の女優として活動する傍ら、小学館『美的』で美容ライターとしてデビュー。長男出産後に、ベビーマッサージ講師の資格も取得。TVショッピングQVCでは、化粧品会社アルマードのPRとしてゲスト出演中。特技は中国語(HSK5級)。

Editor
編集者

お茶どころ鹿児島で生まれ育つ。株式会社インプレス、ハフポスト日本版を経て独立後は、女性のヘルスケアメディア「ランドリーボックス」のほか、メディアの立ち上げや運営、編集、ライティング、コンテンツの企画/制作などを手がける。

Photographer
フォトグラファー

若いころは旅の写真家を目指していた。取材撮影の出会いから農業と育む人々に惹かれ、畑を借り、ゆるく自然栽培に取り組みつつ、茨城と宮崎の田んぼへ通っている。自然の生命力、ものづくり、人の暮らしを撮ることがライフワーク。