「世界に思いがけない茶体験を」
17世紀に起源があるとされる台湾茶の文化は、幾度とない革新を重ねながら、人々の生活に根付いてきた。2021年、そんな台湾で、冒頭のコンセプトを掲げる類を見ないオートクチュール・ブリュードティーブランド「HEMEL(ヘイメル)」が誕生した。
太陽の光を浴びて静かにきらめくブリュードティー、その一切の濁りがない澄んだ水色に目を奪われる。
HEMELのボトルは、瞬く間に、美しい“お茶のあるシーン”を創りだした。
希少な手摘みの新芽から抽出した最高級のブレンドティー。「HEMELが伝えるのは、お茶ではなく、感性を揺さぶる最上の茶体験」と語るのは、HEMELのブランドマネジャー、イェー チェン カン(Yeh Chen Kang)さんだ。
HEMELの世界観をプロダクトで表現するために、台湾のデザイナーも探した末、日本のあるデザインチームに辿り着いたという。
台湾初の最高級ティーブランドは、どんな「お茶の時間」を生み出そうとしているのか。台湾の桃園市にあるHEMELのオフィスにて、イェーさんとクリエイティブディレクターのエヴァン サイ(Evan Tsai)さん、茶師のジョシュ チャン(Josh Chang)さんの3人に話を聞いた。
台湾から世界へ、「HEMEL」が誕生した理由
「まずは、お茶でも一杯」
台湾では、昔ながらの人と人との対話は、商談の場であっても一緒にお茶を飲むことから始まることが多い。カフェ文化が主流となった今も、台湾茶は変わらず揺るぎない存在感を放つ。街中に立ち並ぶ人気のドリンクスタンドでは、さまざまな台湾茶が並ぶが、歴史ある茶芸館とも共存している。
2021年12月に誕生した台湾発オートクチュール・ブリュードティーブランドのHEMELは、台湾茶の文化が根付く台湾において、これまでにない斬新なコンセプトで異彩を放つ。
緑茶、青茶、白茶、紅茶……。「台湾茶」といっても実にさまざまな種類がある。
日本人からすると、その多さに驚くばかりだが、“高級な茶葉はブレンドせずにシングルオリジンで楽しむ”という台湾茶の常識をひるがえし、HEMELはブレンドティーのブランドとして誕生した。
はたして、台湾らしくないブランドHEMELは、どのようにして生まれたのか。
ブランドマネジャーのイェーさんは、日本に留学し、アパレル業界で働いた経験もある。台湾の地を一度離れたことで、小さい頃から慣れ親しんできた台湾茶の“希少性”に気がついたという。
「海外はもちろん、台湾人自身でさえも、台湾茶の希少性に気が付いていないように感じます。平地や高山地を含めても、台湾全土で茶が採れる面積は1万2000ヘクタールしかありません」
「フランスのワイナリーは、その約60倍の面積があります。ブルゴーニュ地方だけで全台湾の約2.5倍の面積がありますが、それでもフランス産ワインの生産量の3%ほど。そう考えると、台湾茶はすごく希少な農作物といえるのではないでしょうか。HEMELが扱う高山茶や東方美人茶は、その中でもさらに希少なものです」
「世界的に“希少”とされるシャンパンも、製造元のフランスのシャンパーニュ地方は、台湾の茶畑と比較すると約3倍の面積があります。台湾茶の起源は17世紀だと言われていますが、シャンパンが生まれたのも同じ17世紀なんですよ。もちろん国力の強さも関係あるでしょうが、台湾茶のポテンシャルは非常にあると感じました」
「日本では、人と人が交流する場に必ずと言っていいほどアルコールが登場しますが、台湾では食事中にお酒を飲まない人も多く、お茶がそれに取って代わると言っても過言ではない。お茶を飲むことには儀式感もありますし、食前・食中・食後すべてのシーンに合わせることもできます」
こうしてイェーさんは2018年、中学の同級生で現役茶師のジョシュさん、日本でファッションデザイナーの経歴を持つパートナーのエヴァンさんと3人で、台湾茶の体験を世界へと伝えるHEMELを創業した。
イェーさんは、HEMELをシングルオリジンではなく、ブレンドティーのブランドにした理由をこう語る。
「私たちHEMELは、さまざまな茶園から希少な手摘みの新芽だけを買い付けしています。一日で最も茶葉の状態が良い2時間のうちに収穫して、摘み取ってから1時間以内に製茶するなど、その茶葉のベストな状態を抽出することに気を配っています」
だからこそ、HEMELでは特定の茶園から特定の茶葉だけを買い付けることはしない。
「最上級の茶葉同士を何種類も掛け合わせることで、HEMELにしかない極上のバランスを見つけていきたい。同じ茶園の茶葉でも、季節や年ごとに味わいが異なりますから、私たちのレシピも変化させていきます。それが、『世界に思いがけない茶体験を』という私たちのコンセプトに最もマッチすると考えるからです」
天候によって、毎年お茶の味わいや香りは変わってくる。シングルオリジンの場合は“茶園のお茶”を楽しむことになるが、最上級の茶葉をブレンドすることで“HEMELのレシピ”を創っているのだ。
オリジナルのレシピは、茶師のジョシュさんやベテラン練茶師とともに開発している。
実は、ジョシュのお父さんは台湾の茶業界にその人ありと言われる大ベテランの茶師なのだそう。茶葉のリサーチから抽出技術の開発に至るまで、全面的にサポートしてくれているそうだ。
「台湾茶業界の第一線で何十年も活躍してきた熟練の茶師たちと、茶葉を探すところから始め、何百回もテイスティングをくり返し、茶葉ごとに異なるエレメントのまさに核心を、究極の配合でブレンドすることで辿り着いたのが、4種類のフレーバーです」
HEMELの出発点、4つのフレーバーと味わい
不定期で、新たなレシピが生まれるHEMELのフレーバー。ブランドの出発点としてまず発表したのは、個性異なる「The Classy」「Time-Honored」「J. Formosana」「Zintun 18」の4つだ。
早速、「The Classy」と「Zintun 18」の2種類を試飲させてもらう。
「The Classy」は、標高2500mの高山「⼤禹嶺(だいうれい)」で時間をかけて育った烏龍茶と、標高1600mの高山「拉拉⼭(ららやま)」の若木から採れる烏龍茶を掛け合わせた、エレガントかつフレッシュな味わい。食前やティータイムに最適だ。
ガラスボトルの栓を抜き、グラスに注ぐと、ふわりとはなやかな香りが広がる。
まず香りを感じてから、次に口に含んでみると、これまでに体験したことのないクリアな味わいに驚く。まるで“お茶のエキス”を飲んでいるかのように、そのお茶が本来持つ魅力だけがストレートに迫ってくる。
ジョシュさんは、茶葉の香りや味わいを最大限に引き出す抽出のこだわりを教えてくれた。
「台湾茶を味わうとき、“苦味”と“渋味”はあってはならないものですが、それを出さないように抽出するにはテクニックが必要です。HEMELは独自に研究した製法で抽出しているので、それらを一切感じずに最高のお茶を体験することができるんです。まるで高山にいるかのようなフレッシュさを感じられるはずです」
次に台湾の最高級紅茶として名を馳せる「⽇⽉潭(にちげつたん)」の紅⽟紅茶に、高山「拉拉⼭(ららやま)」の若木から採れた紅茶をブレンドした「Zintun 18」をいただく。
紅⽟紅茶のキャラメルのようでいてスパイシーな甘みに、若木のフレッシュさが加わることで、一杯で何層にも広がる味わいを醸し出す。
現在はこのほかに、凍頂烏⿓茶の重厚感あるボディに、フレッシュな⻘⼼烏⿓茶をブレンドした「Time-Honored」、海外でも人気の高い東⽅美⼈茶に蜜⾹紅茶を合わせたエキゾチックな「J. Formosana」が揃う。
HEMELには、「ブレンディングラボ」という研究・製造施設があり、そこで温度、時間、⽔の特性、pH値を細かく分析することで、茶葉ごとに最適な抽出⽅法を編み出している。使うのは茶葉と水だけ。144~192時間かけてじっくりと低温で抽出する。研究に費やした期間は2年に及んだという。
「茶葉ごとに個性が違うので、どういった条件下で抽出するのが最もその茶葉のエレメントの核となるものを引き出せるか。さらに、ブレンドした後に理想的な形でまとめるのがベストなのか。2年間はずっと研究していましたね」
ガラスボトルのデザインで表現したHEMELの哲学
濁りのないクリアなお茶を、完璧なまでに引き立てているのが、ガラスボトルの造形美だ。
HEMELのブランドデザインには、日本のクリエイターが深く関わっているという。
イェーさんによると、台湾のデザイナーも探したが、最終的に日本で有数のデザイン会社に辿り着いた。まだ何の実績もなかったが、HEMELの世界観と通じる部分を感じてダメもとでアポを取った。
「余計なものを削ぎ落とし、その茶葉のエレメントを最も良い形で感じられるように抽出するのがHEMELのお茶。だからこそ、パッケージにもそうした精神を込めたいと思い、物の本質を見事に可視化されていると感じた日本デザインセンターにクリエイティブを依頼しました」
「私たちの想いを伝え、お茶を飲んでいただくところから始まり、数年かけてゼロから一緒に作り上げました。日本デザインセンター出身で三澤デザイン研究室の三澤遥さんと佐々木耕平さんがデザインを、日本デザインセンターの長瀬香子さんがネーミングやコピーライティングを担当してくれました。私たちが追求したい世界観を理解して表現してくれて、すごく感謝しています」
HEMELのガラスボトルには、一切ラベルが貼られていない。これも「台湾茶が主役だから、余計なものは一切なくしたい」というブランドの思いから生まれたデザインだ。
極薄で軽く透明度の高いガラスボトルからは、液体の表情だけがダイレクトに伝わってくる。まるで澄んだ水のかたまりが宙に浮いているようだ。
「はたして、お茶なのか、お酒なのか、ジュースなのか。これを見たら、“これは何だろう?”と、逆に好奇心を駆り立てるのではないでしょうか」
「繊細なガラスのボトルは、緊張感を与えてくれます。ボトルの底がカーブしているから、倒れやすいけれど、倒れやすいからこそ、人は気をつけて扱うはずです。美しいものを扱う人は、所作も丁寧になりますよね」
イェーさんは、「美しい人が増えれば、美しい社会が作れると思います」と続けた。
「お茶の手摘みも、ガラスボトルや紙箱の製造も、職人技が必要です。ボトルのガラスは実験器具としても使われる極薄のものを使用し、機械と人間の手で成形して、文字を刻印しています。一個一個に誤差もありますし非効率ですが、それが良いと思っています」
「世の中には様々な社会問題が起きていますが、人と人の距離が開くと、人間らしさや美しさが失われていくように感じます。だからこそ、自分たちは職人技のように人間らしさにフォーカスする。人間の価値を大切にすることで社会に貢献できる存在になりたい、という気持ちがあります」
美しいお茶の時間は、美しい人や社会を育んでいく。お茶と人と社会はつながっている。
HEMELの深い哲学が伝わる言葉だった。
環境への負荷もなるべく減らすため、ショッピングバッグにはFSC(森林認証制度)素材を使い、紙箱をできるだけシンプルにして印刷を最小限にしたという。ガラスボトルにラベルを貼らないのは、他の用途でリユースしやすくするためでもある。
台湾発のグローバルブランドを目指し、海外へ届けることを前提にプロダクトをデザインしている。
HEMELが、加熱による殺菌処理を一切施さずに、出荷後90日間という長い賞味期限を持つボトリングティーを開発したのもそのためだ。そして、最高級の味わいを世界に届けるために、注文を受けてから一滴一滴ベストな状態で抽出した“ブリュードティー”をボトリングして海外に直送することにしたのだという。
「感性を揺さぶる最上の茶体験」が生み出す時間
HEMELは、「世界に思いがけない茶体験を」をブランドのコピーに掲げている。一体、どのような体験なのか。
イェーさんは、「一期一会」というキーワードとともに世界観を紐解いてくれた。
「台湾茶をたしなむ時によく使われるのが、中国語の『一茶一會(いっちゃいちえ)』という言葉。日本の茶道の世界にある『一期一会』から来ていると言われています」
「HEMELが伝えるのは、お茶ではなくて、感性を揺さぶる最上の茶体験。お茶は、ひとたび立ち止まって、内省する時間を提供できるものなんです。だからこそ、高い茶葉だから良い、ということではない。嗜好品として一人ひとりに好みの味わいを選んでもらいたいと思っています」
イェーさんの言う「感性を揺さぶる最上の茶体験」は、ラグジュアリーな非日常にあるわけではない。
「食事を伴わない場でも楽しめるのが、お茶の素晴らしさ。私は一人で本を読んだり、自分にフォーカスしたりしたいときに、HEMELは最適だと思います。夜とは限らず、朝や昼に飲める。音楽も要らない。雨音が似合うお茶です。静寂が広がる空間で、自分と対話して、人生について考える時間はとても貴重ですよね」
この写真は、「風が抜ける場所で、電気を消して考え事をするのが理想」という葉さんの理想を体現したものだという。ああ、嗜好品とは自分のためにあるものなのだ。そう思える一枚だった。
HEMELが大切にするのは、お茶そのものではなく、たった一人のためのお茶の時間だ。そんな時間や人生との向き合い方を、イェーさんは“ライフスタンス”という言葉で表現していた。
夏から日本でも正式販売をスタートする予定の「HEMEL」。日本では、どんな時を溶かす茶体験が生まれるだろうか。一人ひとりとの一期一会が楽しみだ。
HEMEL: https://hemeltea.com
》HEMELの4種類の物語
「The Classy」花々しくクリアな、気⾼い春の味わい
標⾼2500mの⼤禹嶺(だいうれい)で時間をかけて育つフルーツのような旨みをもつ烏⿓茶や、桃園市(とうえんし)の拉拉⼭(ららやま)の若い⽊から採れる無垢な花の⾹りをもつ烏⿓茶といった、最⾼品質の⾼⼭烏⿓茶を掛け合わせて。フレッシュ|はなやか|洗練 ¥18,700(税込)
「Time-Honored」幾重にも旨みが重なる、深い森のような味わい
南投県⿅⾕郷(なんとうけん ろっこくきょう)で育った⾼品質の凍頂烏⿓茶だけがもつ、熟れた果実の⾹りと重厚感のあるボディ。台湾中部の標⾼2000m以上で育った清涼な⻘⼼烏⿓茶をブレンドすると、どっしりとした旨みが⾆先でひときわ鮮やかに引き⽴つ。フルボディ|濃厚|クラシック ¥14,700(税込)
「J. Formosana」蜜が滴る、エキゾチックな味わい
茶の葉を噛み発酵を促す⾍「ウンカ」が⽣息する茶畑でしか栽培できない東⽅美⼈茶と、蜜⾹紅茶。ハチミツのような⽢みをもつ苗栗や新⽵(しんちく)地区東⽅美⼈茶と、貴腐ワインのようなトロピカルな⾹りをもつ花東縦⾕(かとうじゅうこく)地区の蜜⾹紅茶を30°Cと50°Cで抽出。エキゾチック|気品|濃蜜 ¥23,100(税込)
「Zintun 18」スパイシーに⾹り⽴つ、遊び⼼のある味わい
台湾最⼤の湖「⽇⽉潭(にちげつたん)」に近い養分の多い湿潤な盆地で育つ紅⽟紅茶。独特の芳⾹があり⼝に含んだ瞬間にミントの爽やかな⾹りと、シナモン、キャラメルのような⾹味が広がる。そこに標⾼1500mを超える拉拉⼭(ららやま)のクリアな⾼⼭紅茶をブレンド。⾊とりどりの⾹りが⼝中を満たす。スパイシー|野趣溢れる|複雑 ¥15,600(税込)
取材・文:近藤弥生子
写真:Jimmy Yang
編集:笹川ねこ
台湾在住の編集・ノンフィクションライター。1980年福岡生まれ・茨城育ち。東京の出版社で雑誌やウェブ媒体の編集に携わったのち、2011年2月に駐在員との結婚がきっかけで台湾へ移住。現地デジタルマーケティング企業で約6年間、日系企業の台湾進出をサポートする。台湾での妊娠出産、離婚、6年間のシングルマザー生活を経て、台湾人と再婚。独立して2019年に日本語・繁体字中国語でのコンテンツ制作を行う草月藤編集有限公司を設立。雑誌『&Premium』、『Pen』で台湾について連載中。ブログ「心跳台湾」にも、台湾での暮らし、流行、子育て、仕事のことなど台湾の「いま」がわかる情報を執筆している。
『DIG THE TEA』メディアディレクター。編集者、ことばで未来をつくるひと。元ハフポスト日本版副編集長。本づくりから、海外ニュースメディアの記者まで。企業やプロジェクトのコミュニケーション支援も。岐阜生まれ、猫好き。