春の訪れとともに迎える「新茶」の季節。青々しい爽やかな香りとともに届けられる新茶は、限られた時期だけの特別な味わいだ。
『DIG THE TEA』では2022年、「新茶をめぐる冒険」と題して、お茶のスタートアップ「TeaRoom」代表で茶道家の岩本涼さんの案内のもと、各地の茶の生産地をめぐり、個性豊かな新茶シーンをひもといていく。
5月中旬に訪れたのは、温暖な気候と適度な降雨、肥沃な大地に恵まれ、お茶の生産量全国第4位の宮崎県。
宮崎市に隣接する新富町で、24年前から有機栽培を続ける「豊緑園」と、宮崎のお茶のブランド化を牽引する日本茶専門店「新緑園」を訪ねた。
長い日照時間と肥沃な土地、全国4位の茶生産量を誇る宮崎へ
ここは南国の光景が広がる宮崎市。
宮崎空港から一歩外に出ると、夏を目前に控えた鮮やかな青空と、ヤシの木が出迎えてくれる。市内で岩本さんと合流し30分ほど車を走らせて、茶の産地である新富町へと向かった。
空の青さと山の木々や農地の緑を車窓から眺めているうちに、一面に田園風景が広がるのどかな新富町に到着した。
温暖な気候で知られる宮崎県は、気温、日照時間ともに全国3位、快晴日数は全国2位。また緑が豊かにあることから“太陽とみどりの国”とも言われている。
2019年、2020年の都道府県『幸福度』ランキングでは、2年連続で第1位だ。
何より、その気候や土壌はお茶の栽培に適している。そのため、茶園面積は全国7位、荒茶生産量は全国4位を誇る。
宮崎県で生産されるお茶は総称して「みやざき茶」と呼ばれる。アミノ酸やカテキン類などを多く含み、コクのある味とふくよかで香り高く、すっきりとした喉ごしが特徴だという。
有機栽培の美しい茶畑が広がる「豊緑園」へ
宮崎県のほぼ中心に位置する新富町で、最初に訪れたのは豊緑園。
こちらは3代続くお茶農家で、24年前からは農薬と化学肥料を使わない有機栽培の茶づくりに取り組んでいる。茶の栽培から製茶、自社ブランド製品の販売まで一貫してになっていて、県内外から注目を集める人気の茶園なのだ。
新茶づくりの時期は、茶農家にとっては茶摘みに、製茶にと早朝から夜遅くまで休む間もないほど一年で最も忙しい。
豊緑園もまさに茶摘みと製茶の真っただなか。
工場を離れられないなか、合間を見つけて、代表の森本健太郎さんが茶畑を案内してくれた。
豊緑園が持つ8つの茶畑はすべて有機JAS認証圃場。ここで「やまなみ」をはじめ9種の品種を育てている。
新茶の緑色が眩しい茶畑の地面に目を向けると、ふかふかの土に野原で見かけるような草花も嬉しそうに咲いている。
農薬や化学肥料を使っていないため、茶畑にはカマキリやカメムシ、てんとう虫……などの虫たちがのびのびと生息しているそう。ここはまるで“小さな森”のように、お茶も昆虫も動物も、生き生きと共存していた。
しかも、その“小さな森”は手入れが行き届いている。森本さんたちは、木の下にもぐって寝そべるようにして丁寧に草取りをしているのだそう。
「草取りや虫取りなども手作業で行っています。お茶の木と、もともとの自然環境を大切にするため、手間と時間は惜しみません」
お茶栽培の中で重要なのが「土づくり」であると考える森本さんは、豚糞や米糠、おがくずなどを用いて堆肥も自社で作っているという。自家製の有機堆肥を使ってお茶の“樹”の力を引き出しながら、自然でやさしい味わい深いお茶を目指している。
「茶畑には、毎年5月になるとヒメホタルがたくさん舞うんですよ」と森本さん。
ヒメホタルの点滅で茶畑一面がイルミネーションのように光るのだそうだ。なんとも神秘的で幻想的な茶畑なのだろう。生命力に満ち溢れている。
茶摘みと製茶、1年間育ててきたお茶の総仕上げ
茶畑を見学したあとは、すぐ対面にある製茶工場へ。
工場内はキコキコキコと、いくつもの機械が大きな音を立ててフル稼働している。この日は、摘みたての「やまなみ」の新茶を製茶していた。
摘み取られた茶葉はその瞬間から酸化が始まるので、新茶ならではの澄んだ緑色を保つためにも、収穫したらすぐに蒸す。
蒸されたあとには、いくつもの「揉み」の工程がある。水分を飛ばすため茶葉に力を加えながら、葉中の水分をしぼり出して、乾燥具合を均一にするために葉をもんでいく。
「揉み」の工程が終わると、「乾燥」の工程へと入っていく。
こうして新茶は、手間暇をかけて、あの美しい澄んだ色のお茶となるのだ。
お茶の収穫と製造に連日忙しく、働き疲れも溜まっているはずなのに、森本さんの表情は生き生きと、そしてどこか楽しそうに見えた。
1年間愛情をかけて育ててきた茶葉の総仕上げに手ごたえを感じているからだろう。
「お茶栽培にとって冬が暖かすぎるのはあまり良くない。11〜1月はしっかり気温が下がって、お茶の木を休ませることが大事なんです。冬が暖かいと虫も活発に動いてしまいます」
「春にかけては、三寒四温で雨も適度に降るのが理想的。今年は収穫前に雨が多い時期がありましたが、品質も良く、やまなみ独特の桜のような香りよいお茶ができました」
お茶の楽しみ方を伝える直営店舗「みどりとすずめ」
豊緑園では、2012年から自社ブランド「もりもっ茶」の製造販売を手がけている。
煎茶やほうじ茶をはじめ、満月の日に茶摘みをした満月茶や上質番茶に炒り玄米をブレンドした弥勒(みろく)茶など、オリジナリティあふれる様々な種類のお茶を商品化。
さらに2020年には、もりもっ茶やお茶を使ったスイーツなどを味わえる直営のお店「お茶と大福のお店 みどりとすずめ」を、製茶工場のすぐ近くにオープンさせた。
こちらの人気商品は、自社生産の有機栽培の抹茶を皮にも餡にも、ふんだんに使った抹茶大福だ。
さらには、新茶や焙じ茶のわらび餅、ジェラート、お茶のかき氷やぜんざいなど、季節ごとのスイーツも人気。
店内にイートインスペースもあるが、天気が良ければ、外の席で田園風景を眺めながらいただくのが格別だ。
「お茶のことを伝える場所があればとオープンさせました。これまでお茶にあまり馴染みがなかった方にも、スイーツなどを味わってもらうことで、お茶の美味しさを知ってもらえればと考えています」
茶農家ならではのお茶スイーツが気軽に楽しめるとあって、幅広い世代から支持され、県外からも来店客が集まる人気店となっている。
「お茶は食材としてのおもしろさもあるんですよ」と森本さんが言うように、飲料としてだけでなく食材としての潜在力も秘めている。
お茶離れが進むなか、新しいお茶の楽しみ方やお茶の魅力を発信し、お茶の美味しさを再発見してもらう。世代を問わず「美味しく・楽しく・おしゃれ」なお茶を知ってもらおうとする「豊緑園」は、まさに茶の未来を作る担い手だった。
世界に向けて宮崎のお茶を発信する日本茶専門店
次に訪ねたのは、同じく新富町に店を構える日本茶専門店の新緑園。
自社農園の茶葉だけでなく、県内の高品質な茶葉をブレンドして製品化し、約70種類のお茶を製造販売している専門店だ。
これまでに、全国茶品評会で農林水産大臣賞を4度受賞、日本茶AWARDではプラチナ賞を受賞。煎茶のティーバッグは全日空(ANA)の国際線ファーストクラスでも採用されるなど、全国から注目を集めている。
のれんをくぐり店に一歩足を踏み入れると、あたたかいスタッフの声かけとともに目に入ってきたのは、洗練されたパッケージの商品や店内のインテリア。上質でありながらも親しみやすいお店の雰囲気を感じることができる。
そんなお店にセンスよく並べられたお茶の数々。
一角には茶器のコーナーもあったり、お茶の香りを楽しむための茶香炉が置かれていたりと、お茶をいろんなアプローチで楽しむ提案が、店内の随所で見ることができる。
これらは新緑園2代目社長の黒木信吾さんの経営理念によるものだ。
「お茶を単なる飲み物として捉えるのではなく、お客様に心の潤いや喜び、感動を与え、時には悲しみを癒す存在としてお茶を提案したいと考えています。そのために、緑茶文化や歴史、お茶の楽しみ方などを広く知っていただくことを使命と考えて取り組んでいるのです」
そう語る黒木さんは、お茶の産地や品種、茶期等を見極める「茶鑑定力九段」の資格を持ち、お茶のことを知り尽くしている達人だ。製造している約70種のお茶は、自社栽培の茶葉に加えて、選び抜かれた県内産の高品質な茶葉をブレンドして作るという。
今でこそ国内外の数々の賞を受賞し、全日空の国際線ファーストクラスでも採用されている新緑園だが、経営の方向転換を決断したのは2015年ごろのこと。
2年連続で赤字を出したことから、従来の経営理念を刷新、マーケティングから商品のデザイン、人材育成にも力を入れるようになった。
「ちょうど同じころに、宮崎で開催された全国茶品評会で日本一に選んでいただいたことも大きな追い風になりました」
それまでも、お茶の品質には自信があった。しかし、いいお茶を作っているだけでは、ビジネスとして広がっていかないことに気づいたのだ。
黒木さんは、売り方、情報発信のしかた、ブランディングに至るまで「50歳にしてゼロから勉強しました」と当時を振り返る。
このような商品づくりやブランディングが功を奏し、リピートしてくれる客が増え、一緒に働きたいという地元の若い社員も集まるようになったという。
一般に、日本茶の美味しさは「旨味・甘味・渋み・香り」で表現されるが、黒木さん曰く、「宮崎のお茶は清涼感が際立っていて、お茶を飲み慣れていない人でもすーっと入ってくる」。この点を伝えて、もっと宮崎のお茶を多くの消費者に知ってもらいたいと語る。
その思いは、自社だけではなく、宮崎の茶業界全体にも及ぶ。
国内だけでなく、宮崎のお茶を世界で飲んでもらえるようになれば、宮崎の茶農家にも活気が生まれる。そうやって、宮崎発で茶業界全体に好循環を生み出していくことが今後の目標だという。
「お茶屋やお茶の生産者が、かっこいい仕事と認識されるようになることが夢です」
静岡や京都などと比べると、お茶の生産地としての知名度が高いとは言えない宮崎だが、地域全体で宮崎のお茶を盛り上げていこうとする団結力を感じた。
有名産地ではなくても、有機栽培や自社ブランドを手がけ、国内外にファンを広げる宮崎のお茶に出会った。
「新茶をめぐる冒険」は続く。
写真:江藤海彦
合同会社ディライトフル代表。1976年、埼玉県秩父市出身。早稲田大学第二文学部在学中より、制作会社にて編集者、ライターのアシスタントとして雑誌などの制作に携わる。2004年よりリクルートにてフリーマガジン『R25』の創刊に携わり、編集を担当。2010年に独立し、雑誌、書籍、ウェブメディア、企業や自治体が発行する冊子、オウンドメディア等の企画、編集を手がけている。
ひとの手からものが生まれる過程と現場、ゆっくり変化する風景を静かに座って眺めていたいカメラマン。 野外で湯を沸かしてお茶をいれる ソトお茶部員 福岡育ち、学生時代は沖縄で哺乳類の生態学を専攻