阿波晩茶をめぐるさらなる冒険
徳島県上勝町でしか作ることができない、世界的にもめずらしい乳酸発酵茶「上勝阿波晩茶」。DIG THE TEAでは、2021年に上勝町を訪れ、阿波晩茶を取材していく中で、その魅力に夢中になると同時に、後継者不足という直面する現実も知った。
2022年、そんな貴重な阿波晩茶づくりをイチから体験できる「上勝阿波晩茶 桶オーナー制度」に我々も参加することに。「自分たちでつくってみたい!」という好奇心と、自分たちが動くことで阿波晩茶の新たな可能性を探ってみたいという思いからだった。
阿波晩茶づくりには大きく8つの工程があり、1〜5までの工程は7月〜8月の真夏に行われる。私たち「#実験するDIG THE TEA」チームも7月中旬に徳島県上勝町を訪れ、普段使っていない筋肉を使い、汗だくになりながら「漬ける」までの作業を完遂した。
1 茶摘み
2 選別
3 茹でる
4 擦(す)る
5 漬ける
6 桶出し
7 天日干し
8 選別・試飲
今回は、その約1カ月半後となる9月上旬に上勝町で行った「桶出し」と「天日干し」の工程と、東京の事務所で行った茶葉の「選別」と「試飲」までをレポートする。
自然優先の阿波晩茶づくり
阿波晩茶は、上勝の風土とともにつくられる。人間がコントロールできる部分はわずかしかない。
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そして後半の工程には「天日干し」が含まれる。つまり作業をする日は太陽が出ていることが必須条件だ。そのため作業日の予定が立つのは早くても2日前となる。これもあくまで予定で、当日に天候が急変すれば中止になる。
私たちの作業日の予定も例にもれず急に決まった。朝一で作業をするためには、上勝に前日入りしなくてはならないのだが、上勝阿波晩茶協会から連絡をもらったのは前日の午前中だった。
余計なことを考える暇もなく慌ただしく準備を整え、なんとかその日の夜に上勝町に到着した。
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このときの上勝は台風が過ぎたばかりで、湿度の高さがわかるねっとりとした風が吹き、雨はまだ降ったりやんだりを繰り返していた。そのため天日干しの作業をするかどうかの判断は、当日の朝まで持ち越されることに。
「このまま手ぶらでは帰れない! なんとか明日作業できますように……」
私たちは祈りながら眠りについた。
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作業予定日の朝。微かに霧雨が降る天候だったが、予報によると昼前には晴れ間が見えるはずだ。
一縷の望みをかけて集合場所の上勝阿波晩茶協会の拠点である古民家へ向かった。到着すると、前回の作業が昨日のことのように思い出されて、身も心も引きしまる。
数十分後には、前回も大変お世話になった上勝阿波晩茶協会・会長の高木宏茂さんが軽トラックに乗って颯爽と登場。
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挨拶もそこそこに、車から降りてしばらく空を見上げた高木さんは、少し考えをめぐらせたあとにこう宣言をした。
「よし、やるぞ」
あとで聞いた話だが、阿波晩茶の生産者はこの時期はかなりピリピリしているそうだ。今年はとくに雨が多く、干すタイミングが限られてしまっているため常に心を張り詰めて天気とにらめっこしている状態。
この日の高木さんも天気の具合を見ながら、ここから少し離れた高木農園で、朝4時から阿波晩茶の天日干し作業をしていたという。その忙しい合間を縫って来てくれていた。
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「じゃあ、やるか。みんな集合して」
いよいよだ。我らの阿波晩茶は無事においしくできているのだろうか。高木さんに言われるがまま、阿波晩茶を仕込んだ桶の前に集まった。
まずは、もっとも気が抜けない「桶出し」から
6.桶出し
最初に行うのは、「桶出し」と呼ばれる作業だ。読んで字のごとく、桶から乳酸発酵した茶葉を取り出す。
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桶に茶葉を仕込んだあとの様子は、上勝阿波晩茶協会のみなさんが更新してくれていたFacebookの桶オーナーグループページで見ていたのである程度知っていた。そのため重石の間から見える濁った茶葉のゆで汁(茶汁)に茶色い膜のようなものが張った表面は、グロテスクではあったが予想内。
だが、少し桶に近づくだけでも鼻をつく腐敗臭は想像以上にきつかった。
まずは上蓋部分にたまった茶汁を灯油ポンプを使いながら、一滴残らず取り除いていく。この茶汁がきつい臭いの正体だ。茶汁が少しでも残った状態で上蓋を開ければ、下の茶葉が吸い込み雑味を生んでしまう。
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このとき蓋の上の重石をどかしたくなるが、重石をどかせば臭い茶汁が中に吸いこまれてしまうため、そうすることはできない。
「僕の師匠は、蓋を取るときだけは気を抜くなと言っていた」と、高木さん。
阿波晩茶の味に直結することなので気が抜けないが、腐敗した茶汁の見た目ときつい臭いは精神を遠慮なく削ってくる。「一番嫌いなのがこの作業。無の心にならんとできん」と、高木さんも苦い顔をしながら手伝ってくれた。
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最後にスポンジを使って茶汁と膜を取りきったら、上蓋を開ける。まだ残る茶汁の不快な臭いのなかに、発酵を示すすっぱい臭いと茶葉らしい香りを感じてうれしくなった。
あらわになった芭蕉の葉と内側に詰めた布を外すと、ようやく我らの茶葉の登場だ。
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少し黄みがかっていて漬物のよう。と思ったら、高木さんが豪快に上部の茶葉を取り除き始めた。
臭いが残る上部の茶葉は「口茶(くちちゃ)」と呼ばれている。この部分もよけておいて、お茶にする。一般的な阿波晩茶とはまた異なる味とクセのある香りで、これを好む人もいるらしい。
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口茶となる部分と、通常の阿波晩茶になる部分の境目は匂いで判断する。「原始的だけれど、これが最適ではっきりわかる!」という高木さんの言葉どおり、桶上部から3分の1ほどの部分から明らかに知っている阿波晩茶の匂いになった。
桶の底の近くは、もっともフルーティーで甘い匂いがした。桶から茶葉を取り出していくうちに、くるくる変わる香りに、感覚が研ぎ覚まされていくようだ。
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今回の一連の工程でもっとも大切であり、同時に辛い作業でもあった桶出し。高木さんの手のひらをふと見ると、見事にまっきいろ。「この時期はいつもそう。爪は2カ月くらいは黄色いまま」と、高木さんはくったくなく笑った。
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茶葉の一枚いちまいに思いが宿る
7 天日干し
次の工程は天日干しだが、あいにく分厚い雲はまだ太陽を隠していた。それでも作業は進んでいく。
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協会の敷地にある私道いっぱいに敷かれたゴザ。その上には防虫ネットが載せてある。ここにバラバラと茶葉を置いていき、レーキ(土をならすときに使う農具)で広げる。
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そして今度は手作業でていねいに茶葉をほぐし、均等に広げていくのが基本的な動きだ。
桶から出したばかりの茶葉は、茶葉が折り重なってできた「団子」がたくさんできている。この状態のまま干すと一部が生乾き状態になり、カビの原因になってしまう。そのため団子を見つけたら、一枚ずつ茶葉をはがしていく。これが天日干しにおける大事なポイントだ。
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さらに、ただ乾けばいいものというわけでもないらしく、直射日光に当たりすぎると赤くなって見た目が悪くなる。「いい阿波晩茶は黄色から青色になって最後には黒光りする。赤い阿波晩茶は“しょーたれとる”(締りがなくて、見苦しい)」と高木さんは言っていた。
口茶の部分も同じように別のゴザに広げて干していく。合わせて約30キロの茶葉を、なるべく重ならないように広げていくだけでも大変だ。
そのうえ剥がしても剥がしても、新たな団子が見つかりまったくなくならない。だが、「手がかかる子ほど、かわいい」とはよく言ったもので茶葉の一枚いちまいが愛おしくなっていく。
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終わりが見えないまま、心の中で「おいしくなるんだよ」と唱えながら、もくもくと茶葉をほぐしていった。
太陽の力で阿波晩茶になっていく
ある程度、茶葉を広げたところでお昼休憩を取り、戻ってくると待ち焦がれていた太陽が現れた。太陽の光をこんなにうれしく感じたのはいつぶりだろうか。
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ゴザの上に広がる阿波晩茶の背景には、風に揺れる収穫を待つ黄金色の稲穂。たまった疲れが吹き飛ぶ美しい光景が広がっていた。
天日に当たった茶葉は、先ほどと比べて乾き方のスピードがまったく違う。触れるとほのかに温かく、ゴザに広げたばかりのときにはしなかった香ばしい香りがあたりに漂う。
高木さんが「いい阿波晩茶」と言っていたのはこれか、とてらてらと黒光りし始めた茶葉を見つめる。
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天日の力を借りて茶葉の表面がある程度乾いてきたら、もうひと手間をかける。
防虫ネットを持ち上げて茶葉を中心に寄せ、揺らして混ぜるのだ。混ぜ終わったら再び手で広げていくのだが、茶葉が乾けば乾くほど割れやすくなるため、慎重さがより必要になる。一枚の葉の形を残した茶葉は貴重なのだ。
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この天日干し作業は2、3日続けて行われる。茶葉の大敵は水分だ。夜露が降りる前の夕方早めに取り込まれ、翌朝になったらまた広げて干すを繰り返す。
天日干し一日目の阿波晩茶を試飲してみる
この日の天日干しの作業が一段落したところで、ふとある考えが浮かんだ。
「天日干し一日目の茶葉のお茶は、どんな味がするんだろう」
前回から引き続き今回も一緒に作業をしてくれた上勝阿波晩茶協会の松本聡子さんに相談してみると、「私も飲んだことがない」という。
「#実験するDIG THE TEA」としては、絶好のチャンス。早速、松本さんと一緒に実験をしてみた。
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ゴザの上から阿波晩茶を基本の茶葉量に合わせてひとつかみ(約3〜4グラム)持ってきて、ポットの中へ。そこに80度のお湯を500ml注ぎ、2分半ほど待つ。茶葉はまだ生乾きの状態だった。
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湯呑に注ぐと緑と黄の中間にあるようなうすい色をしている。おそるおそる口に持っていくと阿波晩茶らしい香りがした。ごくり。
「おいしい!」
松本さんも私たちも全員一致の感想だ。若々しい生葉の風味も残っているが嫌な感じはまったくなく、フルーティーなお茶として楽しめた。
さらにお湯を注いで5分待ち、2煎目も試してみたが、こちらのほうが香りがよりふくよかになっていた。こうした実験ができるのも阿波晩茶づくり体験の醍醐味だ。
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天日干しをしている間、突風が何度か吹いて茶葉がわずかに飛ばされてしまうというハプニングもあったのだが(心がきゅっと締めつけられる思いがした)、この日は16時半を少し回った頃には茶葉を取り込み、私たちの作業は終了した。
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上勝阿波晩茶協会のみなさんにこのあとの面倒を託し、DIG THE TEAメンバーは帰路についた。
この時点であれだけおいしかったのだ。完成した我々の阿波晩茶はどんな味なんだろう。期待は大きく膨らんでいた。
茶葉との格闘はまだ終わらない。いざ選別
8 選別・試飲
最後の工程である選別と袋詰め、そして完成品の試飲は東京にあるDIG THE TEAの事務所で実施した。
天日干しされた茶葉が詰まった大きなダンボールを2箱、上勝から東京に届けてもらったのだ。約30キロの茶葉は、天日干しを経て7.8キロほどの重さになっていた。
選別の方法は、天日干しの日に協会の松本さんからしっかりレクチャーを受けていたので、それを思い出しながら早速取り掛かる。
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まず、白いテーブルクロスを敷いた台の上に、小山になるくらいの茶葉を盛り、色が悪かったり、団子になっていたりするものを取り除いていく。さらに、「①大きめの葉」、「②割れて細かくなった葉」、「③枝の部分」に選り分ける。
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茶葉として一般流通されるのが①大きめの葉で、②割れて細かくなった葉はティーバッグ用などに使われる「細茶(ほそちゃ)」、③枝の部分は「茎茶(くきちゃ)」として売られている。
最後は園芸用のふるいにかけて粉になった葉を下に落とす。これが一通りの手順だ。
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髪の毛が入らないように三角巾をして、気合充分のDIG THE TEAメンバー。最初のうちは選別基準の判別に迷いながら作業をしていたが、これではいつまで経っても終わらないという現実に気づき、途中からはスピード重視でさくさく手を動かす。
上勝では和気あいあいと雑談をしながら選別作業をするため、ひとつのコミュニケーションの場としても機能しているという。確かに私たちの間にもさまざまな話の花が咲き、不思議な一体感が生まれていた。
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すべて選別し終わるのにかかった時間は、休憩なしで5時間ほど。阿波晩茶協会の松本さんからは「2、3人で行えば2時間ほどで終わる作業」と聞いていたのだが、その倍ほどかかってしまった。
とはいえ、大きな作業はこれで終了。現在DIG THE TEAではオリジナルパッケージをデザイン中。完成したら袋詰めをすることにする。
選別作業を終えた我々は、達成感を感じる間もなく、ここからが最大のお楽しみ「試飲」の時間だ。
いよいよ試飲、美味しい阿波晩茶になったのか?
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大きめの茶葉、茎茶、口茶をそれぞれ飲んでみる。天日干し一日目に淹れたものと同じ500mlにつき茶葉3グラムを目安に、ポットの大きさに合わせて量を調整して淹れた。
見目麗しく、深い味わいが広がる大きめの茶葉
まずは一般的な阿波晩茶から。思い描いていた山吹色の色を見て、思わずうれしくなる。これを見たかったのだ。
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湯呑が鼻に近づくまで強い香りはしない。だが口に含んだ瞬間、風味が勢いよく広がっていく。次に感じるのは茶葉がもつ甘みで、その余韻が穏やかに口中に残る。DIG THE TEAメンバーの一人は、中国茶の白茶のようだと表現していた。
天日干し一日目に淹れたものよりも、熟成が進んだ深い味がする。これも太陽の力なのだろう。求めていた心を溶かす味わいだ。
予想外だった茎茶
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見た目はただの小枝のように見える茎茶は、予想外にしっかりした山吹色をしていた。先ほどの茶葉には負けるが、風味も甘みもある。わずかに感じる渋みも茎茶ならではのおいしさのひとつだ。全体的にまとまりがあり、茎茶も十分にお茶として楽しめることを実感できた。
クセが強いものがお好きな方には口茶
口茶は、茶葉の段階から桶出しを思い出すような匂いがしていたが、お湯で淹れることでさらに強まったため、正直、口にするのはそれなりの勇気が必要だった。
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しかし、飲んでみると匂いは消えておいしく飲める。これは驚きだった。例えるなら、くさや(伊豆大島特産の発酵食品である魚の干物)のようなものだろうか。
ただ、冷めるのと同時に独特なくさみが強くなり、味も落ちていった印象なので、いただくなら温かいうちに飲み干したほうがよさそうだ。独特のクセを生かし、スパイスなどを調合して料理に使うのもいいもかもしれない。
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完成した阿波晩茶をいただきながら、ここまでの私たちの冒険を振り返る。何度も言うが、阿波晩茶づくりは予想をはるかに超えて大変だった。でも、それ以上に楽しかったのも事実。何よりも阿波晩茶はただのお茶ではなく、今の自分にとって大切なものになっている。
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この一連の記事を読み、阿波晩茶に興味を持つ人が一人でも増えたのならとてもうれしい。そして、阿波晩茶を飲んだことがないのなら、ぜひ一度飲んでみてほしい。
Photo: 川しまゆうこ
東京都在住。Webメディア『MYLOHAS』、『greenz.jp』、雑誌『ソトコト』などの編集部を経て2019年に独立。持続可能なものづくり、まちづくり、働き方をテーマに雑誌、Webメディア、書籍をはじめとする媒体や企業サイトなどで編集と執筆を行う。また「ともに生きる、道具と日用品」をコンセプトにしたオンラインショップ『いちじつ』のディレクター兼バイヤーを務める。
お茶どころ鹿児島で生まれ育つ。株式会社インプレス、ハフポスト日本版を経て独立後は、女性のヘルスケアメディア「ランドリーボックス」のほか、メディアの立ち上げや運営、編集、ライティング、コンテンツの企画/制作などを手がける。
若いころは旅の写真家を目指していた。取材撮影の出会いから農業と育む人々に惹かれ、畑を借り、ゆるく自然栽培に取り組みつつ、茨城と宮崎の田んぼへ通っている。自然の生命力、ものづくり、人の暮らしを撮ることがライフワーク。