人間は短命だ。何百年も生きる「盆栽」が揺さぶる私たちの“時間軸”

小久保 よしの

敷居が高く、堅苦しそうで、ちょっと入りづらい世界。

正直に言えば、ずっとそんなイメージを抱いていた「盆栽」。

だが私たちは、その先入観を覆され、強く魅せられることになった。

盆栽の本来の魅力をわかりやすい言葉で“通訳”してくれる、植物研究家に出会えたからだ。

奈良県橿原(かしはら)市にある「塩津植物研究所」の塩津丈洋さんは「盆栽は、実は好きなことをやっていいんです。自由で余白があります」と話す。

公式サイトには、「誰しもの『草木ノ駆け込み寺』となれるよう人と植物の暮らし方を研究している」とある。

人間とは異なる時間軸をもち、何百年も生きる植物の暮らし方から学ぶことは何か。塩津さんが語る盆栽の魅力には、植物ともっと仲良くなれるヒントも、より豊かに生きるヒントも詰まっていた。 

人間は短命。盆栽の植物は何百年も生き続ける

研究所の中に入ると、大小さまざま個性豊かな盆栽が出迎えてくれた。

私たちが訪れた11月下旬は、紅葉の時期とも重なり、小さい鉢の中に秋の情景が感じられるものもあった。「わあ!」と思わず声が漏れる。

「植物のみならず、日本の文化や歴史も好きで日本らしい仕事がしたかった。盆栽の造形が美しく、クリエイティブだなと魅せられたんです」

そう語る塩津さん。かつては、絵画やデザイン、建築などを学んだが「しっくりこない」と感じて進路を模索していた時期があった。自らを「飽き性だった」と振り返る。

しかし、盆栽に出逢い、大学を卒業してから盆栽職人のもとに弟子入りし、3年間の厳しい修行期間を経て、2010年に東京で独立した。それが、今も続く「塩津植物研究所」だ。

現在は奈良県橿原(かしはら)市を拠点に、妻とふたりの弟子と共に、植物に向き合い続ける。

ところで、そもそも盆栽とは何なのだろう? 塩津さんはこう教えてくれた。

「高価であるとか、形式がありそうというイメージから『盆栽って難しそう』と思われることがありますけど、盆栽の魅力のひとつは『道(どう)』がつかないところなんです。華道、茶道、柔道など、大衆に広めるために形式ができ、流派も生まれていくのが『道』です。でも、盆栽道とは言いませんよね」

「実は盆栽は、自由で余白が多いんです。もちろん 守らないと駄目な部分もありますが、樹種や鉢、樹形など、植物を育て楽しむうえで自分の感性で表現して良いところです」

樹齢20年の薮柑子(やぶこうじ)の盆栽

塩津植物研究所で力を入れているのは、盆栽にする前の状態である種木(たねぎ)の販売。種木だけで購入することができ、鉢を選んで盆栽に仕立ててもらうこともできる。

「盆栽はいいものほど、既に形が決まっていますし、管理の技術が必要になります。一方で種木は懐が広く、これから何にでもなれます。初心者の方でも、どんな人でも受け止めてくれるのが種木。自分の感覚で自分なりの盆栽をつくってほしいです」

盆栽の定義は何かと言えば、ふたつある。

ひとつは、「景色」があるか。感覚的な話だそうだが、鉢のなかに景色を表現できているかどうかだ。

樹齢15年の西洋鎌柄(せいようかまつか)。掛け軸の柄と合わせて風景を表現することも粋な愉しみ方のひとつ。

もうひとつは、「半永久的に持続可能か」。例えば、ひまわりなどの一年草は盆栽にならない。鉢はプラスチック製や木製では適さず、陶器が用いられる。樹種によるが、正しいお手入れをすれば、なんと100年、200年ともつのが特徴だ。

「盆栽ひとつが、何百年も生きます。徳川慶喜公など歴史上の人物が育てた盆栽が今もふつうに現存しているんですよ。誰かが引き継いできているということです。だから盆栽は一生ものとして持っておくことができます」

人間は短命だが、盆栽は何百年も生き続ける。まるで旅をするように、人から人へ引き継がれ、暮らしに溶け込みながら大切に育てられているのが盆栽なのだ。

だからこそ塩津植物研究所では、持ち主が育てられなくなった盆栽の引き取りもしている。

「故人が生前大切にしていたから、と言って持って来られる方も多いんです。それを引き取ることもありますし、『これは貴重なものだから持っておいた方がいいですよ』とお伝えすることもあります」と塩津さん。

研究所で引き取ったこの松の盆栽は、樹齢100年ほどと推測される。幹の一部が枯れて白くなった部分を舎利(シャリ)といい、あえて傷を入れ「生」と「死」を共存させることで自然を生き抜く生命力を表現している。

植物の時間軸に寄り添ってみる

そんな盆栽に、消費や使い捨てが当たり前になった現代人が学べることは多そうだ。

実際に、植物は都心に暮らす人たちが好んで購入する傾向がある。「自然に触れる機会が少なくて、疲れている方が多いからかもしれません」と塩津さんは言う。

「東京で盆栽のワークショップを毎月10年ほど開催していましたが、お忙しくされている方がよく参加してくださっていました。参加した方の中には『朝、盆栽にお水をあげるために5分早く起きるようになった。でも水やりは1分で終わるから、コーヒーを飲む時間ができた』と話してくださった方がいました」

植物の時間に一歩寄り添えるところも、盆栽の魅力だ。

「人間って、短命だから仕方ないんですけど、急ぎがちですよね。植物くらいの時間があるといいなと思います。植物が暮らす時間に人間が合わせることで、余裕が生まれたんですね」

植物は手がかかるからこそ愛着がわき、その時間をともにすることで、余白のない目の前の暮らしや働き方を見直すきっかけになっているようだ。

器の上で楽しめる日本の四季

日本で親しまれてきた盆栽に欠かせないのが、日本の植物だ。その良さとは何だろうか。

「四季があることですね。日本ってはっきり四季が分かれていて、植物によって季節を感じることができます。日本の植物が暮らしに入ることで季節を肌で感じられるのが、いいところですね。日本人は感性豊かで季節の感覚をとても大切にしてきたので、日常にそれを取り戻させてくれると思います」

では季節ごとにどう楽しめばいいかというと、「春の芽吹き、夏の深緑、秋の紅葉、冬の裸木(らぎ)」だという。

特徴的なのが、冬だ。枯れ木を指す裸木の盆栽を飾り、それを見て愉しむことが美しいとされる。

例えばこの木も、一見するとただの枯れ木のようだが、どのように鑑賞するというのだろう。

「裸木は、木の形を見て楽しみます。枝ぶりや曲線が、自分の感覚で見てどうか。好みかどうかでいいと思います。そこから樹皮の色、根元の形、鉢がどの時代のものかなどを見ていきます」

「冬に、誰かの家の玄関に裸木の盆栽があったら、心豊かな方だなと思いますよ」

「冬があってこその春なので、芽吹くことで生命力を感じられます。松などの常緑樹もありますけど、冬は裸木を愉しむのも粋なんです」

日本の盆栽は日本の植物なので、当然ながら四季の移り変わりの中でも生きられるように設計されている。

鉢や土をしっかりつくって管理すれば、雨や雪、夏の暑さや冬の寒さにも枯れにくい。そうした意味では「育てやすさ」も特徴だ。

四季を楽しむためにも、盆栽は基本的に庭やベランダなどの外に置き、外気をあてて育てる。

そして鑑賞する時に、室内に持ち込み飾る。

お客さんを迎えるとき玄関や床の間に飾れば、話をはずませるきっかけになる。盆栽は外や室内も豊かな空間に変えてくれる、そしておもてなしのツールでもあるのだ。

過去の時間を入れ、何手も先を読んで動く

そんな盆栽に、ルールらしきものがひとつある。それは「時間を入れる」こと。

「時間を入れる」とは、一体どういうことなのだろう。

「例えば、樹齢15年の木を盆栽として植えたいときは、鉢も15年前につくられた鉢を合わせるようにします。新しい鉢だと時間軸が合わず、見た目も合いません。これは僕のこだわりではなく、盆栽の職人たちはみんなそうしています」

「古いものは汚れるから『時間がつく』、新しいものは『あまり時間が入っていない』という考え方をします。こういう文化は、日本の盆栽ならではだと思います」

造形を整えるだけではなく、新しいものをただ増やすだけでもなく、「時間を入れて」いかないといい盆栽はできないのだ。

さらに盆栽の世界では、植物の過去を意識するのに加え、未来も見据える。

「自分が死んでも盆栽は残るので、未来も見ています。一番近い未来で3年後。種から発芽させて10cmくらいの苗木をつくるのに3年かかるので、すでにその準備は終えていて、3年後の予定が決まっています。何手も先を読んで動いているんです」

過去の時間を入れたり、未来を見据えて動いたり、盆栽の世界における時間軸は、私たちの想像をはるかに超えて長く存在している。

「盆栽の職人同士では、未来の時間軸で会話をしています。『欅(ケヤキ)の苗木がほしいんですけど』『もう仕掛けてるけど、息子が継いだ頃にできるから、10年後に買いに来てよ』と、自然にそんなやりとりが交わされます」

「自分が死んだ後のことや生きている間にできることも、もちろん考えます。仮に僕があと40年くらいの人生だと考えると、盆栽の世界でできることはあと少ししかない。できることが決まっていて、もうできないことのほうが多いです」

独特な時間軸だが、「今だけを見ない」、自分に「できないことがある」ことが大前提の幅のある感覚は、私たちの心を軽くしてくれることもあるのではないだろうか。

植物に水をあげる、愛おしい時間

形式がなく自由であること。四季の感覚を取り戻させてくれること、時間が入っていること――。懐深い盆栽の魅力を知るにつれ、「育ててみたい」という欲がわいてくる。

おすすめの盆栽をたずねた。

「落葉樹がおすすめです。変化もわかりますし、四季を感じられる。常緑樹よりも強くて育てやすいんです」

「特におすすめは楓。紅葉があり、生命力が強く、剪定など管理もしやすいです。サイズは小さすぎても大きすぎてもむずかしいので、鉢が両手の手のひらにおさまるくらいがいいですね」

両手におさまるくらいのサイズの鉢から始めるのがおすすめ

お手入れについては、水、土、陽の管理が基本になる。水やりは1日に1回(冬場は2〜3日に1回)ほど。1日数時間は、風通しがよく陽の当たる場所に置く。そして2〜3年に一度は植え替えて土の入れ替えをすることだ。

塩津さんが特に好きなのは、水やりの瞬間だという。

「水をあげているときが、一番心が溶ける瞬間です。真冬以外は1日1回水をあげるんですけど、そのときが一番盆栽と向き合えます。葉っぱに水がついて、木も生き生きとして、水をもらって喜んでいるでしょうし、水を通して盆栽と気持ちがつながる感じがします」

塩津さんは盆栽に出逢って10年以上が経った今、心から楽しそうに、そして愛おしそうに盆栽を語る。

「飽きないどころか、時間が足りない。今回は最後まで飽きることなく終われそうです(笑)。だから天職なのかなと思います」

盆栽を気軽に始め、肩肘張らずに遊びや余暇くらいの気持ちで楽しんでほしい、と語る塩津さん。自由な盆栽の世界を知り、植物と共に過ごしたら、きっと私たちの暮らしが少し変わるだろう。

写真:西田香織
編集:川崎絵美

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編集者 / ライター

編集者・ライター。2003年よりフリーランス。専門はローカル・ソーシャル分野と医療分野。雑誌『ソトコト』やwebメディア「Through Me」などで取材・執筆をしている。担当書籍は『ライク・ア・ローリング公務員』福野博昭、『コミュニティナース』矢田明子(ともに木楽舎)など。2017年、東京から奈良へ移住。毎年奈良県内で一般向けの編集講座「編集のきほん」も行っている。

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お茶どころ鹿児島で生まれ育つ。株式会社インプレス、ハフポスト日本版を経て独立後は、女性のヘルスケアメディア「ランドリーボックス」のほか、メディアの立ち上げや運営、編集、ライティング、コンテンツの企画/制作などを手がける。

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