お茶を淹れた後には茶葉が、タマネギを剥けば皮や芯が出る。個人の暮らしですらそうなのだから、食品メーカーの工場から日々大量の残渣(ざんさ)が出ることは仕方がない。
けれども、これからの時代も果たしてそのままでいいのか。
いま、この課題に着目して躍進するベンチャー企業がある。
ASTRA FOOD PLAN(アストラ・フード・プラン)は、過熱水蒸気技術を用いた食品乾燥装置を開発・販売するフードテックベンチャーだ。
代表取締役社長の加納千裕さんは、自社で開発した装置を前に「私たちはゴミを処理しているのではなく、新しい食品をつくっているんです」と語る。
植物の恵みを最大限に生かして、新たな食体験を作り出すーー。DIG THE TEAでは、サステナブルな取り組みや挑戦者にもフォーカスを当てていく。
特許出願中の独自技術を核に据え、新たな価値と仕組みを提案して、フードロス問題に一石を投じる加納さんに話を聞くために、埼玉県富士見市のラボを訪ねた。
(文:阿部花恵 写真:江藤海彦 編集:川崎絵美)
独自技術「加熱蒸煎」の強み
「国内の多くの大手食品・飲料メーカーの方が、こちらのラボにすでに足を運んでくださいました。皆さん、大きな課題意識を抱えていたんだなと驚きましたね。かくれフードロスがない食品会社は、世の中に存在しないんだとあらためて実感しています」
ASTRA FOOD PLANが開発した「過熱蒸煎(じょうせん)機」は、300〜500℃の高温スチーム(過熱水蒸気)によって食材を乾燥・殺菌するオリジナル装置だ。
「タマネギ、にんじん、キャベツなどの野菜類、きのこ類、果物、納豆まで、ありとあらゆる食材をこの装置で乾燥・殺菌することが可能です」
「ユニークな試みだと、香川県のオリーブ農園からの依頼で、オリーブの葉でお茶の焙煎テストをしたこともあります。従来の乾燥装置だとえぐみが出てうまく行かなかったそうですが、過熱蒸煎機だとえぐみが出ない、すごくおいしいオリーブ茶ができたんです」
原料の加熱時間は、わずか5〜10秒。熱風と併用することで高いスピード乾燥・殺菌技術を実現した。乾いた食材は、装置の出口からフレーク状になって出てくる。
「高温でも焦げないのは、細かいミストの中で加熱するためです。最初はこの過程を焙煎と呼んでいたのですが、焙煎だとコーヒー豆が焦げるようなイメージが連想されますよね? 酸化したり焦げたりするイメージのない焙煎を示す新しい言葉が必要で、装置を開発した専務の吉岡が『過熱蒸煎(じょうせん)』という造語をつくりました」
一気に乾燥させるため、食材の酸化は抑えられる。栄養価も損なわれず、風味も劣化しない。むしろ食材によっては栄養価と旨味が増すのもメリットだ。
フリーズドライ製法とも似ているように思えるが、水分を含んだ原料を凍らせてから乾燥させるフリーズドライは、乾燥時間が丸一日かかる。
対して、ボイラーレスの過熱蒸煎機は、熱風と併用することでエネルギー効率が極めて高い乾燥・殺菌技術を実現しているため、短時間で大量の原料をしっかり殺菌までできる。そのため、フリーズドライ製法よりも格段に時間とコストを抑えられて生産効率も高い。
「最小モデルであればおよそ1時間で50キロ、食材によっては1日稼働すれば300キロほどの端材をパウダー化できます。現在までに5種類の大きさの機種を開発していますが、最大モデルは1日7時間の稼働で約3.5トンの原料を乾燥殺菌することができます」
そのポテンシャルにいち早く目を付けたのが、大手外食チェーンの𠮷野家ホールディングスだった。
𠮷野家の牛丼に欠かせないタマネギは、皮や芯などの端材が毎日大量に出る。過熱蒸煎機を使ってタマネギの端材をフレーク状にし、それを練り込んだオニオンブレッドをベーカリーチェーン「ポンパドウル」と開発・販売。業界を超えた企業の連携は話題を呼んだ。
現在も、さまざまな企業が連日のようにラボを訪れ、自社の「端材」を持ち込んでアップサイクル実証テストを進めている。
父と娘の道が合流するまで
「最初は、『いい機械ができたから買ってもらおう』だけだったんです」
加納さんは、2020年の創業当時を振り返ってそう語る。
幼い頃から、食には人一倍興味があった。
「父がセブン-イレブンの商品開発部に勤めていたので、よく試作品を自宅に持ち帰っては私と母に食べさせてくれたんです。おでんの開発のために大根農家さんといろいろ相談した話はすごく面白くて、今でも印象に残っています」
「母は栄養士で、私を産む前は父と同じ職場で秘書をしていました。だから、家庭で食の話題が頻繁に出ることが当たり前の環境でしたね」
食に関わる仕事に就きたいとの思いから、女子栄養大学を卒業後は食品関連会社で経験を積んだ。父と娘のタイミングが偶然重なったのは、加納さんが20代前半のとき。
「予定していた結婚が取りやめになって、でも会社は退職してしまって。挫折を味わっていたときに、父がセブン-イレブンを退職して過熱水蒸気オーブンで果物のピューレを製造する会社を立ち上げたんです。そこに雇ってもらって一緒に働くことになりました」
父と娘から、社長と社員に。加納さんの担当業務は法人営業だったが、経営者としての父の情熱や葛藤を間近に見たことが、のちのASTRA FOOD PLAN設立の萌芽となった。
「今はずいぶん丸くなりましたが、当時の父は開発者としてのこだわりがすごく強かったんですね。それを見ているうちに、『私だったらこうするのに』という思いが少しずつ湧いてきたように思います」
その後、加納さんは紆余曲折を経て父の会社を退職。老舗の和菓子メーカー、榮太樓總本鋪(えいたろうそうほんぽ)で新ブランドの立ち上げや商品企画に取り組み、別企業で宅配弁当の開発も経験した。
再び父娘の道が合流したのは2017年。
父が業務用過熱水蒸気オーブンの研究開発企業を新たに立ち上げ、そこに加納さんが法人営業担当として入社したのだ。
幼い頃、父が開発した過熱水蒸気オーブンでつくってくれたにんじんピューレの鮮烈なおいしさ。その記憶も、「もう一度父と食の事業を一緒にやりたい」という気持ちを後押しした。
だが、コロナ禍により事業がほぼ頓挫。引退を余儀なくされた父を見て、それでも再度夢の実現に向けて頑張ってほしいと思った加納さんは、当時の上司で現専務の吉岡と新たな技術をもとにした新会社の設立を計画した。
当初は父が代表を努めるつもりで準備してきたが、設立直前に父に「新しい会社では社長をやってほしい」と打診された。
加納さんはその場で「やります」と即答。
食品の製造・販売、商品開発、ブランディング、法人営業まで、それまで積み重ねてきたすべての経験が、ASTRA FOOD PLANに結実した瞬間だった。
入口と出口の両方が必要
最初の1年は手探り状態だったビジネススキームも、徐々に方向性が見えてきた。
「当初は装置販売事業で展開していく予定でしたが、それだけではビジネスとしての見込みが薄い。それならば装置の水蒸気を使って食材を加工し、できたパウダーで何かできるんじゃないかと考えたんです」
「父が前の会社でつくった過熱水蒸気のピューレは本当においしかったけれども、ピューレという形状は使い勝手に制限が多い。それならば乾燥させてパウダー状にしたほうがいい。食材であれば何でも乾燥できる装置を作って、さらにパウダーをどう製品化するかも提案してみようと考えました」
「つまりは入口と出口、両方をやらないといけないんだな、ということが、取引先の皆さんのニーズや反応から徐々にわかってきました」
時流を読みつつ、社長としてどうすれば「刺さる」かも考え抜いた。
「何でも乾燥できる機械ですと売り出すよりも、SDGsの課題を解決できる機械です、と人々の共感を得られるようなアピールをするほうが、担当者には明らかに刺さるんですね」
今の時代は、サプライチェーン全体で見たときに、その企業が地球環境にどのようなよい効果をもたらしているのかも重視される。
食べ残しや期限切れで捨てられるフードロスも解決すべき課題だが、食品工場から出る野菜の端材が年間約2000トンにも上っていることはあまり知られていなかった。
「お金をかけて廃棄処分にするか、それとも堆肥にするか。今までの選択肢はほぼこの二択しかありませんでした。けれども、パウダー化して新製品に生まれ変わらせ、販売すれば、新たな売上に繋がる。そこに大きな魅力を感じてくださる方々が多いようです」
端材や残渣(ざんさ)と言っても食べられるものが多い。毎日大量に廃棄されていることを知られていないことから、これを「かくれフードロス」と名付けて課題を可視化し、新たな食材に生まれ変わらせて価値を見出したところに、ASTRA FOOD PLANの新規性がある。
「もったいない」だけでは企業も人も動かない。「おいしい」とさらにプラスαの価値を提示しなければ、サステナブルな未来へは繋がっていかないのだ。
ここからが社会実装への本番
ところで、ASTRA FOOD PLANという社名にはどんな思いが込められているのだろう。
「ASTRA(アストラ)は、ラテン語で星や天体を意味します。健康によくてフードロスもなくす、スーパーフードを超えたすごい食品を作ろうという思いから、アストラ・フードという名称に。さらに、製造だけではなく、仕組みを作る会社でありたいという願いを込めてプランを組み合わせて社名にしました」
食品残渣(ざんさ)ではなく、かくれフードロス。焙煎ではなく過熱蒸煎。スーパーフードよりもすごい可能性を秘めているから、アストラフード。
新しい言葉は、新たな息吹をもたらす。今の時代の価値観を織り込んだ造語を次々と作り出してしまう、加納さんの卓越したビジネスセンスにもあらためて驚かされる。
最後に今後の展開について尋ねると、加納さんはたくさんのプランを語ってくれた。
「まずは生産者に近い『かくれフードロス』の課題解決をJAグループと協同で解決するモデルを確立していくこと。地元埼玉の学校給食レシピ開発から、町のパン屋さんでの商品開発まで、社会実装に向けた産官学のプロジェクトや、さまざまな実験事業をこれから始めていきます」
「お茶やコーヒーなどの飲料工場で大量に出る飲料残渣の出口も見つけていきたいですね。紙パルプに練り込んで紙皿を作ってみたら? ビールの搾りかすは低糖質なので小麦粉の代わりの新しい粉製品になるかもしれない。消臭効果のある茶葉やコーヒーかすは消臭剤やプラスチックに練り込んでゴミ袋に応用できないかなど、他にもオープンイノベーションでいろいろ実験をしていく予定です」
ビジョンは天高く掲げ、地上ではしっかりとアクセルを踏み込む。
社会実装に向けて本格的に動き出したASTRA FOOD PLANの数々の仕込みが、5年後、10年後、どのように成長していくかが今から楽しみだ。
お茶どころ鹿児島で生まれ育つ。株式会社インプレス、ハフポスト日本版を経て独立後は、女性のヘルスケアメディア「ランドリーボックス」のほか、メディアの立ち上げや運営、編集、ライティング、コンテンツの企画/制作などを手がける。
ひとの手からものが生まれる過程と現場、ゆっくり変化する風景を静かに座って眺めていたいカメラマン。 野外で湯を沸かしてお茶をいれる ソトお茶部員 福岡育ち、学生時代は沖縄で哺乳類の生態学を専攻