連載

世界の一流バイヤーも魅了。農福連携のハーブ農園「ペザン」のハーブティーが美味しいわけ

坪根育美

ミントやカモミール、ローズマリーをはじめ、さまざまな香りを楽しめるハーブ。

ハーブと人との歴史は古く、紀元前3000年頃にはインドや中国で薬として使われていた。ハーブには明確な定義はなく、「香りがあって、食べられる人間にとって有用な植物」とされているが、野菜や果実と同じように環境や作り手によって味や香りが変わる。

「ペザンのハーブは、格別においしい」

国内のハーブ農園のなかでも、食のプロたちがそんなふうに口を揃えて評価するのが、石川県河北郡にある『ハーブ農園ペザン』だ。

ラベンダーとイエルバブエーナ、マロウをブレンドしたハーブティ「リフレッシュ」

ペザンでは、無農薬、無肥料で育てたハーブをフリーズドライにし、ハーブティーを中心にしたオリジナル商品を展開するほか、ハーブを使った企業や個人のOEM事業も手掛ける。

これまでにイタリアの高級ブランド「ブルガリ」のバレンタインチョコレートの原料や、結婚式場「八芳園」のレストランで提供するハーブティーなどに選ばれており、今さまざまな業界で一目置かれている。

もうひとつ、ペザンを語るうえでかかせないのが、「農福連携」だ。

これは、担い手の高齢化と減少が進む農家と、障害者や高齢者の働く場と生きがいを求める福祉分野をつなげ、両者が抱える課題解決を目指す取り組みを指す。

日本では2010年代から使われ始めた言葉だが、ヨーロッパでは近しいものとして「ケアファーム」「ソーシャルファーミング」が挙げられ、広く普及している。

ペザンが育てるハーブはなぜおいしいのか。農福連携によって、どんな新たな可能性が生まれるのだろうか。

「僕らのハーブの特徴は、圧倒的な香りの良さと美しさです。さらに掘り下げると、“ペザン感”はハーブティーを飲んだときに感じる心地よさだと言えます」。そう語る運営会社『ポタジェ』代表・澤邉友彦さんに話を聞いた。

(取材・文:坪根育美 写真:川しまゆうこ 編集:川崎絵美)

笑顔があふれる農福連携のハーブ農園

金沢駅から車で約30分。れんこん畑が続く河北潟(かほくがた)干拓地をしばらく走ると、銀色の曲線の屋根がひときわ目立つペザンに着いた。

この建物はペザンのショップ兼カフェで、奥の扉を抜けると約3ヘクタールあるハーブ農園が広がっている。農園の周りには遮るものはなにもなく、強い日差しのもとでさまざまなハーブが時折吹く風にゆらめいていた。

農園の手前にある屋根付きの作業場では、立ち上るハーブの香りのもと数人がもくもくと手を動かしている。

「今、彼らには僕らが今朝摘んだホーリーバジルを茎と葉に分ける仕分け作業をやってもらっています。あちらの青いタオルを首をかけている塩谷さんは、卓球の全国大会に出るんですよ!」

そう紹介してくれた澤邉さんの明るい声に反応して、塩谷さんは即座に見事な卓球の素振りを見せてくれた。

その陽気な姿に、澤邉さんも、我々も自然と笑顔になり、一気に場の空気が和んでいくのを感じたーー。

バックパッカーの旅で衝撃を受けた“格差”が原点

澤邉さんが、農福連携の形でペザンを運営することになった原点は、大学生の頃まで遡る。

当時、愛知県の大学に通っていた澤邉さんは、国内や海外をバックパッカーで旅していた。20歳になる頃に訪れたタイとカンボジアで、物乞いをして必死に金銭を求める子どもたちと出会い、初めて貧困というものに直面する。

「学生の身で自由に旅をしている自分との格差に衝撃を受けたんですよね。そのことがずっと心に強く残り、何か社会課題の解決につながることをしたいと思うようになりました」

その後、ヒッチハイクをしながら国内を旅していたときに出会ったドライバーに、自分が抱く思いを伝えると、思わぬ言葉が返ってきた。

「農業がいいんじゃない? 世界中でできるし、雇用もしやすいから」

「確かにそうだな、と思いました。さらに僕はずっと野球でキャッチャーをしていたこともあって、体力には自信がある。それで農業の道に進むと決め、大学を卒業してから農家さんに会いに行きました」

たまたま門を叩いたのが、愛知県で自然栽培や有機農法をしている農家だった。栽培方法にこだわりはなかった澤邉さんだが、その農家で働かせてもらったことで、さまざまな自然環境の問題も知ったという。

そんな中、2014年、澤邉さんは家の事情もあり故郷の石川県に戻ることに。Uターン後に縁あって出会ったのが、前オーナーの跡継ぎを探していた『ペザン』だった。

その頃からペザンは農福連携に取り組み始めていた。

「農福連携といっても、当時は見学や体験がメインだったんですが、障害がある人たちが喜んでいる姿を見て、農業を彼らの職にしたいと思ったんです。それでハーブ園の経営を引き継ぎ、農福連携も本格的にやっていこうと決めました。失敗したら失敗したでいいやって」

2017年、澤邉さんはペザンの運営会社となる『ポタジェ』を設立。

こうしてペザンは、“無農薬、無肥料で育てる農福連携のハーブ農園”として新たなスタートを切った。

農福連携がアイデアを生んだ「フリーズドライ」

屋外の作業場からカフェに移り、期待に胸を膨らませながらペザンのハーブティーを飲んでみた。

いただいたのは、カモミール、レモンバーベナ、レモングラスがミックスされた「リラックス」という名のブレンドティー。

一口飲むと、カモミールの甘い香りのあと、レモングラス、レモンバーベナの爽やかな香りがすぐに追いかけてくる。それらが絶妙に混じり合い、ふくよかに鼻孔で広がっていくのがわかる。飲み口はすっきりしていて、雑味はまったくない。

まさに“飲む癒やし”だ。

ペザンのハーブは無肥料、無農薬の自然栽培で育てられている。

「地植えにしたハーブは、とくに水やりはせず自然の雨で育てています。味に大きく関係していると思うのは、ハーブティーで使うハーブは種類によって雑味が出る茎を入れないようにしていること。そして、収穫して仕分けしたその日のうちにフリーズドライする。そこにはこだわっています」

一般的なカモミールティーは、花の根元部分の茎が入っているものが多いが、ペザンでは花を手摘みし、茎は一切入れていない。ペザンのハーブが、色鮮やかで香り高く、おいしいとされる理由のひとつ。そして、このフリーズドライも農福連携を考慮した結果だという。

「農園の現場は、利用者である彼らが主役です。彼らができることを考えた結果、フリーズドライで加工することにしました。フレッシュハーブの場合は、虫食いのありなしや、きれいなものとそうでないものに分けますが、その基準がわからない人もいますから」

「きれいかどうかを判断するのは、主観の部分が大きいですからね。でもフリーズドライにしてしまえば、虫食いのあり・なしに関わらず商品になります」

利用者に合わせた仕事を考えぬいた先に見つけた、フリーズドライのハーブティー。農福連携と向き合うことによって生まれたアイデアが、ペザンのハーブのおいしさを支えていた。

障害の特性や性格に寄り添い、一人ひとりに合った仕事を

ペザンの農福連携は、「就労継続支援B型」事業所の利用者が担当者同伴のもと訪れ、働くというスタイル。就労継続支援B型とは、一般企業への就職に対する不安があったり、就職自体が困難だったりする障害のある人を対象に就労支援を行う事業所を指す。

澤邉さんによると、ペザンでは、月曜から土曜まで毎日受け入れているという。

「農園には一日に10人程度の利用者さんが訪れます。一般的な米農家さんだったら、田植えか稲刈りの忙しい時期しか働けないケースもありますが、それだと通年の仕事を覚えられません。だから僕らは、本人が望めばできるかぎり毎日受け入れをしたいと思っています」

利用者の障害は、精神的なものから身体的なものまでさまざま。澤邉さんらは、様子を見て声をかけながら、それぞれの特性と一人ひとりの性格に合わせた作業の振り分けをしている。

2022年からは新たにポタジェの連携福祉事業所として就労継続支援B型事業所『トロワ』を設立。利用者の仕事場のひとつに加わった。ここはハーブティーの計量やブレンド、パッケージングなど、屋内の作業がメインになるため、屋外の環境や、農園での作業が苦手な人がいても受け入れられるようになった。

ブレンダーがブレンドした配合比率に合わせて、ティーバッグに入れるハーブを量る。0.数グラムを見ながらの細かい作業で、集中力を要する
私たちが訪れた日は、某高級ホテルで提供されるハーブティをパッキングしていた

「まずは農園を体験してもらって様子を見ます。農園での作業がしんどそうだったり、細かい作業の方が向いている場合は、トロワでの作業をお願いしています。ただ、屋外と屋内の作業を半分ずつにするのが合っている方もいますし、時期や季節によって波もあります。彼らの特性やペースを理解して、働き方を合わせるようにしています」

ペザンで働く中で、びっくりするほど変わっていく利用者も少なくないという。

「ほかに受け入れる事業者がないほど精神的に荒れていた人が、ペザンで働いてもらっていい方向に変わっていった事例はたくさんあります。週に1回しか働けなかった人が週5回になったり、減薬できたり。それは自然の恵みが豊かな農園がもたらす力だと、僕は感じています」

忙しい収穫時期を救う、彼らの“平常心”

前オーナーから引き継いでから6年が経ったペザン。引き継いだとはいえ、売り先もないところからハーブ農園を始めたため、何とか黒字化できるまでは4年ほどの年月がかかったという。

ハーブの美味しさが評判を呼び、取引先にも恵まれ、売上も安定してきた今、澤邉さんは農福連携のよさをあらためて実感している。

「例えば、収穫の時期に忙しくて余裕がないとき、一番に救ってくれるのは彼らなんです。どんなに忙しくても、彼らはいつもと変わらず接してくれるから『まあ無理だったら仕方ない。できるところまで頑張ろう』と冷静になれる。彼らが平常心をキープしてくれます」

「『利用者に育てられた』と思っているスタッフが多い農家は、農福連携でうまくいっているところだと思います。僕らももちろんそう。彼らと関わることが幸福度につながると実感しているので、それを証明するためのデータを取りたいと思っているんです」

からっとした笑顔でそう話す澤邉さん。さらに自信をもってこう続けた。

「彼らと一緒に働いていると、何かを作り上げている充実感がめちゃくちゃ生まれます。今日も楽しかったな、仕事ってこれだよねと、いつも思わせてくれるんです」

新たに掲げた「心地よさの追求」

私たちが訪ねる2週間ほど前、ペザンではスタッフが集まり、ある会議が行われたのだという。

議題は「ペザンとは?」という根幹に関わるものだ。

「設立してからこれまでハーブティーに絞って商品を展開してきましたが、『ハーブティー専門店』になってしまうと、農福連携をしている意味とうまくつながらない。『僕らって何屋だろう』とあらためて見つめ直しました」

「ペザンのハーブティーが人にどんな影響を与えているのか」

「ハーブティーを通じて何を提供しているのか」

そんな問いについてスタッフ全員で話し合った結果、ひとつの言葉が導き出された。

「それは、『心地よさの追求』です」

「僕らのハーブの特徴は、圧倒的な香りの良さや美しさだと思いますが、さらに掘り下げるとハーブティーを飲んで味わう心地よさこそが、“ペザン感”であると気づきました。幸福感、満足感だけでは表現しきれない感覚を“心地よさ”という言葉に託したんです」

「何より、利用者である彼らが働きやすく、ノンストレスでいる環境を提供することも心地よさという部分につながります。そうした総合的な意味で、『心地よさの追求』を新たな理念にすることに決めました」

取材中、終始はつらつとした笑顔で話してくれた澤邉さん。無農薬・無肥料のハーブも、利用者も、澤邉さんも、すべてが“自然”であり、無理をしていない。

だからこそ、他者に“心地よさ”を与えることができるのかもしれない。ペザンの取り組みには、本当にサステナブルなビジネスのヒントが詰まっているのではないだろうか。

ペザンの価値観は、進化をしながらこれからも多くの人のもとに届けられ、広がっていくのだろう。

DIG THE TEAでは、ハーブ農園ペザンとの実験企画を進めている。

再び訪れた、ペザンの第二栽培所がある石川県・白山の畑には、澤邉さんが「ペザンミント」と呼ぶ混雑種のハーブが揺れていた。葉が肉厚で、パワフルなミントの香りが印象的だった。

これから一緒に実験を進められるのが楽しみだ。追ってレポートしたい。

石川県の白山市。この地で新たな実験が始まる


取材協力:ハーブ農園ペザン

Follow us!  → Instagram / Twitter

Author
編集者/ライター/ディレクター

東京都在住。Webメディア『MYLOHAS』、『greenz.jp』、雑誌『ソトコト』などの編集部を経て2019年に独立。持続可能なものづくり、まちづくり、働き方をテーマに雑誌、Webメディア、書籍をはじめとする媒体や企業サイトなどで編集と執筆を行う。また「ともに生きる、道具と日用品」をコンセプトにしたオンラインショップ『いちじつ』のディレクター兼バイヤーを務める。

Editor
編集者

お茶どころ鹿児島で生まれ育つ。株式会社インプレス、ハフポスト日本版を経て独立後は、女性のヘルスケアメディア「ランドリーボックス」のほか、メディアの立ち上げや運営、編集、ライティング、コンテンツの企画/制作などを手がける。

Photographer
フォトグラファー

若いころは旅の写真家を目指していた。取材撮影の出会いから農業と育む人々に惹かれ、畑を借り、ゆるく自然栽培に取り組みつつ、茨城と宮崎の田んぼへ通っている。自然の生命力、ものづくり、人の暮らしを撮ることがライフワーク。