今、世界中で「お酒を飲まない」ライフスタイルを選ぶ人が増えている。
「断酒する・しない」の2択ではなく、シチュエーションを選んで時々飲む人、飲む量を意図的に減らす人、一時的にお酒を断つ人……。お酒を飲む機会が増えるクリスマス休暇や夏休みなどの長期休暇の後にお酒を断つ、「ドライ・ジャニュアリー(Dry January)」や「ソバー・セプテンバー(Sober September)」というグローバルキャンペーンも、SNSを中心に大きな広がりを見せている。
そんな世界的なムーブメントを牽引したのは、「ソバーキュリアス(Sober Curious=飲まないことに興味を持つ)」という新しい概念だった。
USの調査では、程度の差はあれアメリカ人消費者の約4割が、「ソバーキュリアスなライフスタイルを実践している」と回答。世界中でソバーキュリアスな人が増えるにつれ、堂々と「飲まない選択」ができる場所や機会が増え、新たなコミュニティやマーケットとしても注目が高まっている。
そんなソバーキュリアスという言葉の生みの親であるイギリス出身の作家でジャーナリストのルビー・ウォーリントンさんは、かつては週4、5回ペースでお酒を飲み、週末はバーやクラブでナイトライフを楽しみ、公私を通してお酒とは切っても切れない関係だった。
ジャーナリストの彼女にとって、社交場は人と出会うための大切な居場所であり、パーティーやレセプションなどでは、お酒を片手に多くの人と交流してきた。
「シラフで社交の場にいること」に恐怖すら感じていた彼女が、なぜソバーキュリアスという新しい視点にたどり着いたのだろう。そもそもソバーキュリアスとは何を意味するのか。
ソバーキュリアスという彼女のジャーニーには、一体どんなことが待ち受けていたのか。
日本初のルビーさんへの単独インタビューで、DIG THE TEAチームが話を聞いた。
(取材・文:マルコ ルイ 写真:和美希 編集協力:笹川ねこ 編集:水嶋なつこ)
アルコールと自分との関係を再考してみる
“It is about being curious, open-minded, and honest with yourself.”
「それは好奇心を持つこと、オープンマインドであり、自分自身に正直であることです」
ーーまずはじめに、”ソバーキュリアス”とは、そもそもどんな意味なのでしょうか?
ソバーキュリアスであることは、とてもシンプルです。アルコールとの関係について好奇心を持つこと、その許可を自分自身に与えることです。
なぜお酒を飲むのか?
どのような状況でなら飲むのか?
飲むことであなたはどのように感じるのか?
周りの人はあなたが飲むことに何を期待しているのか?
これらの問いは、一人ひとりが異なる答えを持っている、とても個人的なものです。
それ自体に意味があるわけではない。そこにゴールがあるわけでも、何かの結論にたどり着くわけでもない。ただ、将来の飲酒についてあなたなりのベストな決断をするために必要な情報を得る、それだけなんです。
誰かにとっては、ソバーキュリアスになることで「全くお酒を飲まない」という道に至るかもしれないし、別の誰かにとっては飲酒を減らすことになるかもしれない。それがどんな決断であっても、正しいわけでも間違っているわけでもない。こうでないといけないというものもない。
それは本当に、ただ好奇心を持ってオープンマインドでいること、自分自身に正直であることなんです。
いわゆる「アルコール依存症」かそうでないか、という二元的な見方でしかこれまで語られてこなかった問題に対して、私はソバーキュリアス(飲まないことに興味を持つ)という言葉を使い始め、このような新しいアプローチを普及させてきました。
ーーその着想はどこからきたのでしょうか? なぜソバーキュリアスを実践しようと思ったんですか?
私自身、いわゆるソーシャルドリンカーとしてお酒を飲む生活を送る中で、自分の飲酒に疑問を抱き続けていました。
もしかして自分はアルコール依存症なのかと疑って、依存症の人たちの集まりにも参加してみましたが、自分の経験は周りの誰とも違っていた。そこで、お酒と自分の関係を見つめ直してみようと思ったんです。
自分はなぜお酒を飲むのか? 飲むことに何を期待しているのか? 私がそこから得たいものは一体なんなのか……。そういうことに好奇心を持って向き合うことをソバーキュリアスと名付けて、8〜9年間ほど実験的に取り組んできました。
2015年に、そんなアルコールに対する複雑な気持ちについて、私は初めてオープンに語り始めました。すると、多くの人が私と同じように感じていることに気づいたんです。お酒を飲むことに問題を感じているけど依存症なわけでもない。そのモヤモヤについて話せずにいた人が実はたくさんいたんですね。
そこで、私はソバーキュリアスをテーマにしたイベントや集まりを開催し、オープンに議論できる場を作りました。そして、2017年、ソバーキュリアスがウェルネストレンドのひとつとして認知されるようになった頃に、自分自身の経験から学んだことを本にまとめました。
ーーソバーキュリアスを実践するために、乗り越えなければいけないハードルにはどんなものがありますか?
本の中で、アルコールに対して完全に中立的な関係を維持するということは、少しだけ中毒になることよりも難しいという考えについて語っています。
私はこの理論を3つの要因に基づいて考えました。
まずは生物学的な要因。人間は、痛みを和らげる、もしくは喜びをもたらす行動を繰り返すようにプログラムされています。いわゆる脳のドーパミン反応は、それに向かって行動するように促します。アルコールは、非常に表面的なレベルでそのドーパミン反応を引き起こします。
次に、アルコールは社会の至るところで大々的にマーケティングされている現実があります。アルコールは極度に社会に受け入れられ、さまざまな場所で利用可能であり、成功した大人の人生には欠かせない要素として積極的にマーケティングされています。酒は魅力的で楽しいものとして宣伝され、飲まない人は退屈だと見なされます。テレビや映画などの文化的表現にも多用され、アルコールは常に社会に存在する妙薬になっているんです。
3つ目は、アルコールが地球上で最も中毒性の高い5つの物質のひとつである、という事実です。アルコールは、ヘロインなどと同じカテゴリーに属している物質ですが、アルコールは合法であり、社会的にも受け入れられているため、一般的にはそれらとは異なるものとみなされています。
しかし、実は生理学的には同じくらいの中毒性があり、もし毎日アルコールを必要とするくらいの身体的依存に陥った場合、禁断症状で死ぬ可能性がある物質のひとつです。二日酔い、寝つきが悪い、気分が悪いなど、飲酒に関するごく軽そうな問題を抱えている時、大した影響ではないように感じるかもしれませんが、実際にはアルコールがいかに強力かを示す手がかりになります。
公的な教育と“社会的教育”の間に生じる大きな矛盾
“Drinking is almost like a rite of passage into adulthood. Nobody ever asks why.”
「飲酒はほぼ成人になるための通過儀礼のようなものです。誰もなぜかを尋ねることすらしません」
ーーアルコールに関する教育が不十分という要因もあるのでしょうか?
イギリスで育った私は、「18歳になるまでお酒を飲めない」という法律の教育しか受けませんでした。そこには飲酒には何らかの危険が伴うという暗示がありますが、実際には、みんな18歳かそれより前から飲み始めていました。つまりそれは、“そこまで深刻ではない”という明確なメッセージになります。
アメリカでは、学校でアルコール教育を受けたことがある人と話したことがありますが、警察官が学校に来て講義をするんですね。もしお酒を飲みすぎると、車の事故に巻き込まれたり、刑務所に入ることになるなど恐怖を煽るような話を聞かされます。しかし、周りを見渡すと大人たちはいつも飲んでるんです。
一方では「お酒は悪いものだからあまり飲んではいけない」という人々を不安に陥れるような公的な教育があり、他方では、「お酒がないパーティーなんてパーティーじゃない」、「悲しいとき、幸せなとき、休日にはお酒が必要」などと言われる社会的な刷り込みがあります。
これらは非常に混乱する矛盾したメッセージです。
そのため、ソバーキュリアスのアプローチの第一段階は「ファクト」を集めることです。アルコールという物質や飲酒文化について、自分自身を正しく教育して、その後に、自分はどのようにアルコールを利用したいかを考えていきます。
ーー アルコールが社会的に受け入れられているのと同時に、社会には飲酒に対する期待やプレッシャーもあると思いますが、その辺はいかがでしょうか?
飲酒は、ほぼ成人への通過儀礼のようなものです。飲酒への期待はいたる所に存在していて、ある程度の年齢になれば誰もがお酒を飲み、誰も「なんで飲むんだろう?」と問いかけることさえしません。
そしてその時期は、私たちが一人で大人の世界に飛び出し、あれこれ思い悩み始める思春期と重なります。
大人の世界のルールとは何か? 大人になるとはどういうことなのか? 恋愛や浮気、デート、人脈を広げるとはどういうことか? 親からの指導なしに大人の世界に出るとはどういうものなのか? 大人として自分はどうあるべきなのか? これらは恐ろしいほどに深い問いであり、たくさんの不安に苛まれます。そこへお酒が登場するんです。
社会的な不安を抱えている最中に、すべての不安を和らげてくれる魅惑的な物質がすぐに利用できるという状況が相まって、私たちは社交的な場面でアルコールを使い始めるように誘われます。
ーー その場合、アルコールそのものではなく、それを飲むことで不安を和らげる効果を欲しているということですね。
アルコールには、身体的および感情的に麻酔のような作用があります。以前は手術で麻酔として使用されていた物質ですね。他人とどう関わったらよいのか? 自分は一体何者なのか? 他人にどう見られているのか? そういった誰もが抱えている社会的不安を麻痺させることができるんです。
適度なアルコールの摂取は有益であることを示すエビデンスもあります。多くの人がそれはストレス軽減作用によるものだと認識していると思いますが、実際はアルコールそのものが健康に良いわけではなく、ストレスが軽減されることが良いわけです。
そう考えると、「お酒自体の代わりではなく、ストレスを軽減する他の方法を探す」という別の問いにもつながってきますね。仕事の後にリラックスする、緊張を解きほぐす、人と過ごす時間をより快適に過ごすための方法……。そうすればアルコールの有毒な副作用なしにストレスに対処することができます。
ーー 2018年に著書(邦題『飲まない生き方 ソバーキュリアス』)が刊行された後、私たちは世界的なパンデミックも経験しました。新型コロナのパンデミックはソバーキュリアスのムーブメントにどのような影響を与えましたか?
パンデミックは、人々の飲酒習慣に光を当てたと思います。自分はソーシャルドリンカーだと言っていたかもしれない人々が、パンデミックの間、退屈やストレスをなんとかやり過ごすために、より多くのお酒を飲んでいたことに気づきました。彼らは、実は自分で思っていた以上にアルコールが人生の大部分を占めていることを理解したのです。
パンデミックから抜け出すと、人々は自分の飲酒について、より意識的になり、死についても意識が向くようになりました。また、メンタルヘルスに関して話すことも一般的になりました。
5、6年前と比べて、人々は不安やうつ病について話したり、助けを求めることにずっとオープンになっています。それまでは、多くのメンタルヘルスの問題に対して、アルコールがデフォルトの絆創膏になっていました。
最初の一歩は 「ソバーファースト」から
“Put yourself in those situations without alcohol, feel the fear and embrace it.”
「アルコールなしの状況に自分を置き、恐怖を感じて、それを受け入れる」
ーーそれでは、どうやって“飲まないこと”の不安の原因に対処すればよいのでしょうか?
たしかに、これは私たちのライフスタイルの問題です。過剰にアドレナリンが駆け巡っている持続不可能なライフスタイルを、薬で治療するかのようにアルコールに頼っていないかどうかという問いですね。
また、全体的な不安を減らすために、お酒の他にどんな試みを生活に取り入れられるだろうかという問いにもなります。ヨガや瞑想、自然のなかで過ごす時間を増やしたり、スケジュールをうまく区切ったり……。
一度アルコールを取り除いてみると、私たちの人生に必要な、より幅広い変化に光が当たるかもしれません。
ーー 「飲まなければならない」と思っている人が、そのサイクルから抜け出すにはどうすればいいですか?
私が持っている唯一のアドバイスは、自分の「ソバーファースト(Sober Firsts)」(通常はお酒を飲むはずの状況を初めてアルコールなしで経験すること)を受け入れることです。
お酒を飲まずに社交場などの状況に身を置き、その恐怖を感じて、受け入れてみる。そうすると多くの人は、実際にはアルコールなしでも、彼らが考えていたよりもずっと自信が持てて、より快適であることに気づくんです。
また、時にはソバーキュリアスな友人を連れて行くのも良いですね。そうすれば、自分だけがお酒を飲まない唯一の人ではなくなりますから。私たちの多くは、周りに溶け込むためにお酒を飲んでいます。飲まない変なヤツにはなりたくない。だから、飲まないチームの一員がもう一人いると本当に助かりますね。
ソバーファーストをやり通した翌朝、クリアな頭で目覚める朝は最高です。アルコールを必要としないことを自分に証明できた、そこから得られた自信に満ちているんです。
ーー それはいいですね。一度「ソバーファースト」を経験すると、アルコールがある時とない時でどれほど違うかを比較することができます。私も以前はたくさんお酒を飲んでいましたが、ランナーなので今はほとんど飲まなくなりました。最近は、お酒を飲んでいる人々に囲まれていると、会話が繰り返しになっていたり、つまらなかったりすることもあり、それが飲まない選択をより強固なものにしてくれます。
まったくその通りです。お酒なしで社交するのに慣れていくにつれて、アルコールを使った時、実際には自分が混乱していて、雄弁ではなくなることに気づきました。アルコールを使わない時の方が、はるかに自信があって、明瞭に話せて、しっかり会話に参加できているんですね。
あなたも気づいたように、お酒を飲んでいる人たちと一緒にいると、夜が更けるにつれて会話の質がだんだん低下していくのを私も感じました。
私が記憶している深夜に繰り広げた素晴らしい会話の大半は、おそらく大したことがなかったのだと気づかされたんです。翌日、何を話したか思い出せないということは、実際には何も重要なことは話していなかったということなんですよね。
アルコールのないシンプルで静かな1日
“My life is very quiet. and I like it that way.”
私の人生はとても穏やかで、私はそれが好きなんです。
ーー今では全くお酒を飲まないようになったそうですが、今のルビーさんのお気に入りのドリンクは?
私は昔からずっとビールが大好きなので、今の世の中にはとても美味しいノンアルコールビールがたくさんあるのがありがたいですね。お店に行くといつもメニューにノンアルビールがあるかどうかをチェックします。家にも冷蔵庫に常備しています。そして、1日の終わりに1本飲んでいます。私にはその瞬間が最高ですね!
バーにいる時は、トニックウォーターにビターやソーダ、ライムを入れてもらったり。今日の午後は、とっても美味しいチャイティーを飲みましたよ。状況によってなんでも、いろんなものを飲んでます。
ーーソバーキュリアスを探求し続けているルビーさんの今、1日のスケジュールはどんな感じなんですか?
人と会う活動は主に昼間にしています。一緒にランチをしたり、お茶を飲んだり、公園を散歩したりすることもありますね。そして私はかなり早く寝ています。
ほぼ毎日、ヨガや瞑想をやっています。 私の生活はいたってシンプルですが、お酒を飲んでいた頃のような気分の浮き沈みとは比べものにならないほどの充実感を味わっています。
特に今私たちがこのような激動の時代に生きていることを考えると、私はとてもシンプルで静かな生活を送れていることにとても感謝しています。私のSNSのフィードやニュースフィードでは、毎日ジェットコースターのような出来事が起こってますから、それだけで十分ですよね。
そう、私の人生はとても穏やかで、私はそれが好きなんです。
後編:Z世代「お酒にメリットを感じない」、ソバーキュリアスへのシフトがもたらすアルコールフリーの最前線|ルビー・ウォーリントン
デザインリサーチャー。金融記者の道に入り、香港、東京、ニューヨークを渡って10年。その後、日本に戻り、デザインコンサルティングの世界に脚を踏み入れ、中小企業から大手会社までの事業開発や課題解決に貢献する。インタビューポードキャスト、KIKITEのホスト。
バックパッカーや海外ボランティアで世界の僻地を巡った後、PRを担当した東南アジアの魅力にハマる。ハフポスト日本版ではエディターとして、BuzzFeed Japanほか動画メディアではディレクター/プロデューサーとしてコンテンツを制作。ソーシャルグッドなテーマを中心に、さまざまなメディアで記事の執筆・編集、動画制作などを手がける。
『DIG THE TEA』メディアディレクター。編集者、ことばで未来をつくるひと。元ハフポスト日本版副編集長。本づくりから、海外ニュースメディアの記者まで。企業やプロジェクトのコミュニケーション支援も。岐阜生まれ、猫好き。
NY在住の写真家。1986年、東京都生まれ。10歳からカメラを持ち始め、14歳で暗室を作り制作を始める。大学では写真学科にて古典技法・特殊技術を研究し、2009年よりフリーランスフォトグラファーとして独立。NYのブルックリン、東京の吉祥寺・築地でスタジオを運営しながら、コマーシャル、ポートレートを中心に、ファッションやアート等さまざまな作品を制作している。