「これが沖縄の風土」シェフが魅せる“テロワール“の真髄。野草や害獣、未利用魚を“麗しいひと皿“に

江澤香織

沖縄本島中部にある、目立たない雑居ビルの奥の扉を開けると、そこにはたった5席の小さなカウンター。孤高の料理人、小島圭史(おじま けいじ)さんが営む完全予約制のレストラン「Mauvaise herbe(モヴェズ エルブ)」である。

秘密めいたこの小さな空間に、沖縄県内はおろか、全国から、そして海外からも小島さんの料理を求めて人が集まってくる。

小島さんの料理は、自らが沖縄じゅうを巡って探し求めた素材に、その時にふさわしい手立てを施してつくられた、沖縄でしか表現できないひと皿である。

料理に合わせるドリンクも全てひと捻りされており、今までに味わったことのないような、この土地ならではの一杯が提供される。

果たしてどのようにして、唯一無二のひと皿が生まれているのか。まさに嗜好体験とも言える、小島さんのコース料理を味わいながら、その真髄に迫る。

(取材・文:江澤香織 写真:江藤海彦 編集:川崎絵美)

害獣とされる動物、野鳥、未利用魚、野草。沖縄の風土を噛み締める

カウンターの1席に腰掛けて、あたりを見回す。目の前の木の棚には、不思議な植物が詰め込まれた大小の瓶が静かに並び、奥のガラスの冷蔵庫には熟成された塊肉がぶら下がって出番を待っている。

まるでラボ(実験室)のような店内は程よい緊張感とワクワクするような高揚感に包まれ、これから沖縄という壮大な大地の交響曲を奏でるオーケストラの観客席にでも座ったような気分になる。

指揮者たる小島さんはただ黙々と食材に向き合い、ときどき場の空気を気遣いながら、的確なタイミングで手を動かしている。

調味料以外は全て沖縄の食材を使い、メニューはお任せコースのみ。各席にはメモのような小さな紙がその日のメニューとして置かれている。

「根」「葉」「島山羊」「島大根」… と素材名だけがシンプルに記されている。

料理をいくつか紹介する。最初に出てきたのは「根」。

原始的な器に盛られた温かいスープだった。

ロメインレタス、オークレタス、リーフレタス、黒い細にんじんと島にんじん、長命草、フェンネルなど10種類ほどの野菜の根っこを素材によって焙煎したり天日干ししたりして乾燥させ、サイフォンを使って低温でじっくり時間をかけて煮出している。

無調味で、塩胡椒すら入っていない。素朴な土の風味。

飲み進めるほどに、液体がじわじわと血管の先端まで根を張るように沁み込んでいく滋味深い味わい。沖縄の大地の恵みを搾ったようなジュースが身体の芯まで入っていく。

「島山羊」は、もも肉と首の皮を使った生肉のタルタルが、驚きの軽やかさで登場した。

肉の旨味はあるが、臭みはほぼない。「沖縄の人が昔食べていたヤギは、実は臭くなかったんです」と小島さん。

現在の沖縄のヤギの90%以上は欧米のヤギとの交配種で、100kg近い大型の品種だそうだ。一般にはそれが流通しており、特徴的な強い匂いがある。

小島さんが扱うのは、もともと昔から沖縄にいた40kgくらいにしか成長しない小型の島ヤギ。うるま市にある天願川の川沿いで、土手の草を食べながらのびのびと育った健康的なヤギだ。

脂のきれいなとてもクリアで爽やかなヤギ肉。純正の島ヤギはあまり大きくならず育てにくいため、今は淘汰されつつあるという。

「琉球猪 白ガシラ 雉鳩(キジバト)」は、パテ・アンクルート(パテをパイで包んだフランス伝統料理のひとつ)に。沖縄では害獣とされる固有種のイノシシと野鳥2種を使ったジビエ料理である。

琉球猪は、本土のイノシシに比べて細面で小型だそうで、ほのかに甘みのある繊細で上品な味わいがある。小島さんは狩猟に同行し、猟師と一緒にイノシシを解体する。

イノシシがリラックスして餌を食べている時に銃一発で仕留め、現場で速やかに血抜きする。血抜きの良し悪しが味にも大きく影響するのだ。

沖縄は畑などを荒らす害獣被害が深刻で、持ち込まれた外来種も多いと聞く。白ガシラと雉鳩は有害鳥類に指定されている。

続いて、まるで芸術作品のような大きな独特の形をした貝殻が特徴的な「マベ」。

「マベ」は、真珠の養殖などにも使われていた貝で、沖縄や奄美大島に生息している。通常食べられることはほとんどないそうで、市場の競りには上がらない。

小島さんは漁師と共に未利用資源について取り組み、3年程かけてマベの利用法を模索してきた。可食部が非常に少なく、今のところ美味しいのは貝柱部分のみ。

3個分を炭火で焼き、リーキネギのペーストと、貝の肝のソース、うずら豆の豆乳を泡立てたものを和えていただく。

ふわふわの食感でホタテより優しく繊細、上品な旨み。料理のおいしさと美しさにうっとり心を奪われつつも、シビアな海の現状について考えさせられる。

気候変動や乱獲によって沖縄の魚の漁獲量は年々減っており、マクブという高級魚などは規制をかけて守る動きがあるという。

沖縄固有の資源、その管理と保全は重要課題であり、小島さんもそこを危惧してあちこちに働きかけてきた。未利用資源は不安定な部分が多く、価値として値段を付けるのも難しい。

小島さんは漁にも同行する。南洋の魚の旨味を高め漁師の仕事の付加価値を向上させるため、神経締めと管理の方法を伝え漁師と一緒に作業し、市場の競りに上がらない魚をメニューに取り入れることで、より良い漁のあり方についても探求を重ねる。

続いて、水中銃で打ったというコロダイ。

コロダイは、ギリギリ生に近い優しい火入れで、皮目だけをしっかりパリッと焼いている。アラからとったスープをぎゅっと煮詰めたソースの上に、フェンネルとディルの若葉、ストロベリーミント、カレンデュラ、マリーゴールドなどのハーブをあしらった、見た目も美しいひと皿。コロダイの身がプリプリとして、しっかりとした歯ごたえで噛み締めると、魚の甘みも感じられる。

そして、デザートの前の、最後のひと皿は「あやはし牛」。

うるま市産の「あやはし牛」は、通常なら廃棄にされてしまう12回のお産を経験した15歳の母牛(経産牛)を2年かけて再肥育し、抗生剤などを使わない健康的な餌に切り替え、運動させて身の締まった牛に仕上げている。

味が濃く、油っこくないしっかり噛みごたえのあるこの赤身肉は、スーパーなどで見かけることはほぼないが、プロの料理人には注目されている食材だ。

今回はイチボ肉に菜花を忍ばせたパイ包み焼き。発酵させたビーツのペーストと、あやはし牛のスネからとったスープを赤ワインで煮詰めたソース、石垣島でかつて作られていたカカオの粉末を添えている。お肉本来の自然で豊かな味わいが、体にすっと馴染むように胃袋へ落ちていく。

玉ねぎの中に、ヤギのミルクでつくったチーズをくるんだソテー。器は名護の陶芸家・紺野乃芙子さんの作品。

料理に度々登場するテラコッタのような赤茶色の印象的な器は、名護の陶芸家・紺野乃芙子さんの作品。“土に還る器”がコンセプトで、地元の赤土を使い、豚の血を釉薬にして700℃の低温で焼き上げている。

大らかな質感が心地よく、沖縄という偉大な大地が耕した生命をありがたくいただこう。という感謝の気持ちが生まれる。そんな神々しさをも感じさせる器である。

蒸留や抽出、発酵を駆使したテロワールのドリンク

ペアリングのドリンクも、初めて体験するものばかりだった。

ノンアルコールは全て小島さんが手作りしている。最初にどんと出された、味わい深く使い込まれた甕(かめ)の中には、沖縄在来種のみかん“カーブチー”を、皮と内側の白いワタも含めて全部発酵させたという自家製の液体。

甕は、南城の陶芸家、古村其飯(こむら きはん)さんが地元のジャーガルという土で作ったもの。沖縄古来の荒焼(あらやち)という技法で作られた素焼きの甕で、土の微細な穴から呼吸することが、食材の保存や熟成に向いていて「発酵甕」と呼ばれている。

レモンバーベナとカモミールの葉を一度蒸留器にかけて香りを抽出した蒸留水を作り、そこにレモングラスの生葉を足して水出ししたもの。琉球畳に使う沖縄のい草“ビーグ”の青い葉を蒸留器にかけて透明なエキスを抽出し、そこに再度生葉を差し込み、低温で抽出したほんのり赤くとろりとした液体……。どれも手間暇をかけた、見たことのないドリンクばかりだ。

月桃の実を、パカっと割れて開くまで長時間かけて水出しし、生姜とマイヤーレモンの果汁を加えたドリンクは、他に何も入っていないのに、すっきりした爽やかさの中にスパイシーで複雑な、奥深い味わいが感じられ、その不思議な風味に驚く。

一杯一杯が、やんばるの森の大自然に包まれるような、野性味はあるが優しさを感じる穏やかな味わいで、静かに料理を引き立てる。

岡山の醸造家、ラ グランドコリーヌの大岡弘武さんのワインを、陶芸家の古村さんが作ったふたつの発酵甕に入れ、ひとつは洞窟に、ひとつはジョージアのクヴェブリのように土に埋めて1年熟成したという、驚くべき遊び心で仕込まれたワインもあった。

前者はやや酸が立ってビネガーのような趣があり、後者はマール酒のような芳醇な香りと味わいに。それぞれが全く別の飲み物に変化していた。

小島さんは、決して多くは語らない。

ただ、丁寧に言葉を選び、伝えるべきことを誠実に明確に表現しようと思考している様子がうかがえる。どの料理もドリンクも、沖縄の本来の姿に一歩深く踏み込んだような感覚があり、自然の偉大さと人間の愚かさに時折ハッとさせられる。

料理そのものが語りかける壮大な沖縄の歴史や物語を噛み締めながら、体全体で味わい、沖縄への興味と感謝がまた一段と深くなる。

かつては沖縄の食材と文化に挫折、そして渡仏

小島さんは昔から、世界中を旅しておいしいものを食べることが好きだったという。

サラリーマンを経て料理の世界へ。「でも最初から高い志があったわけではないんです」と小島さん。

料理を勉強して店でもできたらいいな、と軽い気持ちで和食店の門戸をくぐってみたら「あっけなくボコボコにされてしまった」と話す。

業界の厳しさを目の当たりにしたが、そこにたまたま来ていたフランス料理人のお客様に拾われ、フランス料理の道へ方向転換した。

自然豊かな沖縄に惹かれ、ただ好きという気持ちで移住したが、来たばかりの頃は、沖縄の素材や文化に戸惑い、何をどうしたらいいか分からず悩みに悩み、挫折してしまったという。

そこで思い切ってフランスに渡り1996年〜2002年までの6年間、パリとマルセイユで料理修行をして再び戻ってきた。

原始的な獣の解体から学んだ、素材のある地に足を運ぶ意味

「以前の自分は『沖縄では何もできなかった』という後悔の念もありました。でも、再び沖縄に戻ってきたら、今度は違う景色が見えたんです」

「今なら自分にもやれることがあるなと、ようやく分かってきました」

フランスでは料理修行をしながら、肉屋でも働き、牛の解体にも関わった。

「今はもう違うのかもしれませんが、当時、動物の解体は非常に原始的なやり方でした。牛の内臓に直接手をいれて、引っ張り出す。体内はまだ温かく、生命の感触があった」

「その経験から、現場に足を運び、食材を自分の目で見て、直接手で触れることの大切さを学びました」

「今はたまたま沖縄にいるけれど、どの場所にいようとも、目の前にあるその土地のものを大事にし、最大限に生かしたい」と小島さんはいう。

フランスで修行し、沖縄に戻ったはじめの頃は、幼稚園のスペースを間借りして、園児たちにもご飯を出しながらレストランを開業していた。

しかし家主の都合で幼稚園が使えなくなることになり、新しい場所を探していたところ、自宅に来て料理を作って欲しいというオファーがあった。

そこから少しずつケータリングなどの依頼が増えていったそうだ。「名前のない料理店」という屋号で、今も出張料理人をしながら、レストランを運営している。

沖縄だけでなく全国各地へ出かけ、現地で料理を振る舞う。

「自分で宣伝ができず、最初はなかなか仕事にはなりませんでした。ここまでには随分と時間がかかりました」

生産者とはじっくり時間をかけて関係を築く

小島さんの素材への思いの深さは、ひと皿ひと皿を味わうごとに感じられる。

農家や漁師、陶芸家など、素材を生み出す人やそれに関わる人の仕事ぶり、その場の感触や本人の思いをできるだけ忠実に伝えたいことが料理へのモチベーションであり、自己の表現にはそれほど興味がないという。

そして沖縄という特殊な食文化だからこそ味わえる、この土地らしい大いなる魅力をくまなく伝えようと真摯に心を砕く。

海にも山にも自ら出かけ、現場だから分かる生産者の仕事を、一緒に手足を動かして、身をもって体感し、理解に努める。そして、料理人の視点で素材がどんな状態でどう処置を施すとより良いのかを伝える。

生産者とはじっくり時間をかけて人間関係を築いており、たとえ親しくなっても敬意を忘れず、自分の身の程をわきまえる。

「せっかくいい素材があっても、大事にされていなかったり、生かし方が分からなかったりすることはあります。素材を扱う現場に一番近い自分が、生産者や漁師たちとやり取りすることで納得してもらえることも多く、また一緒に過ごすことで、その一瞬に共感が生まれることもある」

「相手と思いを全く同じにすることは難しい。ですが、例えばこの作業をすれば、こんな料理が可能になると具体的なイメージを伝え、自分と相手の仕事の関わりがここにあるんだってことを見せれば、考えてもらえるきっかけが作れると思っています」

「食について考えるべき課題は常にあり、解決してもまだまだその先がある」と小島さん。

店名の「Mauvaise herbe」とはフランス語で“雑草”を意味する。それは本質を求める小島さんの人間性にも通じるようだ。

どんな素材にも根気よく光を当て、良き手立てを施せば、見違えるほど麗しきひと皿になる、というこの土地への深い愛情と感謝の思いが込められているのかもしれない。

Mauvaise Herbe (モヴェズ エルブ)

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Author
フード・クラフト・トラベルライター

フード・クラフト・トラベルライター。企業や自治体と地域の観光促進サポートなども行う。 著書『青森・函館めぐり クラフト・建築・おいしいもの』(ダイヤモンド・ビッグ社)、『山陰旅行 クラフト+食めぐり』『酔い子の旅のしおり 酒+つまみ+うつわめぐり』(マイナビ)等。旅先での町歩きとハシゴ酒、ものづくりの現場探訪がライフワーク。お茶、縄文、建築、発酵食品好き。

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編集者

お茶どころ鹿児島で生まれ育つ。株式会社インプレス、ハフポスト日本版を経て独立後は、女性のヘルスケアメディア「ランドリーボックス」のほか、メディアの立ち上げや運営、編集、ライティング、コンテンツの企画/制作などを手がける。

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ひとの手からものが生まれる過程と現場、ゆっくり変化する風景を静かに座って眺めていたいカメラマン。 野外で湯を沸かしてお茶をいれる ソトお茶部員 福岡育ち、学生時代は沖縄で哺乳類の生態学を専攻