連載

お酒を飲まずに「茶酔い」しませんか? ソムリエと茶藝師の二刀流、“お茶ソムリエ”が探求する嗜好体験

藤井存希

私たちに寄り添いながら、時代とともに変化を続ける「嗜好品」。

最近では飲食店や若い世代を中心に、あえてお酒を飲まない「ソバーキュリアス(Sober Curious、飲まないことに興味を持つ)」というスタイルが普及しつつある。そして嗜好性の高いノンアルコールドリンクの選択肢も増えてきた。

ワインのソムリエからキャリアをスタートし、「茶藝師」と呼ばれる中国国家認定資格を取得した藤本真梨奈さんは、アルコールとノンアルコールが交差する食のシーンで、双方のドリンクの可能性と自由度を高める稀有な存在だ。

「私はあらゆるお茶の境界線を取っ払って、お茶のファンを増やす“お茶ソムリエ”でありたい」と話す藤本さんが、「お酒を飲まずとも、お茶で心地よく酔っ払ってほしい」との思いで届ける“茶酔い”体験とは?

(取材・文:藤井存希 写真:西田香織 編集:川崎絵美)

ワインのソムリエが、お茶に衝撃を受けるまで

東京・西麻布の中華レストラン「鶫(つぐみ)」で、ソムリエ兼、茶藝師として、ワインやお茶をサーブする藤本真梨奈さん。

ワインソムリエとしてレストランで働きながら、中国茶の世界を探求することになった彼女のキャリアは、ユニークながら、行動力の賜物といえる。

京都の大学を卒業後、出身地である兵庫県城崎温泉の観光協会に3年半ほど勤めていた。

『ミシュラン・グリーンガイド・ジャポン』に城崎温泉が掲載されたことで、外国人客が急激に増え始め、英語の必要性を感じた藤本さんは26歳のときオーストラリアへ。

語学のための渡豪だったが、以前から興味があったワインを学ぼうとワイナリーで働いた。

「2年間いたワイナリーでは、収穫のある繁忙期に1日5トンものブドウを潰すなど、どっぷりとワインの世界に浸かっていました。ワインをさらに探求して、サービスにも興味を持ち始めたとき、オーストラリアで働いていたソムリエの友人から『サービスを学ぶなら日本が一番』と言われました」

友人のアドバイスを受け、現在の拠点となる中華レストラン「鶫」をはじめ、鮨「波残(はざん)」、焼鳥「鶉(うずら)」などを運営する進藤幸紘氏を紹介されたという。

東京都西麻布の星条旗通りに位置する、完全予約制の中華料理店「鶫」

すぐ日本へ戻ることを決めた藤本さん。29歳で帰国したが、早々に壁にぶつかった。

「初めての飲食業は、西麻布にあるハイエンドなイタリアンに勤めたんですが、ソムリエは“経験の世界”といわれるだけあって、それほどお酒が飲めない私にとっては、もうソムリエとしての天井が見えてしまったんです」

そんなさなかに、藤本さんは中国茶や茶器を扱う専門店「GUDDI(グディ)」を訪れた。

「その時に飲んだのが、中国茶にハマるきっかけにもなった、“岩茶(がんちゃ)の王様”とも称される『大紅袍(だいこうほう)』でした」

藤本さんが輸入・販売を手がける「chayoi-茶酔-」でも「岩茶」を取り扱う

福建省で栽培される「岩茶」は、“烏龍茶の王様”と呼ばれる高級品だ。山肌の風化した岩に生育しているチャノキから、葉を摘み取ってつくられる茶葉であることからその名がついている。

お話を聞きながら、藤本さんが淹れてくれた岩茶をひと口すすると、香ばしさの次に上品な甘みや心地よい渋みが訪れ、複雑ながら豊かな味わい。日本人にとっても飲みやすい烏龍茶の延長線上にあるものの、その概念を覆すような華やかな香りが特徴だ。

ちなみに岩茶は、メイラード反応が生じるような茶褐色の香ばしい料理と相性が良く、「鶫」では北京ダックの味噌や醬などのソースを使用した料理にペアリングすることも多いそうだ。

「岩茶に出会ったときと同じ時期に、表参道で開催された三重県のお茶イベントで(日本茶の)かぶせ茶の旨味を初めて体験しました。静かな会場で『うわっ』と声が漏れてしまうほど衝撃を受けたんです」

岩茶とかぶせ茶、この2つの衝撃的なお茶体験を経て、お茶への興味が湧いた藤本さんは、「GUDDI」の茶藝師が主催する中国茶の教室へ通い始めた。それからは、あらゆる中国茶の教室を調べ、目についた勉強会にすべて顔を出し、お茶を探求していった。

とはいえ、本業はあくまでソムリエだと思っていた藤本さん。「当時は、お茶を仕事にするなんて思ってもみなかった」と振り返る。

2021年には、京都・東山で話題のイノベーティブレストラン「LURRA°(ルーラ)」にソムリエとして招かれ、一度は拠点を移したが、やはり「お茶をもっと極めていきたい」という想いに突き動かされ、東京に戻って中国国家認定資格の茶藝師を取得した。

そんな折、進藤氏から『茶藝師として中華料理に合わせるお茶も勉強できるのでは?』と声がかかり、「鶫(つぐみ)」のオープニングスタッフとして参加することになったのだ。

実は自由度が高い、中国政府認定の国家資格「茶藝師」

ポコポコポコ……とかすかに揺れながら直火を受け止める茶壷(ちゃふう)を、手際よく右手で操る藤本さん。左手を体の後ろ側に添えているのは、茶藝師の数少ないマナーの一つだそう。  

「茶を淹れる際は、右手を優先して使います。左右の手を忙しなく動かすより、使わない手は所定位置に置いておくと、スッキリして美しく見えます。ただし器や茶壷の蓋は左手で押さえるなど、ケースバイケースです。中国には『纏足(てんそく)』の文化があったため、“なるべく小さく”が美しいと考えられてた思考がまだ残っているのかもしれません」

「茶藝師の試験では、例えば注ぎ口をお客さまに向けてはいけないなど、いくつかの“型”を見られるのと、お茶のテイスティングや茶葉の良し悪しの見分け、歴史についての知識などが合否のポイントになります」

茶藝師は茶葉の状態を見て、最善の方法で美味しいお茶を提供することを目的とした資格で、ソムリエの試験ほど難しくはないと藤本さんは言う。

「中国で茶藝師は、大学を出られなかった地方の方々でも職に就けるように……と、政府がいわゆる職業訓練的に作った資格と言われています。ここ数年は、海外への技術の流出を防ぐために、中国以外での取得が難しくなっているとも聞きます」

「私は渋谷にある中国政府公認の『華泰茶荘(ファタイチャソウ)』で茶藝師の資格を取得しました。日本で中国政府認定の茶藝師の試験が受けられる唯一の学校でしたが、現在は茶藝師関連の講座をストップしている状況です」

“最善の方法で美味しいお茶を提供する”とはいえ、自由度が高く、表現力も評価される「茶藝師」の世界。

もともとソムリエとしてスタートした藤本さんは、茶藝師の試験で、ワイングラスにお茶を注ぎ、ブドウを飾り、ワインをイメージしたお茶を表現した。その独自の設えが評価され、茶藝師の資格を取得した。

「そういった自由度の高さも中国茶のいいところ。一番大切なのは、“美味しく淹れる”ことなんです」

お茶で瞑想に近い感覚になれる「茶酔い」

話しながら手際よく、そして美しくお茶を淹れる藤本さん。

「精神が乱れていると、お湯を真っすぐ落とせないこともあるので、お茶を淹れる前は気持ちを整えることから意識します」と集中力を高めていく。

ソムリエ兼、茶藝師としてワインやお茶をサーブしながら、自らが主宰する「chayoi-茶酔-」では、中国茶の教室を定期的に開き、茶葉の販売も手がけている。

“茶酔い”とは、お茶に含まれるカフェインの作用や体が温まることで、ふわふわと宙を浮いているような感覚を指す。「お酒を飲まずとも、お茶を飲んでふわふわ酔っ払ってほしい」という藤本さんの想いが込められている。

「私も“茶酔い”を体験したことがあるとはいえ、科学的な根拠はそこまでわかっていないのですが、本当に空を飛んでいるように、ふわふわした状態です。気持ちよく眠るちょっと手前のような瞑想に近い感覚でしょうか」

「お茶の種類としては、鉄観音など烏龍茶の系統が、“茶酔い”しやすいと言われています。私の感覚では、樹齢の長いチャノキからつくられたプーアール茶も茶酔いしやすいと感じます。熟成が進んだワインとそうでないワインで、酔い方が全く違うのと似ていますよね」

飲み方や飲む場所によって感じ方が変わるところも、お酒と同じ嗜好飲料としての共通点だ。

「お客様には品質の良い生プーアール茶をご用意して、静かな空間で、じっくり、ゆっくりと飲んで、茶酔いを体感してもらいたいです」と藤本さん。

ここで、藤本さんが手際よく茶刀で砕いていくのは、湖南省の金花菌を使用して旨みを生み出すという「金茯茶(キンフーチャ)」の塊。

茶刀は、プアール茶や花茶球など圧縮された茶葉を崩すための道具だという。

酵母や菌などを使って発酵させた「金茯茶」は、プーアール茶と同じ「黒茶」の一種

発酵の環境によってはホコリを落とす必要もあるため、一煎目の湯は洗い落としてから、飲むための湯が注がれる。

光が透けて水色が見える細工が施された、伝統的な景徳鎮の茶器に注ぐ藤本さん

「金茯茶」は、煙のように複雑な香りからは想像のつかない、まろやかな味わいと、飲みやすさを合わせ持つ。何煎も淹れられるうえ、消化酵素や脂肪分解酵素が作用してダイエットにも効果的といわれているそう。

「『茯茶(フーチャ)』は意外と手に入りやすく、料理のペアリングとしてお出しすることも多いです。こんなお茶もあるんだ、と知ってほしいから『chayoi-茶酔-』のイベントや『鶫』では、茶葉を5g単位から販売しています。まずは気軽に試してもらって、いろんなお茶に出会ってほしいです」

「たとえば、日常的に麦茶を飲む人は100g、200gの単位で購入すると思うんですけど、いつかは中国茶もそういう身近な存在になったらいいなと思います」

「お茶が日常になると嬉しいです」と藤本さんは微笑む。

「紅茶でも日本茶でも、ハーブティーでもいいと思うんです。お茶は、マグカップに茶葉を入れて湯を注ぐだけで完成するので、最初は茶器を揃える必要もない。気軽にお茶を楽しんでもらえることを目指して、『chayoi-茶酔-』を立ち上げました」

和洋中の垣根を超えた、ブレンドティーも

続いて藤本さんは、爽やかな飲み口と、ほろ苦い余韻が心地よい「ベルガモットティー」を淹れてくれた。

国産のベルガモットをフレッシュな状態でくり抜き、一度蒸してから、ディハイドレーターを使って乾燥させ、茶葉のほかに生姜やナツメ、クコ、氷砂糖などを詰めた、オリジナルのブレンドティーだ。

ベルガモットティー。繊細な持ち手のガラスのティーポットは、福井県に構えるガラス工房「えむに」のもの

『chayoi-茶酔-』では、「冷え性に」「美肌に」と要望を受けて調合するブレンドティーも好評だ。現在はエステサロンなどからオーダーを受けて、女性の美をイメージしたブレンドティーも販売している。

「サロン側からビューティ・ヘルス・デトックスなどのテーマをいただき、ハーブティーや漢方も含め、“お湯で抽出できるもの”を使用してブレンドしています」

「美容」は台湾のハイビスカスのような洛神花(ラクシンカ)をベースに、エリカ(ヒース)や、バラ、エキナセアなどの花も合わせた華やかなお茶。「デトックス」はレモングラスやローズマリー、ジュニパーベリーのブレンド。「ヘルス」は、ホーリーバジルやレモンバーベナ、マルベリー(桑の葉)などをブレンド

お茶のファンを生む、嗜好性の高い飲料体験

主宰する『chayoi-茶酔-』は、中国茶を主に、ハーブティーや漢方、台湾茶、日本茶、抹茶、紅茶など、垣根を超えて幅広く扱うが、「目的はお茶屋さんではない」と藤本さんは目線を上げる。

「お店にご飯を食べに来たお客さまが、『ちょっとお茶を飲んでみようか』と試してみて、『なんじゃこりゃ!?』とそのおいしさに驚き、気づいてくれるような体験が増えましたね。お茶のファンが増える一番自然でいい流れだと思います」

「ノンアルコールを希望されたお客さまに、ローズマリーの葉をその場で燃やして、香り付けしたお茶を淹れたら、お酒を飲んでらした他のお客さまに『何してるの!?』と驚かれたことがあります。その次にいらした時に『この間やってたアレを』と、ノンアルコールを楽しまれたことも」

「ワインや日本酒は温度管理などが必要ではあるものの、お客様の前では注ぐだけです。一方、お茶やノンアルコールの場合は、見せ方を工夫したり手をかけることで、お客様に面白い体験として印象付けられると思うんです」

お茶は、ブレンドによる味の複雑性や表現、茶器などの設(しつらえ)によって、より嗜好性の高い飲料体験が生まれる可能性を秘めていると藤本さんは考える。

最近は藤本さんの顔を見て、「お茶にしようかな」とオーダーするお客さまも増えているのだとか

もうひとつ、お茶やノンアルコールドリンクを提供する上で、藤本さんが大切だと思っているのは、「できたてのおいしさを短時間で届けること」だという。

「お茶の美味しさを一瞬で引き出し、提供できる手法を自分なりに編み出しました。お茶は提供まで時間がかかると思われている方も多いので、なるべく短時間でおいしいお茶を淹れるように心がけています」

試行錯誤を重ねる藤本さんが、「茶酔い」を通じて目指す世界は?

「ワインの場合、赤、白、オレンジ、ロゼなどの分類はあっても、ワインペアリングには全種類が並びますよね。でもお茶は、例えば私が『お茶をやってます』というと、たいてい『なに茶ですか?』と聞かれるように、『中国茶のペアリング』とか『日本茶の世界』などと、分類されて提供されることがほとんどです」

「そんなお茶の世界で、私はあらゆるお茶の境界線を取っ払って、日本茶や中国茶、紅茶、ハーブティーなどすべてを提案できる“お茶ソムリエ”でありたいと思っています」

今日も“お茶ソムリエ”は、お茶の境界線を越えて、新たなお茶のファンを増やしている。

取材協力:鶫 -TSUGUMI- 

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大学時代に受けた食品官能検査で“旨み”に敏感な舌をもつことがわかり、国内・国外問わず食べ歩いて25年。出版社時代はファッション誌のグルメ担当、情報誌の編集部を経て2013年独立。現在、食をテーマに雑誌やWEBマガジンにて連載・執筆中。

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編集者

お茶どころ鹿児島で生まれ育つ。株式会社インプレス、ハフポスト日本版を経て独立後は、女性のヘルスケアメディア「ランドリーボックス」のほか、メディアの立ち上げや運営、編集、ライティング、コンテンツの企画/制作などを手がける。

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