連載「『飲まない』大人の暮らし方」

飲み物、ことアルコール飲料は紀元前より「嗜好品」として人々に親しまれてきた。日本においては約2,000年前、稲作の定着と共に本格的な酒造が開始されたとされており、現在も嗜好品の一つとして確固たる地位を築いているように見受けられる。

しかし、徐々にその立ち位置は変化しているのではないだろうか。「あえて飲まない」ソバーキュリアスなライフスタイルが普及し、「酒=大人のたしなみ」という構図は少しずつ崩れつつある。現代を生きる私たちにとって、「酒」とはどのような意味を持つのか。また、ソバーキュリアスなライフスタイルの発現の背景には、時代のどのような変化が隠されているのだろうか。

この連載「『飲まない』大人の暮らし方」では、評論家・宇野常寛がさまざまな知見を持つ識者たちとの対話を通して、多角的に嗜好品としての酒の現在地や、「飲まない」大人のライフスタイルについて考えていく。

第3回にお迎えするのは、日本の伝統的なお茶を現代によみがえらせるブランド『tabel(タベル)』を運営する、新田理恵さん。伝統茶とは、ヨモギやハス、ドクダミなど、古くから日本に自生していた「薬草」をつかったお茶のこと。新田さんは、2014年に『tabel』を立ち上げ、以降薬草と伝統茶文化の普及に邁進している。

新田さんの足跡と、伝統茶の効用や「お茶を選ぶこと」の重要性に関する対話を通して見えてきたのは、お酒を代替し得るお茶の可能性と新たなお茶文化の兆しだった。

(文:鷲尾諒太郎 写真:高橋団)

お茶を淹れることは難しくない。だから、価値がある

宇野:新田さんが日本の薬草に注目し、伝統茶ブランド『tabel』を立ち上げた経緯からお聞かせください。

新田:大阪の鶴橋にあるパン屋の娘として生まれたこともあって、小さい頃から食べることが大好きだったんです。そして高校2年生になり、進路のことを考え始めたタイミングで、父が糖尿病になったり、親友が拒食と過食を繰り返すようになったりとショッキングな出来事が続き、「食」の怖さを知りました。

そういった経験をしたこともあり、食を通じて誰かを健康にするためのサポートをする仕事がしたいと思うようになり、管理栄養士の資格を取得しました。でも、大学で栄養学を学ぶ中で違和感というか、行き届かない部分があるように感じるようになったんです。

というのも、栄養学は学校や病院といったような不特定多数の方の食事を監修することには適した学問なのですが、体質や体調など、一人ひとりの状態、あるいは食材の旬などを考慮して、健康増進のために食事をパーソナライズする方法については体系化されていません。

もっと一人ひとりに寄り添った食事を提供するために、栄養学以外の分野も学ぶべきだと感じ始めたころに出会ったのが薬膳でした。

中国の伝統的な医学の考えに基づいた食事である薬膳と栄養学はそれぞれの長所があって、それらを組み合わせることで、食事を通して人の身体により大きな価値を提供できるのではないかと思うようになりました。ですが、食生活を変えることは人間にとって最も難しいことの一つです。

宇野:たしかに、いくら身体にいいとしても日常的に薬膳を食べるイメージは湧きませんね。

新田:食習慣ってその人のライフスタイルに規定されるものなので、簡単には変えられないじゃないですか。それに、薬膳に欠かせないナツメやクコの実といった食材は、少量でも身体に特定の効果が表れるとされる、いわゆるスーパーフードなのですが、国産のものを手に入れるのは難しい。

海外産の良いものもたくさんありますが、好奇心から手に入れやすい国産のスーパーフードを探すようになり、その中で日本の薬草文化を知ったんです。かつての日本には薬草文化が根付いていて、自生している草木を健康のために活用していました。

そういった文化を熟知しているのはご年配の方であることが多く、彼らはインターネットを使って積極的に情報発信をするケースが少ないので、簡単に暮らしや風土に根付いた生きる知恵にアクセスできるわけではありません。でも、日本にはたしかに薬草文化が残っている。全国各地を訪ねてみると、さまざまな薬草や薬草仙人のような方々に出会えるんです。

そして、薬草の活用方法はさまざまですが、その多くはお茶として摂取されています。料理のスキルにはばらつきがありますが、「お茶を淹れること」は水やお湯を注ぐだけでできてしまうわけですから、誰でも簡単に生活の中に取り入れることができる。それに、食事は基本的に1日3回ですが、ドリンクを飲む機会は平均すると7〜8回あると言われています。

接点がつくりやすいですし、5分あれば身体によい影響を与えるものを取り入れられるという意味で、薬草からつくるお茶に大きな可能性を感じたんです。そうして、薬草を用いたお茶を「伝統茶」と名付け、『tabel』を立ち上げました。

『tabel』のプロダクトの一部

自らの身体に向き合い、いま必要なものを選択するために

宇野:新田さんは伝統茶を広めることによって、飲食文化にどのような変化をもたらしたいと考えているのでしょうか? 健康にいいから薬草を使った伝統茶を飲もう、みたいなことではなく、「飲む」ことを通じた暮らしの中での身体との向き合い方とか、土地との関係の見直しとか、そういった意識が大きいのかなとお話を伺って思ったのですが。

新田:多くの人が自らの心身に向き合い、その時々に合わせて飲むものを選択するようになってくれればいいなと思っています。

各家庭に数種類のお茶が備えられるようになれば、何を飲むかを考える時間が生まれますよね。すると、人はそのときの気候や自らの身体に意識を向けるようになると思うんです。「今日は暑いからこっちかな」、あるいは「ちょっと胃腸の調子が悪いから、こっちにしよう」といった形で、お茶を通して自らの身体と向き合う時間をつくれればいいですね。

宇野:たとえば、外を歩いて喉が渇いたとき、カフェに入って何も考えずにアイスコーヒーを注文する人は少なくないと思うんです。その選択はほとんど無意識のうちに行われている。

僕自身、それなりに身体と向き合いながら生活をしているつもりなのですが、気付いたらアイスコーヒーを頼んでいることがあって、ときどき「しまった」と思うことがあります。

新田さんの言うとおり、飲むものを決定する際、しっかりと自らの身体と向き合った上で選択することが生活を豊かにするのだとは思うのですが、それがなかなか難しい。今の自分に必要なものをちゃんと選ぶためには、それなりの訓練が必要なのではないかと思うのですが、そういった選択のハードルを下げるためには何が必要なのでしょうか。

新田:まずは「自らの身体をしっかりと把握すること」が大切だと思っています。もちろん、健康診断で明らかになるさまざまな数値を知ることも重要なのですが、薬膳のベースになっている中医学では「体質」も重視されます。

自らの身体を知るための一つの手段として私たちがつくったのが『Qusnoki』というアプリです。現代人の体質は8つに分類できると言っている医師がおり、その方の意見や診断方法を取り入れながら設計しました。アプリ側が用意しているいくつかの質問に答えることで、簡単に自分の身体のことが知れます。

もちろん、このアプリは一つのきっかけに過ぎません。さまざまなアプローチで自らの身体を知ることが、いま必要なものを見極める力をつけるための第一歩になると考えています。

『Qusnoki』は、身体のタイプを「大地」「夜霧」「湖」などの8タイプに分類し、診断する

お茶の選び方が変われば、生活が変わる

宇野:先ほど挙げたアイスコーヒーの例のように、僕たちが無意識で口にするものを選んでしまうのは、一つの生活文化の影響だと思うんです。たとえば、僕は飲み会が嫌いなのですが、飲み会って最初に何も考えずにビールを頼むじゃないですか。

あれは集団の論理というか、飲み会というものがその場の連帯の確認、つまりコミュニケーションを重視しているからこその行動だと思うんです。つまり、ここでは「何を飲むか」という選択が、社会的なコミュニケーションを促進するための機能の一つになっている。

そういった飲食物の選択は、「内臓からの要請」ではなく究極的には「自意識からの要請」によってなされているわけですよね。そうではなく、そのときの自らの心や身体の状態によって、飲食するものを選ぶということを、社会にインストールすることが重要なのではないかと思うんです。

新田:たしかに、お酒などの飲食物はコミュニケーションの潤滑剤として登場するケースもよくありますよね。

宇野:お茶に関して言えば、お酒以上に何も考えず選んでいる人が多いのではないでしょうか。たとえばお茶を飲もうとするとき、コンビニでは何も考えずに有名なメーカーのペットボトルの緑茶を選択している人がほとんどだと思います。「この商品の味の方が好み」程度の選択基準はあるでしょうが、基本的には思考を止めて“選んで”いる人が多いはず。

その選び方を変えることは、僕たちの生活を大きく変容させるポテンシャルを秘めていると考えています。というのも、お茶というのは基本的に「日常」の中で飲むものですよね。仕事をしながら、テレビを観ながら、誰かとしゃべりながら飲むものじゃないですか。つまり、それを飲むこと自体が目的なのではなく、常に何かをし「ながら」飲むもの。

だからこそ、何も考えずに飲むお茶を選んでいる人が多くなるわけだけれど、そんな最も身近な飲食物の一つであるお茶をただ「喉を潤すもの」としてではなく、「身体をメンテナンスするもの」として位置づけ、その選び方をハックできたら、僕たちの生活は大きく変わるのではないかと思うんです。

新田:「ちょっと今は胃が重たいから、空腹時はコーヒーではなく、違うものが飲みたい」という場面はあると思いますし、そういったときに適切なお茶を選んでいただけるようにしたいですね。

また、身体に取り入れるものを選ぶ際に重要なのが「時間」です。

宇野:時間、ですか。

新田:はい。私は現在大学院で「時間栄養学」を学んでいます。時間栄養学とは、「何を」だけではなく、「いつ食べるか」に着目した学問です。この学問は、体内時計の研究から派生したもので、たとえば、魚に含まれるDHAやEPAは、中性脂肪を減らす効果があるのですが、夕食よりも朝食時に摂取した方がその効果が高まるという研究結果があります。

お茶に関して言えば、緑茶のカテキンなどには血糖値の上昇を抑える効果があるとされているのですが、朝よりも夕方に飲むと、より効果的だと言われています。

そんな風に、取り入れるものに「どのような効果があるか」だけではなく、「いつ摂取すればその効果が最大化されるか」も知れば、飲食物や身体への向き合い方も変わってくるのではないかと思います。

お茶選びに「ときめき」を取り戻す

宇野:「何を」だけではなく「いつ摂取すべきか」を知ることはとても重要だと思う一方、それを新田さんのような知識を持った人に相談する人が多いかと言えば、そうではないじゃないですか。

でも、栄養がどうこうではなく、ケーキを選ぶときって、みんな真剣に選びますよね。少なくとも僕は真剣に悩むんです。そんな風に、お茶もケーキのように楽しみながら真剣に選べるようになればいいなと思うんですよね。そうなれば、日本のお茶文化も変わっていくような気がします。

新田:そうですね。たとえば、韓国のコンビニやスーパーマーケットに行くと、伝統茶のバリエーションが驚くほど豊富なんですよね。先ほど宇野さんがおっしゃったように、日本のコンビニにもたくさんのお茶が並んでいますが、その多くは緑茶や紅茶など、チャノキをベースにしたお茶です。

まだまだノンカフェイン飲料の選択肢は少ないように感じています。チャノキからできたお茶たちも大好きですが、時間帯やシーンによっては、他の栄養素、他の風味が欲しい時もありますし、選択肢が増えると楽しいなと。

宇野:もっと「ときめき」が必要だと思うんです。世の中には、「喉が渇いたら目の前にある自販機の中から適当に飲み物を選ぶ人」と「自分が納得する飲み物が見つかるまで、さまざまな自販機を巡る人」の2種類がいます。

昔、ラジオのパーソナリティをやっていた際、学生からの恋愛相談が多くて、そのときに比喩としてこの自販機の話をしていたんです。「君は目の前にある自販機のボタンを適当に押そうとしている。そういう選び方もあるが、一生後悔することになるぞ」と。

そして普段はこうして「自分が納得する飲み物が見つかるまで、さまざまな自販機を巡る人」がいたとしても、お茶を選ぶときには、その楽しさやときめきを感じられていないように思うんですよね。その理由は、緑茶文化が発展しすぎていて、とりあえず何も考えずにタダで出てくる、あるいは手近な「お茶」を飲むという行為に僕たちがなにも疑問を持たないくらい調教されているからです。

新田さんが全国を巡りながら“発見”したように、日本には緑茶だけではなく、さまざまなお茶があって、豊かなお茶文化があるはずです。もちろん、その時々の体調に合わせて効能や機能でお茶を選ぶことも大切だとは思うのですが、お茶を「楽しみながら」選べるようにすることが何よりも重要な気がしています。

新田:良くも悪くも、日本は流通網が全国津々浦々に行き届いているので、どこにいても手頃な価格でおいしい緑茶が手に入ります。便利な一方で、手間暇をかけて自分たちのお茶をつくることが減り、身近な植物たちを活用した多様な野草茶たちはマイナーな存在にはなっています。でも、「どこにいても手頃な価格でおいしい緑茶が手に入る」ということは、日本には最高品質のおいしいお茶をつくる技術と流通網がすでにあるわけです。

だからこそ、世界一おいしい伝統茶がつくれるのではないかと思っていますし、すでに『tabel』のハスの葉茶が、ある三つ星レストランのコースの最後に淹れられています。日本の伝統茶にはまだまだ可能性があるんです。

宇野:「おいしい」ということは非常に重要ですよね。昨今、飲食物を選ぶ際の基準として「おいしい」が最も大事だと言うと、「意識が低い」と言われる傾向があると感じています。

「エシカルであること」や、先ほど言及したように、飲食から生じるコミュニケーションが「おいしい」よりも重要なのだという考え方ですよね。でも、僕は「おいしい」の価値を馬鹿にしてはならないと思っているんです。情報や正義や一体感を食べたり飲んだりするのではなく、やっぱり食べ物や飲み物そのものを「味わう」ことを過小評価しちゃいけないんじゃないかって思うんです。

お酒が飲料として支配的な力を持っている理由は、コミュニケーションを活性化する効果と、食事との相性の良さにあると思います。つまり、「おいしいもの」をさらにおいしくする効果を感じてもらえれば、お茶がお酒を代替することもあり得るのではないでしょうか。

新田:先ほど宇野さんが例に挙げたケーキもそうですが、お酒は摂取したときに脳に快感をもたらします。飲んだときの快感を脳が覚えているからこそ、また欲しくなる。たしかに、ハーブティや野草茶はそこが弱い。脳が感動するようなお茶づくりに挑戦してみたいですね。

伝統茶を通して、新たな「土地を見る視点」を養う

宇野:また、人と土地のつながりを意識させてくれる点にも、伝統茶が僕たちの生活を変える可能性を感じています。数年前から、「発酵」に注目が集まっているじゃないですか。その理由は、土地に根付いた農作物や食文化を取り戻そうとする動きである「スローフード」との相性がよかったからだと思っています。

薬草や伝統茶にも同じことが言えるのではないでしょうか。つまり、さまざまな薬草やそれらを原料としたお茶は、否が応でも土地と結び付いているし、人と土地の関係性を考えるための一つの回路になるのではないかと思うんです。

新田:その通りだと思います。土地のものを使ったお茶は簡単につくれます。極めようと思えば、温度や加熱時間などの製茶工程は技術と経験が必要ですが、家で気軽に飲むためのものは非常に簡単にできるんです。ヨモギが生えていれば、それを採って乾かせばすぐにヨモギ茶が淹れられますからね。

もちろん、現代の日本においては、すべての土地が「誰かのもの」です。国有地、公有地、私有地を問わず、そこに生えている植物を無断で採ってはいけません。

ただ、たとえばスウェーデンなどの北欧諸国には「自然享受権」を認める慣習法が存在します。これは、土地の所有者に損害を与えず、植物や動物に敬意を払って行動する限り、すべての人にあらゆる土地への立ち入りや自然環境の享受を認める権利のこと。

たとえば、自らの家で消費する分であれば、近くの山林でブルーベリーを摘んで持ち帰ってもいいとされています。どのような形にすべきかはわかりませんが、日本でもこういった権利が認められるようになれば、食文化や私たちの生活にいい影響が生じるのではないでしょうか。

宇野:日本にも野山に分け入って草を摘み、それを食用や薬用として活用する文化はつい最近まであったはずで、いまでも地方の高齢の人たちの間には残っているはずです。僕の祖父母の代までは当たり前のことでしたから。だから、まだまだその文化は回復できると思います。

「薬草摘み」にはエンターテインメント要素もあると思うんです。釣りなどのようなカジュアルなアウトドアカルチャーになればいいですよね。そうすれば、もっと豊かなお茶文化が開けるのではないでしょうか。

薬草文化や伝統茶文化が根付くと、僕たちの土地を見る目が変わると思います。僕は昆虫観察が趣味なのですが、ただ街を歩いているだけでも「あの街路樹にはこういう虫がいそうだな」と考えるんです。それと同じように、薬草や伝統茶に親しむようになれば、見える景色が変わるはず。そして、土地を見る視点が増えることは、無条件で生活を豊かにすることにつながります。

そういった意味でも、伝統茶がもっと広がっていけばいいなと思っていますし、僕も積極的に生活の中に取り入れていきたいですね。

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  • 著者:
    鷲尾 諒太郎
    1990年、富山県生まれ。ライター/編集者 ←LocoPartners←リクルート。早稲田大学文化構想学部卒。『designing』『遅いインターネット』などで執筆。『q&d』編集パートナー。バスケとコーヒーが好きで、立ち飲み屋とスナックと与太話とクダを巻く人に目がありません。
  • 編集:
    笹川ねこ
濁流のように去りゆくこの時間を、心が溶けるひとときに。