台湾原生山茶がルーツの三重のお茶「F4」を地域のブランドに。「ローカル×ボタニカル」の未来:Jikonka・米田恭子さん

江澤香織

三重県亀山市には、「F4」という品種の幻の茶樹があるという。

森の中でひっそりと育っていた茶の樹を偶然見つけ、大切に守り、育てていたのは、地元の宿場・関宿で衣食住にまつわるギャラリー「Jikonka(而今禾)」を営む米田恭子さんだ。

樹々の下に広がる、F4の茶畑。訪れた5月には、瑞々しい新茶の葉がそこかしこで揺れていた。

微発酵させた葉で淹れたお茶を味わってみると、えも言われぬ芳しさと奥深い味わいに驚くばかりだった。一煎、二煎、その度に変わりゆく香りや水色、味わいを愉しめる。

不思議な茶樹の伝来を辿ると、そこには日本と台湾の壮大な歴史が刻み込まれていた。

亀山の茶畑を訪ね、一緒にお茶をいただきながら、F4の力を信じて新たなブランドに育てながら、地域の若者たちと希望ある未来を描く米田さんの次なる挑戦を聞いた。

(取材・文:江澤香織 写真:江藤海彦 編集協力:笹川ねこ 編集:川崎絵美)

のびのび育った緑が眩しい、F4の茶畑へ

三重県は昔からお茶の栽培が盛んな地域で、静岡、鹿児島に次ぐ第3位の生産量を誇る。

車を走らせるといわゆるかまぼこ型に樹木をカットした茶畑をあちこちに見かけるが、米田さんが案内してくれたF4の茶畑は、それとは全く異なるものだった。

これを畑と言っていいものか。もちろん必要な手入れはされているが、一般的に思う、人工的な規則性はほとんどない。

写真の右後方に映る、高々と背を伸ばした茶樹と、手前の低い茶樹がF4

あちこちに手を広げるように茶樹はワシワシと育っており、葉は大ぶりでしっかりしている。4mを超えるほどの背の高い木もあり、幹も太く立派だ。

ここはかつて何十年も耕作放棄地だったところ。F4は完全に無農薬無化学肥料で、自然のままに育っている。

日なたで伸び伸びと元気に育つ茶畑に行ったあと、次は森の中に育つ、もうひとつの茶畑に向かった。

わずかしか日光の当たらない鬱蒼とした檜の木立の中でも、それらはむしろ生き生きと育っていた。時折木の隙間から光が射すと、まるで輝いているようにさえ見える。

森の中の茶畑

「F4はジャングルの中でも育つ品種だから、日が当たっても、当たってなくても大丈夫。この地域では鹿による作物の食害が深刻なんですが、茶の樹は鹿も食べないんです」と米田さん。

お茶の世界では、例えば玉露などの高級茶は、収穫前になると寒冷紗(かんれいしゃ)と呼ばれる布を一時的に茶樹に被せ、テアニンによる旨み、甘みを引き出すような栽培をする。

ここのF4は図らずも天然の被せ茶状態になっているようだ。

米田さんはお茶づくりを始めて10年目。今年のお茶は今までで最高傑作の仕上がりになったという。

しかし、そもそもなぜ三重県の亀山市に、日本中を探しても他のどこにもないF4という謎めいた品種の茶樹があるのだろうか。

F4とは、一体何なのか。米田さんの歩みから、F4を紐解こう。

お茶に導かれた、三重と台湾との運命的な繋がり

米田さんは、夫の西川弘修さんと東海道の宿場町・亀山市関町でギャラリーJikonkaを営んで25年になる。

関町は、かつては「関宿」と呼ばれた宿場町で、東西の交通の要衝として栄えていた。

今も歴史的建造物が建ち並ぶ古い町並みが残っており、Jikonkaも江戸時代の古民家を改装したものだ。

昔から工芸や暮らしの道具に興味があり、ものづくりが好きだったという米田さん。学生時代には美術学校で陶芸を学び、陶芸家として活動していた。

1998年にオープンしたJikonkaには、米田さんのつながりで陶芸作品や染織の服、古道具などが並び、地元の素材を使った手作りの料理やお菓子を提供するカフェでもあった。

当時このような店は全国的にも珍しく、日常の暮らしに重心を置いた新しいライフスタイルの店として注目された。やがて書籍「おいしいをつくるもの 而今禾の道具たち」(主婦と生活社)が2004年に出版されると話題となり、台湾の書店でも販売され、全国各地だけでなく台湾や中国からも人が訪ねて来るようになった。

著書が縁で、台湾からやってきた著名なファッションデザイナー、ジャメイ・チェン(陳季敏)さんと出会い、台湾での仕事がスタートした。米田さんは現地にたびたび足を運ぶようになった。

そこで台湾の日常のお茶のシーンは非常に美しい、と気づく。何度も通ううちに台湾茶の先生や茶農家、研究者などとも知り合い、次第に台湾の茶文化への興味を深めていった。

「特に、当初から通訳をしてくれる茶藝師の日本人女性、杉山路代さんとの出会いは大きかったです。彼女は長年台湾に住んでいるから、台湾と日本の背景を理解した上で、日本人的な視点で私たちにお茶の魅力を解説してくれました」

台湾の文化的背景を知ることで、米田さんの台湾茶の探求はどんどん加速していった。そこで知ったのが、三重県と台湾のお茶を通した深い繋がりだった。

台湾帰りの技術者が、三重を紅茶の一大産地に

そんな頃に、地元の耕作放棄地で、米田さんがこの幻の茶樹に出合ったのは、偶然とはいえ、もう運命的なこととしか思えないだろう。

誰にも手を付けられず何十年と野放しになっていた茶樹を調べていくと、野登村(現在の亀山市)出身で紅茶産業に貢献した川戸勉(かわと つとむ)さんという人物の存在が浮かび上がった。

かつて日本が台湾を統治していた時代、三井合名会社(日東紅茶)や森永製菓(森永紅茶)などの日本企業が現地に茶園や製茶工場を作り、主に紅茶を作って輸出していた。

当時、紅茶は外貨獲得のための重要な商品だったのだ。

統治時代、日本企業が紅茶を生産していた。写真は今も現役の元三井農林の紅茶工場(提供:Jikonka)

しかし戦争が終わると日本人は引き揚げることになり、その中には製茶に従事していた人もいた。

川戸さんもそのひとりだった。台湾では、7つの工場を任されていたという重要な人物だったらしい。

三重県紅茶kk揉捻室建設中 揉捻機を見る川戸勉氏 昭和34年 川戸利行氏提供

日本に帰った川戸さんは、本格的な紅茶の生産を開始するにあたり、台湾に比べて気温の低い日本で美味しい紅茶を作るための品種を選定。挿し木で苗木を生産し、無償で茶農家に提供した。

その功績によって、三重県は紅茶の一大産地となり、国内の品評会で10年連続1等、海外でも高い評価を得るまでになった。

しかし1970年、紅茶輸入の完全自由化の波とともに海外から安価な紅茶が続々輸入されると、三重の紅茶産業は廃れ、いつしか忘れ去られてしまったのだ。

米田さんが偶然見つけた耕作放棄地の茶樹は、川戸さんが輸出用に試験栽培した品種、それがF4だったのだ。

F4は、台湾の山茶をルーツに持つ紅茶など発酵茶向けの品種である。実際にDNA鑑定をした結果、遺伝子の50%が台湾原生山茶だったという。

自身で茶の生産を始めていた米田さんは、時代に翻弄された川戸さんの人生に想いを寄せ、台湾で川戸さんの足跡を訪ねる旅をした。

F4は発酵させて白茶か紅茶に。「子どもも飲みやすいのは発酵茶だと思う」と米田さん

三重のお茶の歴史、幻の「F4」を未来につなぐ

Fとは、ポルトガル語”Formosa(フォルモサ)”の頭文字で、「美しい島」を意味し、大航海時代の台湾への憧れから欧州ではそう呼ばれていた。台湾のお茶はFormosa Teaとして欧米に輸出され、その品質の高さは世界に認められていた。なかでも紅茶生産は、川戸さんのような日本人技術者が関わっていた。

米田さんは、川戸さんの想いを引き継ぎ、亀山で一度は忘れられたF4を地域初のブランドに育てていこうと、今年の春にクラウドファンディングに挑戦。F4の茶樹のオーナーになってもらうプロジェクトを立ち上げた(現在は終了)。

サポーターを巻き込みながら、お茶作りや森の手入れ、お茶とアートを体感できる場づくりなど、お茶から生まれた様々なアイデアを一緒にかたちづくる機会を創出している。

ローカルの自然と共存しながら、耕作放棄地の活用のあり方や、小規模でも持続可能な農業モデル、プロダクトやブランド開発の可能性を探り、これからを担う若い世代が希望を持てる未来へのヒントを示そうとしている。

「自分がお茶を作れば作るほど、川戸さんの報われなかった努力が身に沁みて感じられて。少しでも多くの人に、日本の紅茶の歴史を知ってもらいたいと思いました」

「他の地域にはない、貴重な素晴らしい宝物がここにあるんです。私たちは、その価値に気付き、生かしていきたいと感じています」

山の上で開かれた茶会

よく晴れた5月の週末。野登山(ののぼりさん)の山頂付近には、朝からたくさんの人々が集まっていた。ここには平安時代に創建されたと伝わる野登寺(やとうじ)という寺院があり、そこで茶会が開かれるのだ。

野登山は鈴鹿山脈に連なる山々のひとつで、標高851.4m。野登寺は雨乞いの寺として昔から水の信仰を集めており、なんと山頂に水源がある。

この日は見事な快晴で、うっすら汗をかきながら、足場の悪い木陰の斜面を歩くと、澄み切った水がちょろちょろと湧き出て小川のように流れており、ひとときの涼をもたらしてくれた。

お寺の前の広場では薪を焚き、江戸時代に作られたという古い大きな鉄釜で湯を沸かしていた。この山の湧き水で、この土地で育ったF4のお茶を淹れるのだという。

辺りを見回すと、目を見張るほどの太く巨大な杉の木が何本もそびえ、高さは40mを超えるものもある。山頂にこれだけ立派な天然杉があるのは珍しいことだという。

「杉が育つには膨大な水が必要なんですが、この辺りは付加体(ふかたい)という地形のせいもあって、たまたま山頂にたっぷり水が湧き出ている。その山の水が麓へ流れ、日本の棚田100選にも選ばれた『坂本の棚田』を潤し、安楽川へと注がれる。地域の人々が昔から大切にしてきた水の循環があります」

そう話してくれたのは、亀山市の森林や水源など地域資源を守るため、多岐に活動している「鈴鹿川等源流の森林づくり協議会」の会長を務めてる安田正さん。                                                   

鈴鹿川等源流の森林づくり協議会 会長の安田正さん

この地域に限ったことではないが、近年の野登山は、気候変動の影響で昔は豊富だったブナの原生林が壊滅的になり、鹿の食害によって、かつてはジャングルのように生い茂っていたブナと相性の良いスズタケもほとんど食べ尽くされてしまった。

1000年を超えて守ってきたかけがえのない自然を、新たな未来へ繋げるために、亀山の地で栽培されたF4のお茶をふるまい、みんなで味わい、語り合う機会として、茶会「みずのゆくえ」は開かれた。

米田さんは、この茶会の全体をプロデュースしていた。

「準備は大変だったけれど、地域の人たちが生き生きとしている姿を見られて、やって良かったと思います。思った以上にお力を貸していただき、地域力の高さを実感しました」と話す。

茶会には亀山市長の櫻井義之さんを始め、環境に関わる役所関係者、林野庁関係者、その他地元の名士が多数集まっていた。

「森の中で味わうお茶は得難い体験で、心に沁みますね。これをきっかけに、新しい感覚でお茶の文化が盛り上がるのなら嬉しいです」と櫻井市長も穏やかに語っていた。

集まった人々にお茶を淹れていたのは「お茶MEN’24」と名付けられた地元に住む6人の若手メンバーたち。

医師、建築家、料理人など、普段の職業は様々だが、みんなこの地の歴史や自然価値に気付いた若い世代。お茶の時間がつなぐものに魅せられ、淹れ手を志し、この日のために研鑽を重ねてきた。

お茶の真髄を学ぶために台湾まで行ってきた者もいる。美しく丁寧な所作で大切に淹れられるお茶。土地の魅力を語る彼らに耳を傾け、緩やかに対話しながら味わう一服のお茶は、またとない極上のひとときだった。

お茶が広げてくれる無限の可能性

Jikonkaでは「F4」の茶葉で、発酵茶である白茶と紅茶を作っている。全て手摘みし、製茶までを手作業で行う。

淹れていただいたF4の白茶は、煎を重ねるごとに味や香りの表情が微妙に変化し、その過程が味わい深い。しばし浸っていたいような芳しい余韻がゆったりと漂い、何煎淹れても渋みも出ず、奥深く静かなパワーを感じさせるお茶である。

お茶をゆるゆると飲みながら、心地よい空気に包まれていると、米田さんの楽しいアイデアが次々と湧いてくる。

森にあるF4の茶畑に手作りの茶室を作って人を招くこと。
応援してくれる人たちと一緒に、茶摘みやお茶作りをすること。
米田さんのもうひとつのライフワークである藍染めを体験できる民泊を営むこと。
関宿の街並みを若い建築家たちにリノベーションしてもらうこと。
F4をスパークリングティーとして商品化すること。

「伝え方や表現方法はまだ模索中ですが、このような、自分たちの足元にある文化を感じてアクションを起こしてくれる若い人が増えてくれることを願っています。今回のお茶MENのように」

「お茶は本当に素晴らしいものです」と繰り返し話す米田さん。

「人も、笑顔も、歴史も、文化も、自然も、あらゆるものを繋げてくれる。どんな時も、お茶があればいいんですよ。お茶があらゆるものを良くしてくれますから」

米田さんの話を聞いていると、かつてこの地でお茶の栽培に情熱を注いだ川戸さんの姿がふわりと重なり、その清々しい熱量に心が揺さぶられる。

「私もそれなりに年齢を重ねてきたので、これからやりたいことは、あと5年で、ある程度、自分自身が納得できるかたちにしようと思っている」と米田さん。

米田さんのやりたいこととは、この地の唯一無二であるF4のお茶を軸に、本質を丁寧に掘り起こして地域の魅力を輝かせることだ。

近年、地方創生やSDGsの文脈では、よく“グローバルに考えて、ローカルに行動する”とうたわれるが、Jikonkaの米田さんの取り組みや、F4の茶樹をめぐる物語は、“超ローカルを突き詰めると、それは超グローバルになりうる”を体現している。

ローカルの未来のために、そして地域に眠る宝物「F4」からの未来をデザインするために。循環経済(サーキュラーエコノミー)とは、ローカルの担い手たちによる熱意ある取り組みが原点なのだと感じられる、貴重なお茶の時間となった。

取材協力:Jikonka / nokNok / 鈴鹿川等源流の森林づくり協議会

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Author
フード・クラフト・トラベルライター

フード・クラフト・トラベルライター。企業や自治体と地域の観光促進サポートなども行う。 著書『青森・函館めぐり クラフト・建築・おいしいもの』(ダイヤモンド・ビッグ社)、『山陰旅行 クラフト+食めぐり』『酔い子の旅のしおり 酒+つまみ+うつわめぐり』(マイナビ)等。旅先での町歩きとハシゴ酒、ものづくりの現場探訪がライフワーク。お茶、縄文、建築、発酵食品好き。

Editor
編集者

お茶どころ鹿児島で生まれ育つ。株式会社インプレス、ハフポスト日本版を経て独立後は、女性のヘルスケアメディア「ランドリーボックス」のほか、メディアの立ち上げや運営、編集、ライティング、コンテンツの企画/制作などを手がける。

Photographer
カメラマン

ひとの手からものが生まれる過程と現場、ゆっくり変化する風景を静かに座って眺めていたいカメラマン。 野外で湯を沸かしてお茶をいれる ソトお茶部員 福岡育ち、学生時代は沖縄で哺乳類の生態学を専攻