「川を飲む、山を飲む」を一杯でどう表現する? ローカル×ボタニカル、嗜好飲料の未来を探る:DIG THE TEA イベントレポート

呉玲奈

「川を飲む、山を飲む」

そんな言葉を聞いて、どんな味わいの飲み物が思い浮かぶだろうか?

もしかしたら、そんなローカルに根差した飲み物こそが、次の時代のサステナブルなラグジュアリー体験になりうるのかもしれない。

ボタニカル素材を入り口に、日本発のネクストラグジュアリーを探究する特集ができないだろうか——。そんなアイディアをきっかけに、薬草の専門家、ソムリエ・茶藝師、バーテンダーと、現代料理を研究する文化人類学者が語り合う、オンラインイベントをこの秋、開催した。

DIG THE TEA初のイベントとなる「DIG THE TEA EVENT vol.1『川を飲む、山を飲む』 ボタニカル×ローカルな嗜好飲料の未来形」の様子をレポートする。

9月7日、会場は京都の菊浜エリアにある、幾星京都蒸溜室。カウンターのなかには4人の登壇者。DIG THE TEAのファシリテーター、大月とともにトークセッションが始まった。

登壇者のみなさん(左から)

藤田周さん:文化人類学者 専門は現代料理
藤本真梨奈さん:茶藝師/ソムリエ、「chayoi-茶酔-」主宰
新田理恵さん:薬草調合師、TABEL株式会社代表
織田浩彰さん:バーテンダー、「喫酒幾星」「幾星京都蒸留室」店主
大月信彦:「DIG THE TEA」コネクタ

(文:呉玲奈 写真:江藤海彦 編集:笹川ねこ)

ボタニカル素材と向き合う4人の探究者

——今日はお集まりいただきありがとうございます。まずは、会場をお貸しくださった織田さんから、自己紹介をお願いできますか?

織田:京都・祇園で、薬草酒(薬草リキュール)を専門とする「喫酒幾星」というバーを営んでいます。今日お越しいただいた会場は「幾星京都蒸留室」です。

織田:ここ、幾星京都蒸留室には、小さい蒸留器を設置しています。

蒸留について少しご説明させてください。リキュールの場合、梅酒のようにお酒に漬け込んで香りを引き出す手法が一般的です。しかし沸騰させた蒸気の熱を使って植物から香気成分を引き出す水蒸気蒸留法がおもしろいことに気づきました。

コロナの期間を利用して、約140種の植物を蒸留しました。そのうち、出来がよかったものをノンアルコールスピリッツ「miatina(ミアチナ)」として製品化しました。

幾星京都蒸留室には大小いくつもの蒸留機があり、イベント中も小型蒸留機を稼働し、登壇者のみなさんが持ち寄ったボタニカル素材を合わせて蒸留する実験をしてくれた。

新田:私はもともと食を通じて人を健康にするサポートがしたいと考え、管理栄養士として学んでいましたが、栄養学に対して違和感というか、行き届かない部分があると感じるようになりました。

そこで2014年から薬草リサーチを開始し、「薬草キャラバン」と称して日本の各都道府県や海外を回ったり、農家さんと薬草を栽培したりして、薬草と伝統茶文化について研究を進めています。今日はいろんな植物の話ができることを楽しみにしています。

藤本:私はもともとソムリエとしてオーストラリアのワイナリーやレストランでサービススタッフをしていました。ただ、私、ソムリエなのにお酒が弱いんです。そんなときに、同じ農作物であるお茶の奥深さに魅了されて、学びを重ねました。

現在は、東京西麻布にある中華レストラン「鶫-Tsugumi-」でソムリエ兼お茶ソムリエとして勤務する傍ら、「chayoi-茶酔-」という名前でお茶の販売もしています。

藤田:文化人類学者で、現代料理を専門に研究しています。

私の言う現代料理とは、レストランの置かれた場所の自然と文化を前衛的な方法で料理するジャンルを指します。前衛的とは、フレンチの技法や化学的な方法を取り入れて発展した料理法です。「料理とはなにか」「人とはなにか」「食べるとはなにか」。そんなことを研究しています。

「川を飲む、山を飲む」から連想した景色

——今回のテーマ「川を飲む、山を飲む」と聞いて、どんな風景を思い浮かべたか、みなさん教えていただけますか?

織田:大学進学をきっかけに京都にきて20年が経ちます。私が住む京都は伝統文化が色濃く残る場所で、葵祭や祇園祭がよく知られていますね。もともと祭りには、山の神さまを川におろしてきて、街に迎えて祀るという側面もあります。

祭りが季節とつながって、暮らしのなかにあるのが京都です。現代の私たちが忘れてしまうような環境に住んでいるだけで、もしかしたら昔の人たちのほうが「川を飲む、山を飲む」というテーマを当たり前のように理解していたのかもしれないと想像します。

新田:2023年、鳥取県の大山(だいせん)の「もひとり神事」と呼ばれるお祭りに行ってきました。もひは、古語で「水」という意味です。神職さんが、7月14日に神社を出発して、聖なるお水と薬草をもって帰ってくる神事です。

新田:当日参拝していた人は、お水と薬草を分けてもらえます。特別すぎてなかなか飲めませんでしたが、今日はこの薬草をもってきたので、みなさんといただけたらと思います。

鳥取県の大山では山頂の御神水と薬草(ヒトツバヨモギ)を持ち帰り御神前に捧げる神事が1000年以上に渡って行われている。参列者には薬草が配られ、陰干しした薬草を煎じて飲めば万病に効くとされる。

——霊山は川の源流になっていることが多いと聞きました。

藤本:私は山と川と聞いて、これまでに行ったことがある場所を連想しました。お茶をつくっている地域では、宇治と八女、台湾です。お茶にとって最も大切な水を表現するうえで、思い浮かんだのが、中国の武夷山です。武夷山の岩茶は、自分がお茶を好きになったきっかけでもあります。今日は私らしいドリンクをのちほど披露したいと思います。

——藤田さんはいかがですか

藤田:私は具体的な飲み物を思い浮かばなかったので、街の話をします。先日、福島県の浪江町に行ってきました。東日本大震災で津波の被害に遭った地域です。

海風が吹く原っぱで、「ここでなにがつくれるのだろう?」と考えたのです。この土地でなにかをつくるなら、これまでの美学とは違うものになるだろう。どんなことができるのかを考えたいと思いました。

——みなさん、ローカルについてはどのように捉えていらっしゃいますか?

新田:今、ローカルに注目されている人は多いですね。可能性がある反面、人手不足などの課題も多い。今回大山から持ってきたヒトツバヨモギは、栽培の方法も確立されていません。薬草には、そういった絶滅危惧種という見方もあります。難しい問題だなと思います。

——日本でも、クロモジが人気になったとたん、刈り尽くされる勢いと聞きました。

新田:心配ですね。6月にフィンランドに行ってきました。フィンランドやアイヌの人たちは、森に入る前に手を合わせて感謝を伝える。手を伸ばして届く範囲しか採取しない。こういったマナー、意識が行き届いている印象を受けました。ビジネスとなるとそのバランスを崩してしまいがち。いろんなことを考え直すタイミングかもしれないと思います。

藤本:私がもうすぐ行く武夷山は、中国においてはローカルにあたります。どんな人がどういう環境で働いているか、見てきたいと思っています。インターネットである程度は調べられるけれど、ローカルについて、ドリンクについて自分の目で確かめていきたいですね。

藤田:中国のローカル情報、TikTokに上がっていませんか? 中国の少数民族のお祭りがTikTokに上がっていて、その筋の研究者が狂喜乱舞しているという状況があります。知られざるローカルのお茶の情報があるかもしれません。

——海外のローカル視点といえば、藤田さんはフィールドワークとして、世界のベストレストランにも選出されているペルーの「セントラル」で働いていましたね。ベルーでもローカルな人々とつながることがありましたか?

藤田:ローカルな人々とのつながり方としては、現地でペルーの農村を研究しているようなコーディネーターとなる人類学者を介しました。現地の人とどうつながるかを仕事にしているような人がいるのです。

実際に、村人にどのように謝礼金を渡すかという問題があります。たとえば現金がそんなに必要がない村があったとします。そこに住む村人のうち1人にたくさんのお金を渡すと、大問題になります。そうなると、その村の財産管理の仕方も理解しないといけない。

また、薬草をどのように摘んでいいのか。そういった村のルールと噛み合うやり方で、分配を考える役割の人もいる。先ほど、植物を刈り尽くしてしまう問題がありました。日本でも採取や狩猟をしている人がいるわけで、そういったローカルの方々と上手につながる必要があると思います。

サステナブルな飲料をつくるために大切なこと

——未来に向けてサステナブルやエシカル、生物多様性といったテーマについて、飲料の観点から気にしていることを教えてください。

織田:ノンアルコールスピリッツ「miatina(ミアチナ)」には、3種類の味があります。そのうちのひとつ、「然仙(ねんせん)」には神代杉(じんだいすぎ)と檜を使っているのですが、滋賀県の中川木工芸さんの桶職人が桶をつくる際に出る、鉋屑(かんなくず)を利用しています。

——ドン・ペリニヨン公認のシャンパンクーラーで知られる木桶の職人さんですね。

織田:はい。桶に鉋をかけるので鉋屑は必ず出ますが、これまでは捨てられていたものでした。中川木工芸さんは入浴剤や芳香剤にしていましたが、使う量に限度があります。

そこで試しに蒸留してみたところ、とてもいい香りが出ました。以来、鉋屑を使わせてもらっています。

中川木工芸の鉋屑を活用したノンアルコールスピリッツ「miatina」

織田:この「然仙」以外の2種類のノンアルコールスピリッツも同じ考え方で作っています。

「非時(ときじく)」は奈良に育つ日本最古の柑橘といわれる「大和橘」(やまとたちばな)の葉を主にしたブレンドです。この橘も、実ではなく剪定した葉っぱを使っています。香りがいいけれど可食性のない植物はけっこう多いものです。蒸留という方法は、そんな素材を活かす可能性があるように感じています。

幾星の商品開発は、サステナブルな観点で、それまでゴミになってしまっていたものにスポットをあてて、材料として使う。そんなことを大切にしたいと思っています。

新田:薬草におけるサステナビリティという観点では、「使った分だけ植えたほうがいい」という考え方があります。岩手県で「伝統的な農業は80年サイクルで考える」という話を聞きました。たとえば木を植える場所を分散させてサイクルを回すことや、農家さんと協力して種から苗に育てる方法を模索する。そんなことが進められています。

あとは、原価が上がる時代ではありますが、“国内フェアトレード”とでも言えばいいのか、農家さんに価格の皺寄せがいかないようにしたいですね。 

——国内フェアトレードという言葉は初めて聞きました。海外の生産者に対する取り組みというイメージが強いですが、国内においてもちゃんと値段を製品に反映させて、価値をつけていけたらいいですね。

新田:水面下でご苦労されている作り手さんを大事にした方がいいというのは国境を超えて同じなので、そう言っていただけてうれしいです。気候変動があると、農業や漁業の方々に大きな影響が出ます。台風や地震があっても、助け合えるような状況をつくりたいと思っています。

藤本:私は飲食店勤めですので、キッチンに頼んで食材の皮を捨てずにとっておいてもらって、乾燥させてお茶にすることがあります。皮のほうが渋みや香り成分があって、いいお茶になりやすいんです。種もいいですね。なるべく無駄にせず、なにかしらドリンクにしたいと考えています。

——ノンアルコールのドリンクもつくられていますか?

藤本:私がつくるのはほぼノンアルコールです。お茶ですね。

お湯を入れる、水出しにする、煮出してみる。お客さまは「飲んだことない味だね」とおっしゃる方も。「実は皮を使っているんです」とお伝えすると、驚かれますね。

藤田:サステナブルやエシカルに関連して、私が注目している言葉ではフォークロア(民間伝承、民俗)ですね。

私は静岡の浜松出身で、国家との緊張関係がない土地で育ちました。でも、東北、岩手や福島に行ったときに、国家との関係性が私の生まれ育った土地と違うことに気づきました。

自分たちで民話を探したり、新聞をつくったりしている蓄積の歴史がある。そのなかには、その土地ならではの食べものもあるでしょう。そういった、土地に根付く知識を掘り出すためのフォークロアに注目しています。

——たしかに地域によって独自の文化が発達していますね。ただ、気になるのはお雑煮のように年に1回は食べる習慣のあるものしか文化として残らないことですね。常食するものにこそその土地の文化として残ってほしいのに、飲料はグローバリゼーションに飲み込まれやすいですね。

「川を飲む、山を飲む」を表現する一杯

イベントの中盤は、「川を飲む、山を飲む」をテーマに、新田さん、藤本さん、織田さんが、それぞれのアイデアをもとに、実験的なオリジナルドリンクを披露した(実験ドリンク編のレポート記事は10月31日に公開予定)。

新田さんが考案したドリンク、テーマは「水が生まれて、豊穣をもたらすまで」。鳥取県大山の神域に生えているヒトツバヨモギを使い、二杯で水の誕生と豊穣を表現した。

藤本さんが考えたドリンク、テーマは「武夷山の味わい」だ。中国伝統の「八宝茶」と呼ばれるスタイルで、中国福建省にある武夷山を表す。

織田さんが供したのは「神代杉のフィズ」だ。スパイシーでウッディーな香りがするノンアルコールスピリッツを中心に、ノンアルコールカクテルを披露した。

イベントで、登壇者の方にリアルタイムにドリンクを創作していただくのは実験的な試みだったが、同じテーマでも、それぞれの経験と知見と発想力によって、その世界観ごと味わえる実に多彩なドリンクを披露していただいた。

DIG THE TEAは、この特集をきっかけに、様々な地域で、固有のボタニカル素材を生かしたドリンクが生まれるかもしれない、という確かな可能性も感じられた。

参加したみなさんのアンケートでは、「香りを嗅ぎたい」「飲みたいのに飲めない」などの声も寄せられ、編集チーム一同「たしかに……」と反省。飲めなかったみなさんにも、この香りや味わいを届ける実験ドリンク編のレポート(10/31公開)と合わせてご一読ください。

続いて、ドリンク編を経て、新たな飲料体験について語り合った後半の様子をお届けする。

飲料の未来、新たなスタンダードを創るには

——みなさんは、お茶やドリンクを通じて、将来的にどんな飲料体験をつくっていきたいとお考えですか?

藤本:現在、私は主に中国茶の活動をしています。中国の歴史や文化がすごく好きです。最もよく聞かれる質問は「中国茶はなにから始めたらいいかわからない」です。日本茶のルーツは中国にあります。

マグカップに茶葉を入れてお湯を注ぐだけでお茶はできます。中国茶に興味がない方でも、そこから始めていくように、気軽に飲んでもらえるように、お伝えしていきたいですね。

11月から京都の祇園、八坂神社の隣で中華料理屋を始めます。ここでもペアリングなどの情報発信をしていきますので、お茶を気軽に楽しんでいただける世界をつくっていきたいですね。

新田:茶道を習っていて「お茶があるところに争いは起きない」という言葉を聞いたことがあります。お茶は調和を大事にするものだと思います。

別の中国茶の先生からは、「一口飲めば、体が整う。二口飲めば心が整う。三口飲むと、道が整う」という言葉も教えてもらいました。道とは、人生の道(タオ)ですね。

お茶の時間が整うことにつながっていく。そんな時間をもてるような、お手伝いがしていきたいですね。肩肘張らずに、普段のお茶を楽しんでもらえたらと思います。

織田:現在は、ノンアルコールスピリッツが多くの人にとって想像がつかないものです。私がこの蒸留所をオープンしたときにいろんな人に説明しても理解してもらえなかった。でもここに来てノンアルコールカクテルを飲んでもらったら「きみのやりたいことがわかったよ」と言われる経験がありました。

ですので、まずはノンアルコールスピリッツの認知度をあげていきたい。そして、ノンアルコールスピリッツを使ったカクテルのクラシックをつくっていきたいですね。

織田:DIG THE TEAさんは「ネクストラグジュアリー」という言葉を使っていますよね。そこに共感します。今、私が目指しているのは「ネクストクラシック」です。

一旦クラシックをつくると、そこからクリエイティブな発想が生まれてくる。まずはその下地をつくることがしたいですね。

藤田:そもそも、「川を飲む、山を飲む」といっても、ハーブや樹はおいしくないですよね。香りがいいわけであって、はっきりと甘くておいしいわけではない。その(素材の)良さは、新田さんと藤本さんのドリンクに現れました。

一方、カクテルをつくってくださった織田さんは、強い味をぶつけるようにしてつくる。ポップな味にする。それらアプローチの違いは、山や川のよさを知りうる入口になりそうです。

織田:カクテルには歴史があります。ノンアルコールはこれから歴史をつくっていきたい。そのあと文化を花開かせる。お茶やカクテルのような、しっかりとした基礎をつくっていきたいと思っています。

—— 特集「川を飲む、山を飲む」にまつわる今回のトークイベント、今後のDIG THE TEAを編集していく上でも大きなヒントをいただきました。ありがとうございました。

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Author
編集者 / ライター

Editor / Writer。横浜出身、京都在住のフリー編集者。フリーマガジン『ハンケイ500m』『おっちゃんとおばちゃん』副編集長。「大人のインターンシップ」や食関係の情報発信など、キャリア教育、食に関心が高い。趣味は紙切り。

Editor
編集者

『DIG THE TEA』メディアディレクター。編集者、ことばで未来をつくるひと。元ハフポスト日本版副編集長。本づくりから、海外ニュースメディアの記者まで。企業やプロジェクトのコミュニケーション支援も。岐阜生まれ、猫好き。

Photographer
カメラマン

ひとの手からものが生まれる過程と現場、ゆっくり変化する風景を静かに座って眺めていたいカメラマン。 野外で湯を沸かしてお茶をいれる ソトお茶部員 福岡育ち、学生時代は沖縄で哺乳類の生態学を専攻