「川を飲む、山を飲む」
そんな言葉を聞いて、どんな味わいの飲み物が思い浮かぶだろうか?
もしかしたら、そんなローカルに根差した飲み物こそが、日本が世界に誇る、次の時代のラグジュアリー体験になりうるのかもしれない。
ボタニカル素材を入り口に、日本発のネクストラグジュアリーを探究する特集ができないだろうか——。そんなアイディアをきっかけに、薬草の専門家、ソムリエ・茶藝師、バーテンダーと、現代料理を研究する文化人類学者が語り合う、ユニークなオンラインイベントをこの秋、開催した。
DIG THE TEA初のイベントとなる「「川を飲む、山を飲む」を一杯でどう表現する? ローカル×ボタニカル、嗜好飲料の未来を探る」のドリンク実験編をレポートする。
ドリンク実験編では、「川を飲む、山を飲む」をテーマに薬草の専門家新田理恵さん、ソムリエ・茶藝師の藤本真梨奈さん、バーテンダーの織田浩彰さんがオリジナルドリンクを披露。
それぞれの個性が伝わる一杯を文化人類学者の藤田周さんと一緒に試飲し、DIG THE TEAのファシリテーター大月とともにローカル×ボタニカルの飲料体験の可能性を探究した。
登壇者のみなさん(左から)
藤田周さん:文化人類学者 専門は現代料理
藤本真梨奈さん:茶藝師/ソムリエ、「chayoi-茶酔-」主宰
新田理恵さん:薬草調合師、TABEL株式会社代表
織田浩彰さん:バーテンダー、「喫酒幾星」「幾星京都蒸留室」店主
大月信彦:「DIG THE TEA」コネクタ
前編 》「川を飲む、山を飲む」を一杯でどう表現する? ローカル×ボタニカル、嗜好飲料の未来を探る:DIG THE TEA イベントレポート
(文:呉玲奈 写真:江藤海彦 編集:笹川ねこ)
一杯目は、鳥取の霊山・大山の薬草を氷出し
最初にカウンターに立ったのは、薬草調合師で伝統茶ブランドTabel代表の新田理恵さん。
「川を飲む、山を飲む」から連想したテーマは「水が生まれて、豊穣をもたらすまで」だ。
新田:水は巡るもの。いろんな側面があり、いろんな物語があります。そして、自然の営みはゆっくりなので、それにあわせて時間をかけて抽出する方法を選びました。今回は2時間かけて、じっくりと氷出しで抽出しています。
この器のなかに鳥取県大山の神域に生えているヒトツバヨモギが入っています。氷出しにつかった氷は、京都市内の市比賣(いちひめ)神社さんで湧いている神水、天之真名井(あめのまない)からいただいたものを、凍らせました。
お水の味はまろやか。京都は超軟水といわれていますが、やわらかくて清涼感のあるお水です。
新田さんは、口の開いたグラスに液体を移し替えていく。わずか2口ほどで飲み干してしまう量の透明なドリンクが、ガラスの向こうで輝く。
新田:まずは一口目をお配りします。いつもよりヨモギの量も減らして、かなり水に近い感じです。山頂付近から湧き上がる清らかな水と植物を感じていただけたらと思います。
織田:かすかな甘さと、ほのかな辛さがありますね。これはヨモギ由来でしょうか?
新田:はい。水出しだと1年熟成されたヨモギの味が引き出されます。今回はヨモギの先端部分を使っています。
藤田:ヨモギに、かすかな辛さがあるとは知りませんでした。
新田:一般的に見かけるカズサキヨモギではあまり感じませんね。このヒトツバヨモギならではだと思います。
藤本:お水の味もあいまって、甘みも感じます。
新田:水はもちろんですが、このガラスの器も、口の横に広がる形Xを選んでいます。甘みを感じる味蕾は舌の横側に集中しているので、感じとりやすいものにしました。
二杯目は、森や山の恵みを感じる配合で「豊穣」を表現
続いて新田さんは、二杯目の準備に入った。
新田:水は豊穣をもたらしてくれるもの。そこで森の恵み・山の恵みを表現したいと思いました。イチジクと迷ったのですが、山梨の勝沼で出会った(大粒の赤ブドウ品種)クイーンニーナと合わせることにしました。クイーン(女王)というよりは、私は王女らしさ、清らかなフレッシュ感を感じます。まさしく豊穣の女神にふさわしいのではないかと思いました。
果汁を絞るにあたり、細胞を壊すために一旦凍らせてから解凍して絞ることによって、クリアな汁が抽出できます。
新田さんはカクテルメジャーとシリンダーを駆使して、計量していく。
新田:果汁の甘味でデザート的につくることも可能だなとは思ったのですが、今回表現したかったのは水のよさです。なので、かなり薄めにすることにしました。皮と実の両方を絞っています。皮が入ることでふくよかさが増してボリュームが出て、色もピンクがかってかわいらしくなりました。
藤田:皮を入れると渋みが出ますよね。料理に合わせるときは渋みがあったほうがいいように思いますが、そのあたりの判断は迷いませんか?
新田:今回はクイーンニーナが甘いので、皮の渋みがあってもメリハリが出るように思いました。
先ほどの一口めは、薬草と水で源流を、そして湧き水は流れをつくり、山林を潤していくなかで、二口めは芳しい植物や果実を育んだ豊穣を表現。クリアなグラスの底には、半分に切られた瑞々しいブドウの粒が沈んでいる。
新田:ふわっと飲める量にしてあります。まずは水を、そして次にブドウを食べていただけたらと思います。最初の味わいは、淡くかすかな感じだと思います。
織田:ここまでかすかな味だと、相対的にマリーゴールドの葉でしょうか? その香りがしますね。
藤田:ヨモギとブドウとマリーゴールドは、必ずしも「これなら絶対に安心」という組み合わせではないですよね。その組み合わせが今回のテーマから生まれてきたのは、すごくいいなと思いました。
藤本:すごく繊細な味わいですね。やわらかいです。
新田:水の存在感を消さないための果汁のバランスは、何回も試行錯誤してたどりつきました。今日味わっていただいたのは。(果汁を)4.5倍で希釈したものです。植物のかすかな存在感を味わっていただけたらと思います。
——一口目と二口目で、源流から下流へ、景色が変わる楽しさがありました。ありがとうございます。
テロワール豊かな「武夷山」、岩のあいだで採れるお茶
続いて、カウンターに立ったのはソムリエの資格をもつ茶藝師の藤本真梨奈さん。テーマは、中国・福建省にある名勝「武夷山(ぶいさん)」だ。
藤本:私がお茶にハマったきっかけは、ソムリエの先輩に連れて行ってもらった中国茶専門店です。そこで出された蓋椀(がいわん)と呼ばれる茶器に入っていた烏龍茶が、これまで飲んでいたお茶とまったく違った味わいだったんですね。あまりにもおいしくて「これはおいしい!」と叫んでしまったほどです。
そこからお茶に興味が湧いていきました。お茶講座に参加するなど勉強するなかで出会ったのが、武夷山(ぶいさん)の岩茶(がんちゃ)「大紅袍(だいこうほう)」です。
武夷山があるのは福建省で、台湾から海を挟んで西側に位置します。武夷山はまるで水墨画の世界。切り立った山々のあいだに九曲渓(きゅうきょくけい)と呼ばれる川が流れていて、ここでしか出会えない風景とテロワール(産地ならではの気候、土壌、風土がもつ特性)があります。
藤本:そんな特殊な地でしか生まれない烏龍茶があります。この地域だと中葉種と呼ばれる茶葉になります。日本では小葉種が一般的ですね。「岩茶」の名は、岩のあいだで栽培されることに由来します。
今日は岩茶と福建省でつくられている色々な食材を使って、お茶を淹れていきます。
肉桂(ニッケイ)という岩茶に合わせるのは、まずは茶樹茸(チャジュキノコ)。烏龍茶の木の下に生えているのがおいしいと言われ、現地では幻のキノコとも呼ばれるものです。
あとは木耳(キクラゲ)。そして武夷山の南で栽培されている、同じ福建省の「金沙鳩麦(キンサハトムギ)」も使います。これは皇帝の献上品としても知られます。
あとは建寧の蓮の実。武夷山の周辺でも蓮の実のレシピが多いので、使うことにしました。そしてフルーツ類。南国の気候なので、竜眼(リュウガン)、あるいは棗(なつめ)も現地では生で食べるようです。ライチは皮だけにしました。あえて実は使っていません。
今回のベースの水は「南アルプスの天然水」。中国のお茶席では、南アルプスの天然水をわざわざ輸入して使っている人が多いと聞きます。中国は硬水なので沸かすか、ミネラルウォーターを使うことが多いようです。あえて中国でよく使われている日本のお水にしました。
この水を麦飯石(ばくはんせき)に10時間ほど漬け込んで、南部鉄瓶で沸かしました。これは中国茶ではやらないことです。なぜなら、中国茶に鉄瓶を合わせるとお茶の味がブレやすくなるからです。ただ、今回は鉄分やミネラル分を強く出したかったので、鉄っぽさを足しました。
ちなみに、200回ほど中国を訪れているお茶の師匠によると「中国では決して生の水を飲まない」とのこと。その唯一の例外が、武夷山の湧水で、生の水をそのまま飲んだことがあるそうです。とてもおいしかったと聞きました。
私は、そんなミネラルたっぷりの武夷山の水を表現したいと思いました。
まるで、おふくろの味のように。地域性のある「八宝茶」
藤本:みなさんには蓋椀(がいわん)飲みで提供します。これは、福建省の白磁が特徴的な器をお持ちしました。
蓋を使って、中身をよけながら飲んでいただきます。烏龍茶だけではなくて、その土地ならではの、土っぽいニュアンスを感じていただけるかと思います。
藤田:土っぽさを感じますね。
新田:烏龍茶の存在感がしっかりとありますね。これは何回も飲むんですか?
藤本:何煎も数えきれないほど飲みます。飲むごとにニュアンスが変わる。一日中楽しめるお茶になっています。
藤田:この8つの素材を混ぜるのは難しそうですね。
藤本:経験値ですね。八宝茶を参考にしています。八宝茶はもともと中国北部の茶葉がつくれない地域で生まれたお茶で、シルクロードの交易が盛んでした。「商人がもってくるいろいろなものを合わせて、お茶のように飲んでみよう」というのがルーツで始まったお茶です。
八宝茶は8つの宝と書くように、縁起のいいものが入っています。そこから転じて、体にいいものを集めたお茶ですね。健康にもいいですし、体調や好みにあわせたブレンドに変更することができます。今や中国全土でも楽しまれているので、その土地土地の「おふくろの味」があるのも八宝茶のおもしろさです。
今回は、中国ならではの味わいのうち、私は武夷山の仕立てにしてみました。
2500年前の神代杉を生かす、ノンアルコールカクテル
最後にカウンターに立ったのは、バーテンダーの織田浩彰さん。つくるのは、「神代杉のフィズ」だ。
織田:これまでのおふたりはお茶の世界を表現しておられました。僕もノンアルコールスピリッツをつくるときに、「そもそもお茶と、ノンアルコールスピリッツはどう違うのか?」と考えるようになりました。これは僕の中で大きなテーマです。
織田:いろいろ違いがあるのですが、飲んだときの味がいちばん違う。飲んだときの味がお茶よりも少ないのが、ノンアルコールスピリッツの大きな特徴です。
だから、ノンアルコールスピリッツはここから手を加えてあげる必要があります。このまま飲むことを想定してつくってはいません。カクテルにおけるウォッカやジンのような感じで、そのまま飲むのではなく、加工して飲んでいただく方がいいかなと思っています。
織田さんは、使い慣れたカクテルメジャーで、手際よく計量していく。
織田:カクテルを説明するときに、「ケーキみたいなもの」と表現することがあります。まるでケーキのようにいろいろな味を重ねていくのと同じように、カクテルは手数が増えていく。
「食事に合うカクテルを」となると、お茶に近いものになっていく。料理と合わせて完成する味ですね。でもカクテルの本質はそうではなく、単体で完結しているものだと思います。
今日、新田さん藤本さんがつくってくださったドリンクには余白がある。だけど、これから私がつくるカクテルは対照的で、一杯で完結しているものです。そういう違いがあります。
ここで織田さんが取り出したのは大きな銀のボトル。シェイカーのボディに液体窒素を注いでいく。白いスモークがあふれて、歓声が上がる。
織田:液体窒素を使うのは見た目だけが理由なわけでなく、理にかなっています。
このあとグラスに氷を入れてカクテルを注ぐわけですが、常温の状態で合わせてしまうと氷が溶けて薄くなってしまう。でも液体窒素でしっかりキンキンに冷やしてから入れると、カクテルに余計な水が入らないのです。
私はどれだけカクテルに濃度を残すかを考えています。だから、最初の新田さんの水をいかに感じさせるかを考えたドリンクをいただいたときに、自分の方向性とは対極だなと感じました。
織田:ノンアルコールスピリッツ「miatina(ミアチナ)」の神代杉(じんだいすぎ)を主にした「然仙(ねんせん)」を使いました。
中に入れているのは、レモン果汁と青柚子のコーディアルです。コーディアルはシロップの一種で、季節によって変えています。柑橘のフレーバーを入れたかったのです。
複数のレイヤー(層)を重ねる、カクテルの思想設計
織田さんはバースプーンを回転させ、グラスに入った氷と材料をかき混ぜていく。くるくると規則正しい音を立てる。
藤田:織田さんのお話をお聞きして想像するに、骨太のノンアルコールカクテルになりそうですね。構成要素が少なめで、強い味わいになりそうです。
織田:植物をお茶にしたりシロップにしたり蒸留水にしたり。それぞれの方法で、その植物の異なるいいところが出るんですよね。カクテルがおもしろいのは、そういう別の方法で取り出したよさを複合的に合わせていくことにあります。
織田:今回は青柚子はシロップで、檜や杉は蒸留水です。そうして重ねていくことによって、バランスをとっていくんです。ここにトニックウォーターを少なめに合わせて、ソーダも少し入れます。
さらに、私たちがカクテルでよく使うビターズを数滴振ります。ビターズは、ハーブやスパイス、香草、樹皮などといった様々な原材料を高濃度に抽出したもので、カクテルの仕上げの香味づけに使われます。
通常のカクテルで使われるのはアルコールなのですが、いま振ったものは自家製でノンアルコールです。ビターズを使うと、クローブとかシナモンといったスパイスのタンニン分がよく出るかなと思います。
——ノンアルコールカクテルに対して、「アルコールがないとボディが弱いのでは」と考える人も多いのではないでしょうか?
織田:濃縮した香りを与えることで、ボディを補うことが大事ですね。濃縮した香りがあるのとないのでは、全然違う。その香りがソフトドリンクとの違いでもあります。
自分で言うのもおこがましいのですが、僕は今後のノンアルコールカクテルの定義をつくりたいと思っています。定義として、蒸留水を使わないとノンアルコールカクテルではないと強く考えるようになりました。蒸留水を使わないなら、それはソフトドリンクではないかと。
——たしかに定義は大切ですよね。音楽の世界にも通じます。
織田:そうですね。最後に削りかすを乗せて、バーナーで火をつけることで燃えたときの香りを足します。これでできあがりです。
新田:いい香り!
藤田:たしかに、カクテルは設計思想が違いますね。柚子の香りがいいですね。上品な味。京都の夏にぴったりです。木の香りが、複数のレイヤー(層)で、軽み、渋み、厚みをもって感じられる。
織田:先ほどカクテルをケーキに例えました。ケーキも、スポンジだけでできているわけはなくてムースやジャム、複層的になっていく。もしケーキの材料を全部混ぜて固めても、同じ味になるわけではありませんよね。
それと同じで層をつくるのが大切。カクテルも同様に、混ざってはいるのだけれどレイヤーをつくることを意識しています。
新田:飲むうちに、甘さから感じるものが変わる。味が変わるのは、おもしろいですね。
織田:そういう意味では、このカクテルを飲みながらなにかを食べるというイメージはありませんね。そういう余白はありません。このカクテルで終わり、という感じですね。
薬草の専門家である新田さんの、薬草と源流の水を生かした繊細なやわらかさが感じられるお茶。ソムリエで茶藝師の藤本さんによる8つの素材を生かした複雑な中国茶。そしてバーテンダーの織田さんによる香りを濃縮したノンアルコールカクテル——。
地域性、素材のユニークさ、それぞれの専門性が発揮され、独創的なドリンクが誕生した。
お茶とノンアルカクテルの思想の違い、余白の有無、煎の重ね方、時間による味わいの変化など、プロフェッショナルによる共創によって飲料体験の奥深さが浮かび上がった。
ノンアルコールドリンクをめぐる冒険は、これからの飲料体験、次の時代のラグジュアリーを探求するうえで、大きなヒントが詰まっていた。
Editor / Writer。横浜出身、京都在住のフリー編集者。フリーマガジン『ハンケイ500m』『おっちゃんとおばちゃん』副編集長。「大人のインターンシップ」や食関係の情報発信など、キャリア教育、食に関心が高い。趣味は紙切り。
『DIG THE TEA』メディアディレクター。編集者、ことばで未来をつくるひと。元ハフポスト日本版副編集長。本づくりから、海外ニュースメディアの記者まで。企業やプロジェクトのコミュニケーション支援も。岐阜生まれ、猫好き。
ひとの手からものが生まれる過程と現場、ゆっくり変化する風景を静かに座って眺めていたいカメラマン。 野外で湯を沸かしてお茶をいれる ソトお茶部員 福岡育ち、学生時代は沖縄で哺乳類の生態学を専攻