「森」に愛着を持つ人を増やす、“暮らしと循環”のデザイン:長野県伊那市「やまとわ」の実践

江澤香織

赤石山脈(南アルプス)と木曽山脈(中央アルプス)に挟まれ、広大な山と森に囲まれた緑溢れる、長野県伊那市。

人々の日常の中に比較的身近に山や森があり、伊那市では森と人との共生をテーマにした様々な活動が行われている。しかし、現代の暮らしの中で森の存在はどんどん遠のき、人々は森を忘れて日々を過ごしつつあると感じられる。

「森をつくる暮らしをつくる」を理念に掲げる株式会社やまとわで森林ディレクターとして活動する奥田悠史さんは、森にまつわるユニークな取り組みを次々と実践している。

連載シリーズ「川を飲む、山を飲む」を展開するDIG THE TEAは、新緑の美しい5月に奥田さんを訪ね『やまとわ』の取り組みや、これからの人と森の暮らしの在り方について話を聞いた。

(取材・文:江澤香織 写真:川しまゆうこ 編集:川崎絵美)

森の中に溶け込む、その土地の素材で作られた椅子

株式会社やまとわは、長野県伊那市で人の暮らしと自然をつなぎ直すことを軸に、農林業、木工、住宅・デザイン、地域企画・教育などの事業を展開している。

家具をはじめとする『やまとわ』のオリジナル商品は、伊那市をベースに周辺地域の木を使っている。

「せっかくだから森でお話ししましょう」

奥田さんは木の折りたたみ椅子を抱えて、てくてくと森の中へ入って行く。まるで絵本の中に出てくる無垢な少年のような雰囲気で、森の木についてひとつひとつ説明してくれた。

「アカマツは自然林。背が高くて葉っぱもまだらなので、地面の植生が豊かです。ヒノキは人工林で、ここは間伐されていないので植生が全くない。こちらはコナラやクヌギ。昔は薪や炭にしていましたが、今はその生活がなくなってしまって放置されている。ここには自然林、人工林、薪炭林(しんたんりん)があり、3つの違いがはっきり分かる面白い森なんです」

森の開けたところに椅子を並べてみんなで座ってみる。もう夏が始まる少し暑い時期だったが、程よい木陰に涼しい風が流れ、自然の空気が清々しい。

奥田さんが抱えていた木の椅子は『やまとわ』でつくっている「pioneer plants(パイオニアプランツ)」というブランドのもの。デンマーク語で「ゆったりした居心地の良い時間」を表す「hygge(ヒュッゲ)」をデザインのテーマにしている。

「pioneer plants」のチェアは折りたたみ可能で、室内でもアウトドアでも持ち出せるようデザイン

アカマツ、クリ、クルミなど、地元で採れる木材が使われ、体に心地よく馴染むフィット感もあいまって一度座ると離れられなくなる。心身ともにリラックスさせてくれる緩やかな傾斜の背もたれと座面、シンプルなフォルムと木の素朴な質感に包まれて、自然と一体化したような気分になるのだ。

森の中でこの椅子に座り、日がな静かに読書でもしながらのんびり過ごしたら、どんなに素敵だろうか。

木を紙のように薄く削った経木(きょうぎ)の昔ながらの使い方とこれからの使い方も提案。やまとわの「信州経木Shiki」は、信州伊那谷のアカマツ100%

自然への脅威が心に刺さり、自然に強く惹きつけられる

奥田さんは、“忍者の街”で知られる三重県伊賀の出身。家のまわりは自然に溢れ、物心ついた時から、自然と親しんでいたという。

「川が好きで、よく遊んでいました。川では楽しい思い出ももちろんありますが、どちらかというと自然の恐ろしさを子供心に感じていました。流されて溺れそうになったり、鋭利な石で足が傷だらけになったり。自然は好きだが怖くて厳しいもの。自然ってすごいな、という畏怖の念がありました」

「近所で見かけた狸が病気になっている姿も記憶に残っています。どうやら農薬の影響らしいという話を聞いて、漠然とした恐怖もあった」

自然に対する人間の振る舞いは利己的で、それが大きなしっぺ返しを食らうこともある。

自然と人間はどうすれば仲良く共存共栄できるのか。子供だったからこそ、強いインパクトで心に迫り、素直に考えを巡らせることができたのかもしれない、と奥田さんはいう。

奥田さんは信州大学(長野県松本市)に進んだ。自然の風景が好きで、雪国への憧れがあり、雪山のそばで暮らしたいと思ったそう。

「子供の頃からスノーボードが好きだったので、単純にスノボしたいなって思っていました。でも長野に来たら、あまりにも見たことのないような雄大な雪山の風景で、スケールの大きさに感動してしまって」

「三重ではこんな風景は見れなかったから、信じられなかった。僕は雪山の風景は日本の財産だと思う。今でも雪景色が大好きです」

大学では木の年輪を調べる研究をした。森を身近に感じ、森の中で実習や研究をする環境は、奥田さんにとって好ましい暮らし方だった。

大学在学中に休学して世界一周の旅に出た。さくらももこのエッセイに憧れてヨーロッパへ行ってみたかったそうだが、奥田さんが心を掴まれたのはやはり自然だった。スイスや南米で見た山々の風景に圧倒された。

「海外を旅しているときも、都市はどこも似ているように感じてしまい、自分はあまりワクワクしませんでした。一方ローカルには自然と共存する独自のサイクルが存在している。土地の風土を生かした産業と暮らしがある。その多様性が面白かったんです」

インドの農村部を訪ねた時も大きな刺激を受けた。有機農業で土を耕し、牛の糞を堆肥にして循環させることで農地が安定し、経済的にも安定するという活動を手伝ったとき、その 循環システムの重要性をリアルに感じた。

インドでも田舎の人は人懐こく親切で、「インド人には騙される」と今まで勝手に思っていた自身の薄っぺらい偏見にも愕然とした。

森に関わる仕事がしたいのに、やりたい仕事はなかった

東京で働くイメージが全く湧かず、都会で就職するという選択肢はなかった、という奥田さん。大学を卒業したら森や自然に携わる仕事をしたかったが、やりたいと思う仕事は見つからなかった。

森林業界が多くの課題を抱えていることは大学でも学んできたが、どの業種に行けばそれらを解決できるのか当時の奥田さんには分からなかったという。

奥田さんは企業に就職をせず、編集、ライター、デザイナー、カメラマンなど、なんでも引き受けながら自分なりに森に関わろうと幅広く活動を始めた。森の現状を取材して多様な方法で伝えることも意義のあることだと思ったのだ。

「信州大学の広報誌の仕事もしていたので、大学の先生のめちゃくちゃ難しい研究の取材などがあり、自分も勉強しないとついていけなくて。おかげで随分鍛えられました。大学で講義を受けるよりずっと深掘りできるし、研究室で先生から直接話を聞けるのはすごく貴重な経験でした」

奥田さんは、地方に暮らす普通の農家や林業の従事者にもコツコツと話を聞いた。森は荒れ、人は減り、未来が見えない。彼らの口から心が苦しくなるようなシビアな現実を聞くことも多かった。

そんな仕事を続けていた時に、イベントで偶然知り合って仲良くなったのが、現在の株式会社やまとわ代表として共に活動している家具職人の中村博さんだった。

中村さんは、地域の素材を使って家具を作り、地域に還元し、そこに暮らす人々の未来を明るく照らしたいという志を持って活動している人だった。なかなか伝わらないこの活動をどうやって伝えようかと悩んでいるときに奥田さんと出会った。

二人は意気投合し、これから10年後に何を思い描くのかと話し合ううちに、森への危機感を抱き、森にもっと深く関わっていきたいという思いと価値観が合致した。

森と暮らしをテーマに、一緒に何か新しいことを立ち上げようという自然な流れで、2016年に『やまとわ』を創業した。

人々の森への愛着が離れたことで、森の生態系が崩れ、災害時のリスクも

『やまとわ』の理念は「森をつくる暮らしをつくる」。森と人とを繋げ、森が豊かになることで、人々の暮らしも豊かになり、お互いがより良い関係性で共存していく社会を目指して活動している。

『やまとわ』の仕事は多岐にわたっており、大きく4つの事業で構成される。

「農と森事業部」では、農業や林業と暮らしを繋ぎ直し、持続可能な社会を目指す。「木工事業部」は、家具など、地域で育った木々を使ったものづくり。「暮らし事業部」は、その地域らしい持続可能な暮らしを模索する。そして森を多様な視点で見つめ、暮らしと繋げ直す「森事業部」がある。

「どれがメインというのではなく、どれも同じくらい大事だと思っています」と奥田さん。

日本の森が抱える問題のほとんどは、森に対する人々の愛着が離れてしまったが故に起こる、と奥田さんはいう。森と人とは本来地続きであり、森で水が浄化され、川になって流れ、海へ注ぐことで生態系が豊かになる。

分かり切ったことだが、生態系の源泉は森と海であり、森がなかったら水も川もなくなり、世界は砂漠になってしまう。

「日本の近代の森の歴史は、戦後に焼け野原になって、人も足りない、仕事もない。では木を植えよう、仕事を作ろうって、補助金をもらって闇雲に植えていた時代があった。今見るとよくぞこんなところに、って思うほど危険な急斜面にぎっしり植えていたりする。その当時はそれが生きるために必要で最善の策だったかもしれない」

「でも時代は変わり、海外から安い木材が多く輸入されると日本の林業は衰退しました。過剰に植林されていった森は、過疎や高齢化で手入れできなくなり、放置されると森が死んでしまったり、災害が起きやすくなったりしている」

山のことを考えずに植林され過ぎた森は、日が当たらず、下草が生えないので動物たちは餌がなくなってしまう。生態系が乱れ、人里に被害を及ぼすこともある。木々は根の張りが弱くなり、地面が露出すると雨を貯め込めず、土砂災害の原因にもなったりする。

人々の生活が森と急速に離れ、森をおろそかにしたことで、様々な問題が起こっている。

「森の問題にどう取り組んでいけばいいのか、一筋縄ではいかない。行政がやるべきという議論もあるし、現代のコモンズとして地域で管理する、産業として経済が回るようにしないといけないという考え方もある。どれも必要だと思うし、様々なステークホルダーが森にアプローチしないと、解決するのは非常に難しい」

「僕らがやろうとしているのは、豊かな暮らしの提案を通して、それが森に繋がっていると気付いてもらうこと。森が荒廃するので森の木材でつくった家具を買ってください、と言ってもなかなか心に響かないと思うんです」

「でも、この椅子に座ってコーヒーを飲むのはなんだかいいな、素敵だなって思ってもらい、それが実は森を救うことになる。そんな流れなら自然に受け入れられやすいと思います」

森と暮らしの豊かな繋がりをつくる

森と暮らしを身近に繋げるために、『やまとわ』では「森と暮らしの定期便」を始めた。奥田さんが以前から実現したかったことのひとつである。

「本当は森に遊びに来て欲しいんですが、伊那は深い山の中だし都会の人が来るにはちょっと大変。だから代わりに森があなたのところへやってくる、という仕組みです。森の落ち葉を使った堆肥で育てた野菜とか、森に咲く山野草とか、経木や入浴剤などの木製品とか、いろんな森の恵みをダンボールに詰めてお届けします」

「定期便を受け取ることで暮らしが豊かになり、少しでも森に想いを馳せてもらえることで森が整備されていく。そういう森と暮らしのいい繋がりをつくれないかと考えています」

写真提供:やまとわ

届いたものに愛着を感じてもらえれば、遠くても森へ行きたくなるかもしれない。森の現状を知ることで、何か行動を起こしたくなるかもしれない。ささやかな思いが大きなアクションに繋がることもある。

定期便には森の様子や届け手のことを綴った手紙を添えている。顔の見えるやり取りは親近感が湧き、お互いの繋がりをより深く感じられる。

「同じ感覚を持っている人たちだと思えると僕たちも嬉しいし、仕事が楽しい。やまとわが関わっている山だから、自分たちも大切にしようと思ってもらえたら。そんな風に思いが繋がっていくことが大事だと思います」

「森と暮らしの定期便」の中には、独自に作ったブランド「YAMAZUTO(やまづと)」の商品がある。YAMAZUTO とは“山苞(やまづと)”であり、山からのみやげ物を意味する。

「ゆっくりしよう。循環の中で楽しい時間を過ごそう」をテーマに、ジュースや瓶詰め、お茶など、森の恵みから育つ野菜やハーブのオリジナル加工品を作って販売している。ゆっくり寛いで、豊かな時間を過ごしながら、人との繋がり、森や畑との繋がりに思いを巡らせてみて欲しい、という願いが込められている。

「RUCOLA AND WALNUT SAUCE」無農薬無化学肥料で育てたフレッシュなルッコラとセルバチコ(野生種のルッコラ)を、バランス良くブレンドしたジェノベーゼソース

「昔は、近所のおばあちゃんが山で山菜を採ってきた、みたいに森への愛着が日常的にあったから、山や森が身近だった。今の僕たちは日々忙しく、単なる消費行動に流されてしまいがちだけれど、こうやって森と繋がることでそれを取り戻せる」

「僕はお茶もハーブティーも大好きですが、そのお茶はどこから来た、誰が育てたお茶で、どうやって飲むのか、誰とどんな時間を過ごすのか、みたいなことがすごく重要だと感じています。産地と繋がることで、本質的な暮らしの豊かさを体感できる。そこから意識が変わっていくと思うんです」

仕事の合間にフレッシュなハーブティでリラックスできるよう、ハーブ園も整えているという

都会に暮らしていると森は遠い存在で、普段あまり考えることはないかもしれない。でも森の気持ち良さや、大切さはきっと誰もが分かっている。

森をもっと身近に、自分ごとに感じてもらえる人を少しずつでも増やしていくことで、森を取り巻く環境はだんだんと変わっていく。奥田さんはそう信じて、今日も森に入っていく。

やまとわ

Follow us!  → Instagram / X

Author
フード・クラフト・トラベルライター

フード・クラフト・トラベルライター。企業や自治体と地域の観光促進サポートなども行う。 著書『青森・函館めぐり クラフト・建築・おいしいもの』(ダイヤモンド・ビッグ社)、『山陰旅行 クラフト+食めぐり』『酔い子の旅のしおり 酒+つまみ+うつわめぐり』(マイナビ)等。旅先での町歩きとハシゴ酒、ものづくりの現場探訪がライフワーク。お茶、縄文、建築、発酵食品好き。

Editor
編集者

お茶どころ鹿児島で生まれ育つ。株式会社インプレス、ハフポスト日本版を経て独立後は、女性のヘルスケアメディア「ランドリーボックス」のほか、メディアの立ち上げや運営、編集、ライティング、コンテンツの企画/制作などを手がける。

Photographer
フォトグラファー

若いころは旅の写真家を目指していた。取材撮影の出会いから農業と育む人々に惹かれ、畑を借り、ゆるく自然栽培に取り組みつつ、茨城と宮崎の田んぼへ通っている。自然の生命力、ものづくり、人の暮らしを撮ることがライフワーク。