日本の魚は、“嗜好品”になってしまうのか。水産資源の危機的状況と未来——Chefs for the Blue・佐々木ひろこ

鷲尾諒太郎

石油や石炭などのエネルギー資源や、森や水などの生物・環境資源。豊かな資源があるからこそ、私たちは嗜好品の恩恵にあずることができます。

しかし、当たり前に私たちの身近にあるように思えて、いま枯渇の危機にさらされている資源があることを知っていますか?

魚介類、海藻などの「水産資源」です。

四方を豊かな海に囲まれ、世界でも類を見ないほど多様な魚食文化を築き上げてきた日本。その根底を支えてきた水産資源は減少の一途を辿り、漁業・養殖業の生産量はピークを迎えた1984年の1,282万トンから、2024年には363万トンにまで激減しています

そうした水産資源を守るため、2017年に一般社団法人「Chefs for the Blue(シェフス・フォー・ザ・ブルー)」を立ち上げ、代表理事を務めているのが、フードジャーナリストの佐々木ひろこさんです。

Chefs for the Blueは、飲食事業者や一般消費者、そして政府に向けて海と水産資源の現状を伝え、水産資源を守るための活動を展開しています。

取材や活動を通して、日本が誇るべき水産資源が激減している事実に直面した佐々木さんは、こう言います。このまま水産資源が失われ続ければ、いつかすべての海産物が「嗜好品」になってしまう——。

私たちがこれからも日常的に海の幸を楽しみ、次世代にこの文化を繋いでいくためには、今何を知り、どう行動すべきなのか。日本における水産資源の現状と、私たちが向き合うべき「食の未来」について、佐々木さんに話を聞きました。

(文:鷲尾諒太郎 写真:田野英知 編集:小池真幸)

なぜ水産資源が日本で重要なのか?

——Chefs for the Blueを立ち上げた背景には、どのような問題意識があったのでしょうか?

日本が誇る水産資源と食文化、そしてその文化を支えるプロフェッショナルたちの技を守りたいと思ったんです。

私はフードジャーナリストとして20年近く、国内外のトップシェフたちを取材してきました。その中で、海外のシェフたちが日本の水産物に対して送る、最上級の賛辞を幾度も耳にしてきました。

海外のトップシェフたちは、「とにかく日本の魚を料理してみたい。そのためだけに日本に行くんだ」「日本のシェフとコラボレーションディナーをするなら、何をおいても魚をメインに使いたい」と、熱を帯びた口調で語ります。彼らは、日本の魚の質の高さや、多様さをよく知っているんですね。

日本の海は、世界で6番目に広いEEZ(排他的経済水域)を持ち、そこには地球上に存在する約1万5,000種の海洋魚のうち、実に3,700種ほどが生息しているとされています。この豊かな多様性こそが、日本の魚食文化の基盤です。

さらに長い歴史の中で磨き上げられたサプライチェーンが、世界に類を見ない価値を生み出しています。魚を最高の状態で揚げる漁師の技。それを引き取って、港で適切な処理をする仲買いの技……長いサプライチェーンの全ての工程に「職人の技」が詰まっていて、それらがつながることで、世界に誇るべき魚食文化が形成されています。

そして最終的にそれを受け取る日本のシェフたちの技は、海産物の扱いに関していえば、世界のトップシェフたちと比べても頭一つどころか三つ分ぐらい抜けていると私は確信しています。

たとえば、ハタ類だけとってもさまざまな魚種があるわけですが、その特性を見極め、数度単位で火入れを調整したり、数ミリ単位でその切りつけ方を変えることで、それぞれの香りや味わいを最大限引き出しているわけです。ここまで繊細な技術を、当たり前のように備えたシェフが集まっている国を、私は日本の他に知りません。

——世界的に見ても、日本には質の高い水産資源のみならず、その価値を更に高めるさまざまな技術が根付いていると言えるのですね。

さらに、「食べ手」のリテラシーも驚くほど高い。食べるだけで「これは松輪のアジだね」と産地まで言い当ててしまうような消費者がいる。日本の先人たちは、長い歴史の中でこのような豊かで上質な魚食文化を築いてきました。

しかしいま、さまざまな魚などの水産資源が減少し、この文化が失われようとしています。

日本の文化や職人たちの技を後世につないでいくためには、その根源である資源、そしてその資源を生み出す海を守らなければならない──それが、Chefs for the Blue立ち上げの背景にある問題意識でした。

もう一つ重要なのは、水産資源が「地域コミュニティ」を支えているという点です。

極論すれば、農業は一人でもできるんです。一人で田畑を耕し、作物を育て、出荷までを完結させられる。しかし、漁業は一人ではできません。

漁をするには毎日船が必要で、その船が発着できる漁港や船をメンテナンスする人が欠かせず、漁が終われば港で荷を引き取る流通基盤が必要です。魚の鮮度維持のための氷をつくったりオイルを供給する人がいて、冷凍や加工の産業がある。これらすべてが連動して、一つのコミュニティを形成しています。漁業の最前線は、都市から離れた地方の港です。そうした地域から魚が消えてしまえば、コミュニティごと崩壊してしまいます。

これは地域創生に関する問題であると同時に、国防の問題でもあります。日本のような広大な海岸線を持つ島国において、漁業コミュニティの存在は、監視機能を果たし、国防上の抑止力になります。離島も含め、漁師さんたちがそこに住み、海に出ていること自体が国を守ることにつながっているのです。

魚をはじめとする水産資源から生まれる価値はこれほどまでに多様で大きい。水産資源がなくなってしまえば、それらの価値が連鎖的にすべて失われてしまう。その危機感が、私の活動の根底にあります。

10年後、「あのスペシャリテ」はもう食べられない?

——佐々木さんがそこまで「海」や「水産資源」に強い問題意識を抱くようになったのは、なぜなのでしょうか?

私はフードジャーナリストとして25年ほど、レストランを中心に、その先にある生産現場を取材してきました。米農家や野菜農家、酪農家、酒蔵などなど、さまざまな食の現場を周りましたが、実を言うと「海」だけは、ずっと遠い存在だったんです。

なぜならば、メディアにとって海の取材は非常にリスキーだから。取材に行っても船が出るかどうかは当日までわからないし、冬場なら1週間に一度船が出ればいい方、という漁法だってあります。

月刊誌の特集でページを確保したとしても、船が出なければ記事が成立せず、ページが飛んでしまう。農地は逃げませんが、海は予測できないんです。そのため、漁業関係の取材の多くが「市場」止まりになっていたのが実情でした。あくまでも一例ですが、「市場で働く仲買人の目利き力に迫る!」といった企画が限界だったわけですね。

——もともと「海」に馴染みがあったわけではなかったのですね。

転機はおよそ10年前に、半年かけて徹底的に漁業の取材をする機会を得たことでした。初めて漁にも同行し、漁業の現場に入り込んだり、研究者の話を聞いたりした結果、想像を超えて水産資源が減っている可能性があることを知り、愕然としました。

「このままだと10年後には、私の知っているシェフたちのスペシャリテ(看板料理)が全て消えてしまう」と感じたのです。

そこで、慌てて周囲のシェフたちに、この現実を知っているか尋ねて回りました。すると、彼らは仕入れ値が上がったことや、サイズの大きい魚が手に入れにくくなり、小さい魚ばかりが入ってくることを体感していましたが、水産資源が激減しているという事実は誰一人知らなかった。

これは後から学んだことなのですが、「小さい魚ばかりになっている」のは非常に危険なサインなんです。なぜなら、「成魚を獲り尽くし、卵を産む前の未成魚が大半のなかで漁獲している」ということだから。つまり、新たに産まれる魚の数が増えず、水産資源の減少に歯止めが利かないフェーズに入っていることを意味します。

昔は、たとえば太平洋の海が荒れても日本海側から仕入れるなど、日本のどこかの海域では獲れていましたが、今はどの海でも満足な量が獲れないので代替すら効きません。10年ほど前、すでに日本沿岸のほとんどの海が危機的な状況にあったわけです。

——しかし、その危機的な現実がほとんど共有されていなかったと。

だからこそ、シェフたちも「何が起きているのか知りたい」ということで、2017年5月から勉強会を始めました。みなさんがお店を閉めた後の夜中などに集まりながら半年ほど続けると、現実を知ったシェフたちの顔が青ざめていきました。

「私たちだけが知っていてもどうしようもない。まずは、この現実を社会に発信しなきゃいけない——」

それが「Chefs for the Blue」の始まりです。

ただし、2017年当時は現場の漁業者や一部の研究者は「間違いなく水産資源が減っている」と主張していたものの、それが「どの程度なのか」はおろか、「そもそも危機的状況なのか」については確証を持てない状況でした。当時の政府の発信内容からも、水産白書等を読んでも、危機感はまったく感じられなかったからです。

私自身、何が真実かわからないまま、海外のカンファレンスに出たり論文を読んだりして、何が起こっているのかを探る日々が続きました。

しかし2018年末、漁業法が改正(2020年施行)されたことで事態は動き始めます。科学的根拠に基づく資源管理を主眼としたこの法改正をきっかけに、水産庁が日本の水産資源の激減を明らかにしたうえで、「より適切に資源管理を行なって入れば減少を防止・緩和できた水産資源は多い」(2020年策定『資源管理基本方針』より)として、新しい管理方法への移行を明言したのです。

戦後、「持続可能な漁業」が崩れていった理由

——なぜ水産資源はそうまで危機的な状況に追い込まれてしまったのでしょうか? 日本は古くから魚を食べてきた国というイメージがあるのですが。

まさに、縄文時代の貝塚からもわかる通り、私たちは数千年前から魚を食べて生きてきました。豊かな水と自然のおかげで、私たち日本人は水産資源の恩恵にあずかってきた。

流通の歴史も非常に興味深いです。日本で最初の都市型魚市場ができたのは、16世紀。大阪に「雑喉場(ざこば)魚市場」ができ、周辺地域から魚が集まりました。17世紀に江戸幕府が成立すると、すぐに日本橋に魚市場が立ち、この頃から庶民の間でも魚は常食されていました。

当時つくられた『衆鱗図(しゅうりんず)』という魚譜(魚の図鑑)には、実に600種類もの魚が描かれています。これは、香川の大名が江戸と地元を往復する間、それぞれの市場の多様な魚に興味を持ち、絵師に描かせたものだとされています。つまり、江戸時代の市場には600種類もの魚が売られていたわけです。

さらに18世紀後半の江戸では、鯛のレシピを100個集めた『鯛百珍料理秘密箱』というレシピ本がベストセラーだったと言われています。鯛だけで100個ってすごいですよね。それだけ、みんな鯛が好きで好きでたまらなかったのでしょう(笑)。

食べ物として魚の人気が出れば出るほど、漁業も発展していきます。江戸時代にはさまざまな地域で漁業コミュニティが形成され、現在の漁協の原型ができていた。そして、各地域において自分たちなりの資源管理をしていました。

たとえば網の種類や船の数、漁法を制限したり、禁漁期間や区域を厳格に決めたりすることで、水産資源のサステナビリティを守っていたのです。

——独自に育まれた持続可能なサイクルは、どこで崩れてしまったのでしょうか。

決定的な変化が訪れたのは、戦後です。

魚群探知機やソナーが普及し、漁船の動力化と大型化が進みました。漁の効率は劇的に向上し、沖合や遠洋にも大進出し、かつては1回の漁で数十キロしか獲れなかったものが、漁法によってはその数十倍、数百倍も獲れるようになった。そうして、各コミュニティに存在していたルールはアップデートされないままに形骸化し、管理不全が生じた。それが、現在も続いています。

また、沿岸開発によって「生物の揺りかご」である干潟が埋め立てられ、食物連鎖のピラミッドの底が抜けてしまったことも大きいですね。干潟が消えればそこに生きる珪藻などのプランクトンやゴカイなどの多毛類、そしてアサリなどの二枚貝が消え、アサリが消えれば、それを餌とする生き物が消える。沿岸開発が日本の海の生態系に与えたダメージは、計り知れません。

消費者、業界、政府、次世代にアプローチする

——そうした現状を変えるために、Chefs for the Blueではどのような活動を展開してきたのでしょうか?

最初はとにかく「知らせること」に必死でした。イベントをしてメディアに来てもらい、イベントレポートや私たちの問題意識を書いてもらおうとしました。

最初に実施したのは2017年11月、青山のファーマーズマーケットで、ミシュランシェフたちがフードトラックに入り、サステナブルな魚料理を販売するイベントでした。500〜600食分用意しましたが、整理券が必要なほどあっという間に売り切れました。

しかし、メディアがまったく取材に来てくれなかった。フードメディアの方々に声をかけても「解決しようとしている課題がよくわからないから、記事のテーマを決められない」「『美味しかった』という記事でいい?」と言われましたね。

唯一このイベントを取り上げてくれたのは、ジャパンタイムズのアメリカ人記者でした。アメリカでは2000年頃から水産資源の管理問題が議論されていたので、その記者は事の重大さを理解していたんですね。

2017年11月、青山のファーマーズマーケットで開催したイベント(写真提供:Chefs for the Blue)

状況を変えるために活動を継続し、現在は4つの柱を軸に展開しています。

1本目の柱は、「消費者に向けた発信」です。その一例が、2025年6月8日、世界海洋デーに合わせて開催した「The Blue Fest/ブルーフェス」です(2026年も6月8日に開催予定)。このイベントでは、Chefs for the Blueのメンバーであるトップシェフのうち、30人が一堂に会し、渾身の魚介料理を提供しました。また、シェフや水産事業者、クリエイターによるトークセッションを通じて、日本の海や水産業の現状、またこれまでの活動の成果を来場者にお伝えしました。

2025年のThe Blue Fest(写真提供:Chefs for the Blue)

また、新江ノ島水族館などの水族館で実施するディナーイベントも人気です。現在、世界中には500の水族館があるといわれていますが、そのうち100施設が日本に集中しています。

——全世界の水族館の、5分の1が日本にあるということですか?

この「水族館の多さ」も、日本人が持つ海と魚に対する執着の強さや愛情の表れなのではないかと思っています。

多くの水族館のメイン水槽は、それぞれが位置する土地の海を再現したものになっています。たとえば、私たちが定期的にディナーイベントを開催させていただいている、新江ノ島水族館のメイン水槽は相模湾を模したものです。ディナーイベントでは、メイン水槽の前にダイニングテーブルを用意し、集まっていただいた50名に「今、この水槽の中にいる魚も、海も大きく変化している」という事実を伝えながら食事をしてもらいました。

新江ノ島水族館でのディナーイベント(写真提供:Chefs for the Blue)

2本目の柱は、「飲食業界の知識の底上げ」です。現在、飲食事業者を中心に約350名が参加するオンラインコミュニティ「The Blue Community/ブルーコミュニティ」を運営しており、そのコミュニティ間で音声メディアの配信による情報共有や勉強会開催、レシピ提供等を実施しながら、飲食業界の方々に海や水産資源に関する知識を深めていただくことで、業界全体の変容を促しています。

「政府へのアプローチ」が3本目の柱です。水産資源に関する問題を解決するために、最も動かなければならないのは間違いなく政府です。法による規制などの手段によって人の動きを変えられるのは政府だからです。

問われているのは「いかに人の行動を変えられるか」なんです。人による漁獲をどう変えられるか。流通や消費をどう変えられるか。そして、そのような取り組みを前に進める予算を確保するために、誰にどう動いてもらうか。

政府は「環境を変える」だけでなく、「人を動かす」必要がある。私たちは2024年度から政府に向けた政策提言を行ってきました。今後関係者に向けた勉強会も実施したいと考えています。

——4本目の柱はどのようなものなのでしょうか。

「次世代の育成」です。海の豊かさを取り戻すには長い時間がかかるため、私たちの世代がそれを見届けることができるのかはわかりません。この壮大な課題に向き合い、「変える」ためのチャレンジを続けるためには、バトンを引き継ぎ、明るい未来に向けて走り続けてくれる次世代の仲間が必要です。

そのため2023年から毎年、大学生・専門学校生を対象に、「The Blue Camp/ブルーキャンプ」という3〜4ヶ月間の実践型教育プログラムを実施しています。水産業や流通の現状と海の課題について現場と座学で学び、トップシェフのサポートのもと、社会に「メッセージを伝える」ためのレストランを1週間、企画・運営することがゴールです。おかげさまでサステナアワードで農林水産大臣賞をいただき、何より毎年、素晴らしい仲間が巣立っており、4期目となる今年(2026年)は東京・京都に加え、福岡でも実施が決まっています。

東京で開催されたThe Blue Camp

水産資源は、唯一の「増えてくれる」資源

——先ほど「水産資源に関する問題を解決するには、政府によるアプローチが欠かせない」というお話がありました。水産庁は問題解決に向けて、どのような取り組みをしているのでしょうか。

特定の魚種ごとに1年間の漁獲量上限を定めて管理する制度である「TAC(Total Allowable Catch:漁獲可能量)」が、国による取り組みの中心です。対象は私たちが食べている約400種類のうち、30種類ほどに過ぎませんが、これは非常に有用です。

たとえば、国際的な協定によりひと足早く2015年頃からTACの厳格化が始まったクロマグロは、劇的な増加をみせています。今や近海で跳ねるのが見えるほど増えており、漁業者が「クロマグロが増えすぎて、イカやサバが食われて困る」と言っているほどです。

一方で、スルメイカのように管理が上手くいかず揉めているケースもあり、実効性を高めるためにもさらなる議論が求められています。

なぜ、TACが有効なのか。それは、水産資源が「自分で増えてくれる」資源だからです。科学的根拠に基づいた漁獲量の上限管理の中心にあるのは、「一定数の親魚を残せば、全体の量はおのずと増えていく」という考え方です。ある種の親魚を獲りすぎなければ、その種は「勝手に」増えていく。

気候変動や魚種による増え方の違いも加味しながら、漁獲量を制限する。これが、水産資源を増やす上での最も有効な戦略になります。この戦略を最初に完成度高く運用したのがノルウェーで、1970年代から漁獲量制限に取り組んでいます。その後、ヨーロッパ諸国が追随し、オセアニア、アメリカが2000年前後に取り入れ、各国で成果があがっています。

ただ、日本は肝心な親魚自体が激減しているので、まずは戻すところから始めなければなりません。

——TACの対象になっているのは、食用とされる約400種のうち、たった30種でしかないのですよね?

それも大きな課題です。そもそも、なぜTACの対象が30種に留まっているのかといえば、その30種の漁獲量が全体の8割を占めるから。残りの2割に約300種類以上の魚が含まれています。まずはマイワシやサバ類など、「漁獲量の多さ」で中心的な水産資源を守ろう、ということです。

ただし、江戸前寿司のネタの85%が残りの「2割」の方なんです。アナゴもハマグリもカワハギもこちらです。大量漁獲される8割の魚を守るのも大事ですが、日本の豊かな食文化を支える多様な「2割」の魚をどう守るか。この課題に対してはまだ有効な解決策が提示されていないのです。

「日本産の高品質な魚」が日本で食べられなくなる日

——日本で水産資源管理が後手に回っている影響は、すでに食卓に表れ始めているのでしょうか。

スーパーに並んでいる魚をよく見てください。サバやタコ、イカなどの大衆魚については、多くが海外産に置き換わっています。日本の流通網は非常に優れているので、国内で魚が獲れないのであれば、今は世界中から集めてきていますが、水面下で円安や国際情勢の変化により「買い負け」が加速しています。もはや日本には安い魚しか入ってこなくなっている。

さらに深刻なのが、日本の高級天然魚がどんどん海外へ輸出されていることです。日本で獲れた高級魚種は、高く売れるとして海外輸出が増えており、日本の飲食店で使える魚が激減しています。

——日本で獲れたおいしい魚を、私たちが食べられなくなっているということですか?

その可能性もありますね。漁港などの産地市場で仲買人が天然魚を買い付け、そのまま海外に輸出することも増えていますし、その後の流通過程で商社が介在したり、もちろん流通の最終ステージである消費地市場、つまり豊洲など都市の市場を経由して仲卸が輸出することもあります。

──どんな魚種が人気なんですか?

一例ですが、ハタ系の魚はアジア諸国で人気です。キンメダイなど赤い魚もそうですね。ホタテガイは欧米への輸出が圧倒的に多いです。

海外の日本料理店や鮨店による需要も、どんどん大きくなっているように思います。2025年末に豊洲市場を訪れた際、ウニが1枚(一般的には80-100g程度)50万円で取引されていたのですが、同日にテレビ取材が入っていたのでそのまま放映されていましたね。もちろんこれは仲買価格なので、現地ではさらに驚くような値段で取引されているはずです。

このような現状が続けば、ウニなどの高級品はもちろんのこと、私たちが日常的に食べている魚も、すべてが“嗜好品”になってしまう可能性も否定できないと思っています。

一匹の魚が生み出す「付加価値」を見つめ直す

——魚が“嗜好品”になる。なかなか衝撃的な未来ですね。

文化面だけではなく、経済的価値の損失も大きいと考えています。

最近訪れたメキシコの例を挙げましょう。メキシコは長年、豊かな天然水産資源を外貨獲得のために輸出し、国民は中国などから輸入された安い魚を食べてきました。今もメキシコの食卓に上る魚の70%は海外産だそうです。

しかし今、国力があがって「このままではいけない」と声を挙げる人が増え、「自国で獲れたおいしい魚は自国で消費し、価値に変えよう」というムーブメントが起こっています。

つまり「豊かな天然水産資源で外貨を稼ぎ、自国民には輸入した安い魚を食べてもらう」という戦略に対して、メキシコでは国民が異を唱えはじ始めているのに対し、いま日本はまさにその方向に進もうとしているわけですね。

産地段階の経済合理性の観点から言えば、その戦略にも一定の理があるでしょう。しかし、本当に「質の高い水産資源を海外に出す」ことを国を挙げて後押しすべきなのかは、しっかりと見極める必要があると思っています。

——経済的な観点からも、質の高い魚を「国内に残す」方がメリットが大きい可能性があるということでしょうか?

その通りです。私は一匹の魚を、産地から直接海外に出してしまうことによる経済的な損失は大きいと思っています。

国内のサプライチェーンは、さまざまな場所やプレイヤーが関係しながら構築されています。そのサプライチェーンに一匹の魚を乗せることによって、各プレイヤーが潤い雇用を生むはずですし、その「出口」であるレストランやホテルには、世界に誇るシェフたちがいます。彼らの手に掛かれば、その一匹の魚は素晴らしい料理になり、海外の観光客を魅了する一皿にもなる。

インバウンドを呼び込む大きな武器になりますし、海外からの旅行者は国内の各地で、さまざまなものを消費してくれるわけですよね。そう考えると、質の高い魚を海外に出すより、国内のサプライチェーンに乗せた方が、はるかに高い付加価値が生まれるはずですし、経済効果も大きいのではないかと思うんです。

それに、日常的に消費する魚を、海外からの供給に頼ることは、この混沌とした世界情勢においては非常にリスクが高い行為です。自国で獲れた水産資源を自国で付加価値高く消費できる環境を万全に整えることが、すべてのステークホルダーにとって、また食糧安全保障上も、最もリスクが少なく、経済的にもメリットが大きい選択だと考えています。

何より、魚を食べてほしい。

——今後、私たちがサステナブルに美味しい魚を味わえるようにするためには、どのようなアプローチを取るべきでしょうか。

まず、ウニやイクラのような高価な水産資源を守るための第一歩は、それらを買う層=「高所得者層の価値観を変えること」だと考えています。欧米ではこのアプローチが一定の成果を挙げているんです。

そもそも、欧米においては魚全般が嗜好品なんですよね。多くの人が魚に対して「日常の食卓にのぼるものではなく、週に1度くらい、家庭かレストランで食べるもの」というイメージを持っている。肉よりも魚の方が高いということもあり、欧米の方々にとって魚は「ちょっと特別な食べ物」です。

そんな価値観が根強い欧米で、2000年代に「サステナブル・シーフード・ムーブメント」が起こりました。サステナブル・シーフードとは、水産資源や海洋環境に配慮し、サステナブルな漁業・養殖業によって得られた魚などの海産物のこと。その認知を広め、購入を促進する運動がサステナブル・シーフード・ムーブメントであり、これを流通としてまず最初に導入したのが、アメリカのオーガニック系高級スーパー「ホールフーズ」と、イギリスの高級スーパー「セインズベリーズ」でした。ホスピタリティ産業では、2009年に世界のラグジュアリーホテル・レストランの会員制協会「ルレ・エ・シャトー」が絶滅危惧種保全に向けた声明を出し、世界中のレストラン・ホテル業界の食材調達に影響を与えました。

——まずは、水産資源の現状を共有し、サステナブル・シーフードへの切り替えを促すということですね。

ただし、状況は常に変わっており、誰も正解を持っていません。トライ・アンド・エラーを繰り返すしかないと思っています。

日本では、水産資源あるいは漁業の世界は、知見も人材もかなり細分化されているんです。「海洋環境の専門家」や「流通の専門家」、「マグロの生態の専門家」はいるのですが、専門家間での交流は乏しく、サイロ化されてしまっています。

海や水産資源の問題を解決するためには、社会学や経済学なども含め本当に多分野の視点を持ち寄らなければなりませんが、現状はそれぞれの分野の専門家が、それぞれの見地から意見を出し合うに留まっています。

私たちChefs for the Blueは、約10年間活動をしてきました。もちろん、各領域の知識はそれぞれの専門家に遠く及びませんが、多くの方々の力を借りて、この問題を広く見られるようになってきたと感じています。このような立場にいるからこそできることがあると思うので、これからも未来の海のために、さまざまなことに挑んでいきたいですね。

——私たちがいち消費者として、今日からできることはありますか?

トレーサビリティをはじめとした情報基盤が未整備の今、消費者にできる具体的なアクションは、残念ながらまだ多くはありません。

ただ、一つ確かなことは、天然魚が工場製品ではなく「生き物」であり、有限の資源であることを改めて認識することが、その後の大きな意識変容につながることです。毎日の買い物の際にふと思い出してもらえれば、産地名や価格、魚体の大きさなど、少ない情報からでもいろんな気づきがあるはずです。

「先月と違う漁場だな」「すごく値段が上がっているのは、獲れていないから?」「この大きさで成魚なのかな」……。海との距離がぐんと縮まり、興味の幅が広がり、メディアのいろんな情報にもアンテナが立つはずです。

そして何より、魚を食べてほしいです。レストランでも、家庭でも、どちらでも。

「資源が減っているなら、食べないほうがいい」という意見もありますが、私たちが食べても食べなくても、漁師さんは仕事ですから魚を獲るんです。私たちが魚を食べなくなれば、多くの大衆魚は魚粉として養殖魚の餌になり、高級天然魚は輸出されるだけです。魚粉になると、基本的にキロあたりの価格が大幅に下がり、漁師さんたちの儲けも減るため、私たちが魚を食べた方がいいんです。

私たちが魚を食べ続け、国内需要が高く維持され、サプライチェーンが健全であり続ければ、魚の価値は保たれ、経済は循環します。そうすれば、漁業者は潤い、国としても「水産資源を守ろう」という機運が高まる。

有限の海の恵みである水産資源のありがたみを感じながら、おいしくいただく。それが、この豊かな日本の海と食文化を未来へ繋ぐ、最も重要で、確実な一歩になるはずです。

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Author
ライター

1990年、富山県生まれ。ライター/編集者 ←LocoPartners←リクルート。早稲田大学文化構想学部卒。『designing』『遅いインターネット』などで執筆。『q&d』編集パートナー。バスケとコーヒーが好きで、立ち飲み屋とスナックと与太話とクダを巻く人に目がありません。

Editor
ライター/編集者

編集、執筆など。PLANETS、designing、De-Silo、MIMIGURIをはじめ、各種媒体にて活動。

Photographer
写真家

1995年、徳島県生まれ。幼少期より写真を撮り続け、広告代理店勤務を経てフリーランスとして独立。撮影の対象物に捉われず、多方面で活動しながら作品を制作している。