香港出身の私が「ワールド・ティー・カンファレンス」へ。ラスベガスで“お茶の体験”を再考する

マルコ ルイ

香港で育った私にとって、子どもの頃、お茶は欠かせないものだった。

毎週末朝に両親と飲茶レストランに行き、朝ごはんに飲茶を食べたものだ。席に着くとすぐに父は自分には発酵茶のプーアール茶を、私と母には白茶であるシュウメイ茶を注文するのがお決まりとなっていた。

また、私は父の故郷の広州をよく訪れていた。叔父や叔母に連れられて芳村茶市場に行き、店から店へと渡り歩き、茶商の売り込みに耳を傾けながら、さまざまな種類のお茶を用意してもらい、今度はどれを家に持って帰ろうかと選んだのをよく覚えている。もっとも私がこの市場が世界最大の茶葉の卸売市場であることを知ったのは、ずっと後になってからのことだったけれど。

そして、「DIG THE TEA」から依頼を受けて3月27日から29日にかけてラスベガスで開催される「World Tea Conference & Expo」を取材することが決まったとき、私の子ども時代の記憶にあるようなお茶の大きな市場をイメージしていた。中国、スリランカ、日本などの茶産地から集められた豊富な種類の茶葉、お茶を楽しむための美しい茶道具、そして何よりも、お茶を愛する人々で溢れる市場。

私の想像は間違ってはいなかったけれど、実際のイベントはそれを凌駕するものだった。

アメリカのお茶事情

まず、アメリカにおけるお茶を飲む文化から見てみよう。

米国茶協会が発表した2021年のデータによると、1億5900万人以上のアメリカ人、つまり人口の半分近くが日常的にお茶を飲んでいるという。私はアメリカにおけるお茶愛飲者の多さに驚いた。

ただ、同じレポートを数行読み進めると、アメリカで飲まれているお茶の75~80%がアイスティーであることがわかった。しかもそのほとんどが缶やボトルで提供され、多くの場合香りや甘味がつけられている。つまり、茶葉から淹れる温かいお茶を好んで飲んでいる人はマイノリティだということだ。

続いて、お茶の定義について考えよう。

プーアール、ウーロン、玉露、煎茶、セイロンなど、さまざまな種類のお茶があり、これらは地理的条件や栽培環境、製造工程などによって異なる名前で呼ばれている。ただ共通点として「茶の樹(チャノキ)、カメリア・シネンシスの葉から作られる」という点が挙げられる。

しかしアメリカでは「ティー」という言葉が意味する飲料は実に幅広い。茶葉100%のものからブレンド茶、アイスティー風味の飲料まで、アメリカの消費者の目にはすべて「ティー」と映る。

こうした背景を考えると、World Tea Expoで私が目の当たりにした光景に納得がいく。

3日間のイベント初日、私は会場のラスベガス・コンベンション・センターに到着して参加者バッジを受け取った。正面玄関には巨大なバナーが飾られていて、2つのイベント名が書かれていた。

まず目についたのは、全面を埋め尽くすほどでかでかと書かれた「バー&レストランエキスポ:体験して!見て試して食べてみて」。もう一方の「World Tea Conference & Expo」は、注意深く探さなければ見落としてしまうほどの小ささで書かれていた。

「お酒とお茶、どっちを飲みに来たの?」と満面の笑みを浮かべた受付スタッフが尋ねる。

バーカンファレンスに来たのかティーカンファレンスに来たのか、という質問であったと気づくのに数秒かかったけれど、「私はお茶でお願いします」と答えた。

「どうぞ」と彼は私に緑のバッジを手渡してくれた。バー&レストラン側の出展も見ていっていいんだよ、と念を押しながら。バーの展示会に参加した人は茶色のバッジをもらっていた。

実際、私は申し込んだ時点で両方のイベントに入場できることはわかっていたけれど、ふたつともが同じ会場だとは思っていなかった。先ほど見た正面入り口のバナーは、展示会会場でのバーとお茶の比率をかなりよく表していたと思う。500の出展者のうち400がバー&レストラン、残りの100がティーエキスポ出展者だった。

手に入れたばかりのバッジでセキュリティチェックを通過して中に入ると、周りにはディスコライト、掃除機、炭酸ガスなど、さまざまな機器を販売する企業が並ぶ。四方八方のスピーカーから音楽が流れ、参加者はカップを片手に混雑した通路をゆっくりと進んでいく。それがバーのゾーン。ティーゾーンは巨大な会場の中央奥にあり、レストランコーナーはさらにその奥だ。

ようやくたどり着いたお茶のコーナーで、私はほっと安堵の息をついた。バーエリアとの明らかな境目はなかったけれど、音楽の音量が小さいからか、アメリカよりアジアからの出展が多いからか、それとも来場者が(バーのゾーンより)少ないからか、なぜかすぐに違う空間に入ったことがわかった。これといった理由を挙げることはできないけれど、その違いは明らかだった。

おいしい日本茶はどれ?  試飲してみた

「日本茶はいかがですか?」と丁寧な英語で、人懐っこい笑顔を浮かべながらブースから出てきたセールスマンが尋ねる。そして彼は私に名刺を手渡した。佐々木緑茶の常務取締役、松浦英人さんというようだ。

煎茶、抹茶、ほうじ茶、玄米茶……静岡県掛川市のお茶メーカーの彼は、バイヤーに見て、嗅いでもらうために、趣向を凝らした商品の数々を持ってきて小皿に並べて置いている。

「アメリカ市場では後発組ですが、ようやく来ることができました」

テーブルの上に置かれた4種類のお茶と、ブレンド茶を試すよう促しながら、松浦さんは言った。「市場調査をしているんです。全部試飲し終わったら、一番気に入ったものに1票、一番気に入らないものに1票の、合わせて2票を投じてもらえますか?」

それぞれのお茶のラベルによると、ひとつめの缶には玉露5.7g、もうひとつには玉露3.8gと煎茶1.9g、続いて玉露3.8gとビタミンC、最後の缶には玉露5.7gとビタミンCだ。

この順番で試飲してみると、答えは明白だった。

私は松浦さんに、甘みと苦みに深みがある玉露と煎茶のブレンドが一番好きだと伝えた。ビタミンC入りのお茶、特に玉露の含有量が少ないものは風味に欠け、私の好みからは一番遠い。

「日本の消費者も同様の反応です」と松浦さんは苦笑いを浮かべながら頷く。「でも、アメリカでは正反対なんです。だから、アメリカではどんなお茶が好まれるのか、もっと調査してみたいんです」

アメリカに住む消費者の大多数は、お茶という体験のためではなく、喉の渇きを癒したり、健康効果を期待したりして、その機能のためにお茶を飲んでいる。市場に出回っているお茶のほとんどは、すぐにフタを開けて飲める飲料やティーバッグといったタイプで、シンプルで控えめな味わいだ。

玉露の自然な甘みと、その特徴を薄めるためのビタミンCが、アメリカ人の舌に合うらしい。どう考えても高級なお茶はもっと洗練された味わいがあるはず、と私は考えたが、アメリカの消費者の好みとは違うようだ。

しかし同時に、アメリカの消費者の間ではお茶を「飲む」だけでなく「味わう」ニーズの高まりも顕著だ。Statista社の公表したデータによると、ハーブティー、インスタントティー、アイスティー、蓋を開けてすぐに飲めるお茶飲料を除くお茶飲料分野の売上は今年150億米ドルに達し、今後2年間で年間3.1%成長するとみられる。

レッドオーシャンでの競争

どの出展者も、この本格的なお茶という新興市場を開拓するためにこの展示会に参加していた。多くは、中国、日本、ネパール、韓国、スリランカといった茶産地の生産者で、その他はエルサルバドル、ジャマイカ、タンザニアなど、世界各国の中小規模のブレンダーも混じっていた。

ひとつひとつの出店者を渡り歩くことで私は、群衆の中で目立つためには、3つの戦術があることに気づいた。

クオリティが大体最初のセールスポイントだ。ティーソムリエによる手作り、有機栽培、味覚研究所の認証……。紅茶ブランドの魅力と信頼をアピールできる何らかのセールスポイントを用意している戦略。

そして、オリジナリティ推しの戦略。独自のブレンド茶、産地特有の素材、美しいパッケージ……通りすがりの人の目を引くよう考えられている。

そして、社会的意義を訴えかける戦略。フェアトレード、カーボンニュートラル、女性の地位向上……ブランドに目的意識と使命感を持たせるものなら何でも良さそうだ。

ただ問題は、誰もが同じ戦術をとっていることだった。高品質でオリジナルな商品を提供し、それぞれが社会に良い製品のはずなのに、このレッドオーシャンから脱却し、他と差別化するためには、他に何をすればいいというのだろう。

おもしろい。だけど……?

私は歩きながら、そう考えていたいた。そのとき、2人の男性がエスプレッソマシンを実演しているのが見えた。茶葉をポルタフィルタのバスケットに入れ、取り付けてボタンを押すと、1〜2分後には淹れたてのお茶が出てくるというものだ。

ブースの前には、エスプレッソマシンで淹れたお茶を味わうための行列ができていた。どうやら私を含め、多くの人がこのコンセプトに興味を持ったようだ。ようやく私の番が来ると、私はスタッフの一人に声をかけた。

Simonelli USAの法人営業のマネージャーPayton Mittenzweiさんの説明によると、このネスプレッソマシンはコーヒーと紅茶の両方を抽出できるという。Simonelli社は、Nuova SimonelliやVictoria Arduinoというブランドでエスプレッソマシンを作っているイタリアの会社だ。

「ブラックイーグル・マーベリックでお茶を淹れるのは簡単です」と、彼は実演しながら言った。「水温、圧力、抽出時間を選べば、あとは自動でやってくれますから」

これと同じ技術により、バリスタは、注ぎ足し式で行うと通常時間がかかるドリップコーヒーを素早く準備することができます、と彼は付け加えた。

機能が多ければ、当然価格も上がる。お茶とコーヒーの両方を淹れられる「the Black Eagle(ブラックイーグル)」は、エスプレッソの飲料しか作れないモデルよりも、少なくとも三割以上高価だ。

私がコーヒー専門店のオーナーだったら、すでにプロ仕様のエスプレッソマシンに投資しているはずだ。それならばどうして主力商品であるエスプレッソマシンを、元々メインの顧客ではないお茶の愛好家向けにアップグレードしようと思うだろう?

もし私が茶室を経営しているならば、高品質のルースリーフ、優れた抽出技術、専用の茶器を用いた伝統的な手作業でお茶を淹れることを好むはずだ。余計なものはいらない。お客さまは体験を求めてやってくるのであって、効率を求めてやってくるわけではないはずだから。この大切な工程を、なぜハイテクマシンに委ねる必要があるだろう。

もしかしたら、毎日たくさんの人が訪れる全国展開のコーヒーチェーン店なら、この製品に魅力を感じるかもしれない。しかし、そのようなバイヤーが、お茶の卸売業者ばかりが集まるお茶のカンファレンスに出席するだろうか。

イノベーションの定義

イノベーションは、新しいものを生み出すことの代名詞として理解されがちだ。しかし、新しさというのは、3つの要素のうちの1つにすぎない。

革新的な製品には、明確に定義された問題提起が必要だ。対象となる顧客は誰か、その製品はどんな問題を解決するのか。これは、製品を「面白い」から「役に立つ」ものへと変える土台となる。

そして、その問題に対して、斬新な技術でアプローチすること。これこそが、製品を同業他社と差別化し、その価値を生み出す源泉となるのだから。

そして最後に、事業の実現性だ。真新しいアイデアに市場の需要が追いつくには普通時間がかかるし、どれだけの収益を生み出すかを予測するのは難しいので、なんとも予測し辛いところではあるけれど。だとしても、せめて成立するビジネスモデルとはどのようなもので、何が必要なのだろうか。

展示会場の奥に進むと、出展者がイノベーション・コンテストでアイデアを披露している場所にたどり着いた。そこには、オーストラリアン・ティー・マスターズの創設者であるシャリン・ジョンストンさんがいた。

この日の午前中、私は彼女にすでに出会っていた。様々なハーブの仕入れ方、使い方、ブレンドの仕方、商品の販売方法についてワークショップで話してくれたためだ。彼女の会社「オーストラリアン・ティー・マスターズ」は、世界中で調達したお茶やハーブの販売、カスタムブレンド、ビジネスコンサルティング、お茶の教育まで、お茶に関するあらゆることをワンストップで提供する会社だ。

2度目に彼女に出会ったこのとき、シャリンは自分の発案したノンアルコールワインのオルタナティブ(代替品)3種を審査員に紹介していた。シャルドネ種と緑茶をブレンドした「ソーヴィニヨン・ブラン」、シラーズ種と白茶をブレンドした「ロゼ」、そしてシラーズ種とヒマラヤ産紅茶を使った「シラーズ」である。ブランド名は、茶の樹の学名カメリア・シネンシスにちなんで「シネンシス」と名づけた。

私はこのときすでに、すべての製品を試飲をして、これらがどれだけ画期的かを実感していた。味、香り、複雑さ、後味……シネンシスのあらゆる部分がユニークで、ノンアルコールの同業他社とは比べものにならないおいしさだったのだ。シネンシス1本の小売価格は22豪ドル(約15米ドル、約2,060円)で、手頃なそこそこのテーブルワインと同じくらいの価格だ。

シャリンのアシスタントが、ワイングラスにシネンシスを注ぎ、審査員たちに次々と渡していく。彼らが一口飲むたびに、私はその表情をじっと観察した。最初は半信半疑の表情、2杯目には驚きと不信の表情、そして3杯目には歓喜の表情を浮かべ、感心したようだった。

「シネンシス」と審査員がコンテストの大賞受賞者を発表した。

シャリンはこの素晴らしい発明によって、熟練したティーブレンダーとしての能力を示すだけでなく、高まるノンアルコール飲料への消費者ニーズにうまく適応するビジネスセンスの良さを示した。

NielsenIQのレポートによると、2021年8月から2022年8月にかけて、アメリカにおけるノンアルコール飲料の売上は前年比で21%増え、3億9500万米ドルになったと発表している。

レポートには「若いZ世代の消費者は、以前の世代に比べてアルコールを飲むことにあまり興味がありません」と綴られている。「しかし、社会全体でより広いウェルネスムーブメントが起こっており、あらゆる年齢やライフステージの人々が、自分自身をより大切にしようとしています」

大会終了後、私は改めてシャリンのブースで話を聞きに行き、受賞を祝福した。彼女は「シネンシスをオーストラリアで発売したばかりですが、すでに多くの人から海外発送の問い合わせをいただいています!」と嬉しそうに話してくれた。

彼女に手を振って別れを告げると、私はコンベンションセンターを後にした。長い一日だった。疲れていたけれど、シャリンとの出会いは私に元気をくれた。

シネンシスは、「求められること」「技術的に可能であること」そして「経済的に成り立つこと」という、イノベーション実現に必要な解を導き出した。

私には、高級茶やワインに溢れる私の故郷・香港でさえも、このシネンシスがアルコールとノンアルコールの両業界を席巻する未来が想像できる。


文・写真:マルコ ルイ

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デザインリサーチャー

デザインリサーチャー。金融記者の道に入り、香港、東京、ニューヨークを渡って10年。その後、日本に戻り、デザインコンサルティングの世界に脚を踏み入れ、中小企業から大手会社までの事業開発や課題解決に貢献する。インタビューポードキャスト、KIKITEのホスト。

Editor
編集者

『DIG THE TEA』メディアディレクター。編集者、ことばで未来をつくるひと。元ハフポスト日本版副編集長。本づくりから、海外ニュースメディアの記者まで。企業やプロジェクトのコミュニケーション支援も。岐阜生まれ、猫好き。

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デザインリサーチャー。金融記者の道に入り、香港、東京、ニューヨークを渡って10年。その後、日本に戻り、デザインコンサルティングの世界に脚を踏み入れ、中小企業から大手会社までの事業開発や課題解決に貢献する。インタビューポードキャスト、KIKITEのホスト。