親子で毎日飲める、ハレの日に味わう。奈良で出会った、365日に寄り添う2つのお茶

小久保 よしの

「子どもも大人も、家族で安心して飲める、おいしいお茶をつくりたかった」

黄金井ヒデさんは、そう話す。妻のあすかさんと営む『あさひや』で製造・販売するのは「おやこほうじ」と「こがネいろ」という2種類のお茶だ。

このお茶には、タイでの電気のない手づくりの暮らしや、自然と共に生きる奈良での日々で培った彼らの哲学や、地域の文化、そして温かさが詰まっていた——。

前編東京で働いていた僕らが、タイでの電気のない暮らしを経て、茶農家になるまで

無農薬・自然農法による茶葉の栽培

黄金井さんを訪ねると、薪火による手作業で茶を焙じるヒデさんとあすかさんが出迎えてくれた。薪火のパキパキとした音が耳に心地よい。手づくりの小屋に、香ばしいお茶のにおいが立ち込める。

ふたりがお茶を育てているのは、奈良県奈良市。

奈良市といえば、月ヶ瀬や田原地区など自然豊かな山間部で育てられた「大和茶」で知られる。田原地区で撮影され、カンヌ映画祭でグランプリを受賞した河瀬直美監督の『殯(もがり)の森』は、美しい茶畑が印象的な作品だった。

彼らの茶畑は田原地区にあり、栽培から製茶までをすべて自分たちで行っている。

あさひやの看板商品「おやこほうじ」は、どのようにつくられているのだろう。

ヒデさんが大切にしたことは、3つあった。1つ目が、地球環境になるべく負担をかけないお茶づくりだ。

「製茶の過程も大事にしたいなと。一般的に製茶工場では重油をいっぱい使ってお茶をつくるんだけど、地球の環境にとってそれはどうなんだろう……と思って。なるべく地球に負担をかけないお茶をつくって広めたかった」

無農薬・自然農法による栽培を実践し、製茶過程でもできるだけ環境負荷の少ない作業法を選ぶことにした。「おやこほうじ」の茶葉には、深い旨みとまろやかな甘みが特徴のオクミドリと在来種などが混ざっている。

かつて奈良にあった「親子番茶」の復活?

2つ目が、地域性だ。

「日本のお茶のことを知るうちに、釜の中で撹拌(かくはん)して乾燥させる九州の釜炒り緑茶、茶葉を釜ゆでし桶に詰めて乳酸菌で発酵させた徳島の阿波番茶、黒くて四角形状の発酵茶である高知県の碁石茶など、ご当地茶の存在を知ったんだよね」

現在は全国で深蒸し茶がつくられる傾向にあるが、均一でつまらないと感じていた。そんなときヒデさんは、地域の茶農家から「ここらだったら、昔、親子番茶があったわ」と聞いた。

「親子番茶?」

それは新芽を採らずに夏まで大きく育て、新芽と親葉を一気に刈り上げてつくるお茶で、新芽も親葉も入っていることからその名が付いている。かつて奈良や京都で愛飲され、「たくり番茶」とも称されていた。

しかし、新芽を夏まで育てると、茶農家にとって大きな収入源である新茶をつくれなくなってしまう。茶業では、新芽の新茶のほか親葉を使った番茶……などと生長に応じて年間で4回収穫するのが一般的だ。

大きな収入の機会を1回失うので、今では親子番茶をつくっている茶農家は奈良市にない。それでも、自らを「百姓」と称し林業も営むヒデさんは「年に一度の収穫で構わない」と考え、親子番茶の文化を気に入ったそうだ。

「通常の製茶では、ふるいにかけたいい部分の茶葉だけを使うんだけど、一部ではなくて茶の木の全体を摂り入れるほうが、体にはいい。“親子”はいいなと思ったし、茎もすべて使いたいなと」

「おやこほうじ」が完成するまで

3つ目が、家族で安心して毎日飲めるお茶であること。

「“親子”の茶葉を、さらに毎日気軽に常用できるように“焙じて”みようと思った」とヒデさん。一般的な「焙じ茶」には新芽が入っていない。新茶を刈り取った後の番茶を焙じたものだ。

あえて番茶ではなく焙じ茶にする理由は?

「3年のばしたままの茶葉を刈り取る三年番茶は、カフェインやタンニンが少なくて体にもいいんだけど、単純に焙じ茶のほうが味が好みだったから(笑)」

黄金井家にはふたりの子どもがいる。あすかさんは、「子どもも飲めるようなお茶にしたい」と考えていた。

「家族みんなで飲めるお茶がいいよね、と話したの。高温で焙煎する焙じ茶は、上級煎茶に比べてカテキンやカフェインが少なくて、渋味や苦味も少ない。焙じ茶なら、子どもも飲める」

ヒデさんが実際につくってみると、それまで飲んだどの焙じ茶よりもおいしいと思えて、子どもたちにも気に入ってくれた。

2013年、“茶葉の親子”と“親子で飲めるお茶”の意味を込めた家族のお茶「おやこほうじ」が完成した。

「お客さんのお子さんから『ほかのお茶は飲めないけど、ここのお茶だけは飲める』と聞いて、うれしかった」と、ヒデさんは頬を緩める。

年を重ねるごとに製法は改良されている。今の「おやこほうじ」を手づくりするプロセスは、次の通りだ。

「6月、夏至の頃に茶摘みをして、洗わず、すぐに近所の製茶工場の機械で蒸してから、同じ工場で揉みながら乾燥させる。工場にすべて任せるのではなく、一緒に作業しているよ。その後自宅で保管して、気候や湿度によるけど平均1時間半くらい焙じる。一晩寝かせたらできあがり」

一般的な焙じ茶は、ガスもしくは電気の熱源で焙じる。ヒデさんも当初は大きなコーヒー焙煎機のような機械で焙じていたが、薪火による手作業の焙煎スタイルに変えたという。

ヒデさんは自らつくった焙じ小屋の中で、約1時間半、黙々と手を動かす。

ザッ、ザッという茶葉をかき混ぜる音と共に、コーヒーにも似たような香ばしい香りが立ちこめ、茶葉の色が変化していく。

味わいは、香ばしくさっぱり。毎日飲んでも飽きがこない、強すぎず優しすぎない涼感を舌に残してくれるところが、まさしく“家族のお茶”だ。

「おやこほうじ」は、急須であれば二煎ほど淹れられる。ヒデさんのお気に入りは、水出しほうじ茶。あすかさんは、チャイやお茶漬けも好きだという。

特別な日に、黄金色のお茶「こがネいろ」

「おやこほうじ」が毎日飲む暮らしのお茶だとすると、もうひとつの「こがネいろ」は、特別な日に味わいたい至高のお茶だ。

「茶業に10年以上携わってきたから、自分の持っている経験や技術を注ぎ込んだ高級茶をつくりたくて。『僕だったらこういうお茶をつくれるぞ』というチャレンジでもあったよね」

これまでの道のりを確かめるように茶葉に向き合い、「こがネいろ」の開発に向き合った。

「黄金井という名前から“黄金色のお茶”を思いついて、ネーミングが先に走った(笑)。黄金色を出すためには紅茶と烏龍茶の間くらいかな、とイメージして、オリジナル製法で何回か試作してできあがった。開発の苦労? 特になくて、楽しかったね」

特徴は、手摘み・手揉みと、工場を使わず完全手作業による半発酵茶であること。茶葉は在来種のみを使用。なお、在来種の品種名は地元の茶農家も知らず、判明していないという。

毎年5月後半に新芽だけを摘み、陰干しして茶葉の水分を減らし、ヒデさんの勘で「いいにおいになったら」揉み始める。生の茶葉は、発酵が進むと褐色になっていく。

その後、さらに陰干しして、再び「いいにおいになったら」鉄鍋で加熱し、発酵を止めて再び揉む。ヒデさんが煎る・揉むを繰り返し、乾燥させて完成だ。1カ月ほど寝かせて7月頃から販売し始める。

四煎目まで色や味の変化を楽しむ

ヒデさんは、中国茶の茶器を使って「こがネいろ」を丁寧に淹れてくれた。

「一煎だけでしっかり出す紅茶のような淹れ方をする人もいるけど、中国茶のように少しずつ淹れるのがオススメ。三、四煎くらいまで楽しむのがいいんじゃないかな」

当然、一煎目、二煎目で、味も変わってくる。一煎目は凍頂烏龍茶を思わせる強く甘い香りと、あとを引くまろやかな味わい。果物のような風味もある。色はまさに、飴色に近い黄金色だ。

「僕は、一煎目はあっさりと淹れて、二煎目を楽しむのが好き。二煎目の味が僕のなかでは『こがネいろ』かな」

二煎目は、香りがやや抜けてまろやかさが際立ってくる。三煎目以降は味がより丸くなり、甘みが分かりやすくなっていった。

大量につくらない、むやみに高価にしない

あすかさんは、「こがネいろ」は「特別なお茶」だと話す。

「手間ひまかけて、少ししかできない特別なお茶。好評で毎年生産量を増やしてはいるけど、ヒデにしかつくれないし、一日に作業できる量は限られているから、大量生産はできないんだよね」

「こがネいろ」は30gで1100円。客から「もっと高くてもいいのでは」と言われることもあるそうだが、「(高くすると)買う人が決まってきちゃうのがいやで。僕は金持ちが嫌いだから」とヒデさんは笑う。

2つの商品の販売方法もオリジナルだ。通販のほかは、自分たちがいいなと思う店舗だけに直接声をかけ、販売店舗を少しずつ増やしている。現在は全国約20店舗に卸している。タイで出会った友人の店舗にもあるそうだ。

ハレの日にもケの日にも、私たちは必ず何かを飲んでいる。私たちの舌を、心をほころばせる、365日に寄り添ってくれる2つのお茶に、奈良で出会った。

(写真:川しまゆうこ)

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編集者 / ライター

編集者・ライター。2003年よりフリーランス。専門はローカル・ソーシャル分野と医療分野。雑誌『ソトコト』やwebメディア「Through Me」などで取材・執筆をしている。担当書籍は『ライク・ア・ローリング公務員』福野博昭、『コミュニティナース』矢田明子(ともに木楽舎)など。2017年、東京から奈良へ移住。毎年奈良県内で一般向けの編集講座「編集のきほん」も行っている。

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編集者

『DIG THE TEA』メディアディレクター。編集者、ことばで未来をつくるひと。元ハフポスト日本版副編集長。本づくりから、海外ニュースメディアの記者まで。企業やプロジェクトのコミュニケーション支援も。岐阜生まれ、猫好き。

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