私たちは毎日のように「おいしい」「これは好きだ」と感じながら食事をしている。
けれど、その感覚がどこから生まれてくるのかを、立ち止まって考えることはほとんどないだろう。舌で感じる味なのか、鼻に抜ける香りなのか、目に映る色つやなのか——。
実のところ、それらはバラバラに働いているのではなく、私たちの心の中で一つに溶け合い、「おいしさ」という一つの体験を立ち上げている。
立命館大学多感覚・認知デザイン研究室教授の和田有史さんは、実験心理学の手法を用いて、人が五感を通じてどのように食品を感じ取っているのかを研究してきた。
視覚と味の関係、嗅覚と味覚の融合、「新鮮さ」や「好き嫌い」がどのように形づくられるのか……和田さんの探究するテーマは、私たちが当たり前のように享受している「食べる喜び」の、その奥にある心のメカニズムそのものだ。
なかでも興味深いのが、「味」と思い込んでいる感覚の多くが、実は「匂い」によって支えられているという事実だ。
一杯のお茶やコーヒーを、もう少し豊かに味わうために。私たちは自分の感覚とどう向き合えばよいのか。文化や幼少期の経験がいかに「いい匂い」を決めているのか。嗜好性はどのように学習されるのか。そしてテクノロジーが「嗜好品」の未来をどう変えていくのか——実験心理学の見地から見た「嗜好品」と「味わい」について、和田さんにたっぷりと語ってもらった。
(文:鷲尾諒太郎 写真:田野英知 編集:小池真幸)
「匂い」が食べ物の味わいを決める
——今日は「味わい」や「おいしさ」、そして「嗜好」について、和田さんのご専門の見地から深堀りしていきたいです。まずは和田さんがどんな研究をされているのか、教えていただけますか?
実験心理学を専門とし、人間の感覚を研究対象にしています。人には視覚や聴覚といった感覚がありますよね。それらは独立した感覚ではありますが、「どのように見えるか」「どのように聞こえるか」は、それぞれ視覚や聴覚だけが決定しているわけではなく、さまざまな感覚の相互作用によって決定されています。であれば、私たちの脳はさまざまな感覚をどう融合させているのか。こうした問いについて研究しています。
特にフォーカスしているのが「食」です。
「食べる」という行為には、すべての感覚が関わっています。「おいしい」という感覚は、見た目や匂い、食感などさまざまな要素が合わさって生じるわけですが、人によって食べ物の好みは異なりますよね。ある食べ物の味や見た目、匂いなどすべての要素を揃えたものを食べてもらったとしても、食べる人によって「おいしい」と感じる人と感じない人がいるわけです。
「こういった条件が揃えば、人は『おいしい』と感じる」と断定することはできないため、なかなかやっかいな研究分野ではあるのですが、さまざまな実験を通して、多くの人が「おいしい」と感じるための要素や人による違いが見えてきます。
特に、「光学的な変数による鮮度の感じ方」に関する研究にはかなり力を入れていました。かつて、視覚的な光沢感の研究が流行っていた時期があったんです。新鮮なものには光沢感があることが多いので、光沢感と人が視覚を通して得る「この食べ物は新鮮だ」という感覚の相関性を研究していました。

その後、注力したのが味覚と嗅覚の関係ですね。たとえば、息を吐くときに感じる匂いと味の関係性について。
ちょっと簡単な実験をしてみましょうか。いま、ガムか飴をお持ちではないですかね?
——ちょっと待ってくださいね……あ、グミがありました。
グミもいい実験材料です。鼻をぐっとつまんだままグミを食べて、噛んでみてください。噛み応えはあるけれど、味はあまりパッとしないと思います。
——そうですね。かなり味気ないように感じます。
では、鼻から手を離して、息を「ふーっ」と出してみてください。
——おぉ! 一気に味がわかりました。
「風邪をひいて鼻が詰まったとき、食べ物の味がわからなくなった」という経験があると思います。そのとき、感じられていないのは「匂い」なんです。では、この「匂い」とはどのようなものかというと、「鼻の外」から入ってくる匂いではなく、「口の中」にある匂いだということがわかっています。
——口の中なんですね。
味と匂いの関係を紐解くために、東京大学でバーチャルリアリティに関する研究をされている先生と協力してデバイスをつくり、ある実験をしました。簡単に言ってしまえば、呼吸にあわせて鼻孔に匂いを出すデバイスですね。鼻から息を吐いている時に匂いを出すと、口の奥からの匂いを疑似的に感じさせることができる。
この実験で、口の中にある匂いが、その匂いを発する食べ物の味を増強する効果があることが再確認できました。おもしろいのは、順番を逆にするとその効果が出ないことです。
先に鼻から息を吸って、匂いを感じてから食べ物を口に入れ、そのあとに鼻から息を吐き出しても味を増強する効果は生まれない。「口の中で味を感じてから、息を吐き出して口の中の匂いを感じる」という順番が狂うと、味を増強する効果は大きくならないんですよ。
先ほどの実験でいえば、鼻をぐっとつまんで「鼻の外」からの匂いを遮断したのち、グミを少し咀嚼してから鼻に匂いを送り込んだことで、よりフルーティーな感覚が味わえたわけです。
——グミに限らず、どんなものでも同じような体験ができるのでしょうか。
物によりますね。たとえばワインだと、鼻で嗅いだときと口内を経由する匂いは違う、とソムリエの方もおっしゃいます。口の中では唾液と混ざりますし、温度も変わる。食べているものによって、匂いそのものが変わるため、必ずしもすべての食べ物で同じ効果が得られるとは限りません。
ある飲料メーカーの実験によれば、貝柱を食べながら鉄分の含有量が高いワインを飲むと、魚の脂肪酸とワインの鉄分が反応して、生臭い匂いが生まれるそうです。その結果、それぞれ単体では「おいしい」と感じたとしても、合わせるとおいしさが損なわれることもあるでしょう。

「味」だと思っていたものの正体
——匂いという要素は、どの段階で、どのように「おいしい」という判断に影響を与えているのでしょうか?
感覚の整理の仕方にはいろいろありますが、一つの考え方として、「遠くにある対象を感じ取れるかどうか」という軸があります。
聴覚や視覚は遠くのものを感じられますが、嗅覚も遠くにあるものから発される匂い、すなわち化学物質を感じ取ることができる。これから口に入れる食品があるとして、視覚や嗅覚は「それを食べていいか」という判断をするための大切な手がかりとして機能しているといえます。
そしてもちろん、先ほどの実験のように食べ物を口の中に入れたあとにも、匂いは味覚に影響を与えます。人はモノを口に入れたあと、食道に蓋をして咀嚼しながら息を吐き出します。そのため、口の中の匂いを感じやすい構造になっていると言われているわけです。
もちろん、味と匂いはそれぞれ別の受容体が受け取るものなので、「味=匂い」ではありませんが、食べているときには味も匂いもほぼ一緒に感じているわけで、基本的に味と匂いを明確に区別することはほとんど不可能だと言ってもいいでしょう。
——味覚と嗅覚が一体となり、食べ物の味わいをつくっている?
その通りです。ヒトの舌や口腔内にある味覚受容体は5つあるとされています。それぞれの受容体が、基本味(きほんみ)と呼ばれる甘味、塩味、うま味、酸味、苦味を感じ取っているわけですね。研究が進む中で「コク」と呼ばれているものや、「脂っぽさ」を感じ取る受容体もあると言われるようになりましたが、基本的に私たちは5種類の受容体で味を感じ取っています。
一方、嗅覚受容体はヒトの場合、400種類くらいあると言われています。イヌは800種類ほど、ゾウは2000種類ほどらしいです。種類が多ければ多いほどある意味、鼻がいい、つまりさまざまな匂いを弁別できる可能性が高いわけです。ただ、嗅覚受容体の多さが「微弱な匂いも感じ取れる」ことを意味するかどうかは、断定できません。
いずれにせよ、現段階では味覚受容体よりも嗅覚受容体の種類が多いと思われます。先ほどの実験のように、匂いによって食べ物の味わいが左右されるのだとすると、より多様な感覚を持つ嗅覚が味覚よりも味わいに大きな影響を与えている、とも言えるかもしれません。
——私たちが「味」だと思っているものが、「匂い」によって生み出されている可能性もあると。
たとえばフレンチに、「オマールエビのバニラソース」という料理があります。バニラをほんの少しだけ入れるんですが、砂糖は入れない。それでもバニラの香りが料理全体を甘く感じさせるんです。
バニラは味でいえば苦みを持つ食材なのですが、私たちはアイスクリームなどによって「バニラ=甘い」という情報を学習している。そのため、味覚は苦味を感じているはずなのに、甘いという感覚を得ている可能性があるんです。

「いい匂い」は、生まれつきか学習か
——食べ物の「味」をどう感じるかは、個々人の経験、学習によって規定される部分もある、ということですね。さらに言えば、同じ味を感じたとしても、それを「おいしい」「まずい」と感じるかは人それぞれだと思います。味や匂いに関する嗜好性もまた、学習の結果として決まるのでしょうか?
そこは、なんとも言いがたい部分です。文化や生育環境を超えて好まれると言われているのは、たとえばグレープフルーツの匂いですね。ある香料会社さんによると、グレープフルーツは人種や年齢を問わず好まれる匂いなのだそうです。
動物には種によって生まれつき嫌いな匂いがあると言われますし、人間にも本能的に「いい匂い」と感じる匂いがあるのかもしれません。
ただ、学習によって獲得される部分が大きいのは間違いありません。赤ちゃんや小さな子どもを対象に実験する方がいて、ハチミツをつかった実験をしてもらったことがあります。
前提として、乳児は甘味を好みます。その理由は、糖は私たちのエネルギー源であるため「本能的に甘味を求めているから」、あるいは「さまざまな味覚受容体の中で、最初に甘味の受容体が発達するから」など、さまざまな説がありますが、甘いものをより多く飲むことが確かめられています。乳児にとって「甘さ」は「おいしい」という感覚と結びついていると考えて間違いないでしょう。
ここからが実験に関するお話です。蜂蜜は、1歳未満の子には食べさせてはいけませんよね。腸内環境が未熟な赤ちゃんは、蜂蜜を食べるとボツリヌス菌に感染する可能性があるからです。つまり、蜂蜜の匂いが「甘い」という味覚と結びつく体験は、1歳を過ぎてから始まるわけです。
そこで、蜂蜜を食べてもよい年齢になったばかりの子——つまり、まだほとんど蜂蜜を食べたことのない子——に、蜂蜜の匂いがする砂糖水、醤油の匂いがする砂糖水、そしてただの砂糖水を用意して、それぞれどのくらいの割合で飲むかを比べてみました。
もし、先天的に蜂蜜の匂いが「甘い」というヒトが本能的に好む味覚と結びついているならば、蜂蜜の匂いがする砂糖水の摂取量が増えるはずです。しかし結果としては、醤油の匂いのする砂糖水の摂取量の方が多かった。
——1歳の段階では、蜂蜜の「甘さ」とその匂いが結びついていない?
そうですね。蜂蜜の匂いが「おいしい」という感覚と結びついていない、という言い方もできるでしょう。
多くの人は、生後半年頃からお子さんに離乳食を与えるようになりますよね。そして、一般論として生後7〜8カ月になると、少量であれば醤油で味付けをしてもいいとされ、市販の離乳食を見ても原材料に醤油が含まれているものがたくさんあります。
ですから、1歳になる頃には醤油の味に馴染み、その匂いと「おいしい」という感覚が結びついていると考えられる。ゆえに、1歳から2歳くらいまでであれば、蜂蜜の匂いがする砂糖水よりも、醤油の匂いがする方が好まれる結果になったわけです。
——醤油の匂いは「おいしい」と知っている。
1歳を迎え、徐々に蜂蜜を摂るようになると、経験と相関して蜂蜜の匂いがする砂糖水の摂取量は増えていったものの、そこまで大きな変化は見られませんでした。
もう少し、例えば3歳くらいになるまで実験を続ければ、もう少し明確な変化を観測できたかもしれないですが、いずれにせよ私たちは生まれたときから「甘い匂い」を知っているわけではない。すなわち味と匂いが結びついているわけでない、ということがいえるでしょう。

食の好みは変えることができる
——何を経験するかによって、匂いの感じ方は変化するわけですね。
「匂いの感じ方」という意味では、他の感覚の影響も無視できません。
たとえば、納豆の匂いが苦手だという人も少なくないと思います。その匂いの元はピラジン類という有機化合物や短鎖分岐鎖脂肪酸、ジアセチルなど。そのうち短鎖分岐鎖脂肪酸(イソ吉草酸)が、いわゆる「足の裏のような匂い」を発しているとされています。
「そんな匂いを発しているものを食べる方がおかしい」という人もいるでしょうが、まったく気にせず納豆を食べている人の方が日本人では多そうですよね。ですが、そのような人でも納豆だと認識できなければ、その匂いに嫌悪感を抱くはずです。
たとえば、家族の誰かが納豆を食べたあと、そのパックを洗わずに流しに放置しているとしましょう。そこにあなたが帰ってきて、室内に漂う匂いを嗅いだ瞬間「イヤな匂いがする」と感じるはず。しかし、流しを見て匂いの元を確認すれば「なんだ、納豆の匂いか」と。それを放置した家族に対する気持ちはさておき、匂いに対する嫌悪感は薄れると思います。
つまり、何を「見た」かによって、匂いの感じ方は変化するわけですね。
——視覚でも変化する。
学習によって味や匂い、あるいはその組み合わせに対する嗜好性が決定される、というお話をしましたが、味覚や嗅覚のみならず、視覚や触覚、聴覚など、さまざまな感覚が複合的に影響を及ぼしている可能性もあると言えるでしょう。

——匂いや味の嗜好性は、幼少期からの学習によって決まる要素が強いようですが、大人になってからも、さまざまな経験を経るなかで変化する可能性はありますか?
バニラの香りをアイスクリームなどが持つ甘味と一緒に経験すると、脳の神経回路上で「バニラの香りがする」と「甘い」という感覚が同時に発火し、そういった経験が繰り返されることで、その2つの感覚の結びつきは強くなります。
しかし、その結びつきは完全に固定化されるわけではなく、揺らぐものなのです。というよりも、固定化されるとさまざまな不都合が生じます。
たとえば、納豆の匂いが「おいしい」という感覚に結びつくのは問題ありませんが、同じ匂いがする靴下を「おいしい」と感じてしまったら困りますよね。だから、さまざまな感覚の結びつきは揺らぐようにできているわけです。
ですから、食の好みも少しずつであれば変えることができると思います。そのトリガーとなる経験は人によってそれぞれですし、劇的に変化させる方法がわかればおもしろいかもしれませんが、現段階では「さまざまなことを経験するしかない」としか言えません。
「嗜好品」の定義を見直すべきタイミングが来る
——和田さんは、さまざまなテクノロジーを用いて多感覚知覚の研究を進められています。今後、テクノロジーの発展は、嗜好品や嗜好体験にどのような変化を与えると思われますか。
まず念頭に置かなければならないのは、「嗜好品」という概念そのものの変化です。
たとえば、牛肉は今後、嗜好品化していくのかもしれません。牛肉は、ほかの主要なタンパク質源と比べて、生産過程で発生する温室効果ガスの排出量や、土地・水の使用量が飛び抜けて大きく、環境負荷が非常に高いとされています。そのため、大豆ミートなどの植物性タンパク質への置き換えが急務だと言われていますが、それでも私たちは牛肉を食べ続けている。
「栄養の摂取」だけを考えれば、必ずしも食べる必要はない。しかも、その消費が環境に悪影響を与えるとわかっているにもかかわらず食べている。その意味で、牛肉はすでに嗜好品なのだと私は思っています。ただ、一般的には今のところ「牛肉=嗜好品」とは思われていませんよね。
「嗜好品」の定義を、もう一度見直すタイミングが来るのかもしれません。
——個人の趣味嗜好を超えた、大きな観点から「嗜好品」を捉え直す必要があると。
そうです。地球環境のことを考えれば、多くの人に植物性のタンパク質を積極的に摂ってもらう必要がある。そのためには、植物性タンパク質をもっとおいしく提供しなければなりません。
そこで効いてくるのが、香りです。
動物性を感じさせる香りとしては、燻製香などがあります。何らかのデバイス、調理法などを開発するなどして、素材にうまく香りを付加することができれば、動物性から植物性への行動変容を起こせる可能性はあると思います。
ほかにも、動物性タンパク質を感じさせる「脂感」など、さまざまな感覚をさまざまな手段で提供することで、地球環境にとってフレンドリーな嗜好体験を生み出せるかもしれません。
——私たち一般の消費者が、コーヒーやお茶、料理など、食の嗜好品をより豊かに「味わう」ためには、どんなことを意識すればよいでしょうか。
自分の感覚を信じることが大事だと思います。
これは、フランスの味覚教育の第一人者のジャック・ピュイゼのもとに、私が1週間ほど滞在したときに学んだことです。彼は味覚教育のプログラムの中で子どもたちに「自分の感覚を信じること」「言語化」を促そうとしていました。
「こうでなければいけない」ということではなく、自分がいい匂いだと思ったらいいし、嫌だと思ったら嫌でいい。
ただ食べるだけでなく、見たり、育ててみたり、触ってみたり、絵を描いたりするプログラムもあったと思います。味わうだけでなく感覚を駆使して、彼の言葉を借りれば「食材そのものの声を聞く」ことが何らかの飲食物を愛することにつながるのかもしれません。。
「食」を楽しむ上で、何よりも重要なのは、自分の感覚を信じ、その感覚を愛することなのだと思います。

1990年、富山県生まれ。ライター/編集者 ←LocoPartners←リクルート。早稲田大学文化構想学部卒。『designing』『遅いインターネット』などで執筆。『q&d』編集パートナー。バスケとコーヒーが好きで、立ち飲み屋とスナックと与太話とクダを巻く人に目がありません。
編集、執筆など。PLANETS、designing、De-Silo、MIMIGURIをはじめ、各種媒体にて活動。
1995年、徳島県生まれ。幼少期より写真を撮り続け、広告代理店勤務を経てフリーランスとして独立。撮影の対象物に捉われず、多方面で活動しながら作品を制作している。
