生活を彩る美しい花、美味しい果物や栄養価の高い野菜……。私たちはただ消費するだけでなく、それらを栽培する生産者を意識する機会も増えたといえるだろう。
では果たして、生産者はどのように種や苗を入手しているのだろうか。
各地のボタニカル素材や生産者を取材してきたDIG THE TEAだが、未来の嗜好品を捉えるために、最先端の技術や研究と向き合う農業や栽培の現場にも足を運ぶことにした。
初回は、花や野菜の種を通して農家の礎を支える「種苗メーカー」。開発した数々の花の品種が高く評価され、世界の市場で高いシェアを誇る株式会社ミヨシを訪ねることにした。
同社の育種農場があるのは、空気の澄んだ山梨県・小淵沢。高い山々に囲まれ、海からの湿った空気が入り込まないこの地は、夏の日照時間が長く、冬の晴天率は80%に達する育種に最適な自然条件を備えている。
長い時を費やす育種、土地ごと栽培法を引き出す姿勢、気候変動に備える植物のデザイン、そして神事の植物「榊(サカキ)」復活の挑戦に至るまでーー。
ミヨシで長年種苗業に携わり、現在は国内、海外の営業をリードする吉田浩之さんに、地球の変化と植物の時間に向き合う壮大な技術開発とその舞台裏について紐解いてもらった。
(文:安藤鞠 写真:江藤海彦 編集:川崎絵美)

世界に高く評価される日本の鑑賞花
――種苗メーカーとして世界の市場で高いシェアを持つ御社ですが、あらためてミヨシが手がける「種苗」とは、どのような事業なのでしょうか?
作物を育てる農家へ、種や苗を納入するのが私たちのような種苗メーカーです。
私たちが普段、スーパーや生花店で手にする花や野菜。それらが「誰によって育てられたか」を意識することはあっても、「誰がその品種を生み出したか」を考えることはほとんどないでしょう。
もし自動車であれば、フロントのエンブレムでメーカーを認識できますが、花や野菜に製造社の名前は刻まれていません。私たち種苗メーカーは消費者の目には触れない存在です。
けれども、私たちをはじめ日本の種苗メーカーが開発した花の品種は、世界でも高く評価されています。たとえば、世界の花市場で流通するトルコキキョウやヒマワリの約80%は日本の品種です。ミヨシが手がけるカスミソウやスターチス、デルフィニウムなども広く支持されています。
自動車のように市場が目立っていないだけで、日本で開発された花々は、実は世界で大きなシェアを持っているのです。

――農家は、収穫した作物から種を採って、次のシーズンに備えているものだと思っていました。農家の多くは種苗メーカーから種子や苗を購入しているんですね。
伝統野菜など地域で育んだ固定種では自前で種を採るケースが多くみられますが、一般的に市場に出回っている営利向けに開発された品種などは、種苗メーカーから購入しています。なぜなら、自家採種した種では品質が安定しないからです。
植物の中には種が採りづらい品種や、親と同じ性質が得られない個体差のある品種、またウイルスに汚染されている品種などがあります。
そこで、それらの課題をクリアにするために、クローン技術を活用し無菌培養で生産する方法があります。親世代とまったく同じ性質を持ち、カビやウイルスに汚染されていない健康な種苗を生産する技術である「組織培養(メリクロン)」が、F1品種の育種開発同様に種苗を安定して供給する技術として農家を支えています。
無菌のクローン苗を大量生産、組織培養「メリクロン」とは
――世界の市場で高いシェアを誇る種苗メーカーですが、ミヨシの強みである「組織培養(メリクロン)」とは、どのような培養方法でしょうか?
植物が盛んに成長している先端部分(生長点)から、わずか0.2mmの組織を切り出して、フラスコ内で増やす技術です。生長点にはウイルスがほぼ存在しませんから、親とまったく同じ遺伝子を持つ、無菌のクローン苗が大量生産できます。とはいえ切り出しはクリーンベンチ内での手作業、精密さが問われます。

――無菌であることはどのように確認できるのでしょうか。
すべての苗に対して100%ウイルスフリーの証明は、最先端の技術をもってしてもほぼ不可能ですが、限りなくクリーンな種苗を提供できるよう技術を高め、安定した供給体制を整えています。
今では花だけでなく、イチゴ、サツマイモ、ワサビ、ブルーベリーといった食用植物でも、組織培養によるメリクロン苗が用いられています。
食糧難でも“花”を。戦後、組織培養の研究を始めた創業者
――ミヨシが種苗業、そして組織培養を手がけられたきっかけは?
1949年、初代・三好靱男(ゆきお)が前身となる三好商会を創業します。
戦後間もない当時、食料生産が最優先され、栽培作物といえば“生きるための野菜”が中心で、花は“贅沢な嗜好品”と見なされていました。
しかし、初代はとにかく花が好きで、花卉種苗を生業に選びます。
日本には古くから春になったら桜を愛で、お盆やお彼岸には菊を供える文化が根付いています。人々の生活に欠かせない花を安定して供給したい、もっと手頃に取り入れてほしいという初代の強い思いから、私たちミヨシの歩みはスタートしたのです。

安定供給という目的をかなえるために、初代は最先端の「メリクロン技術」に着目します。まだ大学での研究段階で実用化には至っていませんでした。
にもかかわらず、自宅の隣に研究所を建ててしまうほど、並々ならぬ探求心と情熱で研究に取り組みました。
大学教授に教えを請いながら、カーネーションなどのメリクロン苗の生産を1969年にスタート。1975年には、困難とされていたカスミソウのメリクロンに日本で初めて成功します。これをきっかけにカスミソウの大量生産・安定供給が可能になりました。
今では花束に欠かせない存在となったカスミソウ、その影には初代の飽くなき挑戦の日々があったのです。

新たな品種を生み出す“育種”、その過酷な舞台裏
――長い年月に及ぶ研究によって、培養技術「メリクロン」による安定生産が可能になったのですね。もう一つ、種苗メーカーの大切な仕事には新種の創出があります。まるで夢をかたちにする魔法のようでワクワクします。
おっしゃるとおり、新しい品種を生み出す「育種」は種苗業界の花形で、この業界を目指す多くの人が憧れます。しかし、その舞台裏は驚くほど過酷です。
何百回、何千回という交配(かけ合わせ)の試験を繰り返しても、最終的に商品化に至るのはごくわずか。どれほど素晴らしい実績を持つ系統を掛け合わせても、必ずしも名馬が生まれるとは限らない、競走馬のブリーディングと同じ世界です。

――商品化に至るまで、おおよそ、どれくらいの時間がかかるのでしょうか?
新種ひとつを生み出すのに、5年から7年、ときには10年という長い歳月がかかります。消費者が求める花の美しさや香り、花もち、果実の味や大きさといったスペックは最低限クリアすべきポイントで、それだけでは選ばれません。
生産者にとっての育てやすさや、病気への強さ、さらには運送への耐性も非常に重要です。ケニアやコロンビアなど海外の切花生産国では、花もちはもとより、飛行機で輸出するため、荷造りでの育種視点が大切です。箱に詰め込んでも茎がしなって折れず、現地で箱を開けた瞬間にふわりと美しく広がる強靱さやしなやかさが求められます。

――味や大きさ、美しさだけでなく、栽培や流通に耐えうる強さが必要なんですね。
こうしたチェックポイントは品目ごとに何十種類もあり、常に世の中のニーズにアンテナを張りながら開発・選定を進めていきます。
多大な時間とコストをかけて開発する以上、育種では様々な項目で高い評価結果が得られなければ商品化は難しく、ブリーダーは出来上がった品種を冷静に客観的に精査することが大切です。
また、育種において大切なことは「捨てる勇気」だと思っています。たとえヒット商品を生み出したとしても完成した商品に満足をせず、日々上を目指して交配を重ね、新たな品種で塗り替える姿勢こそがブリーダーの真骨頂だと思います。
気の遠くなるようなトライアンドエラーをくぐり抜けたものだけが、世界でシェアを獲る新種として誕生するのです。

イノベーションを起こしたイチゴの新商品、ランナーからでなく、種子から植物をデザインする
――そのような苦労を乗り越えて、見事に誕生した新種を紹介してください。
2021年に開発したイチゴの新種「ベリーポップ」です。日本のイチゴは「一度食べたら忘れられない」と大変人気で、国内はもとより、開発当初から海外での果実生産を見越してスタートしました。
硬い果実は長距離輸送しても傷みにくく、美しい状態のまま消費者の食卓へ届けられます。果肉までしっかりと赤く華やかで、高い糖度と酸味のバランスを目指して開発に取り組みました。
イチゴは通常、ツルのように伸びる「ほふく茎(ランナー)」で子株を増やします。しかし、この方法では気候変動(高温)の影響を受けて、子株の生産が不安定になったり、育苗期間が長いことによる病気のリスクが高まります。
炭疽病(たんそびょう)に悩まされているイチゴ生産者も多いのではないでしょうか。農薬による菌の除去には多くのコスト、手間がかかり、場合によっては感染が防げなければ収穫量は大きく落ち込んでしまいます。
そこで私たちは「種から育てるイチゴ」に挑戦しました。
ランナーから育てる方法に比べて、種子は病気の感染リスクが低い。さらにかさばる苗とは異なり、小さくて軽い種は輸出時のハンドリングもはるかに容易です。育苗から収穫までの期間も短縮できるため農薬量も減らすことができ、結果的に経済面でも環境面でも優れています。

気候変動、未来の環境に耐えうる植物のデザイン
――本当に多岐に渡る要件を考慮して開発されているのですね。育種では消費者や農家のニーズが優先されるのでしょうか?
ニーズは重要ですが、それだけを追求していては不十分です。種苗メーカーはもっと先を見る必要があります。
現在、世界の育種が直面している最大のハードルは気候変動です。猛暑や世界的な水不足といった環境変化は、植物の生育に深刻な影響を与えています。
特に近年、日本の夏は夜になっても気温が下がりません。熱帯夜が続くと、植物も人間と同じように消耗し、休息できずに調子を崩してしまいます。そのため、育種の最前線では、暑さに強く(耐暑性)病気に強い(耐病性)品種の開発が急務となっています。
――育種には時間がかかりますが、世界的な気候変動は待ったなしですね。
すでに欧州では、気候変動による高温や大雨、あるいは雹(ひょう)による被害でブドウの生育が悪化し、ワインの生産に大きな打撃を与え始めています。
かつては当たり前のように育っていた作物が次第に育たなくなる。それはワインのように、何千年と続いてきた豊かな食文化の消滅をも意味します。種苗メーカーは気候の変化を読み、未来の環境に耐えうる植物をデザインし続けなければなりません。

世界中の畑が試験場。タネ屋は農家の味方となり、伴走する
――国内外の農家と向き合いながら「育てやすい」育種に心を砕かれています。
「タネ屋は農家の味方でなければならない」。これは、初代が残した言葉です。農家さんが少しでも楽に栽培できる種苗を届けることを、私たちは何よりも重視してきました。
農家に喜んでもらえれば、巡り巡って私たちの利益も上がる、そのような理想的な関係を目指してきたのです。
ただし、私たちがどんなに優れた苗を提供しても、それが素晴らしい作物になるかどうかは農家の腕にかかっています。育て方によって最終的な味、収量、美しさなどが全く変わってしまうからです。
せっかく買っていただいたのだから立派に育ってほしい。ミヨシでは売りっぱなしにせず、農家と伴走します。
営業担当者は五感をフル活用し、葉の色や土の状態から栽培リスクを見逃しません。水や肥料の量、追肥の時期などを判断して、最適な栽培方法を農家と共に探索します。

――その徹底的な現場主義を、海外での生産はどのように実践されているのですか?
日本で生み出された品種は、世界各地にあるパートナー企業を通じて種苗の販売やライセンス生産が行われています。現地スタッフにマニュアルを渡しただけでは成功しません。やはり私たちが現地へ赴き、その土地の環境に合わせて最終的な選抜をする必要があります。
たとえば、海外展開を検討している2つの有望な候補A、Bがあるとします。国内の試験場でどれだけテストを重ねても、どちらを本採用するかという最終選抜は必ず現地で実施します。
ケニアではAが、エクアドルではBが最も美しく開花する、といったことが当たり前のように起こるからです。
同じ赤道直下の国であっても、気候や水質などが違えば、植物にとっては全くの別世界なのです。相手が植物である以上、真摯に向き合う上で我々にも土日も国境もありません。
私も世界中を飛び回ってきた中で、今も忘れられない瞬間があります。技術指導を兼ねた出張で訪問したエクアドルでの出来事です。お客様の栽培ハウスでホバリングするハチドリが花の蜜を吸っている姿に出会えました。その花は、私たちが世界に送り出した品種でした。
地球の裏側の、標高3000m近い過酷な環境で、ハチドリの命を自社の花がつないでいるという光景に、この仕事をしていてよかったと深い感動で満たされました。

組織培養技術で伝統を守る。表には出ない種苗メーカーの誇り
――創業から今日まで磨き上げてきたミヨシの技術と人材、この財産を今後どのように活かそうとお考えでしょうか。
事業とは違うお話になりますが、私たちは現在、神棚に供える「榊(サカキ)」の国内生産を復活させるプロジェクトを、八丈島の生産者である奥山完己さんと共に進めています。
サカキは神様が降り立つ依り代(よりしろ)として、日本の伝統神事に欠かせない植物ですが、実は現在の市場流通ベースで、国内で流通するサカキの9割近くは中国産です。
――9割近くですか。サカキは国産というイメージを持ってしまっていました。
あまり知られていない事実です。先ほどお話したワインの例と同じように、もし輸入が途絶えてしまえば、日本の伝統文化も消滅の危機に陥りかねません。
そこで、八丈島の奥山さんにより選抜された八丈榊(ヒサカキ)の2品種「神沢(かみさわ)」と「柃(れい)」に、ミヨシのメリクロン技術をかけ合わせ、苗の安定供給に取り組んでいます。
深い緑の艶を持つ葉と美しい枝ぶり、そして驚くほど長持ちする2種のサカキは、神事の場だけでなく現代の日常生活にも気品を添えてくれるはずです。
このように伝統文化の継承にも、ミヨシの組織培養技術は貢献しています。

――種苗メーカーの技術が、伝統を守り、未来へとつないでいたんですね。
「ミヨシ」という企業の名前が表に出ることはありません。それでも、私たちが磨いてきた育種と組織培養の技術が、世界中の農家を支え、人々の日常から人生の門出を彩り、そして日本の伝統文化を守っている。この大きな役割に私たちは誇りを持っています。
大阪大学大学院工学研究科修了(工学修士)。 約20年にわたる生命科学や医療・環境分野での研究経験を経て、2018年にサイエンスライターへ転身。徹底したリサーチと、相手の熱量に寄り添う対話を大切にしている。工学的なロジックに人文・芸術の感性を掛け合わせる文理融合のアプローチで、難解な科学の世界を自然の美しさや日常とつなぎ、地に足のついた言葉で届ける。
お茶どころ鹿児島で生まれ育つ。株式会社インプレス、ハフポスト日本版を経て独立後は、女性のヘルスケアメディア「ランドリーボックス」のほか、メディアの立ち上げや運営、編集、ライティング、コンテンツの企画/制作などを手がける。
ひとの手からものが生まれる過程と現場、ゆっくり変化する風景を静かに座って眺めていたいカメラマン。 野外で湯を沸かしてお茶をいれる ソトお茶部員 福岡育ち、学生時代は沖縄で哺乳類の生態学を専攻
