緑深い軽井沢の森の中に佇む、レストラン〈ブレストンコート ユカワタン〉(以下ユカワタン)。軽井沢ホテルブレストンコートのメインダイニングだ。
海のない長野県でテロワールを大切に、信州の豊かな自然と清らかな水が育んだ川魚やジビエ、山菜など、野山の恵みをふんだんに使い、この土地でなければ味わえない料理を提供している。
さらに全てノンアルコールの自家製モクテルでペアリング体験ができることも大きな特徴だ。モクテルの素材にも信州という風土が丁寧に織り込まれ、この土地が醸し出す唯一無二の味覚を味わえる。
お酒を飲まないライフスタイル「ソバーキュリアス(飲まないことに興味を持つ)」の提唱者に話を聞くなど、その世界的な潮流を探求してきたDIG THE TEA。
今回はユカワタンで開催された「ソバーキュリアス・ガストロノミー 〜初夏の軽井沢で“水のジビエ”を味わう〜」というタイトルの美食会に足を運び、日本ならではのノンアル嗜好体験を探ってみたい。
軽井沢の自然が育む、ノンアル体験とは? 美食会のコースを紐解きながら、“モクテリスト”で、ユカワタンの支配人兼ソムリエの松原未那人(まつばら みなと)さんに、ノンアルドリンクに注力する原点や創作のアイデア、ペアリングの考え方を尋ねた。
そして、ユカワタンを運営する星野リゾートは、開業当初から水力発電を推進し、「エネルギーの地産地消」など、軽井沢星野エリアで長い歴史を持つ。この地ならではの食体験を支える環境経営の実践について、運営管理を統括する阿部千尋さんに話を聞いた。
(文:江澤香織、写真:大月信彦、編集:川崎絵美)
信州の恵みとペアリングを味わう
新緑の眩い季節に開かれた特別な美食会。当日は台風が近づいていたが、そのせいか一層緑濃く、草木が生き生きと鮮やかに私たちを出迎えた。レストランの建物の前にある森の空間にはタープが張られ、気持ちの良い野外スペースで多種のアミューズが並ぶ。

これらに合わせるのは、その場でゲストの好みを聞いて作る、カスタムメイドのモクテルである。
カウンターにはずらりと並んだ様々なドリンクのボトル。市販のノンアルドリンクもあるが、自家製も20種類ほど揃えている。ルバーブ、杏、ニセアカシア、山ブドウ、サルナシ、リンゴなど、いずれも近隣の野山や畑で採れた素材を煮たり漬けたりして手間をかけ、手作りしたオリジナル。サーブする松原さんが自ら摘んできた素材も多くある。

「これはリンゴの果汁をぎゅっと煮詰めたものです。リンゴは長野県の名産ですし、熟成したリンゴのフレーバーは熟成したシャンパンと近い香りがあるので、私たちはよく使います。コンソメとの相性もいいんです」と松原さんがひとつひとつの素材について丁寧に説明してくれる。

「甘めで」「さっぱりめで」「長野らしい素材をたくさん使って」など、ゲストはそれぞれ自分の好みを伝えると、松原さんはその会話を楽しみながら、目の前に並ぶ様々な素材をブレンドし、即興でドリンクを作る。
コース料理のプロローグに、ワクワク感が高まるプレゼンテーションである。

アミューズを楽しんだ後は建物内へ移動。レストランへと続く通路には、野菜やハーブが彩り良くディスプレイされ、コースを彩る素材を一同に見渡すことができる。
この日サーブされた料理とペアリングのモクテルを紹介しよう。
前菜最初の一皿は「鯉とビーツのレゾナンス」。軽井沢町の隣の佐久市は、江戸時代からの歴史がある「佐久鯉」の産地。その鯉をレストラン裏手の池で泳がせ、直前に締めて提供している。
ビーツを魚の鱗のようにスライスして並べた繊細なデコレーションが目を引く。
合わせるドリンクは、コリアンダーシードでアクセントを付けた白ブドウ果汁をベースに、上層にビーツを煮詰めたシャーベットを浮かべ、時間の経過で次第に溶け合う味のグラデーションを楽しむ。

前菜2皿目は「山女魚(ヤマメ)のミキュイ サフランの香り」。低温調理でじっくり火入れをした山女魚にサフランのソースと山女魚の出汁、タピオカとキャビアロリ(丸く加工したオリーブオイル)をのせて。
ドリンクはシャルドネの白ワインとドライジンジャーをしっかり煮詰めてアルコールを飛ばし、サフランとクリアトマト(トマトの赤い部分を取り除き、旨味だけを凝縮したエキス)の果汁を加えたもの。クリアトマトの泡ソースが浮かぶ。山女魚の繊細な旨みに、トマトの酸とコクが爽やかに寄り添う。エディブルフラワーを閉じ込めた氷はビジュアルも華やかだ。


3皿目の前菜「初夏の恵み」は、キュウリ、ホワイトアスパラ、グリーンアスパラ、ミョウガ、ウド、根曲がりダケなど、15種類の野菜をクレープで包んだブーケのような美しい一品。焼く、茹でる、フレッシュ、マリネ、ピクルスなど野菜の特徴に合わせて調理法を変えている。
ドリンクは、山に自生しているキハダの樹皮を採取して作った自家製トニックウォーターに、希少な食用ホオズキの果汁をブレンド。食用ホオズキの栽培は難しく、生産農家は少ない。グラスの縁には、オリジナルのエピス塩をまぶしたスノースタイル。春の苦味を含んだ賑やかな味覚の山菜やキノコを大らかに包み込む、気の利いたドレッシングのようなドリンク。


メインの前に「ジビエのコンソメ」で小休止。シカ、イノシシ、ホロホロ鳥のコンソメ。これにもちゃんとペアリングが付いており、煮詰めたリンゴジュースと自分たちが森で採取したクロモジに、ダージリンとオレンジピールを合わせた手作りのティーバッグで抽出した温かいドリンクが登場。どちらもホッと和むような味わい。
魚料理のメインは「岩魚のクリスティアン ナージュ仕立て」。嬬恋村の温泉支流で育った大岩魚におかきやアーモンドをまぶしてサクサクに仕上げてある。出汁のスープを注ぎ、崩しながらいただくお茶漬けスタイル。
ドリンクは、白ブドウ果汁をベースに、地元で収穫したカラタチ(ミカン科の果実)、ヴェルガモット、レモン、レモンバーベナで香りを出し、最後にセロリで軽くかき混ぜて。バルセロナの天然炭酸水「ヴィッチー・カタラン」で割っていたのも驚きだった。キリッと爽やかで塩味のある複雑な味わいが魚料理を引き立てる。

肉料理のメイン「鹿のロティ コンソメ・ド・ジュヴルイユ」。鹿ロースに鹿の出汁で作ったソースが注がれ、カラッと揚げたコゴミ、コシアブラ、アスパラソバージュ、香茸、アンズ茸など、山の恵みが添えられる。
ドリンクはまるで赤ワインのようにデキャンタで提供。黒ブドウベースの赤ワイン、マデラワインをアルコールが飛ぶまで煮詰め、杏のピューレと紅茶をブレンド。鹿肉に更なるソースを纏わせるようなイメージで、重層的な味わいに。


デザートは「杏とローズマリーのコンビネゾン」。ウイスキーを染み込ませたユカワタン風のババに、アールグレイのアイスクリーム、バニラシャンティ、ローズマリーフレーバーの泡ソース、杏のコンポートと杏のソース。
ドリンクはホットのカフェモカで白・黒の2種から選べる。ホワイトチョコレートベースにカルダモンとシナモンを加えたもの、またはダークチョコレートベースにスターアニスと生姜を加えたもの。


最後はもう一度外へ出て、先ほどのタープを張った空間で小菓子を楽しむひととき。
ドリンクカウンターには、青々としたハーブが並び、信州の自然が感じられる。ハーブは野山に自生しているものや、松原さんが朝、近所の畑で収穫したものなどがある。ここでまた好みの味や素材を伝えると、その場でブレンドしたハーブティーを淹れてくれた。


今回味わったドリンクは、料理や菓子の技術も盛り込んで緻密かつ創造的に素材をブレンドして、抽出や発酵などに手間と時間をかけていた。ビジュアルや演出もユニークだったが、どれもこの土地の物語を真摯に織り込んだ、信州という自然の恵みを五感で味わうドリンクだった。
(※仕入れ状況により、料理内容や食材が一部変更になる場合があります)
土地の資源に敬意をもつ、サステナブルな思考
このコースのドリンクを手がけたモクテリストの松原さんは、ユカワタンの支配人でありソムリエ、そして元は料理人でパティシエだったという。
子どもの頃から料理好きで、学生時代は飲食店のバイトを掛け持ちして料理を作っていたそうだ。自分の食べたいものを自分で実現できるから料理は楽しい、と松原さんはいう。

新卒で入社して最初は料理人として働き、次第にパティシエも任されるようになった。ワインは好きだったが、当時はあまり味の違いがわからず、知識としての必要性を感じてソムリエ試験を受けてみたら一発で受かった。
「ソムリエになりたい、という強い志はなかったし、マリアージュも良くわかっていませんでした。ただ、ずっとやってきた料理がすごく役立ちました。ワインの表現は、例えば、“グロゼイユの香り”のように、料理や食材に例えることが多いんです。大抵の食材を既に知っていたおかげで、すぐにイメージできました」
「洋梨の香りであれば、自分が作った洋梨のデザートが頭に浮かび、これはフレッシュだなとか、コンポートにして煮詰めたときの香りだなとか、具体的に表現できたのは料理の経験が大きいです」
ユカワタンでは、コロナ禍以前の2019年頃にはノンアルコールのペアリングを提供していたという。
「車で来るお客様も多いですし、結婚式場もあるので、ここで結婚式を挙げた方たちがその後の記念でいらっしゃることも多いんです。そうすると、妊娠中でお酒が飲めないというお客様にも多々お会いしました。お客様は、最大限に料理を楽しみたいと思っていることはもちろん、ここで過ごす時間を大切にされています」
「お酒が飲めないことで満足度が下がってしまうのは良くない。みんなができるだけ同じように幸せな時間を過ごせるように気遣うことは、レストランとしての務めなんじゃないかと考えて、ノンアルコールのドリンクにも力を入れるようになりました」

ノンアルコールへの需要は増える傾向にある、と松原さん。ユカワタンでは、アルコールとノンアルの注文比率は6:4で、昨今の健康志向もあってかノンアル派が半数に迫る勢いだ。特に海外のゲストはノンアルを頼む人が多いという。アルコールを飲む人からも、「途中でノンアルを挟みたい」という声もあり、ミックスペアリングにも柔軟に対応している。
モクテルのペアリングに面白さを感じ、それを目的に来る人も増えているという。
「モクテルの場合、自分でイメージしたものをゼロから作り上げられることが魅力」と松原さんはいう。例えばチーズなど、ノンアルで合わせることが難解なペアリングもある。しかしモクテルは表現の幅が広く、理想とするワインがない場合でも、それに近いものを自分で作ることができるという。

ペアリングには様々な手法があるが、「料理人としての経験が長いので、その思考から生まれるアイデアも多い」と松原さんはいう。
「まずは、料理と共通したフレーバーを合わせる方法、今回のコースでは鯉に合わせたビーツを、ドリンクにも応用。それから少し似た香りを間接的に合わせる方法、例えば料理にクレソンを使ったら、それに似た香りのカモミールをドリンクに合わせます。あとは、付け合わせのイメージです。鴨にはオレンジが合うから、それをドリンクにしてみるとか。飲むガルニチュール(付け合わせ)、飲むドレッシングのようなイメージですね」

松原さんの手がけるモクテルは、信州の自然や歴史、文化が丁寧に注ぎ込まれ、土地への敬意と愛情が感じられる。
「食材を余すことなく使うのは、そもそもフランス料理の基本的な考え方にあります。我々は生産者と一緒に活動することも多い。畑で育てている様子をいつも見ているし、自ら収穫に行くこともあります。生産者の元へ行った方が新鮮な素材が手に入りますし、食材の知識を得るためには、育てる環境を知ることが一番です」
「生産者へのリスペクトもありますし、生産者と接することが自分にとって楽しいからです。農家のおじさんと一緒に軽トラに乗って山へ入って、地域の話をする。この土地で料理人になると、自然とそうなるんです。サステナブルな考え方は、料理人ならみんな当たり前に備わっているのではないでしょうか」
今後はもっと表現の技術を高めたい、と松原さん。コースで楽しむペアリングだからこそ、その中で同じ技法は使っていない。料理人の視点を駆使して多様な技法を試み、様々な味や香り、テクスチャーを生み出している。ドリンクという限定された枠の中でどこまで広げられるか、自ら手を動かして試行錯誤を続けている。
「自分の技術が追いついていないだけかもしれないけれど、まだまだやりたいことは沢山あります。常に新しい技術を探して試しています」
エネルギーの地産地消を実現した「奇跡の地」
松原さんが当たり前にサステナブルを実践していることは、軽井沢の自然だけでなく、ユカワタンを運営する星野リゾートの経営姿勢が大きいのかもしれない。
というのも今回私たちが驚かされたのは「EIMY(Energy In My Yard)」と呼ばれる星のや軽井沢の環境経営だった。創業当初からの自家発電の取り組みが、日々の創作にもつながっていると感じられたのだ。
その歴史と実践にも目を向けてみよう。

軽井沢星野エリアにある6施設(星のや軽井沢、軽井沢ホテルブレストンコート、BEB軽井沢、星野温泉 トンボの湯、村民食堂、ピッキオ)は、1992年から本格的に環境経営に取り組んでいる。中でも星のや軽井沢は現在、消費電力の約70%(2017年時点68%)を70%以上は自家発電の自然エネルギーでまかなっている。
「自分たちで使うエネルギーは、できる限り自分たちで賄う」という星のや軽井沢の方針は、創業当初に遡るという。SDGsが謳われる100年も前のことだ。
星のや軽井沢は、その前身である星野温泉旅館が開業した頃から自家水力発電を行っており、敷地内にその発祥拠点といえる小さな発電所がある。2008年から運営管理を担当している阿部千尋さんが案内してくれた。
「星野家と水力利用の歴史は古く、旅館の前には製材業を営んでいたため、小川に仕掛けた丸ノコを水の力で回していたのが始まりです。やがて電気の時代が到来しましたが、ここは山奥だったので、まだ電力会社のエリア外だったんです。そこで自前で小さな発電機を付けたのが1915年(大正4年)、そして1929年(昭和4年)に本格的な発電設備を導入しました」


星のや軽井沢の広大な敷地は自然に溢れ、その中心を穏やかな川が流れる。実はこれが下流にある水力発電所に24時間一定の水量を送るための調整池と、砂や泥などの不純物を取り除く沈砂池の役目を担っているのだ。
宿泊客の心を和ませる、この場所の象徴的な美しい景観が、水力発電として大いに活用されている。

阿部さんが、2005年から稼働している地下のエネルギーセンターを案内してくれた。化石燃料をほとんど使わず、省エネルギー性に優れたヒートポンプを利用し、その熱交換によって生じる自然エネルギーを、施設の給湯、冷暖房、温泉の加熱などに活用している。
星野温泉では、7本の源泉から毎分約383リットル、40℃の豊富な温水が常時噴出している。その温泉の排湯熱や浅間山の火山活動で温められた地中熱を利用し、自然エネルギーを無駄なく活用している。

敷地内には、深さ400メートルの地中熱交換井(地中の熱を採り出すための井戸)が3本設置されている。大きなパイプの中の水を循環させることで地中の熱を採り出し、ヒートポンプで活用する。

星のや軽井沢の施設全域には、エネルギーの循環構造が緻密に張り巡らされている。自分たちで使うエネルギーはできる限り自分たちのいる場所で発生する自然エネルギーで賄う。
「ここは、自然エネルギー利用における奇跡の立地と言えます。星のや軽井沢には発電所がある、とよく言われますが、私から言わせると、発電所の中に星のや軽井沢があるんです」と阿部さん。
「環境問題や脱炭素など、まだまだ日本は出遅れていると感じることも。ですが、この仕事に関われていることは誇らしく、今後は未来に繋げていけるような新たな取り組みを考えていきたいです」

そのほか〈星のや軽井沢〉の客室には「風楼」と呼ばれる通気口が天井にあり、開け閉めすることで冷風を送り、“天然のエアコン”として部屋の温度を下げる仕組みを導入。床暖房には温泉熱を利用している。
先に挙げた軽井沢星野エリアの6施設では、ゴミの資源化100%を目指す「ゼロエミッション」を達成するため、分別の細かなチェック、アメニティの見直し、地域との連携なども推進しているという。


このような環境の中で日々を過ごしている星野リゾートのスタッフにとって、自然とともに生きる気持ちは、普通で当たり前のことなのだと感じられた。
軽井沢の自然のもと、創業から環境経営を実践してきたからこそ、松原さんのようなモクテリストが活躍し、地域の素材と向き合うノンアル・ペアリングの嗜好体験が生まれたのだろう。
星野リゾートが手がける「ソバーキュリアス・ガストロミー」、その広がりが楽しみだ。
<取材協力>
ブレストンコート ユカワタン
星のや軽井沢
Follow us! → Instagram / X
フード・クラフト・トラベルライター。企業や自治体と地域の観光促進サポートなども行う。 著書『青森・函館めぐり クラフト・建築・おいしいもの』(ダイヤモンド・ビッグ社)、『山陰旅行 クラフト+食めぐり』『酔い子の旅のしおり 酒+つまみ+うつわめぐり』(マイナビ)等。旅先での町歩きとハシゴ酒、ものづくりの現場探訪がライフワーク。お茶、縄文、建築、発酵食品好き。
お茶どころ鹿児島で生まれ育つ。株式会社インプレス、ハフポスト日本版を経て独立後は、女性のヘルスケアメディア「ランドリーボックス」のほか、メディアの立ち上げや運営、編集、ライティング、コンテンツの企画/制作などを手がける。