段々と積み重なっていく通知。だらだらと更新を続けるタイムライン。

五感で触れる前に変わっていく季節、街路樹の色。

生きているようで、追われているような焦燥。

そのなかで、ふっと一息つける時間を求めて。

本特集「ポジティブな逃避のシーン」は、せわしない日常の壁を溶かすプロダクト、出来事、人にフォーカスを当て、前向きに「日常における間」を創っていきます。

今回のお相手は、東京・自由が丘の一角に佇むシーシャカフェ「カンノーク」の店長、天明(てんみょう)直希さん。クオリティに無二のこだわりをみせる直希さんのシーシャは、その味を求めてはるばる遠方から来店するファンも多い逸品。独創的なレシピは、直希さんの膨大な実験から得られる2割の成功から生み出されるのだとか。

そんなシーシャの体験が生み出される実験的な、カンノークへ。

秘密のミックスで独特な苦味・甘みを表現した「クラフトコーラ」と、台湾の凍頂烏龍茶のシーシャをお供に、運命的なシーシャとの出会いや、シーシャの探求、その情熱の源について聞きました。

運命の日、2015年12月12日

──直希さんのシーシャとの出会いはいつですか?

実は初めてシーシャを吸ったのが、カンノークだったんです。

──おお、そうなんですね。

2015年12月12日でした。ハッキリ覚えてます。大学3年生の時に友達4人で自由が丘で遊んでいて、ここに連れてきてもらったんです。メロンの甘い香りがするシーシャだったんですけど「美味しい!」って印象が強く残ってますね。

それからいろんなシーシャ屋を巡るようになって、最初は1カ月に1回だったペースがいつの間にか週5ペースになってました(笑)。

──かなりのめり込みましたね。

「シーシャの世界って面白い!深い!」みたいな。作る人によってぜんぜん味が違うのが面白かったんです。

──もともと何かにハマるとグっと入りこむタイプですか?

そうですね。小中学生まではずっと柔道で、初段になって都大会に出たりとか。怪我をして辞めた後は、音楽にハマってバンド漬けでしたね。

──そしてシーシャにハマったと。一つのことに夢中になる直希さんにシーシャはマッチしたんですね。

そうだと思います。あと就活の時期ですごくストレスを抱えていたから、気晴らしにシーシャを吸ってリラックスしてたんですよ。ゆっくりする時間の使い方を知ったというか、こういう体験があるんだなと。家っぽい空間でゆったりと店員や他のお客さんと一緒にくだらない話で盛り上がったりして、その心地よさが魅力的でしたね。

広告代理店を経て掴んだ、カンノークからの逆オファー

──そのあとはいったん就職したんですか?

はい、ベンチャーの広告代理店に。大学で学んでいたディベートや分析のスキルを活かせてやりがいもありました。ただ、どうしても働き方で合わないところがあって、1年も経たずに辞めてしまいまして。その後はニートだったりバイトしたり。

──そして、カンノークへ?

はい。シーシャにハマってから、ずっとカンノークには通っていて、オーナーと仲良くなってたんですね。それで一緒にいろんな方とキャンプに行く機会があったんですけど、みんなが肉を食べてるなか、僕はひたすらシーシャを作って「どうぞどうぞ」ってパイプを渡してたんです。それを見たオーナーが気に入ってくれて「うちで働きませんか?」と。

──いわゆる逆オファー?

そうです。キャンプの少し前にたまたまシーシャを作る機会があって「あ、シーシャって意外と自分で作れるんだ」と知って、「じゃあキャンプでも作ってみよう」みたいなノリでしたね。それから働き始めて現在で2年半、社会人としては5年目です。

──カンノークに入って、本格的にシーシャの作り方を身につけていったんですね。

はい。手探りの独学で身につけました。個人的には、僕が通っていた頃にカンノークで働いていた方と、「世界で一番美味しい」とも言われている浅草のKIMET(キメト)の店長、この両者の作るシーシャが理想だったので、それに近づけるように模索していきましたね。

シーシャを吸う3つのコツ「マックシェイクを吸うように」

あ、そろそろ火加減を見ますね……。うん、これでもっとコーラの味がすると思います。

──あ〜すごい、味が変わってますね!

あと吸ってすぐに吐いてみてください……はい、そういうふうに。

──美味しいです。いつもこうやって吸い方も伝えているんですか?

はい。ちゃんと意図もありまして。他のシーシャ屋さんだとお客様に自由に吸ってもらうべきだという考えのもと、あまり吸い方に干渉しないのが主流なんですよね。僕もその考え方には賛成なんですが、実は吸い方がよく分かっていない方が多いのも事実で……。できれば、ただ吸っているだけでは気づきにくいシーシャの奥深い世界も知って欲しいという思いがあるんです

──たしかに僕も今なんとなく吸ってました。

だから最低限のコツは伝えています。基本的な吸い方を覚えるだけで、よりシーシャを楽しめるようになるので。

──良い機会なのでコツを教えていただけますか?

もちろんです。コツは3つあって、まずは子猫を撫でるようにふわっと吸うこと。フレーバーに対して過剰なストレスを与えると焦げやすくなるので。次に水の音がボコボコと鳴るぐらい吸うこと。マックシェイクを吸うようなイメージです。そして吸ったら直ぐに吐くこと。慣れていないと気持ちが悪くなりやすいので。この3つを意識すると良いと思います。ただ吸い方にはそれぞれのやり方があるので、あくまで基本として知っていれば十分です。

──あ、また味が変わってきましたね……。すごく不思議なんですが、この味はどうやって作っているんですか?

あくまでお客様のオーダーに忠実なんですよ。味のイメージを伝えてもらって、それがフルーツ系なら「どういうフルーツがいいですか?」「甘さの系統はトロピカルフルーツのような華やかなもの? ベリー系の甘酸っぱいもの? バナナのようなまったりしたもの?」と細かくヒアリングします。

その上で、ここでしか吸えないシーシャを作るのが僕の役割です。例えば「スカッとしたやつ」というオーダーをもらったら、僕なりのオリジナリティを織り交ぜてアップルティーソーダ風にするなど、“作品”に命を込めるような気持ちで作っていますね。最終的に「ディズニーランドにあるようなアップルティーソーダをイメージして作りました」と言って提供することもあります。

──オーダーと直希さんのこだわりが凝縮されたシーシャなんですね。

いつだったか、あるフレーバーを凍らせて使ってみたこともあります。いろいろ実験するうちに凍らせると甘さが引き締まることに気づいて。少しずつ溶けていくので一定のラインを保ちながら味が徐々に出てくるようになるんです。他にも、今日お出しした凍頂烏龍茶のシーシャは、下の水も凍頂烏龍茶にしてみたり、目で見て楽しめるような体験も工夫していますね。

──まるで五感で味わう創作料理みたいですね。

フレーバーの特性や組み合わせごとに炭の置き方を変えて、お客様に提供した後も細かく調整して、味の変化を引き出しているんです。

物理学、カクテル、香水などジャンルレスに探求

──時間の経過によって味が変わっていくのはシーシャの特性のひとつですけど、直希さんはこの体験作りにかなりのこだわりがありますよね。

シーシャのフレーバーは、ハンバーグやステーキみたいに時間をかけて旨味を閉じ込めるとさらに美味しくなると僕は考えているんです。だからこそ最初は味があまり強く出ないようにして、後からしっかり味が出るように計算してますね。結果として、だんだん味が変わっていく過程そのものを、長くお客様に楽しんでもらえたらと考えて作るようになりました。

──なるほど。そして“右肩上がり”と言われるシーシャの体験が生まれた。

そうですね、時間が経っても右肩上がりで楽しめるように意識してます。あとシーシャがめちゃくちゃ好きで、かつ物理学に長けた友達がいるんですけど、彼が「熱の対流はシーシャにどう作用するのか」という研究をしていて、そこから得られた知識も借りてます。

それ以外だと、作り方の基本になっている“蒸らし”には本当に意味があるのか、フレーバーをカットした場合としない場合ではどう風味が変わるのか、シロップの量は味にどう影響が出るのか……とか、そういうことを考えながら一つひとつ実験して、比較して、自分なりの理論に落とし込んでます。

穴を開ける位置も直希さんのこだわりが光る。

──身をもって実験を繰り返した末に、直希さんならではのシーシャが生まれているんですね。

その実験も8割は失敗していて、成功した2割だけをピックアップしてお客様に出しているんです。営業が終わったあとに1人でこっそりと新作を作ってます。それでたまにアイデアが降ってくるんです。今までの経験や知識がふいに結びつくみたいな瞬間があって。

──なんだか料理人みたいですね。

フレーバーのミックスも料理と同じようなことをやっていますからね。多いと13種類ぐらいのフレーバーを組み合わせます。仕上がりのイメージに合わせて加えていった結果、それだけの数になるんですが、高級料理店でもシンプルなスープに食材がめちゃくちゃ複雑に入ってることもあると思うんですよ、それこそ20〜30種類とか。シーシャの世界でも、そういう探求はあって良いんじゃないかと思ってるんです。

──シーシャの道具もこだわりだすと奥深くてキリがなさそうですね。

はい。フレーバーを入れるクレイトップだけでもいろんな種類があって、シロップが下に溜まるタイプやそうじゃないタイプがあるので、臨機応変に使い分けてます。フレーバーにもシロップが多めのアメリカ系や少なめの中東系があって。まあシーシャには本当に正解がないので、だからこそ常にシーシャに生かせるアイデアがないかを探しています。

──それはシーシャ以外のジャンルからも?

僕はシーシャ以外からたくさんインスピレーションを受けてますよ。例えば、お茶や、カクテル、料理などは文化も発展していて、あまたの先人たちが洗練された作品を発表し、方法論などを確立されているので、そっちからも学んだ方がいいなと。自由が丘はスイーツの有名店も多いので、時間を見つけてはお店に足を運んで、味を想像できないものを買って食べたり。あとは香水ですね。

──香水の香りも、まさに時間経過で変わるものですね。

素材の調香もかなり緻密なので学びになりますね。50mlで3万円するような香水もあったり、シーシャとは違う奥深い世界を垣間見た瞬間、沼に引きずり込まれました(笑)。香水の表現の仕方からインスピレーションをもらって、普段作るシーシャにどう応用させるかを考えたり。自分自身のオリジナリティの幅を広げられて、学ぶことが多いんです。

「感動を与えたいと思う意思はどこにも負けない」

──直希さんが日々、飽くなき探究を続けられるのはなぜなんでしょう。かなりの情熱がありますよね。

新卒で入った広告代理店を1年足らずで辞めちゃったことが自分の中で引っかかっていて、その分反骨精神がものすごいんですよ。新卒からの5年間が自分の成長に大きく影響すると考えていたので、次の仕事には絶対に全力を注ぎ込むと決めていたんです。それが日本でも指折りのシーシャプレイヤーを目指そうと思った大きな契機にもなりました。

あとはやっぱり、僕自身がお客さんだった頃に「美味しいシーシャを吸いたい」と強く思っていたからこそ、とことんそういう方々の味方であり続けたいという思いがあります。

──いま「日本でも指折りのシーシャプレイヤー」と表現されましたが、現状はいかがですか?

「カンノークじゃないと吸えないシーシャがある」という声は、僭越ながらいただけるようになってきました。常連になってくれる方もいますから、少しずつ目標に近づけているのかなと思います。

新型コロナの影響で経営的に苦しい時期もあったんですけど、ここ最近は短くなった営業時間に合わせてお客様が来てくださるようになったので、そういう意味でも安定してきたかなと。僕のシーシャの原体験が生まれた場所でもあるカンノークで、僕の時と同じような感動を与えたいと思う意思は、誰にも負けない自信があります。

──直希さんは、きっと人を喜ばせるのが好きですよね。

そうですね。僕のお客様には値段以上の体験価値を味わってほしいと思っています。ただシーシャを提供するだけでなく、火加減をこまめに見て味を整えているのも、やっぱり美味しいシーシャを楽しんでほしいからですね。

──そんな直希さんのシーシャを吸いたいからこそ、「カンノークに行きたい」という人も多そうです。

シーシャは個人にお客様がつくと僕は考えていて、バーテンダーによく似ていると思います。僕も「あの人がいるから」という理由でカンノークに通っていたので、僕のシーシャを楽しみにここへ来てくださる方がいてくれるならうれしいですね。

Photo:江藤海彦

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  • 著者:
    Yuuki Honda
    福岡県出身。大学を卒業後、自転車での日本一周に出発。同時にフリーランスとして活動をスタート。道中で複数の媒体に寄稿しながら約5000kmを走破。以降も執筆・編集など。撮影もたまに。 好きなサッカーチームはLiverpool FC。YNWA
  • 編集:
    笹川ねこ
濁流のように去りゆくこの時間を、心が溶けるひとときに。