国産バニラビーンズを、長崎から。言語聴覚士・ミュージシャンを経て挑む“香りの嗜好品”づくり|YAMATO VANILLA BEANS

江澤香織

ケーキやアイスクリームに欠かせない素材のひとつ、バニラ。あの甘くふくよかな香りには、誰もが魅了されずにはいられないだろう。

バニラの産地といえば、マダガスカルやタヒチなど南国の島々を思い浮かべるかもしれないが、実は日本でも極々僅かながら高品質なバニラが生産されている。

バニラは栽培が非常に難しく、さらに収穫後は発酵・熟成という作業を行わなければ製品化できない、とても手間と時間がかかる植物だ。

その気難しいバニラ栽培に挑戦し、国産バニラビーンズの製造に挑む稀有な生産者がいる。

「日本のトップシェフが長崎まで来てくれる。バニラという特殊な植物のおかげで、普通に農業をやっていたら出会えないような人と会えるのはとても面白いです」

そう語るのは、言語聴覚士、プロのミュージシャン、作曲家、プロデューサーを経て、地元の長崎県大村市でヤマトバニラビーンズを立ち上げた代表・清水大和さんだ。

国産バニラ栽培の挑戦、探究を続けてきた清水さんの歩み、そして嗜好品としてのバニラの可能性を探る。


(文:江澤香織、写真:川しまゆうこ、編集:川崎絵美)

午前中の数時間しか咲かない、幻のようなバニラの花

朝一の飛行機で東京を発ち、長崎空港から車で約15分。海を見渡せ、風の通る見晴らしの良い高台に、ヤマトバニラビーンズはあった。清水さんが早速バニラの栽培農園へ案内してくれた。

バニラは熱帯に生きるラン科のつる性植物で、温度、湿度にデリケート。15℃以下で枯れてしまうため温室で栽培している。訪ねたのは5月の終わり頃で、花の開花もそろそろ終わりを迎える時期だった。バニラ栽培で一番忙しいシーズンでもある。

「良かった良かった。まだバニラの花咲いてますよ」と手を動かしながら笑顔で話す清水さん。実はバニラの花は午前中の僅かな数時間しか咲かないのだ。

花の時点では、あのバニラの甘い香りはなく、ほぼ無臭である。色も緑色であまり目立たない。そして一度咲いたその花は、昼を過ぎるとあっという間に萎んで落ちてしまう。

日本のバニラ栽培では、手作業で人工受粉させる方法しかなく、毎日ひとつひとつを根気よく、膨大な時間と手間をかけて進める。咲いているわずかな時間に急いで授粉させなければならないのだ。

ヤマトバニラビーンズ代表・清水大和さん

バニラの花は構造が複雑で、めしべが膜の奥に隠れているため、人間がピンセットや竹串など細いもので丁寧にめくり、おしべの花粉を擦り付けて人工授粉させていく。

バニラの原産地メキシコでは、メリポナという小さな蜂が受粉を手伝ってくれるそうだが、それでも自然受粉は極めて稀で難しいといわれる。

生産工程でもっとも難しい、収穫タイミングの見極め

授粉が成功すると、花の根元部分がだんだん膨らんで、10月を過ぎた秋頃には大ぶりのさやいんげんのような長い実がバナナのように房になって実ってくる。

これを冬まで待って収穫する。房ごとザクっと収穫すれば手っ取り早いのだろうが、清水さんは一本一本の成長を見極め、ちょうど良い頃合いになったものだけを、一本ずつ順に収穫している。

「花は順次咲いていくため、1カ月半くらいの期間の中で、その花ごとに授粉のタイミングを決めています。そのため一本ずつ熟度が違うんです。先端が黄色みがかってきて、割れるか割れないか寸前のところで収穫します。その見極めが一番難しい。収穫のタイミングを間違えると、加工でどれだけ頑張っても良いものにはなりません」

最適な乾燥・発酵方法を開発、香りの決め手となる熟成作業

そしてバニラは収穫したら終わりではない。その後のキュアリングと呼ばれる熟成作業が香りの決め手であり重要なのだ。

バニラビーンズの発酵・熟成を行う、自作のキュアリングルームに案内してもらった。プラネタリウムのような多面体の不思議な小屋は、清水さんが自ら設計し、イギリスから取り寄せた部品もあるというこだわりのサンルームだ。

日差しで温度を効率的に上げられるよう、デザインに工夫が凝らされている。キュアリング途中のバニラビーンズを見せてもらうと、うっとりするような甘い濃厚な香りが辺り一面に漂った。

「これは今年の2月から加工を始めて4カ月目です。水分を程よく残しながら酵素反応を促し、これから香りの強度を上げていく段階です」

清水さんは、自ら導き出した独自の加工技術でゆっくり時間をかけて乾燥・発酵を行う。その最適な方法を生み出すまで、栽培から含めて200パターン以上、条件を変えて試作したそうだ。

清水さんが長年研究してたどり着いたキュアリング方法は、バニラの表皮に目に見えないくらいの小さな穴を開け、そこから徐々に水分を出し、内部を酵素反応の進みやすい温度に調整する。

香気成分を最大限に引き出すために、温度と湿度を細かく管理しながら、しっとり感を保ちつつ、時間をかけてゆっくり水分を抜いて熟成させる。

加工が始まって10日から2週間ほどで、バニラの水分が程よく抜け、艶やかな濃い褐色になってきて、ようやくあのバニラらしい甘い香りが漂い始める。

授粉から収穫まで約9カ月、さらに発酵・乾燥・熟成を経て完成するまで、およそ1年半。バニラビーンズは、長い時間と手間をかけて生まれる香料だ。

清水さんがつくるバニラビーンズの特徴は、純粋な甘いバニラ香がトップに立ち昇る。

バニラといえば、バニラエッセンスの香りを想像することが多いかもしれないが、そのほとんどが化学香料だ。生のバニラはより自然な植物の花の香りを思わせるスッキリした透明感と、発酵・熟成がもたらす複雑な奥行きある香りが感じられる。

人類を魅了してやまない、官能的なバニラの香り

バニラの歴史を辿ると、紀元前1000年以上前の古代メソアメリカ(メキシコ南部から中央アメリカ)にまでさかのぼる。バニラは先住民によって発見され、後にアステカ王国では、カカオを原料とした飲み物「ショコラトル」の香りづけに欠かせない特別な存在となった。

大航海時代を経てバニラがヨーロッパへ渡ると、その甘く官能的な香りは王侯貴族を魅了する。フランス国王ルイ16世の王妃、マリー・アントワネットもバニラを愛した一人として知られている。

しかし、バニラ株をヨーロッパへ持ち込んでも花は咲くものの実は実らなかった。

バニラは、原産地メキシコに生息するハチドリとオオハリナシバチ属の小さな蜂「メリポナ」という極めて少ない送粉者がいて初めて受粉する植物だったからだ。

1841年、インド洋に浮かぶレユニオン島で、12歳の少年がバニラの人工授粉の方法を編み出したと言われている。この技術が大きな変化をもたらし、バニラの栽培はマダガスカルからインド、タヒチ、インドネシアと海を越えて各国に広がった。

自然界での受粉率は約1%と極めて低く、ともすれば絶滅しかねないこの植物に、これだけの手間と時間をかけてでも生産され大切にされてきたバニラビーンズ。長い歴史があるのは、この唯一無二の香りが、何世紀にもわたり人類を狂おしいほどに魅了してやまないからに他ならないのだろう。

ミュージシャンからバニラ栽培の道へ

代々農家だったという清水さん。長崎のブランド茶、”そのぎ茶”を生産する茶農家の家系で、祖父の代でブドウ栽培を始め、父はランの栽培を手がける。

清水さんも家業の手伝いはしたものの、子どもの頃は農業に全く興味はなかったという。

「むしろ嫌いでした。農家は家族旅行もできないし、親に遊んでもらえない。絶対やるもんかって思ってました。自分は昔から音楽が好きで、でも音楽で食べて行くのは大変だからまずは手に職を付けようと思い、言語聴覚士の資格を取って、脳や言語のリハビリ病院に勤めていました」

清水さんは病院に勤務しながら音楽活動を続け、徐々に基盤を作って3年後に退職。そしてなんと韓国に渡り、プロのミュージシャンに転向して10年ほど活動した。韓国ではグループでメジャーデビューを果たし、ドラムやパーカッションを担当し、作曲家としても活動。最後はプロデューサー業までこなした。

ミュージシャンとして世界各地の音楽フェスに出演することも多く、バニラをはじめ南国植物の栽培を見る機会もあった。

「農家の性でしょうか。ツアーで世界各国を巡っていると、その土地で栽培されているものが気になってしまって(笑)。20代半ばくらいから、やっぱり農業っていいなと思うようになっていきました」

韓国では兵役があるため、辞めてしまうメンバーもいた。30歳を前に音楽をやるだけやり切って「もう未練はない」と感じた清水さんが、次に進んだ道がバニラ栽培だった。

ブドウ栽培やラン栽培、先代の技術をバニラ栽培に応用

「先代である父がラン栽培の専用施設を作ったので、ランの技術を活かせないかと考え、バニラについて1年半かけてリサーチしました。商品としての胡蝶蘭は大きいので配送料が高く、原油価格高騰の影響は避けられません」

「一方、バニラは加工が終われば2〜3年保存がききますし、軽いので送料も抑えられる。栽培はランの技術を応用できますし、選定や枝のコントロールは祖父がやっていたブドウ栽培の技術が役立ちました」

「福岡でバニラを栽培する生産者がいたので弟子にしてもらい、住み込みで働いてノウハウを習得しました。まるで研究者みたいな人で、今でも自分にとっての先生です」

清水さんは就農が遅かった分、先代の技術を多岐に応用して、スタートダッシュを早めた。固定観念を持たず、新しいことにトライできたことが功を奏したようだ。

しかし、栽培までは良かったが、商業的に展開する事例は日本にまだなかった。収穫したバニラビーンズをただ乾かしただけでは、あのバニラの甘い香りは生まれない。世界中の情報を調べても加工や製法はほとんど公開されておらず、手がかりを見つけるのは容易ではなかった。

YouTubeを漁り、海外のバニラ生産の動画を見つけて、よくよく観察したが、肝心なところは映っていない。画面の後ろで何か作業しているらしい様子を見つけると、その画面を拡大して繰り返し視聴し、少しずつヒントを得ていたという。

バニラ栽培は、細やかな神経を使い根気もいる作業だが、それでも「僕にとっては、バニラ作りは音楽を作るより100倍簡単」と清水さんは笑う。

「音楽は目に見えないから、自信作でも評価されないときがある。一方バニラは目に見えて評価されやすく、目標がわかりやすい。バニラと音楽の共通点は、突き詰めて良いものを作ればいろんな人に会えること。何度も試行錯誤して徹底的に探求する面白さです。自分は目標に向かって悪戦苦闘するのが好きなのかもしれません」

日本中のシェフたちとの意見交換が原動力

バニラ栽培を始めて7年。ヤマトバニラビーンズは噂が噂を呼び、今や全国から注文が来るばかりでなく、海外からも問い合わせがあるほどの人気だ。

「日本のトップシェフが長崎まで来てくれる。バニラという特殊な植物のおかげで、普通に農業をやっていたら出会えないような人と会えるのはとても面白いです」

「食のプロからのフィードバックは栽培にも活かせるし、バニラビーンズの質をさらに良くしていくためのアイデアをもらえるからとても貴重です。彼らとの対話は刺激にもなって楽しいですね」

シェフやパティシエたちからは、清水さんのバニラビーンズは「香りがしっかり立つので砂糖は少なくても甘味を表現できる」、あるいは「蜂蜜だけでもじゅうぶん」と好評だ。

「ビーンズ(黒い粒)」の量が多く、高い評価を得るヤマトバニラビーンズ。「植物が子孫を残そうと“タネを作る”、その本能を引き出すことが栽培のポイント」と清水さん

清水さんはシェフの要望に合わせてバニラビーンズのカスタマイズにも応えている。これは国産ならではの強みである。

「若く青々しいもの」「枯れてしっとりしたもの」「水分量何パーセント」など、シェフによってバニラの好みがあるからだ。未知の体験だからこそ、共同研究しているようなやりがいを感じるという。

「バニラを使った試作品を送ってくれるシェフもいます。採算度外視で驚くほどおいしいバニラアイスクリームを作ってくださったパティシエもいました。栽培は私一人なので孤独な作業ですが、たくさんのサポーターがいるような気持ちになって心強いです」

今後はより高品質なバニラビーンズ生産のために、自らの技術を高めていくことはもちろん、栽培から製造までの各データを分析し、技術をシステム化して、これから国産バニラの栽培にチャレンジしたい人を支援をしたいと話す。

日本人は職人気質で、昔からものづくりのクオリティが高い。日本に適した栽培方法や、効率化できるシステムが導入されれば、世界に誇れるようなバニラを安定して生産することも期待できる。

清水さんは、いつか日本から海外へ技術支援することも視野に入れている。

海外のバニラ産業は、実は何世紀も前からあまり生産方法が変わっておらず、人手が足りない中でも大量生産を行っているそうだ。

「長年蓄積した独自のノウハウを世界の産地支援にも役立てたい。そして一般の消費者がもっと気軽にバニラを買えるようになれたらと願っています。今はその基盤作りに勤しんでいます」とビジョンを語ってくれた。

ここでしか味わえない、国産バニラのアイスバー

清水さんから話を聞いた後、ヤマトバニラビーンズを「真っ先に使った」と教えてもらったアール・サンク・ファミーユのパティシエ、松尾利博さんを訪ねた。

雲仙エリアの小浜温泉に店があり、アイスバーと焼き菓子を製造・販売している。

50種類におよぶカラフルでデザイン性に富んだアイスバーは見るだけでワクワクする。島原産のバナナや桃、小浜で作られた塩など、地元の素材をふんだんに使っており、どれも夢中になって食べてしまうおいしさだった。

「長崎でバニラを作っている人がいると聞いて、すぐさま会いに行きました。ここでは純粋にバニラの味をたっぷり楽しめるようなアイスバー『ヤマトバニラアイス』を作っています」

バニラという素材そのものの真価を追求したバニラアイスバーは、バニラが自然の植物であることを感じさせる透明感のある香りで、体が癒されるような味わいだった。

清水さんのバニラビーンズを使ったアイスバー「YAMATO VANILLA BEANS」

「果物のコンポートにも清水さんのバニラビーンズを使っています。加工のカスタマイズをしてくれるのもうれしいですね。最近は桜っぽい香りのあるスモーキーなバニラを好んで使わせてもらっています。清水さんは研究熱心なので、クオリティはどんどん良くなっていると感じています。そんな人柄にも惚れて、応援しています」

数多のパティシエやシェフたちから高い信頼と期待を寄せられている清水さんが手がける国産バニラビーンズ。

日本ではまだ生産者はごく僅かで、未知の可能性を存分に秘めている。

音楽を楽しむように、清水さんのバニラへの飽くなき探求はこれからも続いていく。

YAMATO VANILLA BEANS(ヤマトバニラビーンズ)
アール・サンク・ファミーユ

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Author
フード・クラフト・トラベルライター

フード・クラフト・トラベルライター。企業や自治体と地域の観光促進サポートなども行う。 著書『青森・函館めぐり クラフト・建築・おいしいもの』(ダイヤモンド・ビッグ社)、『山陰旅行 クラフト+食めぐり』『酔い子の旅のしおり 酒+つまみ+うつわめぐり』(マイナビ)等。旅先での町歩きとハシゴ酒、ものづくりの現場探訪がライフワーク。お茶、縄文、建築、発酵食品好き。

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編集者

お茶どころ鹿児島で生まれ育つ。株式会社インプレス、ハフポスト日本版を経て独立後は、女性のヘルスケアメディア「ランドリーボックス」のほか、メディアの立ち上げや運営、編集、ライティング、コンテンツの企画/制作などを手がける。

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フォトグラファー

若いころは旅の写真家を目指していた。取材撮影の出会いから農業と育む人々に惹かれ、畑を借り、ゆるく自然栽培に取り組みつつ、茨城と宮崎の田んぼへ通っている。自然の生命力、ものづくり、人の暮らしを撮ることがライフワーク。