葉じゃなくて、根。“鎮静のハーブ”国産ベチバーが届ける「心をととのえる時間」

江澤香織

すうっと透き通るような、爽やかで清々しい香り。頭がすっきりとクリアになり、気持ちがすとんと落ち着く。心穏やかに癒されていく、その香りの正体は……なんと根っこ!

初めて「ベチバー」という植物の根を見たときは、頭の中にたくさんのハテナマークが浮かんだ。一見地味で目立たない、白くて細い根っこに、どんなパワーが潜んでいるというのだろうか? ベチバーとは一体どんな植物なのか?

京都の「(THISIS)SHIZEN(ディスイズシゼン)」で味わえる国産ベチバーのハーブティーは、根っこ特有のウッディで大地を感じさせる香りがふわりと漂いつつ、シトラス系の清涼感やフローラルな甘い芳香が複雑に混ざり合い、何とも心地よい飲み物に仕上がっていた。

エースホテル京都が入る京都「新風館」の一角にある「(THISIS)SHIZEN(ディスイズシゼン)」では、国産ベチバーのハーブティーやハイボールが味わえる。

ベチバーは、ハイブランド香水のベースにも使われているという。ベチバーの魅力とは一体何だろう? 国産ベチバーを使ったブランド「SAnoSA」を立ち上げ、ハーブウォーターなどのアロマ製品を開発し、ベチバーの魅力を広めるために精力的に活動している片山恵理さんに話を聞いた。

自然災害をきっかけに始まったベチバーの栽培

「ベチバーはかなり古くから使われていたイネ科の植物で、5000年の歴史がある世界最古の伝統医学・アーユルヴェーダに関する経典にも掲載されているんです。胃が荒れた時や頭に血が上ったときにもいい、“鎮静のハーブ”といわれています。日本でも歴史を辿ってみると、仏教医学書に載っていることを発見しました」

片山さんによると、ベチバーは薬草として昔から様々な用途があり、根の部分だけでなく、葉は藁ぶきのように家の屋根にも利用されていたという。

片山さんとベチバーとの出会いは、星野村の災害から始まった。

「私の親戚が農園を営む福岡県八女市の星野村は、星がきれいで景観が美しいところです。八女茶というお茶の産地としても有名な地域ですが、2012年に大洪水が起こり、茶畑が全部流されてしまったんです」

片山さんの実家では、車の消臭用品を製造販売する会社を弟が経営していた。天然の消臭液が欲しいというお客様のニーズもあり、以前からベチバーをインドネシアから輸入して消臭用の商品に使っていたのだという。

「実は、ベチバーは土壌にしっかり根を張るので、土留めにも良い植物とされ、日本でも実際に利用されている地域がいくつかあります。洪水が起こった後、ただコンクリートで固めるのではなく自然の景観を残したいと思った弟が、土留めに役立つのでは、とベチバーを植えはじめたのが最初のきっかけでした」

ベチバーは熱帯地域の植物のため、越冬できるか心配したそうだが、星野村で元気に育ってくれた。石を拾い、土壌を整えるところから始め、実験しながら少しずつ株を増やし、現在は5000株ほどになったという。

弟はその後、ベチバーが精油として世界中で価値があることを知り、栽培方法や蒸留のタイミングなど、商品化に向けての試行錯誤を独学で始めた。

ベチバーの精油を販売できれば、地元の農家の収入源になると同時に、自分たちの仕入先にもなる。さらに土留めとして防災にも役立つ。地域で農業と経済を循環させることができるのではないかと考えたのだ。

「毎月、蒸留液を分析したり、火山灰や砂地など土壌を変えてみたり。色々と研究して試した結果、精油にするなら、栽培して2年以上3年未満の根が一番良く香りが立つことが分かってきました。国から補助金を出してもらえることになり、いよいよ本格的に商品開発が始まるタイミングで、私がアドバイザーとして呼ばれたんです」

多忙な日々、心を癒し、エネルギーをくれた植物

片山さんは大手メーカーで働いていたときに、社員の悩みを聞いたり、良い状態で仕事ができるようにサポートしたりする、今でいうなら産業カウンセラーのような業務もしていた。

悩みを誰かに相談するだけでなく、それぞれが自分と向き合って解決できるような良い方法はないだろうかと模索していたとき、生け花に出会った。

「じっと正座をして花を生けるなんて自分にはできるか心配だったんですけど、やってみたらすごく楽しかった。私が学んだのは嵯峨御(さがご)流という流派ですが、“景色いけ”といって、自然の風景を表現するような生け方があるんです」

「花と向き合っているときは気持ちがすっと落ち着いて、静かに瞑想しているような感覚でした。自分は植物が好きで、植物ならもしかしたら悩みを解決してくれるかもしれない、と思った最初の出来事でした」

やがて師範まで進んだ片山さんだが、結婚して3人の子どもが生まれると、生け花を楽しむ時間の余裕がなくなってしまった。夫の転勤に伴い日本各地を転々とし、家事と育児に追われる日々を送った。

忙殺される日々の中で、失われていく自分の時間。

どうにか心のゆとりを取り戻したいと思ったとき、植物に癒される自分がいたことを思い出した。そこで通信教育でハーバリストの知識を学び始め、その次に興味を持ったのがバッチフラワーレメディ(英国の医師が考案した、花や草木の力で心や体の不調を癒す療法)だった。

「植物に関わっていると、次第にイライラが収まって、ネガティブだった感情がポジティブな方向に変わり、エネルギーが湧いてきたんです。相変わらず時間はなかったのですが、すごく勉強に集中できた。まるで恋でもしたみたいに楽しくて気持ちがワクワクして。花やハーブがあれば自分はなんとかなる、と希望が湧きました」

片山さんは、植物と癒しに関する知識を深め、資格を取得。専門家として動き始めたタイミングで実家の弟から声がかかり、ベチバーに引き寄せられた。2013年のことだった。

ベチバーを探求して、香港からインド洋の島まで

Photo: SAnoSA

片山さんが、初めて星野村でベチバーを見たとき、「黄金色の稲のように、風に揺れてキラキラと輝いて見えた」とふり返る。台風が来ても倒れないほどしっかりと根を張っているが、葉はゆらゆらと優しく揺れ、どこか優雅な品格を感じたのだという。

こうしてベチバーと出会い、その歴史や文化、効能などを深く知るほど、片山さんはその魅力にどんどん引き込まれて行った。

片山さんのベチバーへの情熱は留まることを知らなかった。探求のためには、どこへでもフットワーク軽く移動してしまう。

国内はおろか、マーケティングのために香港まで行ったこともあった。世界でも最上級のベチバーの精油を作っている場所が、日本から遥か遠くのインド洋に浮かぶフランス領の島、レユニオン島だと知ると、片山さんは現地の様子を知りたくて居ても立ってもいられなくなった。

たまたま師事していたフランス人のハーブの先生が、現地とつながりを持っており、レユニオン島ツアーを開催してくれた。2016年、およそ24時間かけ、マダガスカルの東方にある小さな島まで、はるばる足を運び、現地と交流を深めた。

Photo: SAnoSA
Photo: SAnoSA

ベチバーの精油ついて調べていたときには、かつて鹿児島にあった曽田香料の鹿児島農場(現:香料園)に辿り着いた。

昭和初期から日本で天然の植物の精油を作っていた歴史があり、現在は曽田香料は撤退したそうだが、ベチバーの精油に関するかなり詳細なデータも保存されていた。ベチバーを魅力的な素材として、7年ほど研究していた実績も残っていたそうだ。

片山さんがその資料の保存先を訪ねると、「国産のベチバーをぜひ復活させて欲しい」と、通常だったら開示しない貴重なデータを惜しげもなく見せてくれたという。改めてその資料を読んでみると、驚くことに、自分たちが独自で実験していたデータの裏付けとなった。

「昔の資料でしたが、今に劣らないしっかりしたデータでした。そこにもベチバーの精油には2年以上成長したものが良いと記されており、自分たちが研究してきたことと照合することができたんです」

ベチバーの魅力に惹かれ、ブランドを立ち上げ

さて、実際にベチバーで精油をつくるのは大変な作業だ。2年以上育てないといけないのはもちろんのこと、根が細いので収穫も手作業で手間がかかる。

Photo: SAnoSA

根が切れないように慎重に掘り、丁寧に洗って泥を取り除く。そして大変な割には、1kg分の大量の根っこから、精油は約1mlほどしか採れない。“しずく”にして20滴くらいという。想像以上に希少で高価なものなのだ。ビジネスとして扱うにも採算が合わず非常に難しかった。

そこで片山さんは「ハーブウォーター」についても調べ始めた。ハーブウォーターとは、精油を作るために蒸留したときに出るもう一つの産物のこと。

勉強会などに参加して学ぶと、フランス語でハーブウォーターは「イドロラ(栄養ある水)」という意味で、昔から予防医学的に家に常備されていたものだと知った。精油の方が即効性があり、保管して利益を生みやすいなどの理由で後に廃れてしまったそうだが、もともと歴史が古いのはイドロラだった。

ベチバーはそもそも防腐作用があり、酸化しにくく、常温での保存が可能。細々とした条件はあるが、ハーブウォーターとしては扱いやすい植物だった。

片山さんは、精油とハーブウォーターの両方を活かせるなら、ベチバーを事業として維持していけると手応えを感じた。

こうして生まれた国産ベチバーのブランド「SAnoSA(サノサ)」は、里山の営み、その魅力を伝えたいという思いをブランド名やロゴマークに託し、自然栽培のバイオダイナミック農法でベチバーを育て、商品化している。

ベチバーのブレンドハーブティーは、冒頭の(THISIS)SHIZENとの出会いをきっかけにつくられた。

「本当に香りがいいので、素材そのままを体に取り入れられるようなものも届けたいと思ったんです。(THISIS)SHIZENさんは、積極的に開発に関わってくれ、ベチバーの本質を伝えてくださっています」

ベチバーと共につくる、安らげる時間と場所

ベチバーは、シャネルのN°5など一流ブランドの香水のベースになることも多い。一般に香りの下支えに適しているが、単独だと強い匂いのため、苦手に感じる人も多いという。

それでも片山さんは、「星野村で育てたものは、いわゆる一般的なベチバーとは違ったんです」と微笑む。

「すごく優しくて、逆にホッとするような香り。手に付けて時間が経つと、甘い芳香が出てくる。海外産のベチバーはブレンドしないと嗅げないくらい強い香りなのですが、これだと大丈夫だった。土や環境の違いなのか、理由はまだ分からないのですけれど」

「インドのお坊さんの話では、朝、お祈りの前に庭のベチバーに水を撒くと香気が漂ってきて、心が浄化されるそうです」

“いきるをつくる”をコンセプトにした京都のショップ/カフェのmumokutekiのオリジナル商品として開発した、ベチバーのピロースプレー

ベチバーの効能としてよく挙げられるのは、消臭効果だ。なかなか消えない臭いを消し去ってくれるので、医療や介護の現場でも重宝されているという。

一方で、フローラル系や柑橘など飛びやすい香りを留める機能もある。そのため香水やアロマオイルのブレンドに用いるのに適しているのだ。

「でも、ベチバーは消臭やアロマ以上に、もっと深く、人の心理的な部分でもお手伝いができるんじゃないかと思ってしまうくらい万能に感じるんです」

デパートの催事に出展したときには、ベチバーの香りを嗅いで思わず泣いてしまった人が何人もいたそうだ。バッチフラワーレメディができる片山さんと話しながら、ベチバーの香りで安心感を得て、リラックスした状態になる人が多かったという。

ベチバーと共につくる、安らげる時間と場所

ベチバーの輪は、ジャンルの垣根を超えて広がっている。

仏教から見た健康法を説く、薬剤師でもあるお坊さんとつながり、経典を読みながらベチバーの多様な効能を一緒に研究したり、講座を開いたりしている。フランス人の師匠とは、今後もハーブウォーターの研究開発に取り組んでいく。

ベチバーへの興味が、その道に詳しい専門家を引き寄せ、次々と面白い人を連れてきてくれた。

2021年8月には、ベチバーを囲む人々と一緒に、星野村にユニークなアロマの学校を開校した。植物やアロマに関する講座とともに、ベチバーの収穫や蒸留の体験、草木染めなど、この地でなければできない様々なワークショップも企画している。

会場は築270年を超える古民家。地元の人が新鮮な旬の食材を使った美味しいご飯を用意してくれる。村に宿泊すれば夜は空いっぱいに星が見え、近くには気持ちのいい温泉もある。

Photo: SAnoSA

ベチバーの畑までは歩いて往復1時間ほどかかるそうだが、山に入り、森を散策することで、日頃の疲れが癒され、元気が湧いてくる。

星野村を訪ねた人は皆、「空気が違う」「細胞が入れ替わる」と晴れやかな顔をして口々にいうそうだ。安心して豊かな時間を過ごせる場所を作りたい、と片山さんは話す。

片山さんにとって、ベチバーとは“道しるべ”みたいなものだという。

「人生とは何か、どこに向かいたいのか。いろんな場面で考えて、悩んだり迷ったりしたときに、ありのままの自分でいいよって肩の力を抜くことを許してくれる。前向きに気持ちが調(ととの)って、やりたいことを全部手伝ってくれるような、そんな心強い存在です」

日本ではまだまだあまり知られていない国産ベチバーだが、“鎮静のハーブ”は関わる人たちに安らぎの時間を生み出していた。根っこのハーブは、周りの素材と調和し、それぞれの素材の魅力を引き立てる。ベチバーの話をすると止まらない片山さんの目は、キラキラと輝き、情熱に溢れていた。

(写真:川しまゆうこ)

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Author
フード・クラフト・トラベルライター

フード・クラフト・トラベルライター。企業や自治体と地域の観光促進サポートなども行う。 著書『青森・函館めぐり クラフト・建築・おいしいもの』(ダイヤモンド・ビッグ社)、『山陰旅行 クラフト+食めぐり』『酔い子の旅のしおり 酒+つまみ+うつわめぐり』(マイナビ)等。旅先での町歩きとハシゴ酒、ものづくりの現場探訪がライフワーク。お茶、縄文、建築、発酵食品好き。

Editor
編集者

『DIG THE TEA』メディアディレクター。編集者、ことばで未来をつくるひと。元ハフポスト日本版副編集長。本づくりから、海外ニュースメディアの記者まで。企業やプロジェクトのコミュニケーション支援も。岐阜生まれ、猫好き。

Photographer
フォトグラファー

若いころは旅の写真家を目指していた。取材撮影の出会いから農業と育む人々に惹かれ、畑を借り、ゆるく自然栽培に取り組みつつ、茨城と宮崎の田んぼへ通っている。自然の生命力、ものづくり、人の暮らしを撮ることがライフワーク。