解剖学者の養老孟司さんには愛煙家としての顔がある。はじめてタバコに火をつけたのは20歳だった。思索にふけるとき、執筆作業に没頭するとき、語らいのとき……。

人生の傍らには常に紫煙があった。

積み重ねてきた嗜好体験は、養老さんの人生にどんな豊かさを与えたのか。幼少期に戦争を経験し、森羅万象と向き合ってきた86歳の“知の巨人”は、嗜好品や嗜好体験をどう捉えているのか――。

そんな話を聞こうと、初秋を迎えた箱根にある養老山荘を訪ねた。

リビングの椅子に腰をかけた養老さんは、タバコ缶から紙巻を一本取り出し、おもむろにライターで火をつける。

一口目をゆっくりと燻らせると、微かな笑みを浮かべながら、こんな言葉を口にした。

「実は、嗜好品について真面目に議論するのは好きじゃないんですよ」

冒頭から、DIG THE TEAのチームは虚をつかれる。

「タバコの銘柄にこだわりはないですし、とりあえず吸えればいい。嗜好品というものは、あってもいいし、なくてもいい。それでかまわないと思っています。ただ……」

養老さんは言葉を続ける。

「“あっても、なくてもいい”が“あってはいけない”になると怖い。嗜好品は本来、もっと“軽い”ものだったはず。それを“重く”考えすぎることは、ある種の危険が伴うと思います」

“知の巨人”はタバコを燻らせながら、「嗜好」と「個」の本質について訥々と語りはじめた。

#連載「生きることと嗜好

現代における私たちの嗜好品や嗜好体験を探究するために、文化人類学や歴史学者など様々な一線の研究者に話を聞く、連載「生きることと嗜好」。

嗜好品には、体をつくる栄養があるわけではない。生命維持に必要不可欠ではないのにもかかわらず、全世界で嗜好品はたしなまれている。

 嗜好品は、人間らしく生きるために、なくてはならないものなのかもしれない。

(取材・文:吉川慧 写真:加治枝里子 編集協力:笹川ねこ 編集:呉玲奈)

嗜好品は、もっと「軽い」存在だった

──解剖学者の養老さんは、愛煙家としても有名ですね。

喫煙を始めたのは大学入学して二十歳(ハタチ)になってからですから、かれこれ60年以上です。成人したのが1957年ですが、私の家族全員がタバコを吸っていました。

昔は珍しいことではなかったのです。

昭和の頃は、職場のデスクの上に灰皿があり、路線バスや電車の座席にも灰皿がついていましたからね。

よく「吸っている銘柄はなんですか?」と聞かれますが、これといって特定のものはないんです。

そこに「棒」(タバコ)があればいい。吸えればいい。

なにしろ、私の生まれは太平洋戦争の前(1937年)で、戦中・戦後の食糧難の時代も経験していますからね。

タバコなんて、そこに「あればいい」のです。私にとっては、嗜好品はそんなもので構わないと思っています。

──「嗜好品」の役割や「嗜好体験」は、時代によって変わってきたのでしょうか。

もともと「嗜好品」というものは、もっと「軽い」存在だったと思います。

それがどんどん「重く」扱われるようになってきている。

それをことさら真面目に議論することはあまり好きじゃないんです。

それは、嗜好品がもつ「軽さ」と、議論されている内容のレベルが一致しないと感じるからです。

──真面目に「嗜好品」を探求してきた私たちにとっては、目から鱗です。

例えば、タバコの扱いは国によって違いますね。

私は先日、ブータンに行きました。ブータンはいわゆる「禁煙国家」で、公共の場での喫煙はNGでした。

最近はタバコに対する締め付けを厳しくする国が増えています。

日本でも、タバコに対する世間の目の厳しさは、以前とは全然違いますよね。

今日のテーマそのものにも関わってくると思うのですが、軽いものを真面目に扱うと「重い」話になってしまう。

それは嗜好品に対してふさわしいスタンスではないので、今日はなるべく軽くお話したいなと。

──たしかに、嗜好品は栄養があるわけではないし、生命維持に必要不可欠なものでもありません。

嗜好品は、あってもいいし、なくてもいい。

酒もタバコも、やる人、やらない人、それぞれで好きにしたらいい。

嗜好品は、そんな大げさなものではないのですから。

ただ、「あっても、なくてもいい」が「あってはいけない」になると怖いんですよ。

実は、ここはとても大切なところです。

──歴史を振り返ると「あってもいい」「なくてもいい」という嗜好品が、「あってはいけない」存在に定義されたこともありました。

1920年代に施行されたアメリカの「禁酒法」がそうでした。

酒の製造や販売が禁止されました。ただ、酒を飲むこと自体は禁じられなかった。

いくら法律で酒づくりを禁止しても、酒を飲みたい人はいなくなりません。

マフィアが密造酒をつくって儲けるようになり、人々は隠れてお酒を飲み続けました。

タバコでも、国家のための「健康」を国民に求めた、ナチスによる禁煙運動が有名です。

──「なくてもいい」と「あってはいけない」では、まるで意味が違いますね。

酒もタバコも「のむ」「のまない」を決めるのは、個人です。

「禁酒」「禁煙」を他者に強要するような考えは、どんな社会を理想として生まれたのでしょうか。

日本語には「ほどほど」「適当」という言葉があります。

ネガティブな意味で使われがちですが、なにも人間がコンピューターのように厳密な存在である必要はないのです。

──現代では、自分の「嗜好」と他人の「嗜好」、その間にあるグレーな「ほどほど」の部分がなくなっているということでしょうか。

そう。どんなことでも「場合による」わけです。

誤差を認めなかったり、「正しくあらねばならない」という世界は息苦しい。

現代は、そういう「あいまいさ」を許容できない時代になっているように思います。

もっと社会は「適当」でよいと思うんです。

毎日の食事は「嗜好」なのか「個性」なのか

──嗜好品には、その人のこだわりや個性が表れるような気もします。

「嗜好」は「個性」の表れである、と考える人が多いかもしれません。

しかし、わたしの捉え方は違います。

「嗜好」と「個性」の違いを考えるのに、おもしろい本があります。

岩村暢子さんの『ぼっちな食卓—限界家族と「個」の風景』です。

これは岩村さんが89軒の家庭の「食卓」を写真や食事記録で「定点観測」し、10年後、そして20年後にどうなったのかを継続調査したものです。

Aさんの家庭では、休日は母親と子ども2人がコンビニやスーパーに赴き、夕食には子どもに選ばせた惣菜をそのまま出していました。朝食も食べたければ自分でパンを焼いて食べる。そんな家庭です。

Bさんの家庭では、子ども3人にお金を渡して、好きなものを買いに行かせていました。

AさんとBさん、両方の家庭では、共通して「子ども自身が朝食を食べるかどうかを決めることや、子どもたち自身が店に好きなものを買いに行くことが、子どもの自主性の尊重につながる」と考えていたそうです。「個人の自由」を尊重しようとしたのです。

10年後、Aさんの家庭は子どもが高校生と大学生になりましたが、誰も家の手伝いはしない。

子どもたちはアルバイトをしながら外食ばかり。誰がどこでなにを食べたかわからない状況になりました。

そして、10年後のBさんの家庭では、「好きなものを自分で作ったり買ったりして、好きな時間に勝手に食べる」スタイルが続いていました。

ただ、子どもたちは健康診断で数値に問題があり、健康に不安を抱えていました。

──個が尊重された結果、家庭と食が全くつながっていない。

もうひとつ、AさんBさんとは対照的な、Cさんの家庭の事例もあります。

Cさんの家庭では、箸の持ち方や上げ下ろしを親が注意したり、食事中は携帯禁止でテレビもつけません。

子どもからの献立リクエストには応じず、苦手なものも出し続けたそうです。

ただ意外なことに、Cさんの子どもたちは外食より家での食事を好んでいたという結果が出たのです。

母親は、家族一人ひとりに合わせて食事を調理し、家族が揃ってから食事をしていました。

親子関係は良好で、休日に一緒にスポーツをみたり、買い物や旅行を楽しんだりしていました。

──食事を通じて、家庭での時間やマナーなどが育まれている。AさんBさんほど極端ではないにせよ、現代では、日々の食事も「個」の嗜好とみなされるようになったことがよくわかるお話です。

「個」や「自主性」という言葉が、本来の意味ではなく、「相手に干渉しない」「子どもの好き勝手を認める」といった意味合いで捉えられるようになったのだと思います。

ただ、「その時に何が食べたいか」という気持ちは「個の尊重」というより、単なる「食の好み」や「嗜好」です。

これらが人間を象徴するような「重さ」があるものとは思いません。

──現代においては、「個性」が「好み」や「嗜好」に置き換わり、「個」が意味するものが軽くなってしまった、と。

元来は、嗜好品も、もっと軽い存在だったと思います。

戦時中にタバコは配給制でした。銘柄なんてこだわれない。

 私自身も戦中・戦後の物資不足を経験しました。

食事は食べられるだけありがたい。タバコは吸えるものがあるだけありがたい。

お酒も飲めるだけありがたい。かつての嗜好品はそういうふうに捉えられていました。

それはなぜか。

他にもっと「重たいもの」があったからです。

──「重たいもの」ですか。

僕が生きてきた時代だと、封建的な家父長制など「しがらみ」といわれるような、古い因習・慣習のようなものです。

一方で、そういった理屈のわからないルールに縛られることを嫌った人々がいました。

そういう人々が、家に帰らなかったり、友達と夜遊びしたりする。

その中に酒やタバコといった嗜好品や嗜好体験があった。「息抜き」「抜け道」のように……。

こうした「重たいもの」の重さを適度に調整するもの。それが嗜好品や嗜好体験だったように思います。

ところが時代が経つにつれて、そういった「重たいもの」の存在が、世の中から次第に薄れていった。

すると、「重たいもの」を軽くする調整役だった個々人の「嗜好」が、逆に「重たいもの」として扱われるようになってしまった。

──「嗜好」が「重たいもの」として扱われることで、何が起こりうると思いますか。

ある種の危険が伴うと思います。

世で叫ばれる「禁煙」の背後にも、それがあるんじゃないのかと思うのです。

昨今、「公的な場所で喫煙することはマナー違反」という考えが、社会に徹底的に浸透しつつあります。 

もちろん、タバコを吸わない人が喫煙者から顔に向かって煙を吹きかけられたら不愉快でしょう。そういった話ではありません。

でも、禁煙席と喫煙席が分かれているような場所でも、「とにかく全面禁煙にすべき」という声がある。

「タバコなんて、放っておけば、ただ一本の煙になるもの。そんなことで、なぜそんな騒ぐのか……」とも思うわけです。

ひいては、喫煙者への無差別な攻撃にもつながりかねません。

養老さんは自分の手による、昆虫の標本づくりの時間を大切にしている。

──嗜好が「重たいもの」になることで、排除の対象にもなりえると。

「個性」という意味も、昔と今では随分と違うものになったと思います。

これだけ「個」が尊重されたら、酒もタバコもいらない時代になっているのでしょう。

昔は縛られていたからこその嗜好品だと思います。

「個」とはなにかを捉えきれず、「朝ごはんの好み」と同じように考えてしまっている。

それが話をややこしくしているのだと思います。

つまり、私たちは「個」の着地点が見定められていないんですね。

昆虫の標本。甲殻が放つ鈍い輝きは、宝石を思わせる。

「個」を変えるのは、不測の事態による「リセット」

──どうすれば、私たちは「個」を見つめ直すことができるでしょうか。

戦中・戦後は「食べるものがない」という危機感が現実にありました。

ただ、今の時代でも類似する危機がないとは限りません。

たとえば、「南海トラフ巨大地震」は30年以内に70〜80%の確率で発生が予測されています。

もし、そのような大規模な災害が発生したらどうなるでしょうか。

──物流が止まれば、都市部の人は食べ物が手に入らないかもしれません。

そうです。加えて、もし地球規模の食糧危機が発生したらどうなるでしょうか。

日本全体の食料自給率はカロリーベースで38%。東京都に限定していえば1%。

流通が止まったら、都内、特に23区に住む人たちのもとに、食べ物は届けられません。

これほどまでに食料自給率が低いこの国が、飢餓に直面する可能性は、現実的に充分にあるのです。

つまり、大きな災害が発生してしまうと、今の暮らしは強制的にリセットされる恐れがあります。

食べるものがおいしいかどうか。嗜好性は二の次にならざるを得ません。

自分の家に食べられるものがどれだけあるか。今、何が食べられるか。水道の水は使えるのか。トイレはどうするのか──。

 日本という国を考える上でとても大きな問題だと思います。

──自分の口に入る米、肉や野菜がどうやって育てられているのか。畑作・稲作を見る機会はたしかに少なくなりました。

近代化、都市化が進むにつれて核家族化も進み、お盆に帰省するところがない人も増えました。祖父母が暮らす「田舎」がない人もいますよね。

無論、都市生活を否定するわけではありません。

ただ、もし災害など何らかの要因で「リセット」される状況に陥った際には、都市生活だけでは立ちゆかなくなり、大きな変化が起こるでしょう。

都市型ではなく、地域的に小集団を形成し、そこで自給自足を図ることを想定する必要もあると思います。

そこで問われるのが「個」が持つ力、身体性のようなものです。

──小集団一人ひとりの「個」の身体性。

災害をきっかけに、食料やエネルギーの確保のため、自分が社会参画しないと生きていけない状況が訪れる可能性もあるわけです。

無論、いまのエネルギー需要を基準にして同じ質・量を賄うことは不可能でしょう。

でも、地震で都市が崩壊し、国民が小集団になった時に、そこで生きていくのに必要十分なものは生産できるはずです。

そうなると、一人ひとりの作業が全体にどんな責任を負っているのか。

「個」が持つ意味がわかってくるのだと思います。

──それが「個の着地点」になる、と。

まさに。全体が「個」を補償するのではなく「個」が社会全体を補償する。

そこで「個」の価値がさらに広がるのだと思います。

昆虫の標本を整理する部屋。養老さんのところには、全国から昆虫の標本が集まってくる。

私たちは「なるべくしてなっている」

──本来、「個」と「社会」は切り離せないものだということでしょうか。

田んぼで稲を育て、米ができて、それを食べて私たちの体はできている。

田んぼと自分は、繋がっているわけです。

でも、いまの都市生活ではその感覚はないでしょう。

「個」の世界に閉じこもるのではなく、外の世界と繋がるべきです。

以前、脳出血を起こした神経解剖学者が自らの発作の症状を記録したことがありました。

曰く、最初は自分が「水」になっていく感じだったそうです。

すべてが流体として流れるような、自分という形がなくなって、周囲の世界と自分が一致しちゃうかのような感覚だと、書いてありました。

「自分が流体として、周囲と溶け込む」。これは、おもしろい表現です。

また、あるドイツの哲学者は、自己とはトンネルだと言いました。

──トンネル。つまり、中がくり抜かれた空洞。

「個」や「自己」というのは、外側に壁が作られているに過ぎない。

中は空っぽ。

つまり、本質的な「自己」などはどこにもないということでしょう。

──「個」や「自己」などない。そもそも「個」は外側とつながっている。

私も年を重ねるごとに、だんだんと「なるようになる」「なるべくしてなる」という感覚を持つようになりました。

体力もない。

脳は考えるだけでもう疲れてしまいますしね(笑)

ここまで言えば、もうおわかりでしょう。

大切なのは、自らの「嗜好」をことさら重く考えないことでしょう。

そして、あまり難しく「生きる意味」も考えないこと。

私たちは「なるべくしてなっている」のですから。

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  • 著者:
    吉川 慧
    Business Insider Japan記者。東京都新宿区生まれ。高校教員(世界史)やハフポスト日本版、BuzzFeed Japanなどを経て現職。関心領域は経済、歴史、カルチャー。VTuberから落語まで幅広く取材。古今東西の食文化にも興味。
  • 編集:
    呉 玲奈
濁流のように去りゆくこの時間を、心が溶けるひとときに。