沖縄・やんばるの大自然が育む「ADA FARM」の農園へ “日本初”のスペシャルティコーヒーの軌跡

江澤香織

コーヒーは、私たちが愛する嗜好品のひとつだが、日本では輸入に頼っているのが現状だ。

そんな日本でコーヒーを栽培し、嗜好体験を探求する生産者がいると聞き、沖縄を訪ねたーー。

“やんばる”と呼ばれ親しまれている沖縄本島北部。「山原」の文字通り鬱蒼とした緑に覆われた山々や森林、草原などが広がり、果てなき自然の雄大さに圧倒される。

ヤンバルクイナをはじめとする希少な動植物の宝庫であり、世界的にも生物多様性の高い地域だ。2021年には世界自然遺産に登録された。

やんばるの山奥、国頭村安田(くにがみそん あだ)で、自然と共生しながらコーヒー農園を営む、ADA FARM(アダ・ファーム)の徳田泰二郎さん、優子さん夫妻。

日本で初めてスペシャルティコーヒーの認定を受けた農園だが、2人の思想はもっと深いところにある。

この土地と自然への愛と敬意、そしてコーヒーへの情熱を持つ彼らの歩みから、コーヒー栽培への想い、さらに熱量高く注目される沖縄のコーヒーカルチャーを探る。

「7分かけて飲んで」1杯2300円のアダコーヒー『No.3』

「高級なお出汁みたいに優しく澄んだ感じ。するすると飲めてしまうんだけど、7分くらいゆっくりと時間をかけて飲んでみて」

2024年1月銀座ロフトでのポップアップショップにて
2024年1月銀座ロフトでのポップアップショップにて


2024年1月銀座ロフトでのポップアップショップにて

那覇で小さな珈琲屋台「ひばり屋」を営む、辻佐知子さんの言葉だ。取材の1カ月ほど前、彼女が淹れるアダコーヒーの『No.3(ナンバースリー)』を初めて口にしたとき、そう教わった。

確かに口当たりが柔らかく滑らかで、ゴクゴク飲み干してしまいそうになるが、ぐっとこらえて様子を見る。

しばらく待つと味に変化が。じわりと複雑味が増し、バナナやライチのような、南国系フルーツのふくよかでクリーミーな色っぽい風味が顔を出した。

「沖縄だとよく見かけるアテモヤというフルーツみたい」と辻さん。

「すごくシャイな豆なので、時間をかけて味わうといいんですよ。カップに残る香り、余韻も素晴らしいでしょ」

熱心に説明する辻さんの話は止まらない。

このコーヒーを作ったアダ・ファームとは一体どんな農園なのか。畑に実るコーヒーの果実が目の前に浮かぶようで、ワクワクする気持ちは高まるばかりだった。

「まさか栽培できるとは」沖縄でコーヒー農園をはじめるまで

いよいよ思い焦がれたアダ・ファームへ。やんばるの森の中で農園を営む徳田夫妻を訪ねた。

「17年前に沖縄に移住したときは、まさかコーヒー農園をやるとは思わなかったんです。もちろんコーヒーは好きでしたけど、ここで栽培できるとは知らなかった」と優子さん。

2人はともに東京出身。自然への限りない敬意と今の世の中への強い怒りや反骨心から、気付けば沖縄へと引き寄せられていた。

最初はパパイヤの栽培から始めたそうだが、「みんながもっとワクワクできるものを」と出合ったのがコーヒーだった。

「観光目線の“沖縄産”をウリにしたくはなかったんです。珍しいけど、あんまり美味しくないよねって言われたら悔しい。やっぱり美味しいから飲みたいって思われたかった」と泰二郎さん。

コーヒー農園を開始した2008年頃は「誰も相手にしてくれなかった」という。

収穫した豆を自分たちで焙煎し、コーヒー業界のトップともいえる様々な専門家のところへ持って行った。みんな応援してはくれたが、豆の品質に関してはあまりいい反応を得られなかった。

「心の中ではなにくそーって思ってましたけど(笑)。沖縄がなぜコーヒーの名産地として挙げられないのか。私たちはどうしたらいいのか。明確な課題がいっぱいあることが分かりました。冷静に考えるいいきっかけをもらえたと思う」

「私たちは自然と共に、この土地らしさを表現する生豆で勝負しよう、と本気で取り組む覚悟が決まりました」(優子さん)

日本初スペシャルティコーヒー認定、若手生産者たちへ希望を

「時代にも随分助けられた」と2人はこれまでを振り返る。コーヒー業界では、2000年代よりサードウェーブコーヒーが脚光を浴び、シングルオリジンやダイレクトトレードに注目が集まった。

より高品質なコーヒーを追求し、生産する農園や生産者までを明確に表記して、熱意を持って伝えるコーヒー店が増えたのだ。

1杯2000円ほどのコーヒーは、決して安くはない。果たして買ってくれる人はいるのだろうかと葛藤した時期もあった。それでも「アダコーヒーが飲みたい」と価値を理解して買い求めてくれる消費者が、少しずつ増えていった。 

「この地にある正真正銘の本物を。自分たちの願いや祈りのような、また、ときにはふざけるな、負けないぞっていうキレイごとだけじゃない、ネガティブで人間臭い思いも丸ごと全部豆に乗せられたらいい」

「そういうものは体に入れた瞬間、心にグサッと突き刺さるような純粋な衝撃があると思うんです。人が本当に妥協なく魂を込めた品には、そういうものが宿っている。僕たちもそんなものが作れるようになりたいという憧れがあります」(泰二郎さん)

2人はそもそも、スペシャルティコーヒー認定にはそれほどこだわっていなかった。それでも認定を取ったのは、周囲に無理だと言われ続けていることへの反骨精神からだった。

日本初のスペシャルティコーヒー認定は、思っていた以上にみんなに喜ばれ、地元新聞のトップニュースにもなった。

「素直に嬉しかった。やればやるだけ結果が出ると証明できたことは、追随する若手生産者たちの希望や勇気にもなれたんじゃないかな」

「でもこれは単なる評価方法のひとつ。沖縄にはスペシャルティを取っていなくても面白いコーヒーを作っている人たちがいるし、それだけが全てではないと思っています」(泰二郎さん)

かつて地元の産業祭りに初めて出店したとき、やんばるの“おばあ”がコーヒーを飲みに来てくれた。この地域でできたものだと話すと、おばあは山に向かって「いただきます」と自然に頭を下げたそうだ。

その姿は泰二郎さんの心に深く響いたという。

「この土地でとれたものにありがとうと言える清々しさ。これができるコーヒーってすごいなと。ここでできたものをそのまま感じてもらえる農産物としてのコーヒーを伝えることが、僕たちの仕事なんだと心に刻みました」(泰二郎さん)

ワインのように、毎年変化を楽しめる飲み物に

アダ・ファームの農園を歩くと、沖縄在来種であるウラジロエノキをシェードツリー(直射日光から守るために植えている木)に、バナナや胡椒の木も気ままに茂っており、のびのびとした、やんばるそのものを感じさせる長閑で爽快な空気が流れている。

安田は水のきれいな地域で、伊部岳の山の水を水源にしている。

コーヒーの木は全部で約800本。2人で管理できるギリギリの本数だ。

木は実生からいいものを選抜している。豆は全て自分たちで熟度を見極め、一番いい状態になったときを見計らい、ひとつひとつ手摘みで収穫する。

年間の収穫量は目標60kgだそうだが、その年の気候によっては30kgとれなかったこともある。

決してコーヒーに適している土地ではない、と泰二郎さんは言う。

「ここは粘土質の赤土です。微生物も棲みにくいし、木も根を広げにくい。でもだからといって簡単に土壌改良してしまったら、ここでやる意味がないんですよね」

「この土を生かした方法でやるにはどうするか。僕たちは山から学んでいます。健康な山と似たような状態にしてあげて、この土地本来の力を引き出す。不自然なことはしたくない。僕らがこんなコーヒーを作りたいではなく、この土地がこのコーヒーを作りたい、なんです」(泰二郎さん)

「農作物だから、毎年変化する。ちょっとワインに近い考えですね。品質はもちろん大事ですが、今年はこんな気候だったから、この味になったねって、その土地らしさを生産者も消費者も一緒に楽しめるような飲み物になれば、コーヒーはもっと面白くなると思う」(優子さん)

世界のどこにもない独自の精製、2種のオーガニックコーヒー

沖縄の気候は台風や強い日照りがあり、農家にとっては苦労が絶えないが、決して悪いことばかりではない。一年を通して経験した酸いも甘いも飲み込んで、自然の豊かな恵みが全て詰め込まれたコーヒーには、人智を超えた何か特別な力がある。

アダ・ファームでは、現在2種類の精製によるオーガニックコーヒーを製造している。

最初にできた代表的なコーヒー「AKATITI(アカチチ)」は、沖縄の方言で夜明け(暁 あかつき)を意味する。

安田の気候風土の全てを封じ込め、その最上を表現した、豊かな大地を感じさせるコーヒーだ。沖縄ではよく使われているサトウキビの絞り機を、特殊なパルパー(果肉を取り除く機械)として改良。

アダ・ファームではコーヒーの果肉も豆に揉み込むような、世界のどこにもない独自の精製をしている。

地元の鉄工所で、サトウキビの絞り機を改良して作ってもらったパルパー

この地で育った果実が持つ多様な風味をできる限り丸ごと詰め込みたいと考えている。

「技巧的にやっているというより、この土地に合った自然で無理のない方法が、結果的に良かったんです」(泰二郎さん)

次にできたのが2020年に完成した『No.3』。こちらはコーヒーを果肉ごと乾燥し、発酵によって果実の力を最大限に引き出した。

「僕たちの中では、AKATITIは優等生で、No.3はちょっとおしゃれな、色気のあるコーヒーというつもり」(泰二郎さん)

実は現在、さらに新しい精製を開発中だそう。近年はインフューズドと呼ばれる、豆をフルーツやスパイスなどに漬け込む製法が話題だが、そこにヒントを得つつも、何も添加せず自然の力だけで面白い香りを引き出せないかと試行錯誤している。

「これだっていう香りが見つかっても、再現性が難しい。次なるチャレンジはすごくワクワクしますが、めちゃくちゃ大変です」(優子さん)

胡椒の木はシェードツリーにもなっている。国産のオーガニック生胡椒は貴重


海、山、生き物から学び、自然に委ねる

アダ・ファームは養蜂にも取り組む。季節ごとの蜂蜜やコーヒー花の蜂蜜は、すぐ売り切れてしまう人気商品だ。

本来ミツバチは沖縄にはいない生物だが、植物に関わるもの同士、受粉を手伝ってくれる仲間であり、山の情報を教えてくれる先輩のような存在だという。

ミツバチの動きを観察していると、山の状態やこれから来る気候が分かり、畑作業の目安になる。またミツバチと植物はどうやら相互に作用する存在らしく、養蜂を始めてから、まるでハチを誘うように、コーヒーの花の香りが以前より強くなったそうだ。

「木々同士、植物と虫たちは会話しているんじゃないかなと思う」と泰二郎さん。

アダ・ファームでは、巣箱を置き、餌を与えない、薬を使わない、コーヒーの花から蜜を集める自然養蜂をしている

海が教えてくれることもある。コーヒーを始めて長年山ばかりを見つめていたら、これ以上何をやったらいいのか分からず、限界を感じてしまった。そこで思い切って海遊びをしてみたら、今までにない思考や新しい感覚がバッと広がったという。

「山で補えないものは海から、その逆も然り。海も山も全て繋がっているんですよね。海のおかげで気づきをもらい、視界が開けました」(泰二郎さん)

徳田夫妻は「農作物に対して失礼なことは絶対したくない」と語る。

コーヒーにとって不利な自然条件でも、美味しい果実が実ってくれたのなら、こちらも真摯に向き合い、丁寧に手をかける。

五感で感じたこと、天候、農作物の様子は毎日コツコツとメモを取り、記録を蓄積して次に活かす。そんなささやかで実直な営みにより、土地が健全に醸成されていき、自分たちもともに成長していく。

嗜好品は、人をワクワクさせる。皆で高め合う沖縄のコーヒー文化

沖縄には志高く勉強熱心なコーヒー店が多い。コーヒーに携わる者同士、横の連携が強く、みんなでコーヒー文化を盛り上げようという気概がある。

「コーヒー屋さんの熱量が本当にすごいんですよ。自国の豆として熱心に発信してくれて、私たちも随分刺激をもらっています」(優子さん)

コーヒーを提供する焙煎家やバリスタが、直接農園に来て生産者と気軽に話ができるのも、沖縄ならではの恵まれた環境だ。豆に対しては、厳しくも愛のあるレビューをくれる。

これ以上はないと自信を持って「どうだ!」と出した豆にさえ、「まだポテンシャルがあるのでは」と挑発的にさらなる高みへ導かれる。

コーヒーという共通言語で繋がり、100%本気で向き合うことでいい相乗効果が生まれている、と徳田夫妻。お互いを尊重し、自然と高め合う流れができ、大きなやりがいにもなっている。

「コーヒー栽培を始めた頃は、『所詮、嗜好品だ』って軽んじられたりしましたが、コーヒーを飲んで涙を流して喜んでくれる人もいる。そんな風にされたら、一切ブレはないですよ。沖縄のコーヒー文化がなかったら、自分たちは生産することに誇りを持てなかったかもしれない。全ては飲んでくれる人、伝えてくれる人のおかげです」

「嗜好品の良さは、人をワクワクさせたり、体験したことのない幸せを届けられたりすること。楽しみにしてくれている人たちに、ただ美味しいコーヒーを届けたい。僕たちがやる意味はそれだけです」(泰二郎さん)

今回の沖縄取材の最後に、那覇の栄町市場にあるコーヒー店「COFFEE potohoto」へ立ち寄った。

店主で焙煎家の山田哲史さんは、徳田夫妻が「完璧だ」と思いスペシャルティ認定をとったAKATITI(アカチチ)に、「まだまだもっと行ける」とハッパをかけた張本人だ。

COFFEE potohoto店主の山田哲史さん

山田さんと、もう一人の人物から助言を受け、AKATITI(アカチチ)をさらに進化させて生まれた豆が、安田という土地への思いが詰まった『No.3』だ。

「アダコーヒーの『No.3』という豆、あれ本当は3どころじゃなくて、実際は20種類くらい作っているんです。じゃあなんであの名前にしたのか。彼らは海遊びをやるんですけど、安田の海にナンバースリーっていう内緒の素敵なポイントがあって、そこへ行くときは、天候とか自分の体調とか、いい条件が重ならないとなかなか行けない」

「No.3の豆も、発酵プロセス、時間、温度など、いろんな条件がピタリとはまらないと作れない。安田のとっておきのスポットにコーヒーを重ね合わせたんです。彼らの深いフィロソフィーを感じます」

安田の地にしっかり根を下ろし、この土地で生きて行く覚悟を決めた徳田夫妻らしい話だ。

「彼らは安田が好きだから、そこでできることをする。正解なんてわからないのに、今まで誰も作ったことがないようなものを作るって、普通じゃなかなかできないことです」(山田さん)

気候や大地と向き合う農園の作業は、ともすると地味で孤独で大変なことが多いが、強い心の支えになるようなコーヒー仲間が近くにいる。ともに高め合える仲間の頼もしさにも胸が熱くなった。

沖縄のコーヒー文化は、日本初の試みに挑む農園、彼らとともに高めあう焙煎家やバリスタが仲間となって、飲む人に美味しい一杯を届けることで育まれていた。

アダ・ファーム
COFFEE potohoto

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Author
フード・クラフト・トラベルライター

フード・クラフト・トラベルライター。企業や自治体と地域の観光促進サポートなども行う。 著書『青森・函館めぐり クラフト・建築・おいしいもの』(ダイヤモンド・ビッグ社)、『山陰旅行 クラフト+食めぐり』『酔い子の旅のしおり 酒+つまみ+うつわめぐり』(マイナビ)等。旅先での町歩きとハシゴ酒、ものづくりの現場探訪がライフワーク。お茶、縄文、建築、発酵食品好き。

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編集者

お茶どころ鹿児島で生まれ育つ。株式会社インプレス、ハフポスト日本版を経て独立後は、女性のヘルスケアメディア「ランドリーボックス」のほか、メディアの立ち上げや運営、編集、ライティング、コンテンツの企画/制作などを手がける。

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ひとの手からものが生まれる過程と現場、ゆっくり変化する風景を静かに座って眺めていたいカメラマン。 野外で湯を沸かしてお茶をいれる ソトお茶部員 福岡育ち、学生時代は沖縄で哺乳類の生態学を専攻